日本語教育史、日本語教育の歴史を講じて、歴史を見る、歴史を知ることの根本を捉えようとする。いま2013年にブログに書き込んだ二つをここに挙げてみて、そのことを繰り返し思う。ブログには、歴史を知る、歴史を学ぶことの意義を唱えようとするが、結局は、歴史の視点、歴史立場に持つのはなにか、どういうことか、述べることになる。歴史教育はさまざまな日本の在り方を解釈することをもって記述の変貌してきたこともあったから、科目教育において歴史事件、人物、物事の出来と顛末を、年号とできごとの羅列において済ませてきたようなところがあるのは、試験合格のための練習にあったためである。いわく受験に有利なのは、日本史である、世界史である、近、現代史は扱わない、出題がないからなどの流れがっあったことを、同じく歴史を述べて、日本語教育史にはそれは繰り返せない。 . . . 本文を読む
日経新聞見出しより
1面
20190128
(1)40億人 革新の先頭に
未踏の領域 迫る試練
アジアの発展が新たな局面に入った。先進国の背中を追うだけの時代は過ぎ、時に革新の先頭に立つ場面も出てきた。世界の人口の半分という「数」の潜在力を解き放ち、自らの台頭が引き起こす新たな試練をも克服しながら、古いアジア像を超えていけるか。(関連記事を「アジアが超える」特集面に)
ドリアンは金塊
タイの果物の産地チャンタブリ県…続き
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