牧師雑感

聖書のことばを中心に毎日の出来事を書いています。

平和を守るために

2015-05-23 18:43:46 | Weblog
詩篇33:12 幸いなことよ。主をおのれの神とする、その国は。神が、ご自身のものとしてお選びになった、その民は。「いかに幸いなことか/主を神とする国/主が嗣業として選ばれた民は」
主とは、天地万物の創造者。十字架上に死に、3日目の朝に復活されたイエス・キリストは主です。マタ復活のイエスは近づいて来て、彼らにこう言われた。「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます」
日本には象徴天皇があり、帝国憲法を考えた国粋主義者たちは、西洋社会の発展の源にある唯一絶対主権のキリスト教があることを見抜き、その位置に天皇は十全、現人神に祭り上げてしまいました。
日本では、天皇だけが十全であり、神は九全なのです。天皇は男性だが、伊勢神宮=天照大御神が憑依した神であり、同時に日本の祭司長なのです。
平和憲法により、現人神ではなく象徴となりましたが、憲法改正を主張する背景には、その天皇は十全、日本は神国、八紘一宇の国粋主義思想が渦巻いているのです。天皇のために死ねば、靖国に祭るから、国のために死に急がせた戦争は、実は神の国、天皇のために死ねだったのです。お母さん!と言って死ぬよりは、天皇陛下バンザイと教え込んだのです。完全な洗脳コントロール。きけわだつみの声にある学徒動員の若者たちには、まだその精神コントロールが出来上がらないうちに、戦場へ追い立てたのです。再び、戦後70年の平和が破られそうな雰囲気です。
指導者たちは、そのような思想をだしに、自分たちの安心立命と贅沢にうつつを抜かしていたのが、日本の暗部だったのです。その最悪の思想で、平和憲法を改悪しようとし、次々と憲法を守ると言いながら、国を守るためにはと言い続けている現状です。政治家が国のためにと一生懸命言い始める時、国民のことは考えていなくなる時です。
天地万物の創造者、人にいのちを与え、愛し守り天国へ導く、真で唯一の神を、イエス・キリストをアーメンと信じ、真実で誠実な日々を平安と幸せに過ごして下さい。
ありがとうございます。今日もまた天国の一日。笑顔と輝きを感謝します。




罪と汚れをきよめる泉

2015-05-23 06:56:59 | Weblog
ゼカリヤ書13:1 その日、ダビデの家とエルサレムの住民のために、罪と汚れをきよめる一つの泉が開かれる。
尊き泉あり その内より  インマヌエルの血ぞ  溢(あふ)れ流る
罪に悩む者  潜(くぐり)り入らば  汚(けが)れは洗われ  染(し)みは消されん

今わの際(きわ)にて  盗人(ぬすびと)さえ  喜び仰ぎし  泉なれば
躊躇(ため)らわで  我も 彼の如く  悉(ことごと)洗われん  汚れをみな

殺され給いし 子羊なる  主の血の力に 変わりあらじ
世より選ばれし 神の民の  清めの恵みを 受くるまでは

主よ汝(な)が傷より 流るる血を  信仰の目を上げて 仰(あお)ぎしより
贖(あがな)いの愛は  我が心を  慰(なぐさ)め導く 歌となりぬ

回らぬ舌もて 歌いぬれど  栄えの御国に 移されなば
心ゆくばかり いとも妙(たえ)に  救いの力を 称(たた)え歌わん

その日、罪と汚れをきよめる一つの泉が開かれる。AD30年4月3日(金)に、カルバリの丘の上で、イエス・キリストが十字架上に死にました。その頭にいばらの冠を、背中はムチで39回打ち叩かれ、両手両足を十字架に釘打たれ、兵士の槍で突き刺された心臓からは血がほとばしり流れました。
すべての罪と汚れをきよめる泉が開かれたのです。御子イエスの血がすべての罪からきよめ、新しい生まれ変わりの人生の誕生です。

生駒聖書学院に入学した時、アコーデオンで聖歌428番、尊き泉ありが演奏課題。できないと言うと、不可能は挑戦となるで暗譜して弾けるまでになりました。
回らぬ舌もて 歌いぬれど  栄えの御国に 移されなば
心ゆくばかり いとも妙(たえ)に  救いの力を 称(たた)え歌わん

雪よりも白く洗われた、平安で幸いな人生を、十字架と復活をアーメンと信じ続けています。
ありがとうございます。今日もまた天国の一日。笑顔と喜びを感謝します。