枇杷の葉なし

枇杷の生育や、葉・花芽・種のことを日々の生活のなかで書いていく。

雨が降る・・・

2018年09月09日 | Weblog

 朝、目覚めるが雨なので、もう一度眠る。休日は身体が緩やかになってしまって、梃子でも動かぬ。新聞を斜め読みにし、明日が休刊日なので、遅い朝食にかかる。珈琲を挽いて淹れ、ぼんやりとしていたのだが、今晩の予定を思い出し、準備をしておく。唐揚げを約束していたのだ。

 明日から葉月となるので、Aさんちに水だけを貰いに出かける。帰宅途中、図書館に寄り、返却と貸出しを済ませる。英国の歴史も曰くがあり、残虐なことには事欠かない実態に、権力を持つ者の器量を思わせる。今まで知らなかった事実にも、この歳になれば理解できることも増え。

 知人の実家が桃の栽培農家で、白桃や黄桃を分けてもらう。今年は、今までの発送先への中止もあって、桃の出来も然程良くはなかった。リエさんには、黄桃だけを贈ったが、余りの多さにびっくりしたようだ。黄桃も、缶詰用と生食用があって、味を占めたら堪えられない美味しさ。

 早正午である。のんべんだらりでは時間ばかりが過ぎるが、介護の激務には、自宅での休養しかないのだ。湿気のせいか?先日転倒した左臀部が痛む。枇杷葉の生葉を貼って凌ぐ。気温の低下にも依るが、すばるの居場所で、温度が知れる。寝床が温かい場所にへと移る。賢い。

 アイロン掛けもしなくては。繕い物もある。と思いつつ、沢田研二さんの、ローヤル・ストレートフラッシュを観る。この時点で、人間臭くなってきて、若い時よりもいいかな・・・田中裕子さんとの結婚で、本来の沢田研二さんに、密かに拍手。此処までの年数には、伺い知れぬ苦労も。

 野山には、定家葛が匂っている。白い小さな花だが、芳香が素晴らしい。葛なので何処にでも蔓延っている。電柱であろうと、何であろうと巻き付く。枝垂れている様など、実に見事で、つい見惚れてしまう。今月は、秋の交通月間だから、あちこちに鼠取りが出没しているので注意が。

 珈琲を豆で購入するようになって、粉の分量が濃すぎることに気づく。品質やら価格もあるのだろうが、通販で買うようになった、銀座の物が美味しい。咽喉越しが軟らかく、何杯もお代わりをしてしまう。メーカーにも依るのだろうか?それとも生産地や製造法にもと、想像を廻らす。

 読書週間も近くなり、気温にも凌ぎ易さが加わるので、本を読む愉しみが増える。中国の詩人・白楽天を借りた。簾を掲げて観る風流は持ち合わせていないが、学ぶ歓びは失いたくない。災害は、堪えず起こり得ることを想定して、日々を送れる工夫をしたい。いざと言う時への覚悟も。

 鉢植えにして、室内管理のベゴニア系の植物。こちらはすっかり忘れているが、夏になると。

 

コメント
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