米国に太平洋軍司令官の更迭を要求した中国
JBpress 5/11(木) 6:10配信
米国に太平洋軍司令官の更迭を要求した中国
横田空軍基地でスピーチするハリス米海軍大将(2016年10月6日、出所:米海軍、U.S. Navy photo by Petty Officer 1st Class Jay M. Chu/Released)
中国の習近平国家主席がトランプ大統領とフロリダで会談した時期に、中国外交当局がアメリカ太平洋軍司令官のハリー・ハリス海軍大将を更迭するようトランプ政権に要求していたことが明らかになった。
もちろん、ホワイトハウスはこのような(常軌を逸した)要求ははねつけた。だが、アメリカ海軍関係者たちは「ついに中国が他国の海軍の人事にまで口出しし始めた」と驚きを隠せないでいる。
■ 対中強硬派の頭目とみなされているハリス司令官
なぜ中国側はトランプ政権に対して「ハリス司令官を更迭しろ」というとんでもない要求をしたのか。きっかけが対北朝鮮政策に関する米国からの中国への要請であったことは明らかだ。つまり、トランプ大統領は、アメリカを核ミサイル攻撃する能力を手に入れつつある北朝鮮に対して、中国が“本気で”圧力をかけて抑制するよう習主席に要請した。中国はそのことに対する見返りの1つをアメリカに求めたということだ。
中国国防当局は、前々からハリス大将こそが中国に対するハードライナー(hard liner:強硬路線支持者)の頭目であると快く思っていなかった。そしてトランプ政権がスタートするや、中国にとって大将はますます“目の上のたんこぶ”のような存在となっている。
金正恩を軍事的に威嚇するためにカール・ビンソン空母打撃群を差し向けたり、巡航ミサイル原潜を派遣したりしている張本人はハリス大将である。また、韓国にTHHAD(弾道ミサイル防衛システム)を配備するのを強力に推進したのもハリス大将であり、中国にとっては、国際社会に目を向けてほしくない南シナ海での軍事的拡張政策に対して「公海航行自由維持のための作戦」(FONOP)を振りかざして騒ぎ立てようとしている元凶もまたハリス大将である──と中国は考えている。
もちろん、中国といえども、ハリス大将を罷免させることなど絶対不可能なことは百も承知である。だがトランプ大統領が中国側に対して北朝鮮問題で協力を求めたのを機に、中国にとって好ましからぬ人物を排除せよと迫ることで、トランプ政権が南シナ海での中国の活動を見過ごすように、そしてその第一歩として南シナ海でのFONOPを控えるように、暗に要求したと考えることができる。
■ オバマ政権が実施した“形だけの”FONOP
ハリス司令官は、太平洋軍の海軍部隊である太平洋艦隊の司令官を経て、現職の太平洋軍司令官に就任した。太平洋艦隊司令官だった当時から、中国の覇権主義的海洋侵出政策、とりわけ南シナ海への海洋戦力の進出に強く警鐘を鳴らしていた。太平洋艦隊司令部参謀たちの多くや太平洋海兵隊司令部などは対中強硬派であり、ハリス大将の方針に同調していた。
しかしながら、当時の太平洋軍司令官がオバマ大統領同様に中国に対して融和的な方針をとっていたため、ハリス大将の対中強硬方針は実現するに至らなかった。それどころか、一部の高級参謀は対中強硬論を公言し続けたために、実質的に退役に追い込まれてしまう始末であった。
ハリス大将は、太平洋軍司令官に就任(太平洋軍司令官は、通常太平洋艦隊司令官が就くポスト)した後も、ますます露骨に南シナ海への軍事的拡張政策を推進していた中国に対して牽制を実施すべきと主張し続けた。しかし、オバマ政権が対中強攻策の実施をなかなか許さなかった。
やがて2015年秋になり、中国が南沙諸島に7つもの人工島を誕生させ、そのうちの3つに3000メートル級滑走路が建設されている状況が明らかになると、ようやくオバマ大統領はハリス大将が主張し続けていた中国牽制策にゴーサインを出した。
ただし、実施が許可されたのは、海軍戦略家たちが目論んでいた姿とはかけ離れた、極めて形式的で“おとなしい”形のFONOPであった。
FONOPとは、中国が実効支配している南沙諸島や西沙諸島の島嶼(人工島を含む)沿岸12海里内で軍艦を航行させることによって、中国による一方的な海域支配の主張を牽制する海軍作戦である。対中強硬派が目論んでいたFONOPは、それら島嶼の12海里内に軍艦を乗り入れて、艦載ヘリコプターを飛ばすといったような軍事的活動を行うことで中国側を牽制するものであり、少なくとも毎月(人によっては毎週)実施せねば効果は上がらないと考えられていた。
しかしながらオバマ大統領によって許可されたFONOPは、それら島嶼の12海里内海域を可及的速やかに航行するというもので、平時においてあらゆる海軍艦艇が有する無害通航権の行使と何ら違うところがなかった(国際法によると、軍艦は他国の領海内といえども、沿岸国に脅威を与えないように可及的速やかに通航することが認められている)。
それだけではない。オバマ大統領がしぶしぶゴーサインを出して第1回目の南シナ海FONOPが実施された2015年10月以降、オバマ大統領がホワイトハウスを去った2017年1月までの約16カ月間の間に実施された“控えめなFONOP”は、わずか4回であった。
(参考)
「硬軟織り交ぜてアメリカを翻弄する人民解放軍」(2015年11月5日)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45345
「それでも日本はアメリカべったりなのか?」(2016年2月4日)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45947
「米軍の南シナ海航行で中国がますます優位になる理由」(2016年5月19日)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46862
「米軍と共同FONOPに乗り出しても時すでに遅し」(2016年10月6日)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/48039
「オバマの腑抜けFONOP、“中国の”島に近づかず」(2016年10月27日)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/48218
■ 再開されないFONOP
トランプ政権は大統領選挙期間中から「オバマ大統領がFONOPを含めて南シナ海に対して極めて消極的であり、中国を利していた」と強く批判していた。そして、ティラーソン国務長官やマティス国防長官も、南シナ海での中国の軍事的横暴は許さないと明言していた。
そうした状況から、太平洋軍そして海軍関係者たちの多くは、いよいよハリス司令官を筆頭とする対中強硬派によって、南シナ海や東シナ海での中国の軍事的拡張主義を強く牽制する様々な作戦が開始されるものと期待していた。
とりあえずは、より効果的なFONOPの開始である。これまでの4カ月に1回といった“遠慮しすぎのペース”ではなく、執拗に繰り返すパターンが開始されるものと考えられていた。
実際に、トランプ政権がスタートして間もない2月から、太平洋軍や海軍が南シナ海でのFONOPの実施を要請し始めた。ところが、なぜかペンタゴン(国防総省)はホワイトハウスに要請するのを躊躇していた。ハリス司令官はじめ太平洋軍側はFONOPのみならず南シナ海問題に対する強力な関与を提言し続けていたが、ペンタゴンの態度は不可解なものであった。
そうこうしている間に北朝鮮問題が生起する。結局、トランプ政権と中国当局によるディールの材料として南シナ海問題が用いられてしまい、これまでのところFONOPは再開されるに至っていない。
■ さらに低い東シナ海のプライオリティー
トランプ政権は、オバマ政権の弱腰外交姿勢との違いを強調するために、南シナ海での対中強硬姿勢をアピールしていた。しかし、北朝鮮がアメリカ本土を直接軍事攻撃可能な大陸間弾道ミサイルの完成が現実に近づきつつある状況が確認されると、一気に北朝鮮対策がトランプ政権の軍事プライオリティーの最上位に躍り出て、南シナ海問題は影を潜めてしまった。
たしかに、南シナ海問題でアメリカが守りたい「公海での航行の自由原則」はアメリカの国是ではある。だが、南シナ海を中国が軍事的にコントロールすることで同盟国や友好国(フィリピン、インドネシア、日本、韓国、台湾、ベトナム)が不利益を被っても、アメリカに対する直接的な危害は生じない。単に理念的な問題だけなのだ。
まして、尖閣諸島を巡る日中間の領域争いは、アメリカの国是である「公海での航行の自由原則」の維持とも関係なく、アメリカにとっては第三国間の領域紛争にすぎない。
つまり、アメリカ自身が直接軍事攻撃を受ける可能性のある北朝鮮問題と比べるまでもなく、トランプ政権にとって、東シナ海問題は理念的な国是と関連する南シナ海問題よりもはるかにプライオリティーが低い問題である(口では何とでも言えるが)。日本政府はそのことを肝に銘じておかねばならない。
JBpress 5/11(木) 6:10配信
米国に太平洋軍司令官の更迭を要求した中国
横田空軍基地でスピーチするハリス米海軍大将(2016年10月6日、出所:米海軍、U.S. Navy photo by Petty Officer 1st Class Jay M. Chu/Released)
中国の習近平国家主席がトランプ大統領とフロリダで会談した時期に、中国外交当局がアメリカ太平洋軍司令官のハリー・ハリス海軍大将を更迭するようトランプ政権に要求していたことが明らかになった。
もちろん、ホワイトハウスはこのような(常軌を逸した)要求ははねつけた。だが、アメリカ海軍関係者たちは「ついに中国が他国の海軍の人事にまで口出しし始めた」と驚きを隠せないでいる。
■ 対中強硬派の頭目とみなされているハリス司令官
なぜ中国側はトランプ政権に対して「ハリス司令官を更迭しろ」というとんでもない要求をしたのか。きっかけが対北朝鮮政策に関する米国からの中国への要請であったことは明らかだ。つまり、トランプ大統領は、アメリカを核ミサイル攻撃する能力を手に入れつつある北朝鮮に対して、中国が“本気で”圧力をかけて抑制するよう習主席に要請した。中国はそのことに対する見返りの1つをアメリカに求めたということだ。
中国国防当局は、前々からハリス大将こそが中国に対するハードライナー(hard liner:強硬路線支持者)の頭目であると快く思っていなかった。そしてトランプ政権がスタートするや、中国にとって大将はますます“目の上のたんこぶ”のような存在となっている。
金正恩を軍事的に威嚇するためにカール・ビンソン空母打撃群を差し向けたり、巡航ミサイル原潜を派遣したりしている張本人はハリス大将である。また、韓国にTHHAD(弾道ミサイル防衛システム)を配備するのを強力に推進したのもハリス大将であり、中国にとっては、国際社会に目を向けてほしくない南シナ海での軍事的拡張政策に対して「公海航行自由維持のための作戦」(FONOP)を振りかざして騒ぎ立てようとしている元凶もまたハリス大将である──と中国は考えている。
もちろん、中国といえども、ハリス大将を罷免させることなど絶対不可能なことは百も承知である。だがトランプ大統領が中国側に対して北朝鮮問題で協力を求めたのを機に、中国にとって好ましからぬ人物を排除せよと迫ることで、トランプ政権が南シナ海での中国の活動を見過ごすように、そしてその第一歩として南シナ海でのFONOPを控えるように、暗に要求したと考えることができる。
■ オバマ政権が実施した“形だけの”FONOP
ハリス司令官は、太平洋軍の海軍部隊である太平洋艦隊の司令官を経て、現職の太平洋軍司令官に就任した。太平洋艦隊司令官だった当時から、中国の覇権主義的海洋侵出政策、とりわけ南シナ海への海洋戦力の進出に強く警鐘を鳴らしていた。太平洋艦隊司令部参謀たちの多くや太平洋海兵隊司令部などは対中強硬派であり、ハリス大将の方針に同調していた。
しかしながら、当時の太平洋軍司令官がオバマ大統領同様に中国に対して融和的な方針をとっていたため、ハリス大将の対中強硬方針は実現するに至らなかった。それどころか、一部の高級参謀は対中強硬論を公言し続けたために、実質的に退役に追い込まれてしまう始末であった。
ハリス大将は、太平洋軍司令官に就任(太平洋軍司令官は、通常太平洋艦隊司令官が就くポスト)した後も、ますます露骨に南シナ海への軍事的拡張政策を推進していた中国に対して牽制を実施すべきと主張し続けた。しかし、オバマ政権が対中強攻策の実施をなかなか許さなかった。
やがて2015年秋になり、中国が南沙諸島に7つもの人工島を誕生させ、そのうちの3つに3000メートル級滑走路が建設されている状況が明らかになると、ようやくオバマ大統領はハリス大将が主張し続けていた中国牽制策にゴーサインを出した。
ただし、実施が許可されたのは、海軍戦略家たちが目論んでいた姿とはかけ離れた、極めて形式的で“おとなしい”形のFONOPであった。
FONOPとは、中国が実効支配している南沙諸島や西沙諸島の島嶼(人工島を含む)沿岸12海里内で軍艦を航行させることによって、中国による一方的な海域支配の主張を牽制する海軍作戦である。対中強硬派が目論んでいたFONOPは、それら島嶼の12海里内に軍艦を乗り入れて、艦載ヘリコプターを飛ばすといったような軍事的活動を行うことで中国側を牽制するものであり、少なくとも毎月(人によっては毎週)実施せねば効果は上がらないと考えられていた。
しかしながらオバマ大統領によって許可されたFONOPは、それら島嶼の12海里内海域を可及的速やかに航行するというもので、平時においてあらゆる海軍艦艇が有する無害通航権の行使と何ら違うところがなかった(国際法によると、軍艦は他国の領海内といえども、沿岸国に脅威を与えないように可及的速やかに通航することが認められている)。
それだけではない。オバマ大統領がしぶしぶゴーサインを出して第1回目の南シナ海FONOPが実施された2015年10月以降、オバマ大統領がホワイトハウスを去った2017年1月までの約16カ月間の間に実施された“控えめなFONOP”は、わずか4回であった。
(参考)
「硬軟織り交ぜてアメリカを翻弄する人民解放軍」(2015年11月5日)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45345
「それでも日本はアメリカべったりなのか?」(2016年2月4日)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45947
「米軍の南シナ海航行で中国がますます優位になる理由」(2016年5月19日)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46862
「米軍と共同FONOPに乗り出しても時すでに遅し」(2016年10月6日)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/48039
「オバマの腑抜けFONOP、“中国の”島に近づかず」(2016年10月27日)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/48218
■ 再開されないFONOP
トランプ政権は大統領選挙期間中から「オバマ大統領がFONOPを含めて南シナ海に対して極めて消極的であり、中国を利していた」と強く批判していた。そして、ティラーソン国務長官やマティス国防長官も、南シナ海での中国の軍事的横暴は許さないと明言していた。
そうした状況から、太平洋軍そして海軍関係者たちの多くは、いよいよハリス司令官を筆頭とする対中強硬派によって、南シナ海や東シナ海での中国の軍事的拡張主義を強く牽制する様々な作戦が開始されるものと期待していた。
とりあえずは、より効果的なFONOPの開始である。これまでの4カ月に1回といった“遠慮しすぎのペース”ではなく、執拗に繰り返すパターンが開始されるものと考えられていた。
実際に、トランプ政権がスタートして間もない2月から、太平洋軍や海軍が南シナ海でのFONOPの実施を要請し始めた。ところが、なぜかペンタゴン(国防総省)はホワイトハウスに要請するのを躊躇していた。ハリス司令官はじめ太平洋軍側はFONOPのみならず南シナ海問題に対する強力な関与を提言し続けていたが、ペンタゴンの態度は不可解なものであった。
そうこうしている間に北朝鮮問題が生起する。結局、トランプ政権と中国当局によるディールの材料として南シナ海問題が用いられてしまい、これまでのところFONOPは再開されるに至っていない。
■ さらに低い東シナ海のプライオリティー
トランプ政権は、オバマ政権の弱腰外交姿勢との違いを強調するために、南シナ海での対中強硬姿勢をアピールしていた。しかし、北朝鮮がアメリカ本土を直接軍事攻撃可能な大陸間弾道ミサイルの完成が現実に近づきつつある状況が確認されると、一気に北朝鮮対策がトランプ政権の軍事プライオリティーの最上位に躍り出て、南シナ海問題は影を潜めてしまった。
たしかに、南シナ海問題でアメリカが守りたい「公海での航行の自由原則」はアメリカの国是ではある。だが、南シナ海を中国が軍事的にコントロールすることで同盟国や友好国(フィリピン、インドネシア、日本、韓国、台湾、ベトナム)が不利益を被っても、アメリカに対する直接的な危害は生じない。単に理念的な問題だけなのだ。
まして、尖閣諸島を巡る日中間の領域争いは、アメリカの国是である「公海での航行の自由原則」の維持とも関係なく、アメリカにとっては第三国間の領域紛争にすぎない。
つまり、アメリカ自身が直接軍事攻撃を受ける可能性のある北朝鮮問題と比べるまでもなく、トランプ政権にとって、東シナ海問題は理念的な国是と関連する南シナ海問題よりもはるかにプライオリティーが低い問題である(口では何とでも言えるが)。日本政府はそのことを肝に銘じておかねばならない。
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