伊藤 喜之
作家 元朝日新聞ドバイ支局長
プロフィール
国際刑事警察機構(インターポール)を通じて国際手配されながら中東のアラブ首長国連邦(UAE)の商都ドバイの地で生活を続けていた元参院議員のガーシーこと東谷義和容疑者(51)の事件は本人が急遽帰国し、逮捕されるという急展開を迎えた。突然の逮捕劇の裏で何が起こっていたのか。ガーシー氏やその周辺者を追った『悪党 潜入300日 ドバイ・ガーシー一味』(講談社+α新書)の著者で作家の伊藤喜之氏による現地からの緊急リポートをお届けする。
10数人のアラブ人風の男たち
3日午後8時40分すぎのことだった。ガーシー氏が友人の日本人男性2人と連れ立ってドバイ某所にある自宅レジデンスから食事のため外出しようとした時だ。
レジデンスの立体駐車場に止めていたガーシー氏所有のピックアップトラックに3人がそれぞれ乗り込むと、突然、10数人ほどの男たちが取り囲んだ。皆がTシャツと短パン姿とラフな格好。その風貌から見ると、アラブ人のようだ。その多くが常人の2倍以上の腕の太さを持つ、いかにも屈強そうな男たちだった。運転席側、助手席、後部座席に前に立ちはだかり、何やら大声で叫んでいる。車のドアが強引に開けられ、それぞれが腕を引っ張られるなどして引きずり出された。
「ラフな格好だったので、一瞬強盗かと思った」
その時、ガーシー氏とともに一時拘束された友人の一人は振り返る。
しかし、男たちの一人は間もなく首にかけていた自らの身分証を示してきた。しっかり見る余裕もなく所属名などは識別できなかったが、短パンの脇には手錠もぶら下がっている。これはどうやら強盗ではないと気づいた。ドバイ警察か、あるいはそれに類した当局の捜査官たちだろうと推測できた。
隔離されたガーシー
後部座席から外に出た友人が助手席側を見ると、少し抵抗しようとしたガーシー氏が力づくで引きずり出されていた。トラック近くには米国製の大型SUVである黒色のGMCユーコン2台が乗り付けられ、連行されたガーシー氏はその1台に押し込められた。ガーシー氏に対してだけは他の友人2人に対するよりも多い3、4人ほどの男たちが囲み、より重要なターゲットと認識されている様子が伝わってきた。
「ID(身分証)!ID!」
男たちは叫び、それぞれ身分証を示すように求めてきた。しかし、3人ともUAEの居住ビザ所有者に配布される居住者IDであるエミレーツIDやパスポートなどの身分証は上層階にある自宅に置いてきたままだ。所持していたスマートフォンに保存していたID画像などをひとまず見せた。その後、男たちはガーシー氏のエミレーツIDだけを自宅に取りに向かうよう求めてきたため、友人の一人が取りに向かった。
再び戻ってガーシー氏のIDを男たちに手渡すと、ガーシー氏だけが駐車場内に停まっていた白色のトヨタのバンに移された。
「彼はすぐに解放される」
どこに連れていくんだ、と友人が必死に問いかけると、捜査官と思われる男たちの一人は「No worry. He will be released soon!(心配するな。彼はすぐに解放される!)」と答えた。
ガーシー氏を乗せたバンが走り去ると、男たちは互いにハイタッチして喜び合っている。取り囲まれてから10分足らずの出来事。ミッション終了、と言わんばかりの光景だった。
その後は友人からの電話連絡を受けたガーシー氏に近い関係者が情報収集したところ、ガーシー氏はドバイのある警察施設で拘束されていることがわかった。さらに、インターポールでのガーシー氏に対する国際手配が「青手配」から「赤手配」に切り替わっていたこともわかった。青手配は加盟各国に所在や行動に関する情報提供を求めるに止まるが、最もレベルの高い赤手配は身体拘束を求められる。そして、ガーシー氏を連行した捜査官とおぼしき男たちはインターポールの指揮下で動いていたとの情報も入ってきた。
関係者の一人はただちに通訳を連れて警察施設に向かったが、対応した職員は「彼(ガーシー)はもうすぐ解放される」と言うだけで面会などは叶わなかった。
関係者とガーシー氏は電話でどう対応すべきかを話し合った。出国審査を経た後でもパスポートに審査場で「NOT DEPARTED(出国中止)」などのスタンプを押されることで制限エリアから引き返すことは通常なら可能だ。赤手配のガーシー氏の場合、航空会社や空港当局者にも情報共有され引き返しは拒絶される可能性もあるし、たとえ引き返せたとしても制限エリア外で捜査員たちが待ち構えている可能性もあるが、試してみないとわからない・・・。そんな案も出たが、ガーシー氏は最後にはきっぱり言ったという。
「いや、もう日本帰って戦うわ。真実を話してくる。俺、何も悪いことしてへんし」
その後、ガーシー氏は議員時代に秘書だった男性スタッフや日本の家族などに連絡を入れた後、飛行機に乗った。指定されていたのは、エコノミーの最後部座席。本来は近場に食事に出かけるはずだっため、関係者からのパリ土産にもらっていたフランスの高級ブランド「BALMAIN」の人気ゲームキャラクター、ピカチューとの青色のコラボTシャツと短パン、サンダルというラフな格好のままだった。そこでも捜査官らの同乗はやはりなかった。成田到着直後にもガーシー氏は関係者に電話し、「(機内でも)ぐっすり寝れたわ」などと話し、余裕のある様子だったという。
ガーシー氏を支援してきた関係者は言う。
「これまでインターポールに赤手配をかけられた日本人のリストを見ると、ハイジャック事件の犯人とかバラバラ殺人の殺人犯とか、そんな凶悪犯罪ばかり。容疑になったガーシーさんの暴露には広く世間に知らしめるべき事実としての公益性が認められると思うし、それで赤手配なんて不条理でしかない。だから、たとえ起訴されても裁判で十分戦えると考え、ガーシーさんは最後、自分で決断して帰国した。だからこそ到着した成田空港では、あの晴れやかな表情だったんです」
「ガーシー劇場第二幕」がはじまる
ユーチューブなどでの著名人の暴露発信によって世の中をかき回し、物議を醸し続けた約1年半。稀代のトリックスターと形容できるガーシー氏はようやく母国に舞い戻った。今後は警視庁捜査2課により暴力行為等処罰法違反(常習的脅迫)容疑などでの取り調べが待っている。3月に逮捕状発付や実家への家宅捜索を受けた後は暴露を封印していた当人だが、警察・検察との直接対決でどう向き合うのか。起訴された場合の法廷闘争は、動画配信とはまた違った形での、第二の「ガーシー劇場」として再び世間は注目せざる得なくなるだろう。
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