生物がほとんど存在しない"100年後の海"が式根島にあった!
7/11(土) 6:10配信
週プレNEWS
これが未来の海の姿。式根島のCO2噴出部に近い、酸性化が進んだ100年後の海。海底の岩に小さな藻類がベタッとへばりついているだけ。まるで死んだ海を見ているようだ
地球の気候変動は陸上だけの問題ではない。海の中も二酸化炭素によって酸性化が進んでいる。その未来の海の姿がすでに式根島に存在した!
【画像】現在の海と式根島の御釜湾
* * *
■海洋酸性化で生物絶滅の危機!?
"100年後の海"が式根島にあった。
そこはサンゴの姿はほとんど見られず、岩に小さな藻類が生えているだけの、まるでモノトーンの世界だった――。
この"100年後の海"を見つけたのは、筑波大学・下田臨海実験センターの研究チームだ。そのひとりの和田茂樹助教に話を聞いた。
――なぜ、ここが"100年後の海"だといえるのですか?
和田 その前に現在の海洋環境のことを少し説明させてください。今、地球の海では"酸性化"が進んでいます。
人間の産業活動によって二酸化炭素が排出され、地球温暖化が進んでいることはご存じだと思いますが、その排出された二酸化炭素の3分の1から4分の1は海に吸収されているんです。
十数年前までは「二酸化炭素が海に吸収されているのなら、温暖化が抑えられるからいいじゃないか」と思われていたんですが、最近は「海水の二酸化炭素濃度の上昇やpH(水素イオン指数)の低下は海洋環境に大きな影響を及ぼす」といわれています。
産業革命前(約300年前)の世界の海水の平均pHは8.2でした。そして、現在は8.1です(pH7が中性で、海は弱アルカリ性)。「なんだ0.1の差か」と思われるかもしれませんが、この0.1という変化が海洋生物にとんでもない影響を及ぼします。アメリカでは、すでにカキが殻を作れなかったという例が報告がされています。
さらに今世紀末(80年後)にはpH7.8くらいまで下がると予測されています。pHを7.8まで下げた環境で貝やサンゴなどを飼育した実験データをほかの研究グループが発表しているのですが、炭酸カルシウムの骨格を持つ貝やサンゴなどの生き物はダメージが大きく、殻がボロボロになったことが確認されています。
こうした直接的な影響だけでなく、世界の魚の約25%はサンゴに依存して生きています。サンゴがなくなると、そうした魚たちの行き場が失われてしまいます。
現在の地球の海は、このような状況にあるのです。
――温暖化の影響は大気だけでなく、海中にもあるということですね。
和田 そうです。さらに言えば、「海洋酸性化」に加えて、海の温度が高くなると酸素が溶けにくくなり、「海洋貧酸素化」が起こります。すると特に深海にいる生物に酸素が届かなくなり、深海環境に大きな影響が出てくる。
実は、海の「温暖化」「酸性化」「貧酸素化」という現象は、地球の歴史のなかで最も深刻な大量絶滅のときに起こったといわれています。
約2億5000万年前の古生代と中生代の間に、やはり海の「温暖化」「酸性化」「貧酸素化」が進み、海洋生物のかなりの割合が絶滅したといわれています。
今の海の状況が部分的に、そのときと似ているのではないかと危惧されているんです。
■"100年後の海"は小さな藻ばかりの海
――で、その海洋酸性化の影響で、式根島に"100年後の海"が現れたと?
和田 いえ、違います。海には「CO2シープ」と呼ばれる、海底から二酸化炭素がポコポコと湧いている場所があるんです。
なぜ、二酸化炭素が出ているかはハッキリとわからないんですが、出てきたガスの成分を測定すると二酸化炭素からなるガスであることはわかっています。
こうした場所は、イタリアやギリシャ、パプアニューギニアなど世界に何ヵ所かあって、日本には沖縄の硫黄鳥島(いおうとりしま)と東京の式根島で確認されています。
このCO2シープでは、噴出部の二酸化炭素濃度が非常に高く、噴出部から離れれば離れるほど濃度が低くなり、最終的には噴出した二酸化炭素の影響がまったくない"現在の海"になります。
逆に言うと現在の海から噴出部に近づいていくと"未来の海"になるわけです。そして、二酸化炭素濃度やpHなど、さまざまなデータから"100年後の海"を予測したわけです。
式根島の海は本来、大きなテーブルサンゴや枝サンゴ、大きな藻類が生息しているとても豊かな海です。しかし"100年後の海"は、サンゴや大きな海藻がほとんどなくなり、小さな藻類ばかりになってしまっています。
また、大きな藻類は3次元構造をつくるので、その隙間にさまざまな生物がすみつくのですが、小さな藻類は岩の表面にベタッとつくので3次元的な構造をつくれません。そのため、生物の多様性がなくなってしまっている。
しかも、この小さな藻類は岩に定着してもすぐに死んでいきます。酸性化が進むと、短寿命の生物が多くなるといわれているんですが、まさにそのとおりの光景です。
ほかにもボウシュウボラという貝殻の茶色い巻き貝が日本沿岸には多く生息しているのですが、酸性化した海にいるボウシュウボラは貝殻が白く、表面が溶けてツルツルしていました。また、そのボウシュウボラをスキャンしてみると、貝殻の厚みが薄く、ボロボロでした。
――100年後の海は地球のほとんどで、そういう状態になるということですか?
和田 僕らが「ここが100年後だ」と予測している場所は、満潮・干潮という潮の影響を受けます。風向きによって潮流も変わってきます。ですから"100年後の海"の平均的な二酸化炭素レベルはこれくらいだろうという予測で設定しているんですが、そこが本当に100年後の海なのかは"揺らぎ"があると思います。
ただ、このまま急激な海洋酸性化が進めば、数十年後に起こってもおかしくはありません。
――そこまで海洋酸性化は深刻なんですか?
和田 そうですね。海の中のことは見えにくいですが、人間の生活と海のつながりはとても深いので、気候変動による大気の温暖化も心配ですが、海の酸性化や温暖化にも目を向けてほしいと思います。
――ちなみに、今から二酸化炭素排出量を減らせば、酸性化を止めることはできるんですか?
和田 今から二酸化炭素の排出をスパッとやめられれば一番いいんですが、現実的には難しいと思います。また、もし排出をやめられても、酸性化が緩やかになるだけで、産業革命前の状態に戻るのには、数百年近くかかると思います。
――マジですか!?
和田 なので、二酸化炭素の排出に対する世界的な動きは、数十年前は「いかに二酸化炭素の影響を抑えるか」という緩和策だったんですが、最近は二酸化炭素の排出を止めることはできないので、変わる世界にどう適応していくかという適応策に変わりつつあります。
* * *
新型コロナウイルス感染症によって今"新しい日常"が始まっているが、この問題が終わったとしても、地球環境の変化によって、また別の"新しい日常"を送ることになるかもしれない。
(写真/和田茂樹 Ben Harvey Nicolas Floc'h Marco Milazzo)
取材・文/村上隆保
7/11(土) 6:10配信
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これが未来の海の姿。式根島のCO2噴出部に近い、酸性化が進んだ100年後の海。海底の岩に小さな藻類がベタッとへばりついているだけ。まるで死んだ海を見ているようだ
地球の気候変動は陸上だけの問題ではない。海の中も二酸化炭素によって酸性化が進んでいる。その未来の海の姿がすでに式根島に存在した!
【画像】現在の海と式根島の御釜湾
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■海洋酸性化で生物絶滅の危機!?
"100年後の海"が式根島にあった。
そこはサンゴの姿はほとんど見られず、岩に小さな藻類が生えているだけの、まるでモノトーンの世界だった――。
この"100年後の海"を見つけたのは、筑波大学・下田臨海実験センターの研究チームだ。そのひとりの和田茂樹助教に話を聞いた。
――なぜ、ここが"100年後の海"だといえるのですか?
和田 その前に現在の海洋環境のことを少し説明させてください。今、地球の海では"酸性化"が進んでいます。
人間の産業活動によって二酸化炭素が排出され、地球温暖化が進んでいることはご存じだと思いますが、その排出された二酸化炭素の3分の1から4分の1は海に吸収されているんです。
十数年前までは「二酸化炭素が海に吸収されているのなら、温暖化が抑えられるからいいじゃないか」と思われていたんですが、最近は「海水の二酸化炭素濃度の上昇やpH(水素イオン指数)の低下は海洋環境に大きな影響を及ぼす」といわれています。
産業革命前(約300年前)の世界の海水の平均pHは8.2でした。そして、現在は8.1です(pH7が中性で、海は弱アルカリ性)。「なんだ0.1の差か」と思われるかもしれませんが、この0.1という変化が海洋生物にとんでもない影響を及ぼします。アメリカでは、すでにカキが殻を作れなかったという例が報告がされています。
さらに今世紀末(80年後)にはpH7.8くらいまで下がると予測されています。pHを7.8まで下げた環境で貝やサンゴなどを飼育した実験データをほかの研究グループが発表しているのですが、炭酸カルシウムの骨格を持つ貝やサンゴなどの生き物はダメージが大きく、殻がボロボロになったことが確認されています。
こうした直接的な影響だけでなく、世界の魚の約25%はサンゴに依存して生きています。サンゴがなくなると、そうした魚たちの行き場が失われてしまいます。
現在の地球の海は、このような状況にあるのです。
――温暖化の影響は大気だけでなく、海中にもあるということですね。
和田 そうです。さらに言えば、「海洋酸性化」に加えて、海の温度が高くなると酸素が溶けにくくなり、「海洋貧酸素化」が起こります。すると特に深海にいる生物に酸素が届かなくなり、深海環境に大きな影響が出てくる。
実は、海の「温暖化」「酸性化」「貧酸素化」という現象は、地球の歴史のなかで最も深刻な大量絶滅のときに起こったといわれています。
約2億5000万年前の古生代と中生代の間に、やはり海の「温暖化」「酸性化」「貧酸素化」が進み、海洋生物のかなりの割合が絶滅したといわれています。
今の海の状況が部分的に、そのときと似ているのではないかと危惧されているんです。
■"100年後の海"は小さな藻ばかりの海
――で、その海洋酸性化の影響で、式根島に"100年後の海"が現れたと?
和田 いえ、違います。海には「CO2シープ」と呼ばれる、海底から二酸化炭素がポコポコと湧いている場所があるんです。
なぜ、二酸化炭素が出ているかはハッキリとわからないんですが、出てきたガスの成分を測定すると二酸化炭素からなるガスであることはわかっています。
こうした場所は、イタリアやギリシャ、パプアニューギニアなど世界に何ヵ所かあって、日本には沖縄の硫黄鳥島(いおうとりしま)と東京の式根島で確認されています。
このCO2シープでは、噴出部の二酸化炭素濃度が非常に高く、噴出部から離れれば離れるほど濃度が低くなり、最終的には噴出した二酸化炭素の影響がまったくない"現在の海"になります。
逆に言うと現在の海から噴出部に近づいていくと"未来の海"になるわけです。そして、二酸化炭素濃度やpHなど、さまざまなデータから"100年後の海"を予測したわけです。
式根島の海は本来、大きなテーブルサンゴや枝サンゴ、大きな藻類が生息しているとても豊かな海です。しかし"100年後の海"は、サンゴや大きな海藻がほとんどなくなり、小さな藻類ばかりになってしまっています。
また、大きな藻類は3次元構造をつくるので、その隙間にさまざまな生物がすみつくのですが、小さな藻類は岩の表面にベタッとつくので3次元的な構造をつくれません。そのため、生物の多様性がなくなってしまっている。
しかも、この小さな藻類は岩に定着してもすぐに死んでいきます。酸性化が進むと、短寿命の生物が多くなるといわれているんですが、まさにそのとおりの光景です。
ほかにもボウシュウボラという貝殻の茶色い巻き貝が日本沿岸には多く生息しているのですが、酸性化した海にいるボウシュウボラは貝殻が白く、表面が溶けてツルツルしていました。また、そのボウシュウボラをスキャンしてみると、貝殻の厚みが薄く、ボロボロでした。
――100年後の海は地球のほとんどで、そういう状態になるということですか?
和田 僕らが「ここが100年後だ」と予測している場所は、満潮・干潮という潮の影響を受けます。風向きによって潮流も変わってきます。ですから"100年後の海"の平均的な二酸化炭素レベルはこれくらいだろうという予測で設定しているんですが、そこが本当に100年後の海なのかは"揺らぎ"があると思います。
ただ、このまま急激な海洋酸性化が進めば、数十年後に起こってもおかしくはありません。
――そこまで海洋酸性化は深刻なんですか?
和田 そうですね。海の中のことは見えにくいですが、人間の生活と海のつながりはとても深いので、気候変動による大気の温暖化も心配ですが、海の酸性化や温暖化にも目を向けてほしいと思います。
――ちなみに、今から二酸化炭素排出量を減らせば、酸性化を止めることはできるんですか?
和田 今から二酸化炭素の排出をスパッとやめられれば一番いいんですが、現実的には難しいと思います。また、もし排出をやめられても、酸性化が緩やかになるだけで、産業革命前の状態に戻るのには、数百年近くかかると思います。
――マジですか!?
和田 なので、二酸化炭素の排出に対する世界的な動きは、数十年前は「いかに二酸化炭素の影響を抑えるか」という緩和策だったんですが、最近は二酸化炭素の排出を止めることはできないので、変わる世界にどう適応していくかという適応策に変わりつつあります。
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新型コロナウイルス感染症によって今"新しい日常"が始まっているが、この問題が終わったとしても、地球環境の変化によって、また別の"新しい日常"を送ることになるかもしれない。
(写真/和田茂樹 Ben Harvey Nicolas Floc'h Marco Milazzo)
取材・文/村上隆保
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