
前々から環境体験による後天性遺伝のメカニズムに興味があった。例えば、恐怖体験による後
天性てんかん症(Acquired epilepsy)が、隔世遺伝するメカニズムなどに。身の危険を感じると、
その「記憶」は精子を介して子孫に伝えられる。マウスを使った実験で、個体の経験が遺伝的
に後の世代に引き継がれる現象が明らかになった。米国の研究チームが科学誌ネイチャー・ニ
ューロサイエンス電子版が発表された。その実験では、オスのマウスの脚に電気ショックを与
えながらサクラの花に似た匂いをかがせ、この匂いを恐れるように訓練。その後、メスとつが
いにして、生まれてきた子どもに様々な匂いをかがせた。すると、父親が恐怖を感じたサクラ
の匂いのときだけ、強くおびえるしぐさをみせた。孫の世代でも、同様の反応が得られた。父
マウスと子孫の精子のDNAを調べると、嗅覚を制御する遺伝子に変化の跡があり、脳の嗅覚
神経細胞の集まりが大きく発達していた。これらの変化が親の「教育」によるものでないこと
を確かめるため、父マウスから精子を採り、人工授精で子を育ててその脳を調べると、同様の
変化が見られた。生物の遺伝情報はDNAに刻まれて親から子へ引き継がれるが、生活習慣や
ストレスなど、後天的な要因で遺伝子のスイッチの入り方が変わることが知られている。研究
チームは「今回の成果は、ある種の精神神経疾患の解明につながる可能性がある」と。まだま
だ、解明すべき課題があるものの、またひとつの道筋が切り拓かれたようだ。これは面白い。
※ “Parental olfactory experience influences behavior and neural structure in subsequent generations”,
Nature NeuroscienceYear published:(2013)DOI:doi:10.1038/nn.3594
【インジウムガリウム砒素トランジスタの新構造】
携帯情報端末の爆発的な普及やIT機器の高機能化に伴う消費電力の増大により、電子情報機器
の消費電力低減が求められているが、これらに搭載されている大規模集積回路(LSI)を構成
する個々のトランジスタに供給する電圧(電源電圧)を低くすることが肝となる。これまで、電
源電圧は徐々に下げられてきたが、近年、1V程度で飽和しつつあり、2016年の予測でも0.8 V
~0.6 Vに留まる。これは、従来のトランジスタの材料であるシリコン(Si)の物性や平面型
のトランジスタ構造による限界に近づいてきたためである。そこで、Siより電子の移動度の高
いInGaAsなどのⅢ-Ⅴ族化合物半導体を導入し、さらに、FinFETなど、立体的なゲート構造を
採用してこの限界を下回る電源電圧を達成するための研究開発が活発化してきているなか、本
日、産業技術総合研究所が、新構造の採用により性能を従来から2倍向上させたインジウムガ
リウムヒ素(InGaAs)トランジスタを開発したと発表。四角形断面を持つInGaAsの立体構造上
に、適切な条件でInGaAsを再成長させて、両斜面が(111)B面である三角形断面の立体構造を作
製し、この立体構造をチャネルとしたトランジスタは、(111)B面に起因する高移動度と、再成
長時の表面平坦化により、従来のInGaAsトランジスタの2倍の電子移動度を示した。これによ
り、トランジスタの動作電圧を下げられ、従来の四角形断面構造に比べ、集積回路の消費電力
が最大で6割程度低減することが期待されるという。
この発明によると、通常、InGaAs基板の表面の面方位は(001)面であるが、(111)A面を用いる
と電子移動度が高くなる※ことが報告されていた。今回、エピタキシャル成長時に(111)A面よ
り出現しやすい(111)B面上の電子移動度が(001)面上より大きくなることを発見した。トラン
ジスタの電流駆動力増大に有利な(111)B面の利用を、オフ時のリーク電流を抑制するための立
体チャネル構造と組み合わせるため、図1に示すような三角形断面のチャネルを持つトランジ
スタを作製した。初めに(001)リン化インジウム(InP)基板の(001)面上にInGaAs薄膜をエピ
タキシャル成長させ、Si基板上の絶縁膜に貼り合わせた。塩酸によってInP基板だけを選択的
にエッチングすると、通常の(001)表面を持つInGaAs薄膜が残る。この薄膜を微細な長方形断
面の立体構造(InGaAs-fin)に加工したのち、その上に、適切な条件でInGaAsをエピタキシャ
ル成長させると、両斜面が(111)B面である三角形断面の立体チャネル構造が得られた。この時、
下地の絶縁膜上にはInGaAsが成長せず、InGaAs-fin上にだけ選択的に成長させることができた
という。当初は、InGaAs-fin上にはリソグラフィーやエッチング工程に起因する幅の不均一が
存在したが、InGaAsの成長過程で平坦化されることも分かった(図2)。(111)B面上の成長速度
が他の面上より遅く、(111)B面が広範囲に形成されるため、平坦化されると考えられる。なお、
InGaAs-finの向きにより、表面が(110)面である類似の立体構造も形成されるが、(111)B面上
の移動度の方が高い(図3)。
※ III-V MOSFET高移動度化技術と移動度決定要因の解明(下図参照)
MOSFETを作製する際には、通常は(100)面と呼ばれる結晶面を用いるInあるいはGaから構成さ
れる(111)Aと呼ばれる面の上で良質なIII-V結晶を成長する技術を確立した上で、この面を用
いてMOSFETを作製することで、電子移動度が向上することを発見。これに加えて、III-V表面
を硫化アンモニウム溶液に浸すという簡便な方法を用いて表面を硫黄原子で終端させ、移動度
がさらに向上することを突き止める。III-VチャネルとしてInGaAsを用いた場合(111)A面を硫
黄で終端した上に作製したMOSFETは、電流を担うキャリア電子の濃度が平方センチメートルあ
たり10の13乗個という高い濃度条件においても、シリコンの2倍以上の移動度を示す。
※ MOS界面形成技術
これは最も本質的な問題の一つであったが、既に述べてきたように近年の様々な技術の発達に
より、幾つかの要素技術によりON/OFF動作上支障の無い程度のMOSFETが得られている。GaAsに
おいても清浄な表面に適切な手法でGa2O3/Gd2O3を形成することで低界面準位密度のMOS界面が
形成できることが知られているが、InGaAsを用いることでより容易に高品質なMOS界面の形成
が可能である。InP基板上にエピタキシャル成長により形成されたInGaAs結晶表面を化学的な
処理により清浄化後、SもしくはSe処理または窒化処理を施し、その後ALD(Atomic Layer De-
position)法を用いたAl2O3膜の堆積により、良好な界面特性を有するAl2O3ゲート絶縁膜を形
成出来る。これらの処理の厳密なメカニズムは未だ検証中であるが、これらの処理を通じて界
面準位の要因と推測される過剰AsないしAs酸化物の除去(S/Se、N化処理とALD初期過程におけ
る、原料TMA:trymethylaluminumによる表面酸化膜の還元除去等が関与しているものと考えら
れている)、さらに表面ダングリングボンドの終端(S/Se、N化)も同時に進行しているもの
と推測される。また、InGaAsにおいては、Fig. 12に示したようにCNLが伝導帯に近いこと、伝
導帯下端がGaAsに比べ真空準位から離れる(電気陰性度が大きい)ため、Fig. 13に示したよ
うな界面結合の反結合状態に由来する界面準位が伝導帯内に入り込みギャップ内状態となりに
くいことも、InGaAsのMOS界面特性が比較的良好となる一因と考えられる。こういった一連の
操作により、一般に用いられているSi MOSFETに比べ2~3倍に及ぶ高い電子移動度を有する
n型InGaAs MOSFETの動作に成功している(Fig. 14(a))。
別れ際にまた二人は握手をした。外に出ると弱い雨が降っていた。ベージュのレインコ
ートを着た高槻がその雨の中に歩いて消えてしまったあと、家福はいつものように自分の
右の手のひらをしばらく見つめた。そしてあの手が妻の裸の身体を撫でたのだと思った。
しかしそう思っても、その日は不思議に息苦しい気持ちにはならなかった。そういうこ
ともあるのだろう、と思っただけだった。たぶんそういうこともあるのだろう。だってそ
れはただの肉体じゃないか、と家福は自分に言い聞かせた。やがては小さな骨と灰になっ
てしまうだけのものじゃないか。もっと大切なものがきっと他にあるはずだ。
もしそれが盲点だとしたら、僕らはみんな同じような盲点を抱えているんです。その言
葉が家福の耳に長いあいだ残っていた。
「その人とは長く友だちとしてつきあったのですか?」とみさきは前方の車の連なりを見
つめながら尋ねた。
「かれこれ半年近く友だちづきあいをして、月に二度くらいどこかの酒場で顔をあわせ、
一緒に酒を飲んだ」と家福は言った。「それからまったく会わなくなった。誘いの電話が
かかってきても、無視した。こちらからは連絡をしなかった。そのうちに電話もかかって
こなくなった」
「向こうは不思議に思っているでしょうね」
「たぶん」
「傷ついたかもしれない」
「そうかもしれない」
「どうして急に会わなくなったんですか?」「演技をする必要がなくなったからだよ」
「演技をする必要がなくなったから、友だちでいる必要もなくなったということですか?」
「それもある」と家福は言った。「でも別のこともある」
「どんなことですか?」
家福は長いあいだ黙っていた。みさきは火のついていない煙草をくわえたまま、家福の
顔をちらりと見た。
「吸いたければ、煙草を吸ってもいいよ」と家福は言った。
「はあ?」
「それに火をつけてもいい」
「屋根は閉まっていますが」
「かまわない」
みさきは窓ガラスを下ろし、車のライターでマールポロに火をつけた。そして煙を大き
く吸い込み、うまそうに目を細めた。しばらく肺に留めてから、窓の外にゆっくりと吐き
出した。
「命取りになるぞ」と家福は言った。
「そんなことを言えば、生きていること自体が命取りです」とみさきは言った。
家福は笑った。「ひとつの考え方ではある」
「家福さんが笑ったのを初めて見ました」とみさきは言った。
そう言われればそうかもしれないと家福は思った。演技ではなく笑ったのはずいぶん久
しぶりかもしれない。
「前から言おうと思っていたんだが」と彼は言った。「よく見ると君はなかなか可愛い。
ちっとも醜くなんかない」
「ありがとうございます。私はただあまり器量がよくないだけです。ソーニャと同じよう
に」
家福は少し驚いてみさきを見た。「『ヴァーニャ伯父』を読んだんだね」
村上春樹 『ドライブ・マイ・カー』
文藝春秋 2013年12月号掲載中
厳冬到来か?!この車輪付き除雪機で腰の負担を軽減できるだろうかと考えてみたが、購入す
るところまで心は動かなかった。残件扱いとして今夜はこの辺で。
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