すべてはうまくいっている

EVERYTHING IS GOING WELL

なんとなく

2010年07月27日 | 日記
先週は連休が明けてから、なんとなくいつもと違う感覚の一週間でした。
久しぶりに熱が39度近く出たり、
ピアノ音楽ばかり聞いていたり、
人から誤解されたり、
会社で他部署のお偉方から絡まれたり、
なんとなく悶々としてしまう週でした。

週末は、うれしいニュースが続きました。
なんと、知人が続けて出産ハッピー報告。
大好きな人たちなので、本当にうれしい。
息子が6歳の誕生日。もう6歳。え!来年は小学生~。
夕食が、焼き肉に、お寿司とつつく。
アレルギーの子供を持つ親には、外食は一大イベントなのです。

今でも、なんとなく感覚的な違和感、「いつもと違う」みたいな感覚があります。
時々ふと、さみしい気持ちを感じる時もあります。
胸騒ぎというか、何かもどかしいような。
何か脱皮の時なのでしょうか???

まぁ、こんな時もあるよね。

なんとなく、なんとなく、ただ感じるのです。

自己肯定感 その2

2010年07月15日 | 日記
「子育てハッピーアドバイス」シリーズの最新刊、『大好き!が伝わる ほめ方・叱り方』を読みました。

僕はこのシリーズすべてを読んでいます。
毎回読んで思いますが、この本は「子育て」のジャンルを超えています。
子育てに関わっていない人にも、ぜひ読んでほしい本です。

今回のテーマは、「ほめ方・叱り方」。
その根底にあるのは、やはり、「自己肯定感」です。
自分の気持ちをわかってもらえる、受け入れてもらえること。
自分のいいところも悪いところも、全部受け入れて愛してくれること。

ビジネスの文脈で、「ほめる」ということが取り上げられる時、たいてい他人を動かすテクニック、自分の都合のいいように相手を変える動かす手段のように語られます。
コミュニケーションのテクニック、方法論として展開されることが多い。

僕は社会人1年目の時、販売員をしていました。
その時配属された店舗のやり手の女性副店長から教えられたことが、「SOS話法」いうものでした。
他人をほめるテクニックです。

「すご~い!」(S)

「教えてくださ~い」(O)

「さすが~♪」(S)

なんかインチキ臭いですね。
でも、当時の何もわからない新人社員には「魔法の言葉」でした。
結構お客様と話がつながり、結構使えるテクニックでした。
それで喜んでくださるお客さまも結構いました。

別に何も嘘をついているわけではありません。
商品説明もしっかりしていました。
でも、後でなんとなく虚しさを感じてしまう・・・。
お客様自身に関心があったのではなく、自分の売上のためにコミュニケーションをとっていました。
お客様をある意味馬鹿にしていたのかもしれません。
テクニックはテクニックです。

ほめるとは、一体何なのでしょうか?

著者の明橋大二先生の言葉が、とてもわかりやすい。

「『ほめる』とは、子供を評価することではありません。
子供のがんばり、成長を見つけて、その喜びを伝えていくことです。」

「『叱る』とは、子供に腹を立てることではありません。
子供が、自分も他人も大切にできるように、ひとつづつ教えていくことです」

上の「子供」という言葉を「相手」「他人」という言葉に置きかえると、大人社会、職場や人間関係にもそのまま当てはまります。
相手の存在を丸ごと認めていること、そしてそれを伝えることなのです。

親からの最高の贈り物は、
「自分のいいところも悪いところも、みんな受け入れられて、愛されている」と伝えること。
これ1つが伝われば、子供は輝きだすと、明橋先生は言っています。

喜びも悲しみも共感された時、自分は受け入れられていると、人は感じます。
たったこれだけのことですが、大人になると、本当の意味でやっている人はすくない。
販売員の時の僕のように、言葉だけ、共感したふりをしているオトナも多い。

僕が尊敬する佐田弘幸氏が言っていた言葉がずっと記憶に残っています。
(やっぱり飲み会の席でした・笑)

「子供が何かいいことをやった時に、ほめるのは間違っている」
「子供が、いいことやった時でも、うまくいかなかった時でも、どんな時もほめることが必要なんだ」

子供を、どんな時でも受け入れること。

子供は、受け入れられること、共感される時、自己肯定感を育み、他人を受け入れるようになります。
他人を愛せるようになります。

自分を受け入れられること、好きになること。
これさえできれば、別に貧乏でも、学歴がなくても、幸せを感じられます。

確かに、叱りたくなる時がありますよね。
でも、冷静に考えると、本当に叱ることなのか、「???」となる場合もあります。

われわれ大人は、思い込みの世界で暮らしています。
「~すべき」「ねばならない」のネバーランドです。
それにこだわる時、とらわれる時、叱りたくなります。
「おれの大切な『べき』『ねばならない』を踏みにじるんじゃね~」となります。

人間ですから怒りの感情が出る時もあります。
でもそれは、怒りを人にぶつけることや人を攻撃することとは関係ありません。

なにか問題に直面し答えに苦しんだ時、自分の悩みに対して「本当にそうなのか」とちょっと視点の次元を上げると、すぐに解決することがあります。
叱る時も同じことがあります。

子供が外でいたずらをして、親がそれを叱ります。
でも、別にいたずらそのものはだれにも迷惑をかけていなかったりもします。
ただ、子供がいたずらをしているのを放っている自分を、周りの他人からみられるのが恥ずかしくって、子供を怒っているのです。
実は、これは僕が子供にしていることです(汗)
親の都合です。

子供は完ぺきではありません。
大人も完ぺきではありません。
でも、僕らは受け入れられる存在なのです。

もちろん、すべてを受け入れられるほど、我々は大きくはありません。
それができるのは、きっと神様だけでしょう。

なんだかとっても「綺麗ごと」を言っているようにも感じます。
でも、そこからしか幸せを感じることはできません。

ただ、相手を認め、見守り、受け入れる。
ただ、相手の話を聴き、受け入れる。
傍に寄り添う。

これができるのは、やっぱり親だけです。
愛する恋人やパートナーだけです。

あなたに、そんな存在がいるならばとても幸せだと思います。

あっという間の週末たち

2010年07月11日 | 日記
今の僕の週末は、毎週子供とべったり。
外出しても、ショッピングセンターに行っても、当然主役は子どもです。
外出時間も、子供の準備や体調で決まります。
お昼の時間も、子供の腹時計で決まります。
子供が疲れてぐずり出したら、予定も一変です。
子供二人が一緒にローモードに入った時は、ぐったりします。
時々我に返って、どっと疲れが出る時があります。

自分の時間が欲しいな~と思う時もあります。
カミさんはもっと感じているでしょう。

でも、子供の笑顔、予想できない天然ボケのリアクションで、すべての風景が変わります。
とんでもないエネルギーをくれるのも子供です。

デパート入口近くの喫茶店でコーヒーを飲みながら、たくさんの人が歩いている姿を見ました。
道路には、たくさんの車が駐車場の列を作っています。
笑っている人。疲れている人。表情もない人。怖い顔の人。白い顔の人。黒い顔の人。赤い顔の人。
みんな、それぞれ生活をしていて、いろんなことが起こっていて。

あっという間の週末です。

今、味わっている出来事。
観賞した映画、読んでいる本。
その感情は、今しか味わえません。
5年前も、5年後も、同じ感情は味わえません。

子供と遊んでいる時間も今だけ。
5年後には、今のような時間はありません。
ウダウダ言っている時間は、もったいない。

なんでも、同じ。
仕事だって、遊びだって。

楽しいことも、大変なこともあります。

僕の、あなたの、
感じ方、受け止め方、味わい方次第。

大切にしたいですね。
目の前の出来事を。

どんどん過ぎていく時間。
大切な1秒1秒の時間たちを、成仏させるのも、させないのも、自分次第