大峰正楓の小説・日々の出来事・日々の恐怖

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日々の恐怖 5月7日 茶碗

2014-05-07 19:11:34 | B,日々の恐怖


   日々の恐怖 5月7日 茶碗


 僕がまだ6歳ぐらいのときの話です。
それまで市街地に住んでたんだけど、小学校へあがる春に緑の多い郊外に引っ越した。
 近所には田圃や畑があって、兼業農家をやってる地元の人が多い。
そんなのどかな環境の町はずれにある新興住宅に、僕ら家族は移ってきた。
慣れないこともあったけど、僕は小学校へあがってすぐに友達ができて、二ヶ月もたった頃には、もうすっかりその町に馴染んだつもりになってた。
 ある日曜日、昼ご飯を食べてから友達三人と学校の近くにある田圃のあぜ道で、遊びがてら、おたまじゃくしをとっていた。
ビンに入れて家に持って帰って、カエルになるのを見たかったからだ。
用水路のなかに手を突っ込んでたら、いきなり小便がしたくなってきた。
 僕は何匹かつかまえていたし、もう帰ってもよかったんだけど、友達は、もっとつかまえるつもりでいた。
時刻は五時半ぐらいだったと思う。
そろそろ日が暮れどきで、空はうっすらと陰り始めていた。
 僕は友達を置いて、ちょっと小便しにいってくると駆けだした。
家まで帰る気はなくて、そこらで適当なところを探していた。
 ちょっと離れたところに、まだ行ったことのない古いお寺があって、歩いていた道からそこに飛び込むと、トイレを探すのが面倒だったから、寺の横手のほうにある低い木の茂みですませた。
はやく友達のところへ帰りたかったけれど、なにを間違えたのか、僕は道とは反対の寺の裏側へ歩いていってしまった。
 間違ったとわかって引き返そうとしたとき、小さくカチャカチャと音がした。
何だろうと思って振り返ったら、暗い寺のなかからボンヤリと光が漏れている。
そっちに行くと、雨戸と障子が開け放してあって、ふと見れば、薄暗い電球を吊った下で、四人家族がご飯を食べてた。
 住職らしい丸禿の男と、痩せた奥さんと、まだ小さい子供が二人、ちゃぶ台のまわりに正座して、それぞれに茶碗を持ってる。
カチャカチャっていうのは、お箸が茶碗に当たる音だった。
 誰も何も言わずに、黙々と食べながら何も話さない。
静まり返った食卓に、ただカチャカチャとお箸の音がするだけ。
僕も何も言わず、そっとその場から立ち去ろうとした。
 そしたら、奥さんが小さな声で、

「 あんた、どこの子?これ食べていく?」

振り向いたら、奥さんのそばにあったお櫃から、ご飯を茶碗によそってくれている。

「 はい、お食べよ。」

茶碗を出してくれたその白い腕が、こちらへ、異様に長くニュルッと伸びてきたように感じた。
僕は奥さんの差し出している茶碗に背を向けると走り出した。
 あまりの怖さに膝ががくがくしていたけど、なんとかかんとか友達のところまで戻れた。
それで、寺で見たことを泣きながら話したら、ずっと地元に住んでる友達が真っ青になって震えながら言った。

「 あの寺、今は誰も住んでないよ。だって、みんな死んだから。」

 聞けば、前の住職は何かの事情でノイローゼのようになって、家族が寝ているときに包丁を持ち出して無理心中をはかり、奥さんと子供たちを刺し殺したあとは、自分も首の動脈を切って自殺したということだった。
 僕らは怖くなってそれぞれ走って家に帰った。
寺で見たことを親に話したけれど、あまり真剣にとりあってくれなかった。
 その夜から二日続けて高熱がでて、きっと体調が悪かったからそんな幻を見たんだろう、ということにされてしまった。
 今でも、その寺はある。
すっかり寂れて荒れ果てているが、今でもその寺はある。
住職一家の供養はされているはずだということだが、あの寺の裏手に行けば、今もぼんやりと光が見えるような気がして大学の休みに帰省しても、僕は絶対にあそこには近寄らないようにしている。













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しづめばこ 5月7日 P293

2014-05-07 19:11:10 | C,しづめばこ
しづめばこ 5月7日 P293  、大峰正楓の小説部屋で再開しました。


小説“しづめばこ”は読み易いようにbook形式になっています。
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小説“しづめばこ”



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