玄語

玄音の弟玄です。日々感じている事、考えている事を語っていきます。そんな弟玄が語る”玄語”です。よろしく。

本居宣長〜その表現について

2018-11-03 16:26:28 | Weblog


本居宣長。

宣長が成されてきた仕事について、いくらか思いつくままに。

まず宣長が伝えてくれる仕事の取り組みとして大事なのは古典などの文献においては、直にその書物に当たる事という事です。特に和歌の分野において。宣長は和歌においては新古今和歌集が心と言葉と事が一つとなって現されている頂点としています。ただ面白いのは、その新古今和歌集を真似てもダメで、その新古今和歌集を現した人たちが熟読していた万葉集・古今集・後撰集の三代集に直接あたりなさいと言います。これはある思想や学問において、その到達していった学問の背景やプロセスを考えていく事が、本当の意味で理解していく上で大事な事と同じです。

当時は公家を中心とした解釈が盛んであり、そこから何々流というものが生まれ、その流派の秘儀がわからないと和歌は詠めないとか、理解できないといったことが常識になっていたようです。そういう風潮に対して宣長は、そんなバカな話があるか、和歌は直接読んでそこで心がどう動くかが和歌において最も大事な事であり、何々流の師匠の教えを受けないとわからないなんてことはないと断言しています。そこにあるのは独立独歩の精神であり、独学の精神であり、独立した個人が堂々と和歌の世界に向き合う自律した精神です。ある意味、パンクやハードコアの世界でいうDIY(Do It Yourself)精神をそのまま体現されているようで、時の権威に動じない強さと自分でやるという独立した強さを宣長から感じるのです。

また、古事記伝を探求するにあたって、本当に多くの文献に宣長はあたっています。それは学問とはほど遠い、霊的なものから、トンデモ系まで、かなり広範囲のものにもあたっていた節があります。それは神の世界を記す古事記についての探求ですから、当然神様だとか、伝説だとか、宗教的なものには触れざるをえないでしょう。しかし、宣長はそういう世界をわかっていたはずなのに、あえてそういう胡散臭い表現をしない、むしろ排除しているように感じるのです。古事記に書かれている言葉をそのままに読む。そしてその言葉が他の古代の文献にどのように使われていたかの語源学的な探求に終始している。

こういった姿勢が自分にはとても面白く感じられるのです。というのも、古事記に関わる本においては解釈本があまりに多く、しかもそれは学問的な事を通り越して、むしろ霊的な世界の解釈本として秘儀だとか、秘密としての方が多く出ているからです。それは宣長の弟子と自称していた平田篤胤の影響などが大きそうですが、宣長自身はそういう世界をわかっていてもあえて表現しないで、表現していたと考えられるのです。

わかっていてもあえて直接的には表現しない。それは表現すると解釈や対象化が起きるのを見抜いていたからではないか。宣長が痛烈に批判していた漢意(からごころ)というのは、何でも対象化して解釈する姿勢のことです。だから宣長は自身の学問の姿勢としては、インプットとしては古典でも何でも直接その文献にあたる、アウトプットとしてはわかっていてもあえて表現しない事で、解釈や対象化がなるたけ起きないように、心がけていたのではないでしょうか。

古事記伝そのものは古事記の解釈本です。が、そこで成そうとしてたのは古事記の言葉をそのままわかるための語源学的なアプローチであり、巷にあふれる解釈本とはその質も分量も桁違いです。こういった一貫した姿勢で仕事をしてくれた事が、曖昧模糊としてしまう古事記の様な世界を、変に汚す事なく、ありのままの姿で現してくれた。もちろん、こういったある意味、余計を排除した学問の取り組みとその表現は、医師として人間に向かい合っていた事と無関係ではないはずです。

余計を排除する。その余計を生まないためにあえて表現しないという、表現がある。この事、今のような時代だからこそよく考えなくてはいけない事ではないでしょうか。
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