5月18日、江戸六地蔵の内、まだお参りしたことがない奥州街道の東禅寺、水戸街道の霊厳寺を訪ね、2年半前に両国にオープンした「すみだ北斎美術館」にも行ってきました。
江戸六地蔵とは、江戸時代に、江戸市中から広く寄進者を得て、旅の安全と病気平癒を祈願して、江戸の出入口6か所の街道沿いに銅像の地蔵菩薩坐像を造立したものである。6つの内、千葉街道の永代寺は、廃仏毀釈によりお寺が廃寺となり、地蔵像も取り壊され、現存しないので、今は5つの地蔵のみ残っている。
六地蔵の第1番は、我が家から歩いて2~3分のところにある旧東海道沿いの品川寺(ほんせんじ)で1708年に造立された。馴染み深い地蔵様だが、唯一笠をかぶっていない。巣鴨の旧中山道沿いにある第4番(1714年造立)の真性寺にも数回行ったことがある。
水戸街道の霊厳寺にあるお地蔵さんは第5番(1717年造立)で、都営地下鉄の清澄白河から歩いて5分位のところにあるが、想像していたものより小振りな印象を持った。笠はしっかりかぶっていた。このお寺には、日本史でも習ったが、18世紀後半の寛政の改革で有名な老中松平定信の立派なお墓もあった。
その後、浅草に移動し、奥州街道の東禅寺まで足を運んだ。浅草は三社祭の真っ最中で、沢山のお神輿が出ていて、お祭り見物の人出もすごかった。初めての三社祭で、雰囲気だけは味わうことができた。今回のお目当ての東禅寺は、浅草寺・神社の中心街からはかなり離れたところにあり、徒歩で約30分もかかった。浅草のはずれにあるので、お祭りとはいえ、参拝者は自分一人であった。
ここのお地蔵さんは第2番(1710年造立)で、想像より大きく、やはり笠をかぶっているが、雰囲気は、品川寺のお地蔵さんに似ている印象を持った。元は旧奥州街道沿いにあったが、1928年に都市計画のためここに移転されたようである。今は、街道沿いにないので、江戸六地蔵という雰囲気にはちょっと欠ける。このお地蔵さんの横には、「あんパン」の考案者として有名な木村屋総本店の創業者夫妻の像があった。夫妻のお墓がここにあるようだ。最寄りの駅から相当離れているため、わざわざ訪れることになるが、皆があまり行かない隠家的なお寺かもしれない。これで、江戸六地蔵で現存する5つのお地蔵さんの内4つにお参りすることができた。
「すみだ北斎美術館」は、葛飾北斎の生まれ故郷に近い両国に、2年半前に新しくオープンした美術館で、今、「北斎なりわい大図鑑」という企画展が開催されているが、その招待券を新聞屋さんからもらったので、ついでに初めて足を運んできたものである。建物は、超近代的な外観だが、中は北斎の浮世絵関連資料が多数展示されている。浮世絵には興味があるので、見応えはあるが、今回は、時間の都合で若干駆け足見学になってしまったのは残念であった。北斎が浮世絵を描いているシーンの蝋人形が置いてあって、臨場感があった。北斎に興味のある方は是非一度立ち寄ってみてください。
写真は、霊厳寺のお地蔵さん