1970年に社会人になって初めての勤務地が北海道の千歳。それまで北海道には行ったこともなかったので、不安に満ちた赴任であった。北海道については何の知識もなかったので、回りからは、トンカチを持っていった方がいいとか脅されたものである。
というのは、冬は極寒なので、外でトイレをすると即、ツララのようになるから、それを割るのにトンカチが必需品とのこと。まあ冗談もいいところであったが、当時は一瞬本当かと思うほど無知であった。
最初の勤務地で、約4年間を過ごしたが、自由な身であったこともあり、車で北海道中をくまなく見て回り、北は宗谷岬から東は知床まで、また利尻、礼文、天売、焼尻、奥尻の島々もすべて見て回った。
北海道にはご当地ソングが多数あるが、自分のHP上にも「北海道シリーズ」として200曲の北海道を歌った楽曲をリストし、時々音楽を聴いては当時の生活を懐かしんでいる。
1972年には、札幌オリンピックというビッグイベントもあり、4年間は公私とも充実した日々であった。海外から数多くのチャーター便が直接千歳に乗り入れたり、選手村に行ったり、日の丸飛行隊のジャンプやジャネットリンの演技を楽しんだり。。。。
この4年間の札幌・千歳の思い出を、やはり自分のHP上に歌で綴っている。「だからわたしは北国へ」から始まって、「今日の日はさようなら」まで、25曲の楽曲で、当時の楽しい思い出を振り返ることができるようになっている。自分にとっては、懐かしい曲ばかりで、聴くたびに、当時の思い出が鮮明に蘇る。
当時はやっていた曲の中で一番好きだった曲は、石原裕次郎の「ポプラと私」である。この曲は、「恋の町札幌」のB面の曲であるが、当時、札幌グランドホテルのコマーシャルソングとして使われていた曲で、音楽とともにコマーシャルシーンも鮮明に覚えている。2曲とも、浜口庫之助が札幌グランドホテルに滞在中に作曲した曲である。
当時は、「北の家族」とか「冬物語」とか北海道を舞台にしたTVドラマもはやっていたし、「愛国」から「幸福」行の切符が話題になり、愛国駅にも行ったこともある。
会社の宴会では、「知床旅情」が定番であったし、知る人のみ知るという千歳の隠れたヒット曲「千歳ブルース」も何十回も聴いたり、歌ったりしたことを覚えている。
あれからもう40年という月日が過ぎ去ろうとしているが、自分の中では今でも青春プレイバックとなっている。過去の思い出に生きているといえばそれまでだが、その思い出こそ今生きる活力の源であると感じている。同じ時代を共有した人達と昔話に花を咲かせたいと願う日々が続いている。よかったら、下記のHPを覗いてみてください。
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