なぜアタシはいつも子どもたちに
『急いで~~~』
『早くして~~~』と言っているのだろう…
それはきっと
『時』に対する考え方が違うから。
子どもたちは
これから成長し、
いろんなことを経験し、
どんどん新しい『時』を刻んでいく。
時間とは
『たくさんある』
ものだと思っている。
一方オトナのアタシ
人生も折り返し?に差し掛かり
先々を読む(読める)という
ある程度の経験も積んで
どう有効に使おうか…という『時間の使い方』を考える。
時間とは
『そんなにない』
ものだと思っている。
そ~よ、そこ
きっとそこに時の感じ方の違いがあるのよね~
面白いよね、
時間は同じように進んでるのに
考え方ひとつで『まだある』ものだったり、『もうない』ものだったり…
何事もそうだけど、
原因は外(他人・外界)にはなくて内(自分・内面)にある
どんなメガネで「それ」を見るかなんだよなぁ
面白おかしく見えるメガネかけて
いつも笑っていたいものです
時々ね、思う。
『アタシ、何にそんなにせっつかれて急いでんだろ~』って。
もう少しどしんと構えていられる母ちゃんになりたい
なぜ『時』について考えたか。
それは、
親友よーこに新築祝いでもらったアタシの大切な時計が…
動かなくなったから
電池を変えても、
ゆすってみても、
叩いてみても、
いじってみても、
うんともすんとも言わなくなっちゃって…
そりゃモノだからいつかは壊れるかもしれんけど、
なんだか寂しい気持ちになって
晩酌しながら時計に話しかけたわけ。
『時の概念』について
そしたらね、秒針がちょっとだけ動いた
なに~~~~~っ
奇跡じゃ~~~~~ん
で、もう一度時計の後ろの心臓部分にあたる箇所を
分厚いカバーの上から押してみたり叩いてみたり、少しいじって自己流手術。
そしてアタシの作業台の上においてみたら…
ナント、
寝かせておくとまだ動くことを発見
なのでこれから時計を見るときは
近くまで行って見下ろすことになりますが
時を刻みながら
まだまだ一緒に過ごしていけそうです
グレイな空が物悲しいシカゴエリアでの
ちょっとミステリアスでファンタジーチックな
哲学っぽい風を吹かせた、かなり浅いお話でした
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