とんねるず主義+

クラシック喜劇研究家/バディ映画愛好家/ライターの いいをじゅんこのブログ 

ミルク

2009年05月21日 20時24分09秒 | 世界的電影
『ミルク』
(Milk ガス・ヴァン・サント監督 アメリカ 2008)


<あらすじ>
1970年。40才になったハーヴェイ・ミルクは、若い恋人スコットと共に新天地サンフランシスコへ旅立つ。8年間にわたる怒濤の政治家人生がそこで彼を待っていることなど、知りもせずに・・・


もともとアート志向が強く、とりわけ最近はハリウッドと距離をおいて実験的な作品を撮ってきたガス・ヴァン・サントが、伝記映画という古典的なハリウッド映画のジャンルをどう料理するのか?非常な興味をもって観ました。

ひとことで言えば、大成功。

もっと言ってしまえば、ある意味ガス・ヴァン・サントの集大成的な作品にもなっているし、作家性をすこしも妥協することなく、大衆にも受け入れられる作品を撮りあげることに、監督は大成功したと思います。

伝記映画で、しかも主人公は政治家なので、オスカー受賞時には政治的な側面ばかりがメディアで取りざたされていたようです。

カリフォルニアではこの時期、同性婚を認める条例が破棄されるという、まさにタイムリーな問題も起きていました。

そのため、「映画」としての評価がおろそかにされてきたのは、ファンとしてはやや残念な気もしますが、監督にとってはそれも本望なのかもしれません。

サンフランシスコ市庁舎を神殿のように美しく撮影していたり、70年代の空気感を忠実に再現していたのがすばらしかった。

わざと不安定にした画面構成のすばらしさ。
恋人たちが住むアパートメントの親密な雰囲気。

圧巻は、ミルクが暗殺されるクライマックスでしょう。
この場面、いったい監督はどう撮るのだろうと、ドキドキしながら観ましたが、いや~まったく、すごかった・・・

ミルクの同僚議員で暗殺犯のダン・ホワイトが、ゆっくり歩いてミルクの部屋へむかうところなんかは、まさに『エレファント』の再現。

北野武の映画でもそうだけど、殺意にとりつかれた人間が「歩く」という行為は、なんともいえない恐怖感を観客にあたえるものですね。
コーエン兄弟の『ノーカントリー』でも、殺人鬼は静かに歩いていました。

わたしがガス・ヴァン・サントを敬愛するわけは、彼がゲイであることを公表し、美少年のはかなさを一貫して映画で描き、芸術にまで高めたから。
アート系の作風を守りながらも、ハリウッドでメジャー作品をつくりつづけている。

そんなガス・ヴァン・サントが、おそらくみずからの人生をハーヴェイ・ミルクに重ねあわせたであろうことは、想像にかたくありません。

この映画でとりわけおもしろかったのは、ミルクが政治家として成長してゆくプロセスです。

最初は、それこそミカン箱の上に立って拙い演説をしていただけのミルク。
しかし政治活動にのめりこむにつれて、彼は政治家としての才能を急速に開花させてゆく。

彼は単に理想主義的な活動家だっただけではない。きわめて現実的な政治家だった。

聴衆の心をつかむスピーチ。ユーモア。カリスマ性。
冷静に状況判断する能力。自己演出にたけ、駆け引きもうまかった。

だからこそ、わずか1年の公職であれほど大きな影響力をもつことができたのでしょう。

映画では、ミルクを過大にも過小にも評価していません。
映画の終盤、暗殺される直前には、ミルクはカーター大統領と連絡をとりあえるほどの権力をにぎりつつあった。

「同性愛者団体の支持が欲しいなら言うとおりにしてくれ」と市長につめよる場面には、ミルク自身がかつてあれほど嫌った「権威」(machine)そのものに彼がなりつつあったことも、それとなく示唆されていました。

さらにおもしろかったのは、暗殺者ダン・ホワイトが、同性愛への偏見から凶行におよんだのではない、という事・・・すくなくとも映画ではそのように描かれていました。

ミルクがサンフランシスコ市の議員に選出された年には、彼の他にも初の黒人女性、初の中国系アメリカ人、初のシングルマザーの議員が生まれたのだそうです(英語版Wikipediaによる)。

公民権運動の大きな波が起きるなか、アイルランド系カトリックのマッチョな白人男性という、いわば何の「ウリ」もないダン・ホワイト議員には、居場所はなかったのかもしれない。

もちろん、だからといって彼の犯行が正当化されていい理由には絶対になりません。

つねに脅迫を受け命の危険にさらされながらも、マイノリティのために戦うことをやめなかったハーヴェイ・ミルクは、やはり特別な人だったのです。


ジョシュ・ブローリンが見事に演じ切った暗殺者ダン・ホワイトは、当初マット・デイモンがキャスティングされていたのだそうです。

ブローリンはとにかくすばらしかったけど、そう聞くとなんだかデイモン版ダン・ホワイトも見てみたかった気もしないでもないですね。

ダン・ホワイトは一部では隠れゲイだったのではないかという噂もあるらしいし。
もしマット・デイモンが演じていたら、ひょっとしたらその方向での演出もアリだったかもしれないな、という気がします。

それと、ミルクの片腕クリーヴ・ジョーンズを演じたエミール・ハーシュの存在感がすごかった。これからスターになりそうな若手俳優です。


われわれはこの映画を他人事として観ていてはいけません。
日本でも、いずれは同性婚が法律でみとめられねばならないのだから。
同性愛者が、すべてのマイノリティが発言権を持ち、それを行使できる社会を、築かねばならないのだから。







最新の画像もっと見る

コメントを投稿