どっと屋Mの續・鼓腹撃壌

引き続き⋯フリーCG屋のショーモナイ日常(笑)

この世界の(さらにいくつもの)片隅に、映像化の巧みさ

2019年12月25日 22時05分00秒 | 映画
原作漫画のある作品を映像化する際、それをどう見せるか監督の演出力が問われるワケですが、その昔「原作原理主義」と称し、原作漫画の一コマ一コマを絵コンテに見立てて、アングルも忠実に...と喧伝した映画監督がいましたが、結果はとてもつまらないものになっていて、まんまやりゃ良いってもんじゃないなという見本みたいな作品でした(^_^;

同じビジュアルな表現でも、紙の上に描かれた漫画と、時間軸が一方向に強制される映画ではアレンジを加えなければいけないと思うし、そこが映像化の醍醐味なハズです。

16年版「この世界の片隅に」で数々の映像表現の多様性と深みを感じさせる演出力に舌を巻いたり、ヒザを打ったりしましたが、19年版「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」においても成る程こうアレンジにしたのか!と驚いてしまったシーンが...。

すずさんが竹槍を用意するため竹林に入り、伐採作業をするシーン(第18回 19年10月)なのですが。

ここから縦に8コマ、横に3コマ(中央に作業を進めるすずさんを軸にし、その両脇に別の物語を配し)並行して進む。

こうの史代さんが得意とする実験的なコマ割りで展開されるのですが、ここを映画ではどのように表現するのか楽しみにしていたんです(^_^)

上述の某映画監督なら、横並びの3コマをそのまま流してしまうってことになるんでしょうが、それじゃ余りにも能が無い...きっと面白いアレンジを加えてくるだろうと注目していたんですね。

そしたらまぁ、それを持ってきたかっ!と驚いてしまいましたね(^_^)

すずさんは頭の中で物事を整理して考えるとき、特徴ある仕草をし解答を得る...そんな独特のクセがあるのですが、その動作をここで反復して見せてくれているんです。

決して説明調ではなく、キャラクターの動きによって表現する...これぞ演出というものです。

また一つ映像化の悦楽と巧みさを感じさせてくれるシーンに出会えた思いがしています(^_^)