熊校の思い出(PART 1 OF 4)
イモフライが運んできた思い出。
行田のデンマンです
From: barclay1720@aol.com
To: fuji@adagio.ocn.ne.jp
Date:Thu, 1 Nov 2007 12:06
行田の名物で おいなりさん ってありますか?
佐野は ふみきりずし っていう 駅の近くの
昔からのおいなり 専門の店 おいしいとこあります。
そして イモフライ、 ソースがきめて
是非 一度ご賞味あれ。持って行きます。
10月30日、6時間パックでミルミルでメールや記事を書きました。
6時間で1500円です。
昼食がついて、飲み物は飲み放題ですよ。
ウィンナコーヒー(Vienna coffee)が僕のお気に入りです。
ここは挽(ひ)き立てですよ。
注文を聞いてから挽き立てでコーヒーをドリップします。
生クリームの冷たさが自転車をこいで温まった体にはメチャすがすがしいのですよ。
昼食は“具沢山の中華丼”を注文しました。
単独で注文すると税込みで525円です。
もちろん、1500円の中に含まれています。
そのあとで、クリームソーダを飲んで、
一休みして。。。
当然ですが、記事を書きながらアメリカンを飲みます。
それから、ホットミスク。。。
その後でダージリン。。。
ネットやり放題で、昼食がついて飲み放題で。。。
これで1500円ですからね。
チョー得をした気分で帰宅できます。
いま、ウィンナーコーヒーを飲みながら書いています。
\(⌒∀⌒)ノキャハハハ。。。
ところで、30日に帰宅してからテレビを見たら、
6時のNHKの“首都圏ネット”で佐野の“イモフライ”を取り上げていましたよ。
佐野の高校生がオリジナルなソースを開発するというレポートをやっていました。
佐野市にある醤油屋を訪ねて“ピリカラ”のソースを開発したという話です。
実は、子供の頃の神社のお祭りで、よく“イモフライ”を食べました。
多分、佐野市あたりで作っていた人がやって来て屋台を出していたのかもしれませんね。
多分、食べれば、その頃の思い出がよみがえってくるはずですよ。
日光の らっきょ や
こっぺパンの店(すごく噛みごたえのあるパン)
行田にも昔からの老舗 があると思うけど。
行田には“十万石の饅頭”がありますよ。
人間 におい や 食べ物で 覚えてるところが あります。
目より、鮮明にはっきりその時を思い出させてくれて。
そうですよ。
確かに、思い出を食べるのでしょうね。
とろけるように甘~いエッグタルト
あの あま~い タルト。ジンジャーのクッキー。
Vancouverに着くと、すぐ思い出の甘い物の店にいきます。
私が年老いて、行ける時までVancouver に行きたいな。
そうですよね。
バンクーバーは良い所ですよゥ。
僕にとってはパラダイスです。
\(^Д^)/ ギャハハハハ。。。。
たいして高いものでもなく、贅沢な食べ物でもなく。
ただ の思い出の 食べ物。これを食べたくて。
私はいつも思い出を食べている。
なるほど。。。なるほど・・・
よ~♪~く分かりますよ。
♪┌(・。・)┘♪
高校の時、館女(館林女子高校)にかよって、
今もある 山屋のうどん家
ここのを 食べると 時間もタイムスリップする。
あの時、あの味 そのまま。
館女のすぐ近くの川魚のすりみ、ごぼうあげ
今もやっていて たまに食べます。
おいしいとかでなく
思い出を口に入れるのです。
父もよく食べました家族の共通の味。
デンマンさんもある?
行田に帰ると かならず食べるもの。
ありますよ。ありますよ。
“行田のフライ”をいつも食べますよ。
夕べも食べました。
ところで、佐野市の“イモフライ”のルポルタージュを見終わったら、
なんと!行田中学校の3年5組の時のクラスメート(女性)から電話がかかってきたのですよ。
名前を聞いた時には全くイメージが思い浮かばなかったのですよね。
彼女が去年、僕の家に電話したときに、“毎年10月か11月に帰省する”という事を僕のお袋から聞いたので、帰っているだろうか?と思って電話したと言うのです。
1時間半ぐらい話し込んだのですが、30分ぐらい話した頃に急にイメージが思い浮かんだんですよ。
“悦子さんの親しい友達です。南小学校時代からの友達です”、と言われて初めて絹子さんの顔を思い出したのです。
この悦子さんが極めてユニークな女性で僕の思い出の中では忘れる事ができない女性です。
その友達だと言ったものだから、絹子さんの顔を思い出すことができた。
この二人はいつも一緒に居たものです。二人とも実に仲が良かった。
悦子さんも絹子さんも美人ですよ。
悦子さんは現在でも都庁に勤めています。
僕は初恋の人が他のクラスに居たので二人に必要以上に接近しなかったのですが、
当時、初恋の人が居なかったら、どちらかを恋人にしていたかもしれません。
そうですよ。
中学校3年の時に僕の家に二人がやって来て白久(秩父市荒川白久)のスケートリンクに行く計画を立てたことを思い出しました。
絹子さんの話を聞いて30年以上忘れていた思い出がよみがえってきました。
30年以上も封印されていた思い出です。
“思い出を食べる”
“イモフライ”がもたらした奇妙な思い出でした。
では、お目にかかることを楽しみに。。。
『懐かしい思い出 (2007年11月5日)』より
デンマンさん。。。今日のタイトルは熊谷高校時代の思い出でござ~♪~ますわ。。。それなのに、どうして中学時代の同級生の悦子さんと絹子さんが登場するのでござ~♪~ますか?
あのねぇ~、絹子さんが突然電話してきたことから意外な方向に話が進んで行ったのですよう。
つまり、高校時代の思い出と関係あるのでござ~♪~ますか?
そうなのですよう。
“縁は異なもの味なもの”
卑弥子さんも、この諺を聞いたことがあるでしょう?
もちろん、ござ~♪~ますわ。人と人との縁はどこでどう結ばれるか分からないので、不思議で面白いものだ、と言う事でござ~♪~ますわ。
さすがは京都の女子大学で「日本文化と源氏物語」を講義している橘卑弥子准教授ですねぇ~。。。卑弥子さんが博識なので感心しましたよう。
その程度のことならば中学3年生でも知っていますわよう。。。んで、デンマンさんと絹子さんの縁が不思議で面白いのでござ~♪~ますか?
改めて考えてみると、絹子さんとの縁はとっても不思議なのですよう。
どう言う訳でござ~♪~ますか?
あのねぇ~、「ピアノの縁」かもしれないのですよう。
「ピアノの縁」と言えば恵美子さんですわね?
卑弥子さんは良く覚えていますねぇ~?
だってぇ~、デンマンさんのお話を聴いていたら、あまり強引でガムシャラで、その強烈な印象があたくしのオツムに突き刺さって、未だに鮮明に覚えているのでござ~♪~ますわ。
恵美子さんの思い出をここに書き出したいけれど、何度も何度も引用するのは芸が無いので、初めて読む人は次のリンクをクリックして読んでください。
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