初恋の思い出 (PART 1)
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デンマンさん。。。 今日はデンマンさんの“初恋の思い出”をじっくりと聞かせてくれるのですかァ~?
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。。。ん? 僕の“初恋の思い出”をジューンさんは聞きたいのですか?
だってぇ~、タイトルに、そう書いてあるではありませんかァ!
いや。。。 今日は僕の“初恋の思い出”ではないのですよ。。。
じゃあ、どなたの“初恋の思い出”なのですかァ~?
あのねぇ~、スペインのセビリアに住むマリア・ゴンザレスさんが“初恋”に拘(こだわ)っているのです。。。
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セビリア
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セビリア(Sevilla)は、スペイン・アンダルシア州セビリア県のムニシピオ(基礎自治体)。
アンダルシア州の州都であり、セビリア県の県都である。
自治体人口は約70万人(スペイン第4位)であり、セビリア都市圏の人口は約130万人である。
スペイン南部の政治、経済、文化の中心地であり、観光都市である。
発音・表記
日本では、セビリア(またはセビリヤ)とする表記が一般に定着している(「セビリアの理髪師」、観光ガイドなど)が、スペイン語での発音とは異なっており、よりスペイン語の発音に近い記述への試みから、セビーヤ、セビージャ、セビリャ、セビーリャとも表記される。
この表記の揺れは、スペイン語圏各国・各地域におけるll(エリェ)音の発音の差異に、起因したものである。
英語ではSeville (「セヴィル」)、フランス語ではSéville(セヴィル)、イタリア語ではSiviglia(シヴィッリャ)と発音する。
スペイン語では b と v を区別せず語・文中では[β] で発音し、カタカナで表すときはバ行を使うことが普通である。
しかし、英語などの発音を混在させてセヴィージャ、セヴィリアなどと誤って表記する者もいる。
歴史
古代ローマ時代には「ヒスパリス」(ラテン語: Hispalis)と呼ばれた。
紀元前8世紀か紀元前9世紀にタルテソスにより支配され、のちにフェニキア人やカルタゴ人の植民都市となった。
カルタゴ人は紀元前216年に都市を破壊したが、紀元前206年にスキピオが近郊にイタリカを建設し、ヒスパリスの再建を始めた。
8世紀よりイスラム勢力の支配下に入り、「イスビリヤ」と呼ばれるようになった。
タイファ諸国の分立期には、セビーリャ王国が栄えた。
レコンキスタの進展により、1248年にカスティーリャ王国のフェルナンド3世に征服され、以降はカスティーリャ王国の主要都市として発展した。
イタリアのジェノヴァ商人がセビリアに拠点をおいて積極的な活動を行っており、中世より港湾都市として栄えた。
当初はキリスト教徒とユダヤ教徒の共存がみられたが、14世紀半ばのペスト(黒死病)大流行の原因がユダヤ人に帰されるなど反ユダヤ主義の風潮が強まり、14世紀末にはポグロム(ユダヤ人虐殺)が起こった。
この動きは他の都市にまで波及し、多くのユダヤ人が迫害を受けた。
15世紀後半、カスティーリャ王国とアラゴン王国の合併によって成立したスペイン王国は、同世紀末にレコンキスタを完了させるとともに新大陸へ船を進めた。
イベリア半島西岸と航路で結ばれているセビリアは、新大陸との貿易の独占港となって繁栄を誇った。
16世紀から17世紀には、セビリアはスペインでもっとも人口の多い都市となり、1649年には13万人を数えた。
その年にペストが大流行し、セビリアは重要性を失い始めたが、バロック美術の中心地として重要性を保った。
19世紀のスペイン立憲革命では、セビリアは自由主義者の拠点となった。
20世紀のスペイン内戦では、アフリカに近い位置にあることから早期にフランコ軍に占領された。
1992年にはセビリア万博が開催された。
観光
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闘牛やフラメンコの本場で、スペインを代表する観光都市。
セビリア大聖堂、アルカサル、インディアス古文書館は世界遺産に登録されている。
セビーリャ美術館には スルバラン、ムリージョの作品が所蔵されている。
出典: 「セビリア」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
どうして急にスペインのセビリアに住むマリア・ゴンザレスさんを取り上げるのですか?
ちょっと次のリストを見てください。。。
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■『拡大する』
これはライブドアの僕の『徒然ブログ』の1月26日の日本時間で午後9時52分から10時19分までの約30分の「生ログ」です。。。 赤枠で囲んだ箇所に注目してください。。。
あらっ。。。 1月26日の午後10時5分にスペインのGOOGLEで検索して デンマンさんが『徒然ブログ』に投稿した"First Love (初恋)"を読みにやって来たのですわねぇ~。。。
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■『First Love』
上の記事をマリアさんは読んだのですよ。。。 言ったでしょう。。。 マリア・ゴンザレスさんは初恋に拘っているのです。。。
でも。。。、でも。。。、マリア・ゴンザレスさんがアクセスしたとはどこにも書いてないではありませんかァ!
あのねぇ~、IPアドレスを調べると書いてあるのですよ。。。
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■『拡大する』
上のページの一番下にアクセスしたネット市民の名前 (Maria Gonzalez) が書いてあるでしょう!
確かに書いてありますけれど、プライバシーの保護のためにアクセスした人の名前までは絶対に表示されないのですわァ~。。。
ジューンさんは意外にネットに詳しいのですねぇ~。。。
そんなことは常識ですわァ~。。。
実は、他に アクセス者の名前をゲットする方法があるのです。。。 この後すぐに説明しますから、まず マリアさんがフラメンコを踊るのを見てください。。。 上のウィキペディアの説明にも書いてある通りマリアさんが住んでいるアンダルシア地方はフラメンコの本場ですからねぇ~。。。 ジューンさんも じっくりと見てください。。。
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上のクリップでフラメンコを踊っているのがマリアさんなのですか?
ジューンさんは信じられないのですかァ~?
信じられませんわァ!
分りました。。。 ジューンさんが信じないのであれば、ちょっと次のコメントを読んでみてください。。。
I read your “First Love.”
I’ve decided to drop a few lines here.
Well… I also viewed “Summer of ’42” some years ago.
Yes, it is an unforgettable movie that remains in my heart even now.
Word comes to the woman that her husband has been killed in action, and almost wordlessly she takes the adolescent boy to her bed that very same night.
The next day she is gone, leaving behind a note in which she gently declines to comment on the meaning of their experience.
The note, however, suggests that perhaps, with time, it will take on an appropriate meaning of its own for the boy.
Based on my experiences, I really hoped so when I watched the flick.
Anyway, thanx much for reminding me of the fascinating movie.
【デンマン訳】
あなたが投稿した記事("First Love")を読ませていただきました。
感じたことを書かせていただきます。
記事の中で紹介された映画"Summer of ’42(おもいでの夏)"を何年か前に私も観ました。
そうですねぇ~。。。 観たあとでも いつまでも心に残る映画でした。
太平洋戦争中に夫が戦死して、その戦死公報が届くのでした。
その晩、未亡人になった女性は悲痛な思いで 親しくなった思春期の少年をベッドに誘うのでした。
翌日、未亡人はノートを残して家を出てゆきます。
そのノートには、昨夜の出来事については特に触れていません。。。
でも、未亡人は、少年が年と共に、やがて二人の間に起こったことを理解してくれるだろうと祈るような思いをこめて書いています。
私にも似たような経験がありますが、映画を観て未亡人の気持ちが伝わってきました。
いづれにしても、久しぶりに映画を思い出させてくれてありがとう。
Maria Gonzalez
2017年1月27日 4:29 AM
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フラメンコを踊ったとは どこにも書いてないじゃありませんかァ!
あのねぇ~、マリアさんはフラメンコが本場のアンダルシア地方に住んでいるのですよ。。。 だから、フラメンコが踊れるのは、いわばスペイン人にとっては常識なのです。。。 日本の盆踊りのようなものですよ。。。
でも。。。、でも。。。、上のコメントにはフラメンコのことは一言も書いてありませんわ。。。
あのねぇ~、確かに、「フラメンコ」という言葉は出てきません。。。 でもねぇ~、“私にも似たような経験があります”と書いてある。。。
つまり、その経験の中でマリアさんはフラメンコを踊ったのですか?
そうですよ。。。 マリアさんの情熱的なフラメンコを見て、映画の中の思春期の少年のようにアレクサンドロ少年はマリアさんの魅力の虜(とりこ)になってしまったのです。。。
おもいでの夏
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おもいでの夏(Summer of '42)は、脚本家ハーマン・ローチャーの回顧録に基づく1971年のアメリカ映画である。
思春期の少年のひと夏の経験を描いた。
1942年夏、ニューイングランドの沖合いのナンタケット島へハーミーとその家族は、戦火を逃れてやってきた。
彼は、現地でオシー(オスキー)、ベンジーの同年の友人ができた。
思春期の彼らは性への関心が旺盛だった。
ハーミーは丘の上の一軒家に住む美しい人妻ドロシーの魅力に取り付かれた。
ドロシーの夫が出征した後、ハーミーはドロシーに接近する。
ガールハントの結果、ハーミーはアギーと、オシーはミリアムとデートをしたが、ドロシーのことが頭から離れないハーミーはアギーと関係することなく別れた。
ある夜、ドロシーの家を訪ねると、ドロシーの夫の戦死を伝える電報がテーブルの上にあった。
その夜、ハーミーはドロシーと初体験を行った。
翌日、再び訪ねると、既にドロシーは居ず、別れの手紙だけが残されていた。
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出典: 「おもいでの夏」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
それで、マリアさんはアレクサンドロ少年と、映画のような体験を持った、とデンマンさんは言うのですかァ~?
そうですよ。。。
でも、そんな事はどこにも書いてないではありませんか!
あのねぇ~、マリアさんが僕のメールアドレスを突き止めて、詳しいことを聞かせてくれたのです。。。
信じられませんわァ。。。
昔の人は“信じる者は救われる!”と言ったのですよ。。。
でも。。。、でも。。。、いったい、マリアさんは上のコメントをどの記事に書いたのですか?。。。 『徒然ブログ』の記事には、全く関係ない英語のスパムコメントが書いてありますが、マリアさんのコメントはないではありませんかァ~!
マリアさんはDenman Blog の記事にコメントを書いたのですよ。。。 次の記事です。。。 ジューンさんもクリックして確かめてください。。。
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■『Biker Babe』
確かに記事の一番下の方にコメントが書いてありますわ。。。
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■『実際のコメント』
でも。。。、でも。。。、マリアさんが書いたという証拠がないじゃありませんか!
ジューンさんは、僕の言う事を いちいち疑るのですねぇ~。。。
だってぇ~、ネットには人を騙すよなスパムメールを飛ばしたり、スパムコメントを飛ばしたりする悪者がたくさんいるのですわ。。。 素直に信じたら、後で馬鹿を見るのですわ。。。
つまり、僕もその悪者のうちの一人だ、とジューンさんは言うのですかァ~?
何事につけても用心した方がいいのですわァ。。。
分りました。。。 ジューンさんがそれほど僕が信用できないのなら証拠を見せますよ。。。 次のリストを見てください。。。
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■『拡大する』
上の赤枠で囲んだ箇所に注目してください。。。 マリアさんがDenman Blog の "Biker Babe"という記事に書き込んだコメントの詳細ですよ。。。
マリアさんは、どうして"First Love"と全く関係ない記事にコメントを書いたのですか?
いや。。。 全く関係ないわけではないのですよ。。。 "Biker Babe"という記事のリンクは 『徒然ブログ』に掲載された"First Love"の記事の中に出てくるのです。。。
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■『実際の記事』
つまり、“初恋の思い出”というのは、マリアさんの“初恋の思い出”ですか?
いや、違います。。。 アレクサンドロ少年の“初恋の思い出”ですよ。。。 いけませんか?
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(すぐ下のページへ続く)