デンマンのブログ

デンマンが徒然につづったブログ

92歳のピアニスト (PART 2)

2019-05-14 11:08:52 | 太田将宏批判




 

92歳のピアニスト (PART 2)


【レンゲの独り言】


(manila07.gif)

ですってぇ~。。。

あなたも、カール・ベーム率いるウィーン・フィルハーモ二ーが奏でる

モーツァルトの『交響曲40番ト短調』を聴いて、

室井さんのように心が震えて、涙が止まらなくなるほど泣きましたか?

 


(girlcry5.gif)

 


(bohm01.jpg)



 

ええっ。。。 「そんなことはどうでもいいから、他にもっとも面白いことを話せ!」

あなたは、そのような命令口調で あたしに強制するのですか?

分かりましたわ。。。

これまで、太田さんはデンマンさんに さんざ馬鹿にされたので

そのお返しをしたのですわァ。

だから、太田さんは次のサイトで抗議録を公開したのです!


(kogiroku9.png)

『実際の抗議録』

デンマン注:しかし太田将宏が上の抗議録を掲載したサイトは消滅してしまいました!

 

デンマンさんも上の抗議録を読んで ムキになって反論しています。

『嘘を書く日記』

 

太田さんはこれに対しては反論ができないのか、それ以降 無言で通しています。

でも、そのうち忘れた頃にまたコメントを書き込むかもしれません。。。

あなたは、どう思いますか?

とにかく、ネットには “めちゃキモい”人たちがウヨウヨしています。

太田将宏さんは、まだ良い方ですわ。

中には、まるで得意になって、愚かな事をして遊んでいる オツムの足りない人たちがたくさん居ます。

また、見かけは普通のブログでも、悪徳スパマーが手を変え品を変えて 悪徳サイトへ誘い込もうとしています。

スパムコメントで褒められると、ついついその気になって、

相手のブログへ飛んでゆき、お返しに、あるいはお礼にと思って

読者に登録してしまったりするものですわァ。

どうか スパマーの思う壺にはまらないでくださいね。

悪徳スパマーは悪徳サイトへ誘おうと

てぐすね引いて待っているのですから。。。

悪徳サイトを利用して、

メールアドレスで登録したりすると、

あなたのメールアドレスは第3者や第4者に売られてしまう危険性があります。

あなたは、そのようなスパム・コメントや 成りすましスパマーには

騙されないと思い込んでいるでしょう?

でもねぇ~、もしかすると騙されているかもよ。。。

とにかく気をつけてくださいね。

次回も、さらに面白い話題が続きます。

あなたも、どうか、また記事を読みに戻ってきてください。

では。。。


(hand.gif)


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(30june.jpg)

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(juneswim.jpg)


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(byebye.gif)
コメント

百姓と貴姓 (PART 1)

2019-03-23 11:01:09 | 太田将宏批判
 

百姓と貴姓 (PART 1)

 


(nomin01.jpg)


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デンマンさん。。。、どういうわけで 百姓と貴姓 とタイトルを付けて オイラを呼び出したのですか?


(kato3.gif)

あれっ。。。 オマエは、もう忘れてしまったのォ~。。。?

オイラが何を忘れたとデンマンさんは言うのですかァ~。。。

ちょっと次の記事を読んで欲しい。。。



【デンマン注釈】

太田将宏老人の読みづらい文章を我慢して読んでくださいね。

ここで“彼”というのは、太田将宏老人が空想した架空の友人です。

太田老人は、ほとんどの友人と絶交状態なので彼を庇(かば)うような人間は一人もいません。

文章を読むと太田老人が自分の言いたい事を、いかにも友達が言っているように書いていますが、自分で言うのが恥ずかしいので、空想の友達に言わせています。

その程度の羞恥心は持っているのです。 (爆笑)

でも、それが見破られてしまうという事までを考える知力がないのが悲しい現実です。 (さらに爆笑)

カタカナで書けばいいのに、やたらに外国語の単語を散りばめて書くという太田老人の悪い癖がここでも見受けられます。(微笑)


彼:うん、でも、その前にもう一つ。僕が彼の書いたものを読んだ範囲でだけなんだがねぇ、この人は、太田さんが読者へのserviceとして書いた所だけを喜んで引用しているし、それすらも正確には出来ていないね。太田さんの言うとおりだ。太田さんの本の内容が解らないので、書き方を批判している、というのならばまだしも、これでは本質的には揚足取りだ、と僕も思う。

しかしね、僕がもっと気になるのは、太田さんが、これでは他の人に誤解を与えるとして、ささやかな苦情を言うと、過剰反応することなのだけれど、それが、ある時点で、がらっと態度を変えて、いままで褒めていたことまでを、全面否定するようになった事なんだ。太田さんのことについても、太田さんの本についても、この論争の、論争とも言えないか、まあ一応、この論争の前後では彼の書き方が変わっている。

はっきり言おう。ゴロを巻くようになった。この卑劣さを考えると、やはり、加藤氏をゴロツキと呼んでも仕方がないのかな。これは加藤氏だけではないけど、日本人の甘えで、それが幼児性みたいなものに結びつくのは、よくあるケースじゃあないかね。太田さんだって、そんなことは分かっているじゃあないか。…… ただし、僕は太田さんとは代れないけれど、ある一点だけ、加藤氏に許せない事があるんだ。

太田さんが自分の小さい世界に閉じこもっている、との発言、それも、しつこく繰り返しての言いがかりだ。まず、何に較べて<小さい>のだ。次に、自分の世界に閉じこもっているだって?あの、薄汚い彼のBBSを<大きい>世界と言うのかい。彼の発言は、太田さんの作品を受け取った人間の言うことではないよ。太田さんは、それをprintして加藤氏に、E-Mailを使って僕や他の人に提供しているではないか。

太田さん、貴方の方が、貴方のやり方で、加藤氏なんかより余程、広く世界に開けているよ。そして、あれは誰だっけ、第四部の内容については賛成できない、と言った人がいたが、それでも、太田さんは、その人を受け入れていたではないか。結論が一致したらかえって困る事もある、と笑いながら言ってね。

この点だけは加藤氏に言ってやりたいな、太田さんの本の内容の広さの中にある、唯の一行すらも解らないくせに、でかい口をたたくなってね(加藤さんよ。彼の言葉はきついけれど、彼は冷静ですよ。君は、分かってくれないだろうな(私の苦笑))加藤氏とやらは、noblesse oblige、という言葉などは知らないのではないか(彼の苦笑)。

せっかく、太田さんが譲歩して、休戦しようか、と言っているのを読み取れないとは(二人で苦笑)。ゴロツキもここまでくると下衆ですな(彼の冷笑)。…… ところで、これから彼のことどうする?

私:Memoでお見せした通り、もう彼に最後通牒を出します(爆笑)。もう、Baby–Sitをするのは疲れました(爆笑が続く)。ただ、私には、こういう風に自分を律してきた、というのを自ら破った事だけが残念です。それは、誰かの言った事、書いたことは批判しても、その人への個人攻撃は避ける、という事です。加藤氏が始めた私への言いがかりがきっかけだったにしろ、ですよね。貴方も失望しただろうなぁ(苦笑)。

彼:それは、少なくとも、僕に関しては気にしないでくれないかな。太田さんにとっては、それしか手段が残されていなかった、ということがよく解るしね。彼に、自分のやっているのと同じ事を相手が自分にしたら、どう感じるか、という事を悟らせるには他の手段は考えられないよ。残念ながら。

それよりも、太田さんの、自分の方からは誰ともの関係を断ち切らない、という主義を最後まで守り、彼に選択の引導を渡した、ということは、さすが太田さんだ、と感心しているのですよ。大筋ではね。そして、technicalな意味でもね。とにかく、お疲れ様でした(微笑、そして二人で爆笑)。

 

By V.T.

2015年11月12日 午前5時11分

【デンマン注: 太田将宏が義兄(V.T.)に成りすまして書きました。】




『親愛なる将宏ちゃんへ』のコメント欄より
(2006年12月28日)


 


ノブレス・オブリージュ


(noble13.jpg)

ノブレス・オブリージュ(仏: noblesse oblige)とは、直訳すると「高貴さは(義務を)強制する」を意味し、一般的に財産、権力、社会的地位の保持には責任が伴うことを指す。

フランス語の oblige は、動詞 obliger の三人称単数現在形で、目的語を伴わない絶対用法である。
名詞ではない。
英語では、フランス語の綴りをそのまま英語風に読んだり、英訳・名詞化して noble obligation とも言う。

起源

ファニー・ケンブルが、1837年に手紙に「……確かに『貴族が義務を負う(noblesse oblige)』のならば、王族は(それに比して)より多くの義務を負わねばならない。」と書いたのが、この言葉が使われた最初である。

倫理的な議論では、特権は、それを持たない人々への義務によって釣り合いが保たれるべきだという「モラル・エコノミー(英語版)」を要約する際に、しばしば用いられる。
最近では、主に富裕層、有名人、権力者が「社会の模範となるように振る舞うべきだ」という社会的責任に関して用いられる。

「ノブレス・オブリージュ」の核心は、貴族に自発的な無私の行動を促す明文化されない不文律の社会心理である。
それは基本的には、心理的な自負・自尊であるが、それを外形的な義務として受け止めると、社会的(そしておそらく法的な)圧力であるとも見なされる。

法的な義務ではないため、これを為さなかった事による法律上の処罰はないが、社会的批判・指弾を受けたり、倫理を問われることもある。

実例

古代ローマにおいては、貴族が道路や建物などのインフラストラクチャー整備などの建築費を支払うことがあった。
その代わり、建設した道路や建物に自分の名前をつけることもあり、例えばアッピア街道は、アッピウス・クラウディウス・カエクスによって建設された。

貴族制度や階級社会が残るイギリスでは、上流階級にはノブレス・オブリージュの考えが求められている。
第一次世界大戦では貴族の子弟にも戦死者が多く、フォークランド紛争にもアンドルー王子などがイギリス軍に従軍している。
現在でも、例えば高校卒業後のギャップ・イヤーに、ウィリアム王子がチリで、ヘンリー王子がレソトの孤児院でボランティア活動に従事している。
またウィリアムはホームレス支援事業のパトロンでもあり、自ら路上生活体験をした。

アメリカ合衆国では、セレブリティや名士がボランティア活動や寄付をする事は一般的なことである。
これは企業の社会的責任遂行(所謂CSR)にも通じる考え方でもある。
第二次世界大戦においてはアイビー・リーグをはじめとするアメリカの大学生は徴兵制度が免除されていたが、志願して出征したものも多くいた。
しかし2003年のイラク戦争において、イラクでの戦闘に参加するため志願し、アメリカ軍に従軍した親族がいる政治家の数は、極少数であったことが物議を醸した。

日本においても、第二次世界大戦前の皇族男子は、基本的に日本軍の軍務に就くことになっていた。
但し、最前線に送られるケースは稀であった。
また皇族女子も赤十字等の機関において貢献することが求められた。




出典: 「ノブレス・オブリージュ」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


 




やっぱり、オイラが“彼”に成りすまして書いているのがバレてしまうのですか?



だってさァ~、“サービス”と書けばいいのに、オマエは英語の単語 Service を使うのだよ。。。 “メモでお見せした通り”と普通の日本人なら書くのに、オマエは、“Memoでお見せした通り”と書くのだよ。。。 さらに、普通の日本人だったら、“ノブレス・オブリージュ”と書くのに、オマエはフランス語もしゃべれないくせに、“noblesse oblige”とフランス語の単語を書き込むのだよ。。。 だから、上の文章はすべてオマエが書いたとすぐにバレてしまうのだよ。

やっぱり、オイラの考え方は浅はかなのでしょうか?

極めて浅はかなのだよ。。。 だから、最近、オマエもやっと自分が愚かだという事が理解できるようになったので、僕の記事にコメントを書くのを控えているのだよ。。。 そうだろう!?

実は、デンマンさんがオイラの気分をめいらせるような事ばっかりネットで切りもなく書いたので、オイラは、現在、すっかり落ち込んでいるのです。

うん、うん、うん。。。 解るよう。。。 でもなァ~、それは、オマエが自分で蒔(ま)いた種なんだよ。。。 自分で蒔いた種は、自分で刈り取るのだよ!

やっぱり、出来心で次のようなコメントを書いたのがまずかったのでしょうかァ~?




 

このようにして、デンマンこと、加藤明は自慰にふけっているのではないでしょうか?

 

A. I. Says:

2014年9月12日 9:13 AM



『5月のバレンタイン』のコメント欄より





やっぱり、このコメントもオイラが書いたということが判ってしまうのですか?



当たり前だろう!。。。 オマエは大型計算機の保守の仕事を長年やってきたのでコンピューターの事を充分に知っているつもりになっている! だけど、オマエのオツムは80年使ってきたのに、すっかり錆付(さびつ)いてしまっているのだよ!。。。 大型計算機のことは知っていても、オマエはネットのことについては小学生並みの知識しか持ち合わせていない。

マジで。。。?

だから、IPアドレスのことも知らない!。。。 同じIPアドレスを使っていたら、オマエだという事がすぐにバレてしまうのだよ!

マジで。。。?

僕に晒されたら、さすがに自分が書いたコメントが下品で良識のない戯言(たわごと)だと感じたらしく、オマエは、こともあろうに、今度は大年増の芸者に成りすまして、次のようなコメントを書いたのだよ。


太田将宏批判 哀れで愚かで孤独な老人 成りすまし老人 嫌われる太田将宏 孤立した太田将宏
(grandma9.jpg)


デンマン注

スピーカーをONにして 上の写真をクリックしてください。

太田将宏が ばあさんに成りすまして笑います。
別窓が開きます。 この男はオツムの回転が鈍いので
笑うまでに少し時間がかかります。

とにかく、虫唾(むしず)が走るようなうウザったい笑いです。
あなたも笑えますよ。 (爆笑)





 

「このようにして、デンマンこと、加藤明は自慰にふけっているのではないでしょうか?」、と書いたのは、私、I. A. ですよ。

 

A. I. Says:

2015年11月9日 4:31 AM



『5月のバレンタイン』のコメント欄より





日本語が解る123ヵ国のネット市民の皆様に、80歳になろうとする太田将宏が“老人の性”にふけっていることが知られて 恥ずかしい気持ちになったと見えて、オマエは大年増の芸者が書いたことにしたのだよ!。。。 ところが、オマエのオツムはもうろくし始めたようで、I.A. ですよ、と書いておきながら、もともとのハンドル名(A.I.)をそのまま書いている。。。 オマエが成りすましていることがすぐにバレてしまうのだよ! 小学生でも、このようなアホな間違いはしないものだよ!



やっぱり、オイラの考え方は浅はかなのでしょうか?

当たり前だろう! 第一、I.A. と書いたら、A.I.のイニシャルをひっくり返しただけなんだよ! 要するに、オマエが成りすましていることが小学生だってすぐに判ってしまうよ!

オイラは、やっぱり もうろくし始めたのでしょうか?

あのさァ~、悪い事は言わないから認知症になる前に、老人医療の専門のお医者さんに診てもらった方がいいよ。

オイラは、それほど深刻なのでしょうか?

あのさァ~、オマエは80歳になろうというのに“老人の性”にふけっているのだよ!。。。 だから、上のようなヤ~らしいコメントを書いてしまう!

やっぱり、オイラが“老人の性”に悩んでいることが判ってしまうのですかァ~?

そうだよ。。。 昔の人は言ったのだよ! 

 

“文は人なり!”

 

デンマンさんは、もしかして精神分析のお医者さんなのですか?

そのような単純な事は精神分析のお医者さんでなくても理解できるのだよ!。。。 でもなァ~、“老人の性”にふけっているからってぇ~、隠すことはないのだよ!。。。 正直にお医者さんに言って的確な治療を受けろよなァ~。。。 “老人の性”に悩んでいるからといって、決して恥ずかしいことじゃないのだから、なるべく早くお医者さんに診てもらえよなァ~。。。 誰にでも、悩み事の1つや2つはあるのだから、その事で苦しんで自殺などしちゃあ駄目だよ!

このことが言いたくて、わざわざノブレス・オブリージュと太田将宏というタイトルを書いてオイラを呼び出したのですか?

いや。。。、 もちろん、それだけじゃないのだよ。。。 オマエは止せばいいのに義兄(V.T.)に成りすまして 2015年11月25日 午前6時44分に Denman Blog の僕の記事に次のようなコメントを書いたのだよ。


誰が言ったのか、「従僕は従僕の眼でしか主人を見れない」、というのがありました。皆様、さしずめデンマンこと加藤明氏は、その伝でありましょう。いや、彼は、ド百姓の眼でしか貴族の太田さんを見れないのかもしれませんね。いやいや、それでもデンマンこと加藤明氏についてでは誉めすぎでしょう。つくづく此処で思うのですが、そもそもゴロツキというのは人類に属するのかどうなのでしょうか。

もし、もしもですよ、デンマンこと加藤明が人類に属するのではないとすると、奴さんは人非人になりますね。それでかどうか、デンマンこと加藤明氏に反省の時期をあげようかと打ち合わせたのにも拘わらず、A. I.やI. A.は憤激遣る方無しの心境が納まらない様で何やら書き続けている様子ですが、何れにしろ、A. I.やI. A.が書いていた通り、私もデンマンこと加藤明氏に太田さんに(公開の場で)土下座して謝罪することを要求しているのです(デンマンこと加藤明氏はChristmas cardにて、こそこそと言い訳がましく謝ったことがありましたが、それでは、私も太田さんと同様、受入れ難く存じます。

また、これは序でなのですが、「デンマンこと加藤明」と繰返しているのは、他に同氏同名の加藤明氏がいらっしゃり、その方と区別させて頂いているからです)。デンマンこと加藤明氏は、internetの中途半端な知識での未熟な推測、彼の程度の技術での推理で、私たちではなく太田さんが書いているのではないかとの疑心暗鬼で無益な詮索をしている様子ですが、それよりも私たちが書いてきたことを吟味し、反省、悔恨するほうがデンマンこと加藤明氏自身の老後、余生にとって多少なりとも意味があるのではないでしょうか。

 

V. T.

2015年11月25日 6:44 AM


【上のコメントに対するデンマンの返信】


(foolw.gif)

オイ! 太田将宏。。。

オマエは相変わらず馬鹿だね!


どんな人物に成りすましても、このような愚かな極めて長い同じ内容のコメントを書くのは
太田将宏しかいないのだよ!
愚か者! (爆笑)

オマエがこれまでに書いた すべてのコメントのIPアドレスは 次のアドレスなんだよ!

99.244.57.104

オマエは愚劣にも恥の上塗りをしているのを理解していない
孤独で愚かな老人に成り下がってしまったのだよ!
実の娘にも、心優しい奥さんにも相手にされない、愚かで哀れなもうろく爺さんになってしまったのだよ!
きゃははははは。。。

今、愚劣なオマエに付き合っている暇がないのだよ! (微笑)
大切な人に会っている最中なのだよ!

僕は孤独で愚かな老人のオマエとは違って
たくさんの大切な友人、知人、親戚の人たちに恵まれているのだよ!
ぎゃはははは。。。

オマエのような愚か者に こうして返信を書いている時間は、本来ならばもったいないのだよ!
でも、オマエのような愚か者と違って紳士の僕ちゃんは、
オマエが愚かにも、同じ内容のたくさんのコメントを書きまくっているので、
このままほおって置くと、愚かなオマエが、ますます愚かな行為を続けると思うので、
仕方なくこうして返信を書いているのだよ!(爆笑)

そのうち大切な人たちと会って、時間のゆとりができたら、
じっくりとオマエに関する記事を書くつもりなのだよ!

だから、同じ内容のコメントを もうこれ以上書くのをやめろよな!

オマエも、できたら、愚かな事を止めて、田舎者じゃなく紳士になれよな!

僕ちゃんのコメントを次の記事の中で引用したので読むように!

 


(love126.jpg)

『きみ待ちわびて』
 (2015年11月16日)

僕ちゃんの記事はたくさんの人に読まれるけれど、
オマエの書いた愚劣なコメントなど真面目に読む人などいないのだよ!

オマエはネットでは、太田将宏という愚かな悲しい哀れで孤独な老人として知れ渡っているのだよ!
きゃははははは。。。

じゃあ、僕がオマエの記事を書くまで、元気にこの世に居て欲しい!
最後に、ぎゃはははははは。。。

&nbap;

By Denman

2015年11月30日 9:50 AM






『5月のバレンタイン』のコメント欄より





オマエわさァ~、止せばいいのに、「彼は、ド百姓の眼でしか貴族の太田さんを見れないのかもしれませんね」と書いているのだよ。



だってぇ~、デンマンさんはマジでド百姓の出身でしょう!? 違うのですかァ~?

違うのだよ。。。 ちょっと次のエピソードを読んで欲しいのだよ。


13歳の少女と「武士」の出会い


(kiyomasa.gif)

旅の始まりで『更級日記』にふれます。
父の任地である東国で生まれた13歳の少女が、任期が満ちて京に帰る父に連れられて草深い武蔵野国を通ったのは寛仁四(1020)年のことでした。
たまたま望見した名も知らぬ人物について書き記します。

「馬に騎りて弓持(もち)たる」人物についてです。
広々とした空の下、馬に乗った武人はやがて草むらに消えて行きます。
点景のように草原に現れたこの人物のことを彼女が書きとどめたのは、よほどそのときの光景があざやかだったからに違いありません。


(sara02.jpg)

さりげなく書かれたこの一節が司馬さんの記憶に止まります。
そしてその時代から一挙に時間を360年ほど溯(さかのぼ)ります。

それより360年前の西暦663年。
朝鮮半島。
百済(くだら)が滅亡の危機に瀕(ひん)していました。
百済の救援に向かった約二万七千の日本軍は白村江(はくすきのえ)の海戦で大敗北。敗戦の混乱の中で多くの百済遺民を伴って帰国します。
百済人は長年、ツングース系の高句麗騎兵と戦っており、騎射に長じていました。
司馬さんの想像力は、少女が見た「馬に騎りて弓持たる」人物が、土着人と混血した360年後の百済人の子孫ではないかと見るのです。当時、武蔵野には二千余人の百済人が移住し、土着しました。
そして、中国的な国家の「かたち」である律令制を倒し、1192年に鎌倉幕府という日本的な政権を作った新興勢力である坂東(ばんどう)武士団とは、この人たちの後裔(こうえい)ではないかと考えるのです。


「この集団が、日本史上、われわれが誇る、最も典型的な日本人集団とされる坂東武者に変わってゆくことを思うと、東アジアの人間の交流や、文化の発生にかぎりないおもしろさを覚える。」(『街道をゆく』1)


日本人の原型体質とは、坂東武士団の中から結晶のように煮詰って現われ出た生き方であり、その広がりはアジア的スケールを持っていたかもしれないのです。
かれら坂東武士団のモラルこそ、「名こそ惜しけれ」でした。「坂東」とは箱根の東ということです。




(84-87ページ) 『司馬遼太郎の「武士道」』
著者・石原靖久 発行・平凡社
2004年8月25日 初版第一刷発行


 


デンマンの祖先は百済からやって来た


(oshi1.jpg)



僕の家は徳川時代には忍城下で“木のくりもの屋”をしていた。僕の祖父の代までこれが続いて、大正時代に作品の品評会があって、これに出品して埼玉県知事からもらった2等賞の賞状が家宝のようにして2階の床の間に飾ってありましたよう。つまり、僕の祖父は腕のいい木工職人だったのですよう。家にも祖父が作ったと言う置物がたくさんありました。僕のオヤジが行田市の博物館にすべて寄付したようです。



それで徳川以前はどうだったのでござ~♪~ますか?

後北条氏に仕えていた騎馬武者だった。つまり、『更級日記』の作者が見たと言う騎馬武者の末裔(まつえい)だったのですよう。

つうことわあぁ~。。。デンマンさんの遠い祖先は百済から逃げてきた難民だったのでござ~♪~ますわね?

難民と言うと響きは悪いけれど、唐と新羅の連合軍と戦った騎馬隊の一員だった訳ですよう。

それで、戦いに負けて百済の国が滅びてしまったので仕方なしに日本へ逃れて来たと言うことでござ~♪~ますか?

そう言う事ですよう。

。。。んで、デンマンさんのご実家には家系図が残っているのですか?

そんなモノは残っていませんよう。

。。。んで。。。、んで。。。、どうして上のような事を、さも史実のように言うことができるのでござ~♪~ますか?

僕の体の中にある DNA に僕の祖先から伝わっている遺伝子が刻み込まれているからですよう。

その。。。その遺伝子って。。。いったい、どういうモノでござ~♪~ますか?

“海外飛躍遺伝子”ですよう。うしししし。。。

つまり、デンマンさんの遠い祖先は戦い敗れて百済から“海外”である日本へ渡ってきた。それから、京都に下って行ったけれど、生活の糧を得るためには畑仕事でもして食料を得なければならない。でも、近畿地方には土地がないので開拓団に入って関東まで落ちていったのでござ~♪~ますか?

そうですよう。

でも、結局、後北条氏に仕えたけれど、秀吉の小田原征伐で後北条氏が滅びると、騎馬武者から“くりもの屋”になって忍城下でお店を開いたのでござ~♪~ますか?

その通りですよう。

。。。んで、その“くりもの屋”が大正時代まで続いて、デンマンさんの代になると、1400年近く眠っていた“海外飛躍遺伝子”が眠りから覚めて、デンマンさんは34カ国を放浪した末に、カナダに安住の地を求めて定住した、と言う訳でござ~♪~ますか?

全く、その通りですよう。。。うしししし。。。どうですか?。。。これが、僕のつむぎだした壮大な叙事詩ですよう。




『愛とロマンの昔話』より
(2014年11月17日)




デンマンさんは、この話をオイラに信じろ!。。。と言うのですか?



オマエは信じられないのォ~?

信じられるはずがないでしょう!

どうして。。。?

だってぇ~、デンマンさんはド百姓の眼でしか貴族のオイラを見てないじゃありませんか!




『ノブレス・オブリージュと太田将宏』より
(2016年8月31日)




要するに、長い長い文章を引用してデンマンさんは自分がド百姓じゃないと言いたいのですねぇ~。。。



いや。。。 僕は特にド百姓にこだわっているわけじゃない! オマエが貴族だとか、百姓だとか。。。 そういう身分というか、出自というか、生まれというか。。。 そういう事に異常にこだわっていることが愚かな事だと言いたいのだよ。。。

でも、血筋というものは争えないものですよ。。。 デンマンさんの文章を読むと、オイラには、どうしてもド百姓出身だと思えるのです。。。

オマエは、クラシックにハマりすぎて 日本語がおろそかになっているのだよ。。。 なぜなら、実はオマエは「百姓」という言葉のもともとの意味を知らないから、僕に対してド百姓だと、アクタレをたれている。。。 実は、僕よりも、オマエの方がド百姓に近いのだよ。。。

どういうことですか?

「太田」という姓は、「細い田」、つまり、「細田」に対する「太い田」を所有しているという自慢から「太田」という姓を名乗るようになった。。。 要するに、オマエこそド百姓なのだよ!

じゃあ、デンマンさんの姓の「加藤」は、どういう意味なのですか?

それは「加賀」の国に本拠を持つ「藤原氏」という意味から「加藤」ということになった。。。 要するに、あの貴族の藤原氏の流れをくむ氏族だというわけだよ。。。

でも、そのような こじつけは誰も信じませんよ。。。

実は、太田も細田も加藤も、どれも「百姓」の中に入っているのだよ。。。

どういうことですか?

次の小文を読んで欲しい。



(sansho05.jpg)



 

私はここで、津軽で思った森鴎外の『山椒大夫』をもう一度思う。
それは11世紀末の説教節から森鴎外が小説に起こしたものだ。

まだ10代前半の安寿と厨子王は今津(直江津)の海岸で人買いにさらわれる。
人買いは越中、能登、越前、若さの津々浦々で売ろうとしたが、ふたりが幼くて体もか弱く見えるので労働力にはならないと踏まれ、売りあぐねた。

やがて人買いの船はめぐりめぐって西へ、丹後の由良(ゆら)の港に来た。
「ここには石浦と云う処(ところ)に大きい邸(やしき)を構えて、田畑に米麦を植えさせ、山では猟(かり)をさせ、海では漁(すなどり)をさせ、蚕飼(こがい)をさせ、機織(はたおり)をさせ、金物、陶物、木の器、何から何まで、それぞれの職人を使って造らせる山椒大夫と云う分限者(ぶげんしゃ)がいて、人なら幾らでも買う。
宮崎(越中は宮崎の三郎という名の人買い)はこれまでも、余所(よそ)に買手のない貨(しろもの)があると、山椒大夫が所へ持って来ることになっていた」(『山椒大夫』)

「大夫」というからには武士だろう。
武装した人々を率い、かつ一種の産業コミューンを組織した実力者だろう。
その労働力は、売られた人々、誘拐された人々ではあったが、ここには躍動的な中世、海運を中心とした活発な日本海側が描写されている。

北京語で「老百姓(ラオパイシン)」といえば大衆一般を指す。
農民のことではない。
日本でも百姓はもともと百姓(ひゃくせい)であって、必ずしも農業民を意味しない。
貴姓以外の姓を持つ人々を百姓と総称したわけだ。

 

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)




163-164ページ 『汽車旅放浪記』
著者: 関川夏央
2016年10月25日 第1刷発行
発行所: 中央公論新社




「百姓」は、もともと百姓(ひゃくせい)だったのだよ。。。 “百もある姓”、つまり、“たくさんの姓”という意味だったのだよ。。。 それで、貴姓以外の姓を持つ人々を百姓と総称したわけだよ! でも、貴族の藤原氏でさえ、もとをたどれば大陸から朝鮮半島を経由してやってきた、どこの馬の骨とも判らない庶民だったのだよ!



つまり、もとをただせば、“貴姓”も“卑姓”もない! すべての姓は「百姓」、つまり、“たくさんの姓”の中の一つだと言うのですか?

その通りだよ。。。 だから、細田も、太田も、藤原も、加藤も、その“たくさんの姓”の中の一つだと言うわけだよ!

。。。と言う事はド百姓と罵(ののし)って、デンマンさんを馬鹿にしようとしたオイラの言葉は、自分までも含めて馬鹿にしていたということですか?

その通りだよ。。。 オマエは“クラシック馬鹿”の自分をド百姓と罵ったようなものだよ。。。



(laugh16.gif)

 (すぐ下のページへ続く)







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百姓と貴姓 (PART 2)

2019-03-23 10:59:51 | 太田将宏批判



 

百姓と貴姓 (PART 2)


【レンゲの独り言】


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ですってぇ~。。。

あなたも「百姓」という言葉の、もともとの意味を知って驚きましたか?

ええっ。。。 「そんな事はどうでもいいから、もっと面白い話をしろ!」

あなたは日本語のことなど、どうでもいいのですか?

分かりましたわァ。。。

では、話題を変えます。

たいていデンマンさんは 太田さんに対して かなり辛らつな批判をしています。

太田さんにしてみれば、コケにされたと思えるので、

次のサイトで抗議録を公開したのですわァ。。。


(kogiroku9.png)

『実際の抗議録』

デンマン注:しかし太田将宏が上の抗議録を掲載したサイトは消滅してしまいました!

 

デンマンさんも上の抗議録を読んで ムキになって反論しています。

『嘘を書く日記』

 

太田さんは、これに対しては反論ができないのか、それ以降 無言で通しています。

でも、そのうち 忘れた頃にまたコメントを書き込むかもしれません。。。

あなたは、どう思いますか?

とにかく、ネットには “めちゃキモい”人たちがウヨウヨしています。

太田将宏さんは、まだ良い方ですわ。

中には、まるで得意になって、愚かな事をして遊んでいる オツムの足りない人たちがたくさん居ます。

また、見かけは普通のブログでも、悪徳スパマーが手を変え品を変えて 悪徳サイトへ誘い込もうとしています。

スパムコメントで褒められると、ついついその気になって、

相手のブログへ飛んでゆき、お返しに、あるいはお礼にと思って

読者に登録してしまったりするものですわァ。

どうか スパマーの思う壺にはまらないでくださいね。

悪徳スパマーは悪徳サイトへ誘おうと

てぐすね引いて待っているのですから。。。

悪徳サイトを利用して、

メールアドレスで登録したりすると、

あなたのメールアドレスは第3者や第4者に売られてしまう危険性があります。

あなたは、そのようなスパム・コメントや 成りすましスパマーには

騙されないと思い込んでいるでしょう?

でもねぇ~、もしかすると騙されているかもよ。。。

とにかく気をつけてくださいね。

次回も、さらに面白い話題が続きます。

あなたも、どうか、また記事を読みに戻ってきてください。

では。。。


(hand.gif)


あなたが絶対、

見たいと思っていた

面白くて実にためになるリンク



■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『興味深い写真や絵がたくさん載っている世界の神話』

■ 『現在に通じる古代オリエント史の散歩道』

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クラシックと民謡 (PART 1)

2019-03-09 11:06:38 | 太田将宏批判
 

クラシックと民謡 (PART 1)

 


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デンマンさん。。。、最近 クラシックと民謡 にハマッてるのですか?


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。。。ん? オマエは僕がクラシックと民謡にハマッていると思うわけぇ~。。。

だってぇ、タイトルに、そう書いてあるじゃありませんかァ!

いや。。。 僕がハマッていると言うよりも、オマエこそクラシックと民謡 にハマッてるんじゃないのォ~!?

その証拠でもあるのですかァ~?

あるのだよ。。。 オマエは次の記事を書いていたのだよ!


17.1 Arthur Honegger (1892-1955)

A. Honeggerの<<Movement Symphonique, Pacific 231>>を久しぶりに聴いた。何故か、こういうmachinismeの音楽は、なかなか飽きが来ない。そういえば、L.Russoloも、やがて我々にとって、市外電車や内燃機関、自動車や群衆の騒音を理想的に組み合わせる方が、<Eroica> や <Pastoral>を繰り返し聴くより、はるかに大きな楽しみとなろう、と書いていた。C.A. Debussyでさえ、飛行機の時代には、それに相応しい音楽が必要だ、と言ったと聞く。
そもそも、昔は、<作曲>された音楽はorder-madeであったのだ。それが不特定多数の市民が対象とされるようになって、音楽はprêt à porterとなった。作曲と演奏が分離、分業になったのは、この頃ではなかったか。その方が生産、販売共に効率が良かったのであろう。現代では、音楽は大量生産され有料、無料で配布されている。身尺に合ないready-madeのお仕着せに、どのような音楽を聴いてもambivalentな気持ちがするのは、私だけではあるまい。それはまた、一つ一つの製品に限った話ではない。私は、演奏会や音楽会を提供する側、製品に付加価値をつけようとする側のarrangement、つまりprogrameについても同様に感じる故に、めったに演奏会場に足をはこばないのである。そうした違和感は、皮肉なことではあるが、自分で選択した音楽を、自分で配列した順序でレコードで聴けば、幾分かは軽減されることに私は気がついた。それ以上を求めるのならば、自作自演をして、つまり自分で作曲をして自分で演奏して自分で耳を傾けるしか手が無いであろう。
私は、民謡の発生に思いを廻らせるときに、昔の民衆の創造性が信じられる。しかし、私は、私自身を含めて、現代の大衆を信じてはいない。この汚染されきった世界に住むことは、あまり幸福とは言えないという気持ちである。だから、私は久しく<<Pacific 231>>に対しても反感すらもっていた。
Honegger自身はこの作品について、彼はこの曲で内燃機関の騒音を模倣しようとしたのではなく、むしろ視覚的印象や身体的快感を表現した、と語っていた(Je Suis Compositeur)。視覚的印象といえば、C. Monetにも、汽車の駅の構内を描いた作品があったっけ。そうしたlevelで、Honeggerの作品は描写音楽である、とも私は思う。ただ、私は、彼に限らずに、こうした発言に出会う度に、直接に模倣、表現しているなどと思っている連中には、そう思わせておけ、とでもいった突き放した態度が何故とれないのか、と訝ってもいるいるのである。そもそも、外界を完全に模倣、描写しようとして成功した音楽などというものが、未だかつて存在したであろうか。音楽の具体性がそんな処には無い事は明白ではないのか。
Honegger自身が別のところで釈明しているのは幸いであった。彼は、あの曲の真の意図は、抽象的なrythme運動の表現にあり、形式としてはJ.S. Bachのchoral変奏曲を念頭においた、と語っている。私に言わせれば、彼の言う<抽象的なrythme運動>こそ音楽に於ける具体性であって、そこには直接的に情緒などが入り込む隙間などはない、ということである。それにも拘わらずに、この作品を聴いて感銘を受けるのは、それはひとえに、創り手の対象への関心、敢えて言えば、対象への終始一貫した愛情とすらいえる拘りに、聴き手が共感するからである。その対象とは、機関車からの印象であると同時に<抽象的なrythme運動>でもある、と私は考えている。
実を言うと、私は、Honeggerは、少なくともこの曲の前半では、機関車の騒音をある程度は模倣(しよう)としていると判断している。それ故に、Honeggerのこの作品は、他人の情緒につきあう必要の少ない音楽であって、それが、今、むしろ、私がなかなかに飽きることがない、とでもいうことではないか。
ただ少し気に障るのは、この曲の後半で出てくる、あの安っぽい陳腐な旋律である。これがHoneggerの言った<身体的快感を表現>しているのであろうか。
H. Villa-Lobosにも似た様な作品があるが、そちらのほうはChoral変奏曲のような技術的な背景がない事と、やはり安易な旋律が登場するので、二度目に聴いた時には、残念だという気持ちを覚えた。その音響を好ましく感じた私ではあるが、聴覚に触発された視覚的情緒だけでは音楽は支えられない、とも思う私である。
音楽が、印象を含めての情緒、或いはその表現であるとしたら、それはそれで何ものかの描写であろう。これもまた、程度の問題である。
Honeggerは、<<Movement Symphonique No 3>>は<<Pacific 231>>や<<Rugby>>の様には表題をもたないので、それほど受け入れられなかった、というような不満、或いは皮肉を言っていたが、果たしてそれは表題のせいだけであろうか。私が<<Rugby>>でさえ、さほど楽しめないのは、私がrugby(のrule)を知らない故だと思っているのであるが。

蛇足(コーダ):
私の二人の娘たちは、蒸気機関車の走るのを見た事が無い。この世代は<<Movement Symphonique, Pacific 231>>をどのように聴くのであろうか。それは<抽象的なrythme運動>だけを聴く不幸であるのか、私には分かり様が無い。
それとも、それを見て経験した私の方が不幸なのであろうか。<rythme運動>が、どこまで<抽象的>なのか、自分自身の耳で聴いても分かり様が無い。
この様に、一人の人間が、対象が何であれ、それを分かっているかどうかは、自分自身のことであろうとなかろうと不確定なのではないか。これも、音楽のことだけではないであろう。




73-74ページ
『前奏曲集―あるアマチュアの覚書-作品 1の1』より

デンマン注: 太田将宏が会費を滞納したようで上のリンク先は削除されてます!




あのさァ~、いつも思うのだけれど、オマエの文章はとっても読みづらいのだよ! 英語やドイツ語やラテン語が入り混じっている。。。



デンマンさん! 人のことは言えませんよ! デンマンさんの文章だってぇ、長くて読み始めると、じきに飽きてしまうのですよ。。。

それは、オマエの個人的な見解だと思うのだよ! 僕の記事は、日本語が解る世界のネット市民の 多くの皆様に読まれているのだよ!

134ヵ国のネット市民の皆様に読まれていることを自慢したいのですか?

いや。。。 自慢したいわけじゃない! オマエが「デンマンさんの文章だってぇ、長くて読み始めると、じきに飽きてしまうのですよ」と言ったから、僕の長い記事でも まめに読んでくれる常連さんが居る、と言いたかったまでだよ。。。 とにかく、オマエの文章は読みづらいので、多くの人が上の文章を読み飛ばしたと思うのだよ。。。

マジで。。。?

僕だってぇ、読みたくなかった。。。 でも、この記事を書く都合があるので、次のように読み易くして読んだのだよ。


17.1 アルテュール・オネゲル

    (1892-1955)



(honeg2.jpg)

 

アルテュール・オネゲルの《交響的断章(運動)第1番 パシフィック231》を久しぶりに聴いた。
何故か、こういうメカニカルな音楽は、なかなか飽きが来ない。

そういえば、ルイージ・ルッソロも、やがて我々にとって、市外電車や内燃機関、自動車や群衆の騒音を理想的に組み合わせる方が、<エロイカ> や <パストラル>を繰り返し聴くより、はるかに大きな楽しみとなろう、と書いていた。
ドビッシーでさえ、飛行機の時代には、それに相応しい音楽が必要だ、と言ったと聞く。

 


(pacific231.jpg)



 

そもそも、昔は、<作曲>された音楽はオーダーメイドであったのだ。
それが不特定多数の市民が対象とされるようになって、音楽はレディーメイドとなった。
作曲と演奏が分離、分業になったのは、この頃ではなかったか。
その方が生産、販売共に効率が良かったのであろう。

現代では、音楽は大量生産され有料、無料で配布されている。
身尺に合ないレディーメイドのお仕着せに、どのような音楽を聴いても相反するような気持ちがするのは、私だけではあるまい。
それはまた、一つ一つの製品に限った話ではない。

私は、演奏会や音楽会を提供する側、製品に付加価値をつけようとする側の編曲、つまりプログラムについても同様に感じる故に、めったに演奏会場に足をはこばないのである。
そうした違和感は、皮肉なことではあるが、自分で選択した音楽を、自分で配列した順序でレコードで聴けば、幾分かは軽減されることに私は気がついた。

それ以上を求めるのならば、自作自演をして、つまり自分で作曲をして自分で演奏して自分で耳を傾けるしか手が無いであろう。
私は、民謡の発生に思いを廻らせるときに、昔の民衆の創造性が信じられる。

しかし、私は、私自身を含めて、現代の大衆を信じてはいない。
この汚染されきった世界に住むことは、あまり幸福とは言えないという気持ちである。
だから、私は久しく《パシフィック231》に対しても反感すらもっていた。

アルテュール・オネゲル自身はこの作品について、彼はこの曲で内燃機関の騒音を模倣しようとしたのではなく、むしろ視覚的印象や身体的快感を表現した、と語っていた(『わたしは作曲家である』吉田秀和訳 創元社 1953年 → 音楽之友社 1970年)。

視覚的印象といえば、クロード・モネにも、汽車の駅の構内を描いた作品があったっけ。

 


(mone02.jpg)

  サン・ラザール駅

 

そうしたレベルで、アルテュール・オネゲルの作品は描写音楽である、とも私は思う。

ただ、私は、彼に限らずに、こうした発言に出会う度に、直接に模倣、表現しているなどと思っている連中には、そう思わせておけ、とでもいった突き放した態度が何故とれないのか、と訝ってもいるいるのである。
そもそも、外界を完全に模倣、描写しようとして成功した音楽などというものが、未だかつて存在したであろうか。
音楽の具体性がそんな処には無い事は明白ではないのか。

アルテュール・オネゲル自身が別のところで釈明しているのは幸いであった。
彼は、あの曲の真の意図は、抽象的なリズム運動の表現にあり、形式としてはバッハのコラール変奏曲を念頭においた、と語っている。
私に言わせれば、彼の言う<抽象的なリズム運動>こそ音楽に於ける具体性であって、そこには直接的に情緒などが入り込む隙間などはない、ということである。

それにも拘わらずに、この作品を聴いて感銘を受けるのは、それはひとえに、創り手の対象への関心、敢えて言えば、対象への終始一貫した愛情とすらいえる拘りに、聴き手が共感するからである。
その対象とは、機関車からの印象であると同時に<抽象的なリズム運動>でもある、と私は考えている。

実を言うと、私は、アルテュール・オネゲルは、少なくともこの曲の前半では、機関車の騒音をある程度は模倣(しよう)としていると判断している。
それ故に、アルテュール・オネゲルのこの作品は、他人の情緒につきあう必要の少ない音楽であって、それが、今、むしろ、私がなかなかに飽きることがない、とでもいうことではないか。

ただ少し気に障るのは、この曲の後半で出てくる、あの安っぽい陳腐な旋律である。
これがアルテュール・オネゲルの言った<身体的快感を表現>しているのであろうか。

エイトル・ヴィラ=ロボスにも似た様な作品があるが、そちらのほうはコラール変奏曲のような技術的な背景がない事と、やはり安易な旋律が登場するので、二度目に聴いた時には、残念だという気持ちを覚えた。
その音響を好ましく感じた私ではあるが、聴覚に触発された視覚的情緒だけでは音楽は支えられない、とも思う私である。
音楽が、印象を含めての情緒、或いはその表現であるとしたら、それはそれで何ものかの描写であろう。
これもまた、程度の問題である。

アルテュール・オネゲルは、《交響的断章(運動)第3番》は《交響的断章(運動)第1番 パシフィック231》や《交響的断章(運動)第2番 『ラグビー』》の様には表題をもたないので、それほど受け入れられなかった、というような不満、或いは皮肉を言っていたが、果たしてそれは表題のせいだけであろうか。
私が《交響的断章(運動)第2番 『ラグビー』》でさえ、さほど楽しめないのは、私がラグビー(のルール)を知らない故だと思っているのであるが。

 


(rugby11.jpg)



 



追記(コーダ):

 

私の二人の娘たちは、蒸気機関車の走るのを見た事が無い。
この世代は《交響的断章(運動)第1番 パシフィック231》をどのように聴くのであろうか。
それは<抽象的なリズム運動>だけを聴く不幸であるのか、私には分かり様が無い。

それとも、それを見て経験した私の方が不幸なのであろうか。
<リズム運動>が、どこまで<抽象的>なのか、自分自身の耳で聴いても分かり様が無い。

この様に、一人の人間が、対象が何であれ、それを分かっているかどうかは、自分自身のことであろうとなかろうと不確定なのではないか。
これも、音楽のことだけではないであろう。




赤字はデンマンが強調)

30-31ページ
『間奏曲集―主題なき変奏-作品 2』より

デンマン注: 太田将宏が会費を滞納したようで上のリンク先は削除されてます!




つまり、オイラが次のように言ったので、デンマンさんはムカついたのですか?



(ireba04.png)

 

私は、民謡の発生に思いを廻らせるときに、

昔の民衆の創造性が信じられる。

 

しかし、私は、私自身を含めて、

現代の大衆を信じてはいない。


この汚染されきった世界に住むことは、

あまり幸福とは言えないという気持ちである。

だから、私は久しく《パシフィック231》に対しても

反感すらもっていた。




ムカついたと言うよりも、オマエは実に愚かな事を書いているなと思って、呆れてしまったのだよ!



デンマンさんがそれほど呆れるような事をオイラは書いてますか?

書いてるよ!

でも、何で、それほど呆れるのですか?

あのさァ~、日本語が解る134ヵ国で有名になっている「現実主義者」と名乗る愚か者のことをオマエも知ってるだろう?

もちろん、知ってますよ。。。 “馬鹿の見本”と言われている男でしょう!?

そうだよ!

 


(tenan02.jpg)

『現実主義者 馬鹿の見本』




(smilerol.gif)

 

わァ~~ うれしいなあああァ~。。。

40過ぎても 結婚できない

オイラのために デンマンさんが

オイラの事で記事をたくさん

書いてくれました。

 

このぶんだと、読者の中から、

オイラにプロポーズしたい女性が

現れると思います。

オイラはウハウハしながら

男性ホルモンを全開しているのです。

きゃははははは。。。

 

こうなったら、もう無条件に

スキップして喜びたいですゥ!


(smilejp.gif)

わァ~~ うれしいなあああァ~。。。

ルンルンルン ランランラ~♪~ン

もう一つおまけに

ルンルンルン ランランラ~♪~ン

ああァ~、うれしいなあああァ~。。。


 



上のリンクをクリックして記事を読んだら、誰だってこの男は“馬鹿の見本”だと信じることができる。



それは、そうですよ。。。 オイラだってぇ、一度読んだだけで、この男が“馬鹿の見本”だとすぐに理解できました。

だけど、この男は自分では“馬鹿”だと思ってないのだよ!

その証拠でもあるのですか?

あるのだよ! この男のことをじっくりと観察して研究して記事を書いたブロガーがいたのだよ。。。 ちょっと読んでごらんよ!


「現実主義者」の心理


(fool930.png)

 

過去ログでの私とのやり取りを見れば分かる通り、こいつは深刻なヘイトスピーカーである。

奴は私のブログだけではなく、いろいろなブログに現れては、ヘイトを繰り返している。

奴の発言についてはざっとこんな感じ


引きこもり 現実主義者 偏差値 ネットの嫌われ者 イジメ 自殺

 

被害者や遺族、被害者寄りの人間どもの方が学校関係者やPTA、学区民や教育委員会から「皇子山学区のゴミクズ」認定されてる

いじめ被害者は加害者よりずっと生きてる価値なしのゴミクズ

被害者がアホで根暗だからいじめられるのは当然、自己責任だろ

遺族は泣き寝入りしてりゃいい


(中略)

この書き込みを見て、気分を害さない遺族などいるというのか?

「自分の境遇もいじめ被害者と一緒だ」と訴えている・・・違う、こいつはそんなんじゃない。
少なくともこいつは自分といじめ被害者を「同等」などと思っていない。

奴は、異常なほど学歴に拘っているが、それは奴の中であるヒエラルキーが確立されているからである。

それがこちら
すごく単純だが、こんな感じ。


(kasuga23.png)

奴は自分自身を「低学歴」の立場に置き、自分自身を「ゴミクズ」だの「ボロ雑巾」だの宣っているが、決して自分の事を底辺だとは思っていない。

というのは、奴は上記のヒエラルキーにちょっとした付け加えをしているのである。

それが、これ


(kasuga24.png)

つまり、「どうせ低学歴は底辺這いつくばるしかねえんだ」と、這い上がろうとする者を見下し、馬鹿にする立場を自分の中で作り上げた。
こんなのはただの開き直りなんだけどね(笑)

そして「高学歴」に縋って、「低学歴」を見下していれば、恰も自分が「高学歴」の仲間入りしている気分になり、優越感に浸れると言うわけである。

まさに「虎の威を借る狐」。

だから、こいつにとって底辺から這い上がって成功を収めるなんて、あってはならない事であり、むろん、彼らを救ってやりたいなどと言う気持ちも毛頭ない。

現に、某ブログの管理人さんに、底辺を見下し、あざ笑うようにけしかけるようなことを言っているところを何度か目撃している。

奴にとって「高学歴」はいい人生で「低学歴」はみじめで「なくてはならない」。

ネトウヨレイシストにとって「日本人」はいい人で「朝鮮人」は卑しい人で「なくてはならない」。

どちらもそれがアイデンティティーであり、ここをケチをつけられると癇癪を起すのだ。
私が奴の事を「ネトウヨとメンタリティーは大して変わらない」と言ってきたのはここである。




『春日のブログ』より
2018-08-14 17:08:15




つまり、“馬鹿の見本”の「現実主義者」は、誰が見ても馬鹿なんだけれど。。。、しかも自分で「生きる価値のないウンコのようなクズの廃人」だと伊藤先生のブログで認めているのだけれど。。。、それでも自分が馬鹿だとは思ってない! なぜなら、上の記事でも書いてあるように、この愚か者は馬鹿にする立場を自分の中で作り上げているのだよ!



なるほどォ~。。。 それで、自分よりも愚かな者を馬鹿にして、自分は、愚かでないと思ってるのですねぇ~。。。

その通りだよ。。。 そもそも、自分が馬鹿だと思っていたら他人のブログにコメントなど書けないものだよ!

。。。で、デンマンさんが オイラが書いた文章を読んで、呆れまくったというのは、どういうことですか?

オマエは早稲田大学の理工学部の数学科を優秀な成績で卒業して、小さなソフトウェア会社の課長にまでなったのに、上役と喧嘩してカナダに移住し、大型計算機のメインテナンスを専門とする熟練技術者として自己満足な生活を送っているのだよなァ~。。。

余計な事は言わなくてもいいですから、ズバリと指摘してください。。。

そうゆうオマエがだよ、「私は、私自身を含めて、現代の大衆を信じてはいない」と書いている!

いけませんか?

あのさァ~、もしそれが真実ならば、つまり、オマエは現代の大衆を信じてないばかりか、自分までも信じてないと言うことじゃないかァ!

そうです。。。 いけませんか?

あのさァ~、ホントにオマエが自分自身を信じてないなら、そもそも、オマエは上の記事を書かなかった。。。と言うより、書けなかったはずだよ!。。。 そうだろう!?

デンマンさんも意外に馬鹿なところがあるのですねぇ~?

自分が信じられないオマエは、馬鹿かもしれないけれど。。。 いや、充分に馬鹿の素質があるけれど、自分を信じている僕がどうして馬鹿なのォ~?

“言葉の綾(あや)”ということをデンマンさんは聞いたことがないのですかァ~? 「微妙な意味あいを表したり、事のついでに付け加えたりする、巧みな言葉の言い回し」ですよ。。。

つまり、オマエは本当は自分以外の一般大衆は信じてないけれど、自分自身は信じている。。。 でも、それを言うと、オマエの記事を読む読者に嫌われるので、それを避けるために、わざと 心にも無い「私自身を含めて」を書き加えた。。。 そういうわけぇ~?

そうです。。。 それが読者受けする「巧みな言葉の言い回し」。。。 要するに“言葉の綾(あや)”ですよ。。。

それってぇ~、馬鹿にする立場を自分の中で作り上げた“馬鹿の見本”と同じ論理だよ。。。 オマエは、“真実を語った者”の代わりに“言葉の綾(あや)”を持ち出してきて、読者受けを狙ったのだよ! そうだろう!?

デンマンさん!。。。 そこまで追求しないでくださいよ!。。。 “武士の情け” という言葉もあるでしょう!

時代錯誤な言葉を持ち出して、話題を逸(そ)らすなァ! んもおおおォ~! しかも、オマエは「この汚染されきった世界に住むことは、あまり幸福とは言えないという気持ちである」と書いている!

いけませんか?

つまり、オマエが信じてない現代の大衆も「この汚染されきった世界に住むことは、あまり幸福とは言えないという気持ちである」とオマエは信じているのだよなァ~。。。

そうです。。。

でも、僕はバンクーバーで幸せなんだよ! 要するに、オマエが信じてない日本の現代の大衆も、「この汚染されきった日本に住むこと」に幸せを感じているかもしれないのだよ!

その証拠でもあるのですか?

あるのだよ。。。 次の小文を読んでごらんよ!


海外に目を向ける

2015年03月03日(火) 09時16分31秒

テーマ:ブログ

久しぶりに朝から外出したので、朝の寒さを舐めてました。

寒すぎオワタw

スマートフォンからの更新である。

相変わらず大阪はミナミには中国から多くの観光客が賑わっております。


(minami100.jpg)


(tourbus.jpg)



特に週末は日本人おらんがなってぐらい多いです。

彼らのパワーは半端ないっす。

ドンキやダイコクではこれでもか!って引くほど大量買いされてます。

日本製の商品は人気あります。

なかには大量に買って、向こうの富裕層に売る転売をしてる人もいるみたいです。

日本にある商品=品質が良いという認識

日本の誇れるところです。

一方で日本のリソースが海外へ流出していく危惧もあります。

トヨタでは為替の影響を減らす目的でアメリカに工場を作り生産。

某エアコン製造企業も流通コストの削減を目的にブラジルに工場を設立。

いずれも何百億という投資をして工場を作ってでも、海外に拠点を設ける大企業は増えています。

システム開発でも、オフショア開発で盛んに海外に外注を降っています。

スポーツでもサッカーならヨーロッパ、野球ならアメリカのメジャーリーグへ国内の優秀な選手が海外へ流出しています。

イチローやダルビッシュ、本田や長友など日本人が海外で活躍する姿は日本の誇りだという見方もありますが、日本にスター不在という状況にもなります。

今二刀流で話題の大谷選手もいずれメジャーといってますが、日本のプロ野球人気を考えれば、間違いなくマイナスです。

2020年にはオリンピックもあり日本は元気だ!と楽観的に考えているジジイたちもいますが、そんなものは一時的なドーピングでしかないでしょ。

日本はどんどん高齢化が進み、国の借金も絶賛増え続けており、決して安泰とは思えません。

そう考えるとリスクは多いですね。

何か起こってからでは遅いので、リスク対策は常に考えないとあかんな。

とはいってもやっぱ日本はええ国ですよ。

前にも言いましたが、サイコロでいうと6の目。

産まれた瞬間運がいい。

こんな住みやすい国他にあるのか?笑

海外住んだことないんですけど、そう思います。

日本最高。


ありがとうございました。




赤字はデンマンが強調。
写真はデンマンライブラリーより。
YouTubeはデンマンが貼り付けました。)




『日本最高?』より
(2005年3月7日)




こうして日本で暮らす一般大衆の中には日本最高と思って満足している人がいるのだよ! 結構たくさんいると思うよ!



そういう人たちは現実が見えてないのです。。。

あのさァ~、「現実主義者」と自称している あの“馬鹿の見本”も現実を見てないのだよ。。。

だから、言ったでしょう! 日本の大衆は、精神的にも物理的にも汚染されきった日本の現実を見てないのです! それゆえにオイラは、現代の大衆を信じてないのです。。。



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 (すぐ下のページへ続く)





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クラシックと民謡 (PART 2)

2019-03-09 11:05:30 | 太田将宏批判



 

クラシックと民謡 (PART 2)


【レンゲの独り言】


(manila07.gif)

ですってぇ~。。。

あなたは現代の大衆を信じていますか?

ええっ。。。 「そんな事はどうでもいいから、もっと面白い話をしろ!」

あなたにとって、日本での幸せはどうでもいいのですか?

分かりましたわ。。。

では、話題を変えます。

たいていデンマンさんは 太田さんに対して かなり辛らつな批判をしています。

太田さんにしてみれば、コケにされたと思えるので、

次のサイトで抗議録を公開したのですわァ。。。


(kogiroku9.png)

『実際の抗議録』

デンマン注:しかし太田将宏が上の抗議録を掲載したサイトは消滅してしまいました!

 

デンマンさんも上の抗議録を読んで ムキになって反論しています。

『嘘を書く日記』

 

太田さんは、これに対しては反論ができないのか、それ以降 無言で通しています。

でも、そのうち 忘れた頃にまたコメントを書き込むかもしれません。。。

あなたは、どう思いますか?

とにかく、ネットには “めちゃキモい”人たちがウヨウヨしています。

太田将宏さんは、まだ良い方ですわ。

中には、まるで得意になって、愚かな事をして遊んでいる オツムの足りない人たちがたくさん居ます。

また、見かけは普通のブログでも、悪徳スパマーが手を変え品を変えて 悪徳サイトへ誘い込もうとしています。

スパムコメントで褒められると、ついついその気になって、

相手のブログへ飛んでゆき、お返しに、あるいはお礼にと思って

読者に登録してしまったりするものですわァ。

どうか スパマーの思う壺にはまらないでくださいね。

悪徳スパマーは悪徳サイトへ誘おうと

てぐすね引いて待っているのですから。。。

悪徳サイトを利用して、

メールアドレスで登録したりすると、

あなたのメールアドレスは第3者や第4者に売られてしまう危険性があります。

あなたは、そのようなスパム・コメントや 成りすましスパマーには

騙されないと思い込んでいるでしょう?

でもねぇ~、もしかすると騙されているかもよ。。。

とにかく気をつけてくださいね。

次回も、さらに面白い話題が続きます。

あなたも、どうか、また記事を読みに戻ってきてください。

では。。。


(hand.gif)


あなたが絶対、

見たいと思っていた

面白くて実にためになるリンク



■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『興味深い写真や絵がたくさん載っている世界の神話』

■ 『現在に通じる古代オリエント史の散歩道』

■ 『見て楽しい、読んで面白い 私版・対訳ことわざ辞典』

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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『センスあるランジェリー』

■ 『あなたもワクワクする新世代のブログ』

■ 『ちょっと心にぐっと来る動物物語』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Godiva Sayuri
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■ 『軽井沢タリアセン夫人 - 小百合物語』


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■ 『クラシックを愛すれど』

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字が汚い!(PART 1)

2018-12-22 10:54:14 | 太田将宏批判
 

字が汚い!(PART 1)

 


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デンマンさんは、やっと自分の字が汚いことに気がついたのですかァ~?


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。。。ん? 僕の字が汚いとオマエは主張するわけぇ~?

だってぇ、そうでしょう! デンマンさんから自筆の手紙をもらった人ならば、誰だって“字がマジで汚い!”と思うはずですよ!

オマエは、確信を持っているようだねぇ~!?

デンマンさんの字が汚いと自覚したからこそ、字が汚い!というタイトルを付けてオイラを呼び出したのでしょう!?

いや。。。 実は、バンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのだよ。。。


昔の人の字は立派だった?


(sousho.png)

 

美文字のお手本とされる楷書にしても、日常的に使われるようになたのは明治以降のこと。
それ以前は毛筆による続け字が普通であり、庶民の子供が読み書きを学んだ寺子屋で手本とされたのも行書だった。 (略)

明治初期には、近代的活版印刷と硬筆の普及により、続け字ではない文字、すなわち楷書がオフィシャル文字となっていく。
1879年(明治12年)公布の教育令では習字は「行書先習」とされたが、1888年発行の教科書『小学校習字帖』では、楷書、行書、草書の順に習う構成になっていた。

さらに1900年(明治33年)制定の第3次小学校令で習字は国語科に統合され、「書キ方」と称される。
以降、学校では実用教育として「硬筆で楷書を書くこと」が主となり、「毛筆で行書・草書を書くこと」は芸術の範疇となっていった。

 

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)




142-143ページ 『字が汚い!』
著者: 新保信長
2017年6月25日 第2刷発行
発行所: 株式会社 文藝春秋




つまり、江戸時代の終わりまでは毛筆による続け字が普通であり、庶民の子供が読み書きを学んだ寺子屋で手本とされたのも行書だったのだよ。。。



デンマンさんは、知らなかったのですか?

時代劇などを見ると、手紙は巻物のような長い紙に毛筆で書いてあったから、漠然とながら毛筆で続け字を書いていたとは思っていたのだけれど、こうして改めて読んでみると、確かに、鉛筆やボールペンが発明されてから楷書で書くようになったのだと、しみじみと、そう思ったわけだよ。。。

 


(kaisho.gif)

(出典:『書道の書体まとめ』

 



上の文字は楷書だけれど毛筆で書いてありますよ。。。



筆ペンだろう!?

毛筆だろうと筆ペンだろうと、毛筆のタッチで書かれてるのですよ。。。 毛筆だから、行書や草書になるというのは、単細胞的な考え方だと思うのですよ。。。

オマエは、どうも理屈っぽいのだよ! (明治)以前は毛筆による続け字が普通であり、庶民の子供が読み書きを学んだ寺子屋で手本とされたのも行書だったと書いてあるのだから、毛筆だと続け字になり易いと素直に受け取ればいいじゃないかァ!

オイラは教養が邪魔して、単細胞的には受け取れないのですよ。。。 それで、デンマンさんは何が言いたいのですか?

オマエは、自分では字がきれいに書けると思っているようだねぇ~。。。

少なくとも、デンマンさんのマジで汚い字に比べれば、オイラの字は数段に美しい字ですよ。。。

あのさァ~、それはオマエの独断と偏見だと思うのだよ。。。

あれっ。。。 もしかしてデンマンさんは自分の書いた字がきれいな字だと思っているのですか?

あのさァ~、僕は日常生活では、とりわけきれいな字を書こうと思っているわけではないのだよ。。。 自分が読む日誌だとかメモ帳などには、きれいな字を書こうなんて思ってない。。。 自分が後で読んで判読できれば十分なのだよ。。。 きれいな字を書こうとして、消しゴムで消したりして、何度も書いて時間をかけるだけ馬鹿らしいというのが僕の率直な意見なんだよ。。。

じゃあ、手紙を書くときには相手のことを考えてきれいな字を書くのですか?

そうだよ。。。 これでも中学1年生の習字の時間には、ちゃんと5をもらっていたのだから。。。

10段階の内の5ですか?

違うよ! 5段階のうちの一番優秀な5だよ!

マジで。。。?

オマエは信じられないのォ~? いつだったか、軽井沢タリアセン夫人の小百合さんに書類と共に、自筆の手紙を書いて送ったら、僕の字をほめていたのだよ!

 


(sayuri5.gif)

「達筆なお手紙をいただいて

ありがとうございました」




こういう返信が帰ってきたことがあったのだよ。。。



嘘でしょう!? 信じられません。。。 デンマンさんはオイラが書いたコメントを読んだことがあるのですか?

どのコメント?

次のコメントですよ!


Identity theft をした

デンマンこと加藤明へ (Ⅱ)。

(V. T.) 2015-11-06 10:51:57 その一:


 



 

私は、今から三十年ぐらい前に、加藤氏に初めて会いました。
当時の国際協力事業団から電話があり、何が何でも、一寸だけでも、話し相手になってくれ、と依頼されたからでした。

会って話をしてみれば、まあ、今日の彼のように何処か異常にも見えるところ(加藤さん、異常と言ってはいないですよ。気をつけて読んでくださいね。(静かに彼を諭すような微笑。))は見られなかったので、まあ、少しは付き合いました。

しかし、今、思い出すと、一つだけ非常識な事があったのです。
彼の就職活動に於いて、私に断りなしに私の名前を使っていたのです。
私は、彼に、それを、冷静に注意したのですが、今思い起こすと、彼には、私に何を言われていたのかが理解できない程度のmentalityしかなったのではないか、と思います。

彼は、今でも、同じような事を繰返しているのですから(苦笑)。
その後も彼からは、毎年年末になるとカードが届き続けていました。

 


(xmas911b.jpg)

 

そこに書いてあった事には、さして、異常、非常識なところは見られなかったので、私からも彼に季節のカードを送ってはいたのです。

ただ、彼の、死んだハエを並べたような文字を判読するのは、少しばかり吐き気もしなかったわけではなかたのですが
(加藤さん、これには、確かに、本当に、ムカツキました。けれど、私は、これについては、今日までに何も書かなかったですよね。いま、吐き気を抑えて冷静に書いておりますよ。満足ですか。(爆笑、爆笑、爆爆笑))。

 


(hakike5.gif)

 

とにかく、それで、彼の非常識は、最近まで忘れていた、という次第です。

2006年末にも来ました。
その中で、これは彼からの私宛の私信ですが、加藤氏も私の私信を公表したことなので、私も少しだけ致しましょう
(加藤さん、このように断ってするところが、私は貴方のようには非常識ではないのですよ(またまた、冷静に彼を諭すような微笑。))。




 

ネットでは数々の言葉上の失礼は

あったかと思いますが、

感謝の念、尊敬の念を

忘れているわけではありません。

“インパクト”を世界のネット市民に与えないと

“読まれない”という過去の経験に元づいて。。。


(ママ、加藤さんよ、人の英語の単語を注意するのならば、こういう、みっともない当て字は書かない方がいいですよ(またまた、冷静に、静かに彼を諭すような微笑。))。

”表面的な無礼“をやもすると(皆さん、ここ読めますか?汚いのは彼の字だけではないですよね(笑声))。
増巾(またまた、「増幅」でしょうが。(堪えきれずに、爆笑、爆笑、爆爆笑))
することもありました(誤魔化しなさんな、いつもの事でしょうが。(苦笑))。

意に反した(無自覚、無神経な、という、もっと適切な言葉を使う事を私は薦めましょう。
(例によっての、静かに、冷静に彼を諭すような微笑))。

失礼を与えたことを(”与えた”ですと?それで”尊敬の念“ですと?、皆様、彼にはこの程度の、言語能力しかないのです。
(満場の爆笑、爆笑、爆爆笑)

加藤さん、貴方のような、ド百姓は、私たちのような貴族には<差上げた>と言うべきなのです(尤も、この場合は<いたしました>でしょうが。)
忍び笑いがcrescendoして大爆笑))

おわびします(”おわび“の漢字もかけないのですかね。世話がやけるけど教えましょう”お詫び“です(再びの満場の爆笑))。

皆様、後は略します。
私は、加藤氏の感謝、尊敬の念などは、もう、気持ち悪いのでいらないのです。
ただ、私は、彼に、私に対しての彼の公開の場所でなした無礼は公開の場所で謝罪することを要求します。

<世界の>皆様、人の見てないところに隠れて、そっと謝るなんぞは、英語では、silly、日本語では、姑息、と言うのですよね
(加藤さん、貴方が勝手に転写した私の貴方宛の私信には、私からの謝りの言葉などはありませんよ(念のため)。限りなく嘲笑に近い爆笑))。

皆さん、彼は、”インパクト“を世界のネット市民に与える、なんぞと言ってますが、<口幅ったい>と言うことは、こういう事ですよねぇ。

しかも、<与える>ですと?(割れんばかりの大爆笑)。
だから、自分自身を振返りなさい、と忠告していたのです。
みっともない(爆笑、爆笑、爆爆笑)。


(monalaugh.jpg)




『相変わらず馬鹿か?』(PART 1)のコメント欄より
(2014-09-24)




うん、うん、うん。。。 思い出したよ。。。 思い出したよ。。。 オマエは嫌なコメントを書き込んだよねぇ~。。。 とにかく、ちょっと普通の人には考えられないほど、くどくどとオマエは僕の記事にコメントを書き込んだのだよ! それも、長い、長い、読みづらい、英語を満足に話せないくせに、嫌味な英単語を散りばめたりして。。。



オイラは、どうしても言わねばならないことを書いたまでです。。。

あのさァ~、読む人の身になって分かり易く書いて欲しいのだよ。。。 2度も3度も読み返させるようなコメントは、オマエが自分本位の独断と偏見で書いていることを立証しているようなものだよ。

とにかく、オイラの言いたいことはデンマンさんの汚い字は、読む相手に吐き気を催させるようなひどい字だということですよ。。。

それを言いたいのならば、こんなに長いコメントを書かずに「デンマンさんの汚い字は、読む相手に吐き気を催させるようなひどい字です」とだけ書けばいいじゃないかア! それなのに、どうでもいいことをグダ、グダ、グダ、グダと書き連ねて、(爆笑、爆笑、爆爆笑)と、下らない擬音効果まで付けて。。。 まるで、誰にも相手にされない孤独な老人が、暇をもてあまして、時間つぶしにダラダラと書いたとしか思えないじゃないかア!

デンマンさんは不満なのですか?

いや。。。 不満と言うよりも、どうしてオマエが僕の字を見て「吐き気を催させるようなひどい字です」と言わねばならなかったのか? その事を少しでも考えたことがある?

つまり、「吐き気を催させるようなひどい字」を書いたことには、理由があるということですか?

そうだよ。。。 オマエは、その事について、今まで考えたことがなかっただろう?

ありません! デンマンさんは相手に吐き気を催させる汚い字だけしか書けないものだと思っていました!

それが、オマエの独断と偏見なのだよ! 前にも言ったように、中学1年生の習字の時間には、僕は ちゃんと5をもらっていたのだよ。。。 それに、軽井沢タリアセン夫人の小百合さんに書類と共に、自筆の手紙を書いて送ったら、「達筆なお手紙をいただいてありがとうございました」 と返信が帰ってきたのだよ。。。

だから、どうだと言うのですか?

だから、手紙を送る相手によって、当然、書き手の気持ちが字に表れてしまうのだよ! 僕は習字の時間には、きれいな字を書くことができる。。。 素晴らしい女性に対して手紙を書く時には、素晴らしい達筆な字を書くこともできる。。。

つまり、オイラに対して書いた手紙には、当然、デンマンさんの気持ちが表れるということですかァ~?

そうだよ。。。

要するに、オイラがデンマンさんの手紙の字を見て吐き気を催したのは、デンマンさんがオイラに対して吐き気を催すような嫌な気持ちを抱いていたからだ、ということですかァ~?

その通りだよ!

信じられません。。。!

あのさァ~、昔の人は「信じる者は救われる!」と言ったのだよ! だから、オマエも僕の言ったことを素直に信じれば、反省して やがて まともな人間になれて救われるのだよ。。。

馬鹿バカしい。。。!



(laugh16.gif)

 (すぐ下のページへ続く)






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字が汚い!(PART 2)

2018-12-22 10:52:11 | 太田将宏批判



 

字が汚い!(PART 2)


【レンゲの独り言】


(manila07.gif)

ですってぇ~。。。

あなたは、どう思いますか?

デンマンさんの説明は理にかなっていると思いますか?

 

ええっ。。。 「そんな事はどうでもいいから、他にもっと面白い話をしろ!」

あなたは、そのようにあたしにご命令なさるのですか?

わかりましたわァ。。。

 

デンマンさんは 太田さんに対して かなり辛らつな批判をしています。

太田さんにしてみれば、コケにされたと思えるので、

次のサイトで抗議録を公開したのですわァ。。。


(kogiroku9.png)

『実際の抗議録』

デンマン注:しかし太田将宏が上の抗議録を掲載したサイトは消滅してしまいました!

 

デンマンさんも上の抗議録を読んで ムキになって反論しています。

『嘘を書く日記』

 

太田さんは、これに対しては反論ができないのか、それ以降 無言で通しています。

でも、そのうち 忘れた頃にまたコメントを書き込むかもしれません。。。

あなたは、どう思いますか?

とにかく、ネットには “めちゃキモい”人たちがウヨウヨしています。

太田将宏さんは、まだ良い方ですわ。

中には、まるで得意になって、愚かな事をして遊んでいる オツムの足りない人たちがたくさん居ます。

例えば、あの“馬鹿の見本”の「現実主義者」と名乗る悪名高い人物です。

 


(tenan02.jpg)

『現実主義者 馬鹿の見本』

 

また、見かけは普通のブログでも、悪徳スパマーが手を変え品を変えて 悪徳サイトへ誘い込もうとしています。

スパムコメントで褒められると、ついついその気になって、

相手のブログへ飛んでゆき、お返しに、あるいはお礼にと思って

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どうか スパマーの思う壺にはまらないでくださいね。

悪徳スパマーは悪徳サイトへ誘おうと

てぐすね引いて待っているのですから。。。

悪徳サイトを利用して、

メールアドレスで登録したりすると、

あなたのメールアドレスは第3者や第4者に売られてしまう危険性があります。

あなたは、そのようなスパム・コメントや 成りすましスパマーには

騙されないと思い込んでいるでしょう?

でもねぇ~、もしかすると騙されているかもよ。。。

とにかく気をつけてくださいね。

次回も、さらに面白い話題が続きます。

あなたも、どうか、また記事を読みに戻ってきてください。

では。。。


(hand.gif)


あなたが絶対、

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(yuri02.jpg)

■ 『クラシック鑑賞 15』

■ 『ヒルデガルトとジャンヌ・ダルク』

■ 『クラシック鑑賞 16』

■ 『クラシック@ルブリン』

■ 『田原総一郎と出版業界』

■ 『クラシック鑑賞 17』

■ 『ヒルデガルトと紫式部』

■ 『グールドとバッハ』

■ 『乙女の祈りと子猫のワルツ』

■ 『クラシック鑑賞 18』

■ 『クラシック鑑賞 19』

■ 『信じて跳べ』

■ 『クラシック鑑賞 20』

■ 『クラシック鑑賞 21』

■ 『クラシック鑑賞 22』

■ 『愛と赦し』

■ 『テルミン』

■ 『ヘンデルと自殺』

■ 『バッハとビートルズ』

■ 『人生と偏差値』

■ 『サルトルと現実主義者』

■ 『政治について』

■ 『クラシック馬鹿とエロ松永』

■ 『ティンパニストの本』

■ 『男の美学』

■ 『バッハ・コレギウム・ジャパン』

■ 『中村紘子とワンワン』



(juneswim.jpg)


『センスあるランジェリー』



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男の美学 (PART 2)

2018-12-02 12:03:02 | 太田将宏批判



 

男の美学 (PART 2)


【レンゲの独り言】


(manila07.gif)

ですってぇ~。。。

あなたは、どう思いますか?

片山さつきさんも ちょっと見苦しいですわよねぇ~。。。

連日、数々の疑惑により野党議員からの集中砲火を受け続けている片山さつき内閣府特命担当大臣。

そのきっかけとなったのが、週刊文春が報じた国税庁への口利き疑惑でした。

音声データを認めてもなお往生際の悪い片山さつき大臣。

「別に私がそう申し上げてもおかしくないなというものはある」

片山さつき地方創生大臣は11月15日、週刊文春が国税への口利き疑惑をめぐって公開した音声データの声について国会でそう答弁しました。

声の主が片山氏自身であることを認めたと言っていいのです。

 


(todai002.jpg)



 

ところで、デンマンさんは 太田さんに対して かなり辛らつな批判をしています。

太田さんにしてみれば、コケにされたと思えるので、

次のサイトで抗議録を公開したのですわァ。。。


(kogiroku9.png)

『実際の抗議録』

デンマン注:しかし太田将宏が上の抗議録を掲載したサイトは消滅してしまいました!

 

デンマンさんも上の抗議録を読んで ムキになって反論しています。

『嘘を書く日記』

 

太田さんは、これに対しては反論ができないのか、それ以降 無言で通しています。

でも、そのうち 忘れた頃にまたコメントを書き込むかもしれません。。。

あなたは、どう思いますか?

とにかく、ネットには “めちゃキモい”人たちがウヨウヨしています。

太田将宏さんは、まだ良い方ですわ。

中には、まるで得意になって、愚かな事をして遊んでいる オツムの足りない人たちがたくさん居ます。

また、見かけは普通のブログでも、悪徳スパマーが手を変え品を変えて 悪徳サイトへ誘い込もうとしています。

スパムコメントで褒められると、ついついその気になって、

相手のブログへ飛んでゆき、お返しに、あるいはお礼にと思って

読者に登録してしまったりするものですわァ。

どうか スパマーの思う壺にはまらないでくださいね。

悪徳スパマーは悪徳サイトへ誘おうと

てぐすね引いて待っているのですから。。。

悪徳サイトを利用して、

メールアドレスで登録したりすると、

あなたのメールアドレスは第3者や第4者に売られてしまう危険性があります。

あなたは、そのようなスパム・コメントや 成りすましスパマーには

騙されないと思い込んでいるでしょう?

でもねぇ~、もしかすると騙されているかもよ。。。

とにかく気をつけてくださいね。

次回も、さらに面白い話題が続きます。

あなたも、どうか、また記事を読みに戻ってきてください。

では。。。


(hand.gif)


あなたが絶対、

見たいと思っていた

面白くて実にためになるリンク



■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『興味深い写真や絵がたくさん載っている世界の神話』

■ 『現在に通じる古代オリエント史の散歩道』

■ 『見て楽しい、読んで面白い 私版・対訳ことわざ辞典』

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
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『センスあるランジェリー』

■ 『あなたもワクワクする新世代のブログ』

■ 『ちょっと心にぐっと来る動物物語』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Godiva Sayuri
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■ 『軽井沢タリアセン夫人 - 小百合物語』


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■ 『クラシックを愛すれど』

■ 『女性を愛せない老人ボケ』

■ 『ボダとキレた老人』

■ 『母という病』

■ 『日本人は嘘つき』

■ 『マジでピッタリ!』

■ 『成りすまし老人』

■ 『バカな大人にならない』

■ 『成りすまし老人の告白』

■ 『だまそうとする老人』

■ 『バカの壁の増設』

■ 『ウソの雪ダルマ』


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■ 『知らずの自分史』

■ 『新渡戸稲造と太田将宏』

■ 『ショーペンハウエルと太田将宏』

■ 『ホーキング博士と太田将宏』

■ 『加藤清正と太田将宏』

■ 『老人の性と太田将宏』

■ 『ノブレス・オブリージュと太田将宏』

■ 『世渡りの道と太田将宏』

■ 『フェアプレーと太田将宏』

■ 『ネット恋愛と太田将宏』

■ 『日本語と太田将宏』

■ 『坊主の袈裟と太田将宏』


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■ 『葛飾北斎と太田将宏』

■ 『女の性的飢餓感』

■ 『敵に塩を送る』

■ 『虚構とウソ』

■ 『手紙と絶交』

■ 『短気は損気』

■ 『不思議な日本語』

■ 『乙女の祈りだわ』

■ 『自作自演じゃないよ』

■ 『マリリンdeアイドル』

■ 『マリリンに誘われて』

■ 『かい人21面相事件』

■ 『悪名と名声』

■ 『嘘を書く日記』

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■ 『自然に耳を傾ける』

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■ 『後奏曲集@危険』


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■ 『女3人で姦しい』

■ 『クラシック鑑賞 1』

■ 『クラシック鑑賞 2』

■ 『クラシック鑑賞 3』

■ 『クラシック鑑賞 4』

■ 『クラシック鑑賞 5』

■ 『クラシック鑑賞 6』

■ 『クラシック鑑賞 7』

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■ 『クラシック鑑賞 11』

■ 『レゲエ@ジャマイカの夜』

■ 『クラシック鑑賞 12』

■ 『クラシック鑑賞 13』

■ 『クラシック鑑賞 14』


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■ 『愛と赦し』

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■ 『人生と偏差値』

■ 『サルトルと現実主義者』

■ 『政治について』

■ 『クラシック馬鹿とエロ松永』

■ 『ティンパニストの本』



(juneswim.jpg)


『センスあるランジェリー』



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クラシック馬鹿とエロ松永 (PART 1)

2018-11-14 11:35:39 | 太田将宏批判
 

クラシック馬鹿とエロ松永 (PART 1)

 


(ero910.jpg)


(music987.jpg)


(ireba03.jpg)


(laugh16.gif)




(ohta03.png)

デンマンさん。。。、どういうわけでクラシック馬鹿とエロ松永というタイトルでオイラをお呼びになったのですか?


(kato3.gif)

オマエは不満なのォ~?

だってぇ~、タイトルがオシモで下品ではありませんかァ! こういうタイトルでオイラを呼び出して欲しくないのですよ! んもおおおォ~!

オマエはムカついているわけぇ~?

当たり前でしょう! 迷惑ですよう!

でもさァ~、僕がオマエを呼び出したわけじゃないのだよ!

だけど、デンマンさんが いつものようにオイラを指名したのですよ!

確かに、指名したのは僕だけれど、そうさせた人物が他にいるのだよ! ちょっと次の検索結果を見て欲しい。。。

 


(gog81012x.png)


『拡大する』

『現時点での検索結果』




あれっ。。。 「太田将宏はバカだ」と入れて検索したのですねぇ~?



そうだよ。。。

どうしてデンマンさんは、このようにオイラをムカつかせるような検索をするのですか?

いや。。。 僕はわざわざ「太田将宏はバカだ」と入れて検索したわけじゃないのだよ! 実は、次の記事の中に上の検索結果が出てくるのだよ。。。

 


(sartre01.jpg)


(fool911b.jpg)

『サルトルと現実主義者』

 



つまり、デンマンさんが確認のために上の記事の中に出てくる検索をしてみたら、エロ松永が『クラシック鑑賞12』をパクッて悪徳エロサイトの宣伝ページとさし替えていたのを発見したのですか?



そういうことなんだよ! 上のリンクをクリックすると次の悪徳エロサイトのページが出てくるのだよ。

 


(baka80516b.png)


『拡大する』

『実際の記事』


犯罪サイトに誘導されても

 絶対にスタートボタンを

クリックしないように!

ワンクリック詐欺です!




(dorobo91.jpg)

 

IPアドレス:104.18.55.161

ホスト名: sexhamster69.pw

IPアドレス:104.31.94.241

ホスト名: video69hdouga.pw

IPアドレス:104.18.51.98

ホスト名: sexsexporndouga.pw

IPアドレス:104.31.90.19

ホスト名: xvideoerovide9.pw

国: United States

州: Arizona

市区町村: Phoenix

郵便番号: 85001

運営責任者: 松永

運営担当: 淫乱エロリスト69 & 性なる妖精

        & 禁断の果実69



 



上のページってぇ、かなりヤバイじゃありませんかア!



そうだよ。。。 だから、ネット市民の皆様がエロ松永のワンクリック詐欺に引っかからないようにと思って、こうして悪徳エロサイトを晒しているわけだよ!

だったら、オイラじゃなくエロ松永を呼び出して晒せばいいじゃありませんか!

でも、エロ松永が、そもそもパクッたページは、僕がアメブロに投稿した次の記事なんだよ。

 


(kuhlau1.jpg)


(music987.jpg)

『クラシック鑑賞 12』

 



つまり、この記事がよく読まれるのでエロ松永がパクった、とデンマンさんは主張するのですか?



その通りだよ。。。 読まれない記事をパクったところで、エロサイトの宣伝ページが読まれなければ、全く宣伝の意味がないからねぇ~。。。

つまり、『クラシック鑑賞 12』が検索されて読まれていることを言うために、オイラを呼び出したのですか?

その通りだよ。。。 オマエも嬉しくなってスキップしたくなっただろう?

デンマンさん! いい加減にしてくださいよう! オイラは“現実主義者”と自称して馬鹿を振りまいてスキップして喜ぶ、あの悪名高い男とは人間の“デキ”が違うのですよゥ。。。

 


(fool901.jpg)

『現実主義者 馬鹿の見本』

 



ほおォ~♪~。。。 そうなのォ~?



だってぇ~、あの男は偏差値30台のクソ大学を追い出されて、今では自分で「生きる価値のないクズの廃人」だと自慢して、人の嫌がるコメントを書き回っているのですよ。。。 最近では、次のようなコメントを書いて“ネット荒らし”をすることを宣言しているのです!


引きこもり 現実主義者 偏差値 ネットの嫌われ者 イジメ 自殺
(masuo01e.png)

40 Re:Re:無題

 

>huyunohi1684さん (伊藤先生のことです)

当たり前です。

このアメブロやYahoo!ブログ、ウェブリブログは伊藤さんの同志以外は、
普通に口なんか利いてられないネトウヨやその伴類のスピリチュアル中毒者に
格言依存ばっか雁首揃えてるんですから、
そんなブロガーのブログなんかひたすら荒らしてやるのみですな。

現実主義者 2018-11-11 20:27:34




『伊藤先生のブログ』より




オイラは早稲大学理工学部の数学科を優秀な成績で卒業して海外に飛躍して情報工学科の世界で業績を残しているのです。。。 ネット市民から蛇蝎(だかつ)のごとく嫌われている自称「現実主義者」と比較されるのは侮辱の極みですよ。。。



。。。だろう? だから、オマエが自称「現実主義者」とは、全く異次元な人間だということをネット市民の民様にも知ってもらおうと、僕は敢(あ)えて、人間のクズのようなエロ松永じゃなく、オマエを呼び出したというわけだよ。。。

そうだったのですか?。。。 知りませんでした。。。 でも。。。、でも。。。、これまでに、デンマンさんはオイラを馬鹿にする記事をたくさん書きましたよねぇ~。。。

それは違うだろう。。。 オマエが僕の記事に嫌がらせのコメントを金魚のウンコのようにズラズラと数珠繋(じゅずつな)ぎで書いたので、僕は仕方なくオマエの事を取り上げて記事を書かねばならなかったのだよ。。。

オイラは、マジで金魚のウンコのようにズラズラと数珠繋(じゅずつな)ぎでデンマンさんの記事にコメントを書いたのですか?

あれっ。。。 オマエは、すでに物忘れするような高齢社会の一員になってしまったのォ~?

デンマンさん! オイラは、まあだ80歳になったばかりですよ。。。 オツムはしっかりしているつもりです。。。

でも、金魚のウンコのようにズラズラと数珠繋(じゅずつな)ぎでコメントを書いた事を忘れてしまったのだろう?

オイラは、マジでそれほど多くのコメントをデンマンさんの記事に書き込んだとは思ってません。。。

書き込んだのだよう。。。 止せばいいのに、同じコメントをコピペして、オマエは GOO の僕のブログに次のように長いコメントを書き込んだ!



(goo51211f.png+goo51211f2.png)

『実際の記事』



あれっ。。。 デンマンさんはオイラが GOO のブログにもコメントを書き込んだことに気づいたのですか?



当たり前だろう! 僕は毎日ブログを更新しているのだよ!。。。 それにしても、病的に長いコメントを しかも、同じものを オマエはコピペして書き込んでいる。。。 つまり、オマエは自分ではコントロールできない不適切なほどの強い怒りを起こすのだよ! 前頭葉が萎縮している証拠だよ!。。。 それで、衝動的に同じコメントをコピペして、僕の他のブログにも書き込んでしまうのだよ。。。 これを見れば、ネット市民の皆様も、オマエのオツムが可笑しくなって、精神科のお医者さんが必要だと思うよ。

マジで。。。?

あのさァ~、悪い事は言わないから、時間があったらぜひ今日中にでも、精神科のお医者さんに診てもらったほうがいいよ。

どうして精神科のお医者さんに診てもらう必要があるのですか?

オマエは死ぬ事にかなり拘(こだわ)っているからだよ!

私は、感謝して死ねるように、

今からでも、心の準備をしておこう。


でも。。。、でも。。。、これは文章の綾(あや)ですよ。。。 このように書いた方が哲学的に高尚な雰囲気を醸(かも)し出すので わざと書いたのすゥ。 (微笑)

つまり、心にもないことを書いた、とオマエは言いたいのォ~?

そうです。。。

だから、それも前頭葉が萎縮している証拠だよ! 判断力が落ちて心にもないことを書いてしまうのだよ。。。 そして“衝動的に”ムカついたりする! だから、一度でいいから精神科のお医者さんに診てもらったほうがいいよ。

あのォ~、うちの娘は二人とも総合病院で小児科のお医者さんをやっているのですけれど、娘に診てもらうのは まずいでしょうか?


(hgh01.jpg)



オマエは、80歳になったのだよ! 馬鹿なことを言うなよ!。。。 80歳になった老人を小児科のお医者が診るわけねぇ~だろう! 馬鹿も休み休み言え! アホ! ボケ!



デンマンさん! 言っていい事と悪い事がありますよ。 80歳に突入した老人に向かって、その言い草はないでしょう! 少しは、敬老の気持ちを持ってくださいよゥ! お願いしますうゥ~!

あのなァ~、オマエが書き込んだ長~い、長~い、精神異常的に長~いコメントを読んだら、敬老の気持ちどころじゃないのだよ! んもおおおォ~。。。 いい加減にしてくれよ! オマエが、そのような下らない事を言うから、二人の娘にも、心の優しい奥さんにも拒絶されるのだよ!

オイラはどうしたらよいのでしょうか?

あのさァ~、 アメブロでブログを書いている めれんげさんが興味深い記事を書いていた。。。 彼女には オマエにはない“気づき”という優れた気質がある。。。 オマエの参考のために、めれんげさんの手記をここに書き出すから読んでごらんよ。



2006-11-02 18:08:07
posted by merange

ちょいとマジな話やねんけど・・・

(テーマ:日記のつもり)


(merange42.jpg)

反省しきり。

わたし気がついたんやけど、
自分のことをずーっと考えてくれてる人の気持ちを、もっと冷静になって、考える必要があったよ・・・

固定観念にしばられて、自分の尺度で相手のことを、評価するのは、あまりにも心のせまいことやった。
人それぞれの個性を考慮せずに、好きだの嫌いだの、いいとか悪いとか、決め付けたまんまで、態度を硬化させて、そのまんまで、再考しようともしなかった自分は、なんちゅー視野のせまい人間やったことか。

いくら相手に理解を求めても、いっこうに気持ちがつたわらないことがある。
それはお互いの個性が、相容れないものであって、どれだけの言葉をつくしても、関係は平行線のまんま。
まして相手が他人の性格や表現様式を、理解できなければ、気持ちをつたえることは、あまりにもむずかしい。


(pray08.gif)

わたしは長年、固定された評価でしか、その人の自分への気持ちを考えずにいた。
確かに人間として、相容れない部分はある。

でも、自分のものさしで、その人を判断して、その判断を、見直そうともせずに態度を硬化させたままだった。
人それぞれの表現法や、思考の違いを考慮せずに、一度拒絶の気持ちを持ったら、それを頑なに変えようとせず、そのままで、思考をストップさせたままだった。

自分のことを、どんなかたちであれ、考え続けてくれるということの意味を、もっと尊重すべきだったことに、ようやく気がついた。

あらためて「ごめんなさい」と言います。
少なくとも、あなたを精神的に拒絶することをやめます。
わたしの存在を忘れずにいてくれる人がいるということを、素直に受け入れるようにします。

それ以上のことは、
わたしにはできないけれど、
感謝の気持ちを忘れないようにしようと思います。



(girl100.jpg)




【デンマン注】 原文には全く手を加えていませんが、構成、背景や画像はデンマン流に変えてあります。

『めれんげの原材料』より

『出会い系の悪魔』に掲載
(2008年9月10日)

(mereheart2.jpg)



めれんげさんはオイラと違ってぇ素直な性格なのですねぇ~?



そうだよ! だから、オマエも頑固にいつまでも自分の殻に閉じこもってないで、人の言うことに耳を傾けるのだよ。。。反省する心を持つのだよ!

。。。で、デンマンさんはオイラに どうしろ!と言うのですか?

だから、反省するのだよ! 短期は損気なのだよ。。。 僕に謝らなくてもいいから、短気を起こさずに 心優しい奥さんと仲直りして、老後も仲良く一緒に暮らすのだよ!

やっぱり、そうすべきでしょうか?

そうだよ。。。 オマエのためにオノ・ヨーコさんが元気のでる小文を書いていたから、オマエもじっくりと読めよ!



(onoyoko.jpg)

70歳になったときは、とても嬉しかった。
よくぞ70歳まで生きながらえたと思いました。

 (中略)

不運か幸運か私の人生には、激しい出来事ばかりが起こったので年齢のことを考えている余裕がありませんでした。
ですから、60歳になったときも、
「あなたも60歳ですね」
などと人から言われても、
「あれ、そお?」
なんて、ぐあいでした。

ところが、70歳を迎えたときはまったく違う感触でした。
ここまで生きながらえたことに対して誇りみたいなものを感じたのです。

 (中略)

自分がやりたい仕事がまだたくさんあります。
「あと50年ちょ~だい」
と言いたい。


自分というものをもっと生きてみたい。
今は私の人生のプロセスだと思っています。
私にとって人生はまだまだ未知数なのです。

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)




51-54ページ 『今あなたに知ってもらいたいこと』
著者: オノ・ヨーコ
2010年1月15日 第2刷発行
発行所: 株式会社幻冬舎




この文章を読んだときに僕はオノ・ヨーコさんが哀れで愚かで孤独で可哀想な70歳をとっくに過ぎた太田将宏老人のような人物を励ますために書いたのではないかと思ったわけだよ。



デンマンさんは、マジでそう思ってくれたのですか?

そうだよ! オマエもまだ隣の家からお座敷がかかるのだから、捨てたモノではないのだよ! だから、私は、感謝して死ねるように、今からでも、心の準備をしておこうじゃなく、オノ・ヨーコさんのように自分がやりたい仕事がまだたくさんあります。「あと50年ちょ~だい」と 心優しい奥さんのためにも元気に頑張れよ。



(laugh16.gif)

 (すぐ下のページへ続く)



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クラシック馬鹿とエロ松永 (PART 2)

2018-11-14 11:34:35 | 太田将宏批判



 

クラシック馬鹿とエロ松永 (PART 2)


【レンゲの独り言】


(manila07.gif)

ですってぇ~。。。

デンマンさんは 太田さんに対して かなり辛らつな批判をしています。

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『実際の抗議録』

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太田さんは、これに対しては反論ができないのか、それ以降 無言で通しています。

でも、そのうち 忘れた頃にまたコメントを書き込むかもしれません。。。

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騙されないと思い込んでいるでしょう?

でもねぇ~、もしかすると騙されているかもよ。。。

とにかく気をつけてくださいね。

次回も、さらに面白い話題が続きます。

あなたも、どうか、また記事を読みに戻ってきてください。

では。。。


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あなたが絶対、

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■ 『愛と赦し』

■ 『テルミン』

■ 『ヘンデルと自殺』

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田原総一郎と出版業界 (PART 1)

2018-05-11 11:22:02 | 太田将宏批判
 

田原総一郎と出版業界 (PART 1)

 


(tawara01.jpg)


(music987.jpg)


(ireba03.jpg)


(laugh16.gif)




(ohta03.png)

デンマンさん。。。、今日はクラシック鑑賞ではないのですかァ~?


(kato3.gif)

ちょっと違うのだよ。。。

それなのに、どういうわけでオイラをお呼びになったのですかァ~?

オマエは不満なのォ~。。。?

いいえ。。。 別に不満じゃないですけれど、これでもオイラは忙しい身の上なのですよ。。。 気まぐれに呼びださないで欲しいのです。。。

80歳を過ぎたオマエが、どういうわけで忙しい身の上なのォ~?

そんなことよりも、まずオイラの質問に答えることが先決ですよう! んもおおおォ~!

分かったよう。。。 田原総一郎さんは早稲田大学でオマエと同窓なのだよ。。。

確かに大学は同じですけれど、学部は違いますよ。。。 田原さんは滋賀県立彦根東高等学校を卒業すると、作家を志して上京するのです。。。

あれっ。。。 オマエは、けっこう詳しいねぇ~。。。

田原さんは日本交通公社(現JTB)で働きながら早稲田大学第二文学部日本文学科(夜学)に通い始めるのです。。。

ほおォ~。。。 作家になろうとしていたんだ。。。

そうなのです。。。 ところが、文学賞に何度か応募したにもかかわらず箸にも棒にもかからない。。。 さらに同人誌の先輩に才能がないと二、三度「宣告」を受けたらしい。。。 そんなことで、意気消沈していたところで、同世代の石原慎太郎・大江健三郎の作品を読んで、「これはダメだ、全く敵わない」と作家を目指すことを断念したのですよ。。。

マジで。。。? それで。。。?

それで、志望をジャーナリストに切り替え、3年間、ほとんど通っていなかった二文を辞めて、1956年早稲田大学第一文学部史学科に再入学し、1960年に卒業したのです。。。

。。。で、オマエは。。。?

オイラは、東京生まれ、東京育ちですよ。。。 早稲田大学理工学部数学科を優秀な成績で卒後して、ソフトウェア会社の課長になって、それから心の優しいきれいな家内と結婚してカナダに移住してトロントで暮らし始めたのです。。。


(jukujo98.jpg)



うん、うん、うん。。。 そうだった。。。 そうだった。。。 オマエは、影の薄いブ男だったけれど、奥さんは心の優しい きれいな人だったよゥ。。。



オイラはデンマンさんとは会いたくなかったのですけれど、海外協力事業団のオフィスから電話がかかってきて、ソフトウェアの仕事を探している人物がいるので、会ってトロントの就職状況などを説明してあげて欲しいと言うので、仕方なく会ったのですよ。。。

うん、うん、うん、そうだった。。。 そうだった。。。 心の優しいきれいな奥さんにも会ったのだよ! うしししししし。。。

デンマンさん! そのような下卑(げび)た笑いを浮かべないでください!

下卑てないだろう! オマエの奥さんが心の優しいきれいな人だと認めてあげているんじゃないかア!

そんなことより、どういうわけで田原さんを持ち出してきたのですか?

あのさァ~、バンクーバー市立図書館で田原さんの本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのだよ。。。


私が伝えたいこと


(tawara02.jpg)

 

1945年(昭和20年)、小学校5年生の夏、8月15日に太平洋戦争の終戦を迎えました。
それまで「この戦争は正義のための戦争だから、君たちは正義のために死ね」と教えられましたが、終戦後の2学期になると「この戦争は悪い戦争だった。戦争は悪である。もし戦争が起きそうになったら、体を張って戦え」と教えられるようになりました。
そして高校1年生になったころに、朝鮮戦争が起きました。

小学校時代に「君たちは戦争が起きたら、体を張って反対しろ」といわれたので、私たちは「戦争反対!朝鮮戦争反対!」と大きな声で反対しました。
すると、先生たちから「お前ら、共産党か」と言われたのです。
このとき共産党員たちは追放されていました。
つまり悪い党ということになったのです。
私たちは混乱しました。
何を信じたらいいのか迷いに迷いました。

こういった衝撃的なことを少年時代に体験したのは、私たちが最後の世代になります。
この混乱した時代に起きたことををありのまま伝えることによって、皆さんが、これからの時代を生きてゆくうえで、自分の目で見たこと、体験したことをもとに、正しい判断をし、日本の未来のあるべき姿を考えてもらえればと願っています。

 (13-14ページ)

全国的に工場誘致のために開発が進み、その各地で住民漁民たちの反対運動が展開されていました。
そのことを改めて、国土開発の中軸的な仕掛け人だった下河辺敦(しもこうべ あつし)に確かめました。
「確かに私たちは水俣病や四日市ゼンソコクのことは知っていましたが、それはその地域の特殊事情だというとらえ方が一般的でした。
鹿島や九州の不知火(しらぬい)などで、公害を引き起こすなという声が起きると、私たちはむしろ積極的に住民の人々の話を開きに行った。
どんな弊害、危険が生じるのか、私たちのほうこそ具体的につかみたくて、正直に言うと住民運動、反対運動にむしろ期待したのですよ」

(138ページ)

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)




『100分でわかる!ホントはこうだった日本現代史②』
日米安保条約からロッキード疑獄
著者: 田原総一郎
2013年3月5日 第1刷
発行所: 株式会社ポプラ社 

 
 


私が伝えたいこと


(tawara03.jpg)

 

1945年(昭和20年)、小学校5年生の夏、8月15日に太平洋戦争の終戦を迎えました。
それまで「この戦争は正義のための戦争だから、君たちは正義のために死ね」と教えられましたが、終戦後の2学期になると「この戦争は悪い戦争だった。戦争は悪である。もし戦争が起きそうになったら、体を張って戦え」と教えられるようになりました。
そして高校1年生になったころに、朝鮮戦争が起きました。

小学校時代に「君たちは戦争が起きたら、体を張って反対しろ」といわれたので、私たちは「戦争反対!朝鮮戦争反対!」と大きな声で反対しました。
すると、先生たちから「お前ら、共産党か」と言われたのです。
このとき共産党員たちは追放されていました。
つまり悪い党ということになったのです。
私たちは混乱しました。
何を信じたらいいのか迷いに迷いました。

こういった衝撃的なことを少年時代に体験したのは、私たちが最後の世代になります。
この混乱した時代に起きたことををありのまま伝えることによって、皆さんが、これからの時代を生きてゆくうえで、自分の目で見たこと、体験したことをもとに、正しい判断をし、日本の未来のあるべき姿を考えてもらえればと願っています。

 (11-12ページ)

1996年(平成8年)1月5日、村山首相が突然辞意を表明しました。
1996年1月11日、自民党で平成研という派閥に属する橋本龍太郎が、82代、53人目の首相に選ばれました。

(102ページ)

(2002年1月)26日にある外務省のOBが田中(眞紀子)外相に呼ばれました。
そして田中は、
「大臣と次官が、いつまでも『言った』『言わない』を続けているわけにはいかないので、28日の予算委員会で外相辞任を表明したい。 そこで辞任表明の原稿をつくってほしい」
と外務省のOBに頼んだのでした。
一応、原稿はできあがり、私もその原稿を見ています。

ところが27日の「サンデープロジェクト」のあと、午後、田中外相から外務省OBに電話がかかってきました。
「大西健丞の話をいて考え方が変わった。 辞任しないで月曜日から戦う。 一番悪い鈴木宗男が無傷で残るのは許せない」
と、気合の入った語調で言ったそうです。

 (151ページ)

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)




『100分でわかる!ホントはこうだった日本現代史③』
中曽根政権から豊かな時代の崩壊
著者: 田原総一郎
2013年4月 第1刷
発行所: 株式会社ポプラ社 




つまり、田原さんが書いた上の2冊の本を読んで間違いを見つけたので、こうして長々と引用したのですかァ~?



そうだよう。。。 オマエは不満そうな目つきで僕を見てるねぇ~。。。

それってぇ、意地の悪いアラ探しではありませんかァ!

あのさァ~、僕は本は図書館で読むことにしているのだよ。。。 つまり、本屋では買わないことにしているのだよ!

デンマンさんは、見かけによらず、しみったれですねぇ~。。。 最近、ネットで情報をゲットする人が多くなって、本を買う人が少なくなっているのに、デンマンさんは本屋で本を買わずに、図書館で本を借りていると言うのですか?

そうだよう。。。

だから、日本の出版業界は喘(あえ)いでいるのですよう! 倒産したり、見切りをつけて業種を変えたところも出てきてますよ。。。

だから、その理由の一つをここで証拠として示したわけなんだよ。。。

つまり、田原さんの本の間違い、誤字・脱字が、出版業界の不振を招いた、とデンマンさんは言うのですか?

だから、そういう著者のいい加減さと、出版社が経費削減で校正係をバイトに任せているから、出版業界はダメになっているのだよ。。。 僕が、もし上の2冊の本を買っていたとしたら、出版社につき返して本代を返してもらうよ!

でも。。。、でも。。。、たった5つの間違いを発見しただけじゃありませんかァ!

あのさァ~、こまめに探せば、もっとあるかもしれないのだよ! 1度読んだだけで、5つも間違いがあるなんて、僕にとって初めての経験だよ! ポプラ社という出版社が出した本を僕は初めて読んだ! 調べてみたら次のような会社なのだよ!


ポプラ社

 


(popula01.jpg)

 

株式会社 ポプラ社は、日本の出版社。
本社は東京都新宿区大京町に所在。

元偕成社の、編集長の久保田忠夫、営業担当の田中治夫らが独立して創業。

長きに渡り、山中峯太郎の〈名探偵ホームズ全集・全20巻・絶版〉、南洋一郎の〈怪盗ルパン全集・全30巻〉(現在はシリーズ怪盗ルパン・全20巻)、江戸川乱歩の〈少年探偵江戸川乱歩全集・全46巻、後半20巻は乱歩の大人向け作品を乱歩の弟子が子供向けに書き直したもの〉(現在はシリーズ少年探偵・全26巻)、那須正幹の〈ズッコケ三人組〉シリーズや原ゆたかの〈かいけつゾロリ〉シリーズ、ポプラ社文庫などの児童書を専門に出版してきたが、近年では成人を対象とした書籍にも幅を広げ、成功を収めている。

その他、児童向け漫画雑誌『月刊コミックブンブン』(旧称:プレコミックブンブン)を発行している。

プレコミックブンブン編集のため、2003年にマッグガーデンとの共同出資で編集プロダクション 株式会社ビープラスを設立、2005年に合弁を解消し、会社清算。

また2006年には玩具メーカー・タカラ(現・タカラトミー)の系列出版社であったジャイブを買収・子会社化している。

2005年には、日本で初めての心理学マガジン『月刊psikoプシコ』を創刊。

2008年4月5日に大人向けの文庫「ポプラ文庫」を創刊している。




出典: 「ポプラ社」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』




結構、有名な会社ではありませんか!



僕が読んだ本は、たいてい「文藝春秋社」「講談社」「新潮社」「幻冬舎」……が出している本なのだよ。。。 これまでにも、僕の記事の中で本から、けっこうパッセージを引用しているのだけれど、僕の記憶する限り「ポプラ社」から出版された本を引用したためしがない!


【デンマン注:】

念とため調べてみたら1度だけ『母という病』という記事の中でポプラ社から出版された『母という病』という本の中から小文を引用していました。

 


(popula02.jpg)




上の説明を読むと、少子化で児童向けの本が売れなくなったので、大人向けの本に切り替えようとしているのだよ。。。 何とかして経営を立て直そうと、合弁を解消したり、玩具メーカー・タカラ(現・タカラトミー)の系列出版社であったジャイブを買収したりしているのだよ。。。



つまり、経営につまずいているということですか?

そうだろう。。。 それで、知名度のある田原さんに本を出してもらおうと頼み込んだに違いない。

ヒット商品にするつもりの本のシリーズが『100分でわかる!ホントはこうだった日本現代史』というわけですか?

それに違いないよ! それにもかかわらず、校正が不十分。。。 しかも、2冊の初めに出てくる私が伝えたいことという「はしがき」にあたる部分で、間違いを犯している。 The first impression is a lasting impression. という英語の諺があるけれど、出だしで間違いを見つけたら、読者は引いてしまうと思うよ。。。 僕は図書館で借りたから読み続けたけれど、本屋で立ち読みしたら、そういう本を絶対に買わないよ。。。

田原さんは見直ししなかったのでしょうか?

頼まれたので、イヤイヤながら「私は忙しいので、見直しできないから、あなたたちの責任で本を出して」ということにしたのだと思うのだよ。。。

しかし、それは無責任ではありませんか?

僕も、そう思うよ。。。

それで、最近の出版業界に活を入れるために、この記事を書く気になったのですか?

その通りだよ。。。 でも、オマエだってぇ、結構、無責任に本を出版しようとしたのだよ。。。

オイラが、何か不都合なことでもしでかしたのですか?

そうだよ。。。 ちょっと次の小文を読んでごらんよ!


6.2 Friedlich Kuhlau

家内のフルートの教師が、どんなに良い演奏で聴くよりは、自分でする方が楽しい、と言っていた。あたりまえではない。私は、といえば、以前にはそうだったのが、今はもう、自分の出す音に慣れすぎたのか、さしたる新鮮さを感じることが少なくなってしまった。そうした瑞々しい感覚を,今なお持っている人をうらやましく思ったのである。
船山隆は、アマチュアは、何人かが集まると、アンサンブルをして、楽しい時を過ごそうとするが、プロフェッショナルが集まっても、そういう事が起こる事は少ない、というようなことを言っていた。それに、誰であったか、私は忘れてしまったが、画家や小説家が集まると、自分の分野以外の話題に話が発展していくが、演奏家には、そうしたことが少ない、と言っていた。
一番の昔、<<Moderato Cantabile>>(Marguerite Duras(本名:Marguerite Donnadieu)監督、邦題:<<かくも長き不在>>)というフランス映画があった。nouveau roman の作家自身の作品である。その映画に流れる音楽が、A. Diabelliのsonatine中の<Moderato cantabile>である、と聞き及んだので、さっそく<Sonatinen Album II>を買ってきた。実は、私は、私のピアノの先生がAlbum IIはやらなくても良い、と言っていたので、それを所持していなかったのである。さて、と、<Andantino cantable>がある。次には、単純な<Moderato>があった。最後には<Allegro moderato>もあった。しかし、<Moderato Cantabile>が無かった。多分、<Andantino cantable>のことかも知れない、と疑いつつ楽譜を見て、弾いてみたけれど、映画の音楽とは違っていた。そこで、私は、次のレッスンの折に、先生に尋ねてみたのである。先生の返事は、あら、アンダンテ カンタービレはチャイコフスキーよ、であった。
二番の昔、私の次のピアノの先生に、W.A. Mozartの<<Klaviersonate in A-dur>>(K. 331)の終楽章のロンド主題は、行進曲には聴こえない、と話した時、あら、トルコ マーチのことね、と蓮っ葉な声が返ってきた。あの楽章は、<Rondo alla Turca>である。もっとも、rondo としてみたときには、悪く言えば奇妙、良く言えばuniqueな楽章ではあるが。
三番の昔、私の次の次のピアノの先生は、初めてのレッスンの折に、私が未だ<Czerny三十番>で四苦八苦しているのに、Mozartの<<Klaviersonate in G-dur>>(K. 283)を前の先生のもとで終わっていたという事実が、どうにも信じられない、と言った。その先生の前で、それを弾いて見せて、不承不承ではあったものの、とにかく納得させたのではあったが、次のレッスンでまた同じことを蒸し返したのである。そればかりではない。前の先生の悪口まで言ってのけたのである。彼女は、信じられないのではない。信じたくはないのである。新保満教授が言っていた。偏見を持っている人間は、その偏見に反する、或いはその偏見を覆す事実を、如何に眼の前に突きつけられても、自身の見解を修正しようとはしない、と。もっとも、これは、人種偏見についての記述ではあったが。
四番の昔、その先生は私を受け容れてくださった。この話は、少し端折っているが、実は、私にとっては七番目の先生であって、彼女には五年も教わった。
こういうことがあった。この先生は、種々の装飾音の奏法は、in principio, et nunc, et simper, et insaecula saeculorumで不変である、と信じていたふしがある。そして、私が、レッスン中、J.S. Bachを弾いているとき、装飾音に注意、忠告した。装飾音の解釈は、時代によっても異なるし、Bachの時代には、特にtrilloの弾き方は、それの附いている音符の前後、或いは上下(ときによる平行五度や八度を避ける為)によっても不変ではないのである。それでも、次のレッスンのときに、Bach自身が息子、Friedemannの為に書いた、あの有名な装飾音の一覧をお見せしたら、納得してくださった。生意気な生徒だ、と思ったかも知れないが。
ところで、そもそも、<Sonatinen Album>は、誰が編集したのであろうか。ある人が、その素朴にして当然な疑問を、知り合いのピアノ教師をしている女性に電話で尋ねてみたとのことである。相手の女性は<清らかな声>で、咲いながら、そんなことは、考えてみたこともなかった、と返事をした、とのことであった。微笑ましい話である。実は、私も、その疑問はもったのである。違いは、私は、その疑問をほったらかしにして調べもせず、誰かに尋ねることもしなかった処にある。それ故に、私は、彼のような人を尊敬するが、一方、私は、性格の悪い人間である。やはり、私は、考えてもみなかった、という、彼女の、その想像力の無さにに拘りを感じるからである(草子地:彼女が知らなかった事に対してではない)。これでは、Marie Antoinetteが、(国民に)パンが無かったらケイクを食べればいいじゃん、と言ったのと同質の無邪気さではないか。私は、単なる素描にしかすぎない楽譜というもの解読は、まさに、想像力の問題だと思っている。ピアノは、手で弾くのではない、耳でもない、想像力によってではないか。その想像力に欠ける<清らかさ>は、自身が教わったままに人に教えると言った、音楽をなす上での権威主義に底流では連なっている、と言ったら、言い過ぎか。 私が、プロフェッショナルに、プロフェッショナルの見識を求める故に、お金を払っている、と思っていたのは、間違いなのであろうか。
しかしながら、この<Sonatinen Album>(草子地:とりわけI。II はKuhlauの作品でもI には及ばない。)、によってF. Kuhlauのsonatinenが、現在まで保存、伝達されたことだけは幸いであった。

蛇足(コーダ):
いろいろと書いてきたが、私の思うことは、ただ一つ、音楽の先生は、せめて、子供が音楽を嫌いにならないように、と心掛けて欲しい、ということだけである。たくさんの演奏家が輩出している、などということは、言訳にはならない。彼らが、本当に音楽が好きで演奏しているかどうか、私には、おおいに疑問である。Czernyでも弾いていた方が、よっぽど似合う、というようなピアニストばかりではないか。




29-30ページ
『前奏曲集―私はアマチュアである-作品 1の2』より




うえの赤字にしたところが間違っているのだよ! FriedlichFriedrichが正しい。。。 あたりまえではないあたりまえではないか が正しい。。。 しかも、オマエの草稿には英語、ドイツ語、フランス語、ラテン語が散らばっている。。。 仕方がないから、次のように再編集して僕の記事に引用したのだよ。。。


6.2 フリードリヒ・クーラウ

 


(kuhlau2.jpg)

    (1786 – 1832)


 

家内のフルートの教師が、どんなに良い演奏で聴くよりは、自分でする方が楽しい、と言っていた。
あたりまえではないか。


私は、といえば、以前にはそうだったのが、今はもう、自分の出す音に慣れすぎたのか、さしたる新鮮さを感じることが少なくなってしまった。
そうした瑞々しい感覚を,今なお持っている人をうらやましく思ったのである。

船山隆は、アマチュアは、何人かが集まると、アンサンブルをして、楽しい時を過ごそうとするが、プロフェッショナルが集まっても、そういう事が起こる事は少ない、というようなことを言っていた。
それに、誰であったか、私は忘れてしまったが、画家や小説家が集まると、自分の分野以外の話題に話が発展していくが、演奏家には、そうしたことが少ない、と言っていた。

一番の昔、<<雨のしのび逢い>>(マルグリット・デュラス【本名:Marguerite Donnadieu】監督)というフランス映画があった。


(canta01.jpg)



ヌーヴォー・ロマン(「新しい小説」)の作家自身の作品である。

その映画に流れる音楽が、アントン・ディアベリのソナチネ中の<モデラート・カンタービレ>である、と聞き及んだので、

さっそく<ソナチネアルバム 第2巻>を買ってきた。



実は、私は、私のピアノの先生がアルバム 第2巻はやらなくても良い、と言っていたので、それを所持していなかったのである。

さて、と、<アンダンテカンタービレ(歩くような速さで)>がある。
次には、単純な<モデラート(ほどよい速さで)>があった。
最後には<アレグロモデラート(穏やかに速く)>もあった。

しかし、<モデラート・カンタービレ>が無かった。
多分、<アンダンテカンタービレ(歩くような速さで)>のことかも知れない、と疑いつつ楽譜を見て、弾いてみたけれど、映画の音楽とは違っていた。

そこで、私は、次のレッスンの折に、先生に尋ねてみたのである。
先生の返事は、あら、アンダンテ カンタービレはチャイコフスキーよ、であった。

二番の昔、私の次のピアノの先生に、W.A.モーツァルトの<<ピアノ・ソナタ 第11番 イ長調>>(K. 331)の終楽章のロンド主題は、行進曲には聴こえない、と話した時、あら、トルコ マーチのことね、と蓮っ葉な声が返ってきた。



あの楽章は、<トルコ風のロンド>である。

もっとも、ロンドとしてみたときには、悪く言えば奇妙、良く言えばユニークな楽章ではあるが。

三番の昔、私の次の次のピアノの先生は、初めてのレッスンの折に、私が未だ<ツェルニー30番>で四苦八苦しているのに……、



モーツァルトの<<ピアノソナタ第5番 ト長調>>(K. 283)を前の先生のもとで終わっていたという事実が、

どうにも信じられない、と言った。



その先生の前で、それを弾いて見せて、不承不承ではあったものの、とにかく納得させたのではあったが、次のレッスンでまた同じことを蒸し返したのである。
そればかりではない。
前の先生の悪口まで言ってのけたのである。

彼女は、信じられないのではない。
信じたくはないのである。


新保満教授が言っていた。
偏見を持っている人間は、その偏見に反する、或いはその偏見を覆す事実を、如何に眼の前に突きつけられても、自身の見解を修正しようとはしない、と。
もっとも、これは、人種偏見についての記述ではあったが。

四番の昔、その先生は私を受け容れてくださった。
この話は、少し端折っているが、実は、私にとっては七番目の先生であって、彼女には五年も教わった。

こういうことがあった。
この先生は、種々の装飾音の奏法は、未生におけるごとく、今も、いつも、極みまで不変である、と信じていたふしがある。
そして、私が、レッスン中、バッハを弾いているとき、装飾音に注意、忠告した。

装飾音の解釈は、時代によっても異なるし、バッハの時代には、特にトリル(顫音[せんおん])の弾き方は、それの附いている音符の前後、或いは上下(ときによる平行五度や八度を避ける為)によっても不変ではないのである。

それでも、次のレッスンのときに、バッハ自身が息子、フリーデマンの為に書いた、あの有名な装飾音の一覧をお見せしたら、納得してくださった。
生意気な生徒だ、と思ったかも知れないが。

ところで、そもそも、<ソナチネアルバム>は、誰が編集したのであろうか。
ある人が、その素朴にして当然な疑問を、知り合いのピアノ教師をしている女性に電話で尋ねてみたとのことである。

相手の女性は<清らかな声>で、咲いながら、そんなことは、考えてみたこともなかった、と返事をした、とのことであった。
微笑ましい話である。

実は、私も、その疑問はもったのである。
違いは、私は、その疑問をほったらかしにして調べもせず、誰かに尋ねることもしなかった処にある。

それ故に、私は、彼のような人を尊敬するが、一方、私は、性格の悪い人間である。
やはり、私は、考えてもみなかった、という、彼女の、その想像力の無さにに拘りを感じるからである(草子地:彼女が知らなかった事に対してではない)。

これでは、マリー・アントワネットが、(国民に)パンが無かったらケイクを食べればいいじゃん、と言ったのと同質の無邪気さではないか。
私は、単なる素描にしかすぎない楽譜というもの解読は、まさに、想像力の問題だと思っている。

ピアノは、手で弾くのではない、耳でもない、想像力によってではないか。
その想像力に欠ける<清らかさ>は、自身が教わったままに人に教えると言った、音楽をなす上での権威主義に底流では連なっている、と言ったら、言い過ぎか。

私が、プロフェッショナルに、プロフェッショナルの見識を求める故に、お金を払っている、と思っていたのは、間違いなのであろうか。
しかしながら、この<ソナチネアルバム>(草子地:とりわけI。 II はフリードリヒ・クーラウの作品でもI には及ばない。)、によってフリードリヒ・クーラウのソナチネが、現在まで保存、伝達されたことだけは幸いであった。

 

蛇足(コーダ):



 

いろいろと書いてきたが、私の思うことは、ただ一つ、音楽の先生は、せめて、子供が音楽を嫌いにならないように、と心掛けて欲しい、ということだけである。

たくさんの演奏家が輩出している、などということは、言訳にはならない。
彼らが、本当に音楽が好きで演奏しているかどうか、私には、おおいに疑問である。
ツェルニーでも弾いていた方が、よっぽど似合う、というようなピアニストばかりではないか。




『クラシック鑑賞 12』より
(2018年4月5日)




なるほどォ~。。。 でも。。。、でも。。。、人間は誰もが完璧ではありませんからねぇ~。。。 たまには間違いをしでかしますよ。。。



でもさァ~、本を出版しようと思っている著者は、本を買ってくれる読者に責任があるのだよ。。。 それが、おろそかになっているから、出版業界は、ますます不振に落ち込んでいるのだよ!

ところで、デンマンさんは間違いをおかさないのですか?

もちろん、僕だって、誤字・脱字をやってしまうことがあるよ。。。 でも、最善を尽くして、誤字・脱字がないように少なくとも3度は読み返し、1日置いたあとで、もう一度読み返すようにしているのだよ。。。

マジで。。。?

そうだよ。。。 それでも、誤字・脱字を見落とすことがある。。。

要するに、人間は完璧ではないということですねぇ~。。。

そういうことだよ。。。 だから、最善を尽くすという心構えで、僕は草稿を書いているのだよ。。。

この記事も、そうして書き上げたのですか?

そうだよ。。。 間違いを見つけたら、ぜひコメントに書いて欲しい。。。



(laugh16.gif)

 (すぐ下のページへ続く)




コメント

田原総一郎と出版業界 (PART 2)

2018-05-11 11:20:36 | 太田将宏批判



 

田原総一郎と出版業界 (PART 2)


【レンゲの独り言】


(manila07.gif)

ですってぇ~。。。

今日は、太田さんの奥さんを持ち出しましたが、褒めちぎっていますわァ。

太田さんは、迷惑そうな表情を浮かべています。

ところで、太田さんはクラシックについての造詣が深いですけれど、

お仕事はコンピューター関連ですわァ。。。

クラシックは趣味だそうです。。。

たいていデンマンさんは 太田さんに対して かなり辛らつな批判をしています。

太田さんにしてみれば、コケにされたと思えるようで、

次のサイトで抗議録を公開したのですわァ。。。


(kogiroku9.png)

『実際の抗議録』

デンマン注:しかし太田将宏が上の抗議録を掲載したサイトは消滅してしまいました!

 

デンマンさんも上の抗議録を読んで ムキになって反論しています。

『嘘を書く日記』

 

太田さんは、これに対しては反論ができないのか、それ以降 無言で通しています。

でも、そのうち 忘れた頃にまたコメントを書き込むかもしれません。。。

あなたは、どう思いますか?

とにかく、ネットには “めちゃキモい”人たちがウヨウヨしています。

太田将宏さんは、まだ良い方ですわ。

中には、まるで得意になって、愚かな事をして遊んでいる オツムの足りない人たちがたくさん居ます。

また、見かけは普通のブログでも、悪徳スパマーが手を変え品を変えて 悪徳サイトへ誘い込もうとしています。

スパムコメントで褒められると、ついついその気になって、

相手のブログへ飛んでゆき、お返しに、あるいはお礼にと思って

読者に登録してしまったりするものですわァ。

どうか スパマーの思う壺にはまらないでくださいね。

悪徳スパマーは悪徳サイトへ誘おうと

てぐすね引いて待っているのですから。。。

悪徳サイトを利用して、

メールアドレスで登録したりすると、

あなたのメールアドレスは第3者や第4者に売られてしまう危険性があります。

あなたは、そのようなスパム・コメントや 成りすましスパマーには

騙されないと思い込んでいるでしょう?

でもねぇ~、もしかすると騙されているかもよ。。。

とにかく気をつけてくださいね。

次回も、さらに面白い話題が続きます。

あなたも、どうか、また記事を読みに戻ってきてください。

では。。。


(hand.gif)


あなたが絶対、

見たいと思っていた

面白くて実にためになるリンク



■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『興味深い写真や絵がたくさん載っている世界の神話』

■ 『現在に通じる古代オリエント史の散歩道』

■ 『見て楽しい、読んで面白い 私版・対訳ことわざ辞典』

ジューンさんの熟女下着 June Adams 下着美人
(30june.jpg)

『センスあるランジェリー』

■ 『あなたもワクワクする新世代のブログ』

■ 『ちょっと心にぐっと来る動物物語』

軽井沢タリアセン夫人の小百合さんが扮するゴディバ夫人 Godiva Sayuri
(godiva05.jpg)

■ 『軽井沢タリアセン夫人 - 小百合物語』


(yuri02.jpg)

■ 『相変わらず馬鹿か?』

■ 『馬鹿やめたのね?』

■ 『馬鹿やめて久しぶり』

■ 『馬鹿やって人気?』

■ 『悪事千里を走る』

■ 『悪縁を断つ』

■ 『失意の太田将宏』


(hooker08.gif)

■ 『悪縁を切れ!』

■ 『心の平穏』

■ 『レモンと孤独な老人』

■ 『乙女の祈りと老人』

■ 『ピアノとお座敷老人』

■ 『孤独で寂しい太田将宏』


(yuri03.jpg)

■ 『クラシックを愛すれど』

■ 『女性を愛せない老人ボケ』

■ 『ボダとキレた老人』

■ 『母という病』

■ 『日本人は嘘つき』


(satomi02.jpg)

■ 『マジでピッタリ!』

■ 『成りすまし老人』

■ 『バカな大人にならない』

■ 『成りすまし老人の告白』

■ 『だまそうとする老人』

■ 『バカの壁の増設』

■ 『ウソの雪ダルマ』

■ 『知らずの自分史』

■ 『新渡戸稲造と太田将宏』

■ 『ショーペンハウエルと太田将宏』

■ 『ホーキング博士と太田将宏』

■ 『加藤清正と太田将宏』

■ 『老人の性と太田将宏』

■ 『ノブレス・オブリージュと太田将宏』

■ 『世渡りの道と太田将宏』

■ 『フェアプレーと太田将宏』

■ 『ネット恋愛と太田将宏』

■ 『日本語と太田将宏』

■ 『坊主の袈裟と太田将宏』


(hokusai08.jpg)

■ 『葛飾北斎と太田将宏』

■ 『女の性的飢餓感』

■ 『敵に塩を送る』

■ 『虚構とウソ』

■ 『手紙と絶交』

■ 『短気は損気』

■ 『不思議な日本語』

■ 『乙女の祈りだわ』

■ 『自作自演じゃないよ』

■ 『マリリンdeアイドル』

■ 『マリリンに誘われて』

■ 『かい人21面相事件』

■ 『悪名と名声』

■ 『嘘を書く日記』

■ 『増長慢』

■ 『自然に耳を傾ける』

■ 『老人極楽クラブ』

■ 『伯母と叔母』

■ 『民主主義とロックンロール』

■ 『後奏曲集@危険』

■ 『女3人で姦しい』

■ 『クラシック鑑賞 1』

■ 『クラシック鑑賞 2』

■ 『クラシック鑑賞 3』

■ 『クラシック鑑賞 4』

■ 『クラシック鑑賞 5』

■ 『クラシック鑑賞 6』

■ 『クラシック鑑賞 7』

■ 『クラシック鑑賞 8』

■ 『クラシック鑑賞 9』

■ 『クラシック鑑賞 10』

■ 『クラシック鑑賞 11』

■ 『レゲエ@ジャマイカの夜』

■ 『クラシック鑑賞 12』

■ 『クラシック鑑賞 13』

■ 『クラシック鑑賞 14』

■ 『クラシック鑑賞 15』

■ 『ヒルデガルトとジャンヌ・ダルク』

■ 『クラシック鑑賞 16』

■ 『クラシック@ルブリン』



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『センスあるランジェリー』



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クラシック鑑賞 4 (PART 1)

2018-01-19 11:20:46 | 太田将宏批判
 

クラシック鑑賞 4 (PART 1)

 


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デンマンさん。。。、最近、クラシックにハマっているのですかァ~?


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僕はクラシックは、どちらかと言えば苦手なのだよ。。。

それなのに、どういうわけで、最近オイラと たびたびクラシックを鑑賞するのですか?

オマエは不満なのォ~?

いいえ。。。 デンマンさんと共にクラシックを鑑賞することができるなんてぇ~、天にも昇るよな気持ちですよ。。。 この際、スキップして喜んでもいいですか?

あのさァ~、いくらなんでも、それはオーバーじゃないのォ~? オマエが以前のようにスキップして喜んだら、この記事を読みに来たネット市民の皆様が呆れて他のブログへ飛んでしまうのだよ!

分かりました。。。 じゃあ、スキップして喜びたいのですけれど、デンマンさんが そのように言うのであれば、じっと我慢したいと思います。。。で、いったいどのようなクラシックの曲を鑑賞するのですか?

オマエが“間奏曲集”の中で書いていた記事から選んだのだよ。。。 ちょっと読んでごらんよ!


1.14 Gian Carlo Menotti (1919 - 2007)

一昔前までは、夕餉時には、誰でも、他家に電話を掛ける事を、それとなく差し控えたものだった。それが今日この頃では一体なんだ。私が、たまたま、家に居る折などに、家内が夕食の支度に忙しい時に、或は、夕食中に、ところ構わずに電話が鳴り響く。急用でもないのにも拘らずに、こうした事をすることは、相手に対して無礼だ、とは思わないのだろうか。特に、日本人の主婦に多い。
家内は、こちらが側が、今、電話で話をするのに適当な状態にあるかどうかなどは、相手方は知る由も無い、などと言って連中を弁護するばかりか(草子地:知らないのだったら掛けるな、と私は言いたい。知らないから掛ける、というmentalityが私には気に入らない。)、けっこう長電話を続ける事すらある。
私が日本にいたときには、電話と自動車とTVは持たない主義であった。それらを使用する人々の平均的なmentalityを信じていないからである。それがどうだ、今は、ここカナダでは、女房や娘どもに妥協したので、それら全部があるのだ(草子地:その後は、留守番電話とPCと皿洗い機を持たない主義に後退したのであるが、今、PCを使ってこれを書いている。残念である)。
G.C. Menottiの<<The Telephone>>を聴きながら、ふと、電話にかかわるfetishismらしきものは、女性に特有なのではないか、と考えた。我が娘も、明日、学校で合うにきまっている友だちに、長々、長々、長々と電話での話を続けている。
Menottiのオペラは、何故か、昨今、流行らない、と思っていたら、先日、FMでこれを放送していたのである。Pathosも何も無い、典型的なアメリカ人の、他愛も無い台本と、それにつり合った音楽で、批判精神も全く無く、opera bouffeなどという上等な作品では決してない。取柄と言えば、せいぜい、唱われている英語が易しい、というぐらいのことか。私は、この批判精神の無さ、というか、登場人物のBen個人に矮小化した喜劇のあり方に、作品の底の浅さを感じるのである。この、僅か二十分余りの寸劇オペラは、あの有名な<<The Medium>>をfill-up する為に書かれた、とのことである(草子地:私のLP(Columbia Y2 35239)も同様である)。フランス語で<L’ Amour à Trois>と副題がつけられていたそうであるが、皮肉にも、その気が利いたsubtitleが、この作品の限界を表現していると思う。この無害な作品に目くじらを立てることもない、などと言う人がいたならば、私は、そんな人と付き合いたくはない。この世の中、無害であることほど有害であることは無いからである。
考えてみれば、こちらとしても、無理してまで、相手の都合で、相手の話に付き合う義務も必要も無いのである。自分の家に居るのである。今は、誰とも話す気持ちになれない、いや、君とは話す気持ちが無い、という事ですら、本来は、理由として充分であるはずである。実は、いつか、それを言った時、Then、 when can I speak?と聞き返した阿呆がいた。こちらが相手の話に応じることを、あちらが勝手に前提とした態度である。Never! と言って、電話を切った。相手の(私の)時間を貰えるかどうかを、まず最初に尋ねることの方が先決であり、最小限(草子地:最大限ではない。心の優しい私は、ひとに多くを期待しない。)の礼儀であろう。そうした無神経な人間は、これは、日本人とは限らない。しかしながら、こちらの社会にいて、こちらの連中のすることに、無批判に迎合して、過剰にそれに倣うのもまた、私の家内を含めて、日本人の女に多いのは、私の非公式な統計によると確かなようである。これは、電話だけとは限らない。
どの道でも、まずは、第一に歩行者の為にあるはずである。本来は、歴史的には新参者の自動車の為ではない。自動車などを運転する連中の粗雑さ、横暴さは歩行者の立場から見ると目に余る。まるで雲助ではないか。それ故、私は五十歳を過ぎるまで、ここカナダでの自動車運転免許証を取らなかった。さらに、本当を言うと、日本の免許証は学生時代に取ってあった。それは、取る事が目的であって、自動車なんぞを運転する事が目的ではなかったのである。出来さえすれば、しなくともよいのである。貴族の趣味である。
同様に、誰にとでも、相手と話をする為には、まずは、会見の手続きをしてから面談するのが基本であろう。それを省略する序でに、最低限の礼儀までを省略する輩が多すぎる。今さっき、また、電話が鳴った、この間奏曲を中断して、電話を取ると、開口一番、どこかのおばさんが、Mr. Ota, Can you speak English? ときた。You should’ve asked me if I was available to talk、 first、と言って電話を切った。See?

蛇足(コーダ):
ことは、電話だけではない。私は、電燈なんぞを発明した人を殊更に憎む。何故ならば、そのおかげで、夜も長く働き続けなければならなくなったからである。今は夜、私は、これを電燈の下で書いている。大体、電気などと得体の知れないもの(物?波動?)は使用しないにこしたことは無いのであるが。




32-33ページ
『間奏曲集―主題なき変奏-作品 2』より




振り返ってみると、デンマンさんと共にクラシックを鑑賞するなんて今年になってから2度目のことですねぇ~。。。



確かに、そうなのだよ! でもさァ~、オマエの上の文章は とにかく読みづらいのだよ! おそらく、この記事を読み始めたネット市民の皆様の半分以上が、オマエの読みづらい文章を途中まで読んで 他のブログへ飛んでしまったと思うのだよ!

それほどオイラの文章は悪文でしょうか?

オマエの文章ほど読みづらい悪文を 僕は他に見たことがないよ!

マジで。。。?

僕には、到底、オマエの文章を最後まで読む気になれず、仕方がないから次のように楽しく、面白く読めるように編集し直したのだよ。。。 オマエも読んでごらんよ。。。


1.14 ジャン=カルロ・メノッティ

(1919 - 2007)



(menotti2.jpg)

 

一昔前までは、夕餉時には、誰でも、他家に電話を掛ける事を、それとなく差し控えたものだった。
それが今日この頃では一体なんだ。

私が、たまたま、家に居る折などに、家内が夕食の支度に忙しい時に、或は、夕食中に、ところ構わずに電話が鳴り響く。
急用でもないのにも拘らずに、こうした事をすることは、相手に対して無礼だ、とは思わないのだろうか。
特に、日本人の主婦に多い。


(phone02.gif)

家内は、「こちらが側が、今、電話で話をするのに適当な状態にあるかどうかなどは、相手方は知る由も無い」、などと言って連中を弁護するばかりか(草子地:知らないのだったら掛けるな、と私は言いたい。知らないから掛ける、という考え方が私には気に入らない。)、けっこう長電話を続ける事すらある。

私が日本にいたときには、電話と自動車とテレビは持たない主義であった。
それらを使用する人々の平均的な考え方を信じていないからである。

それがどうだ、今は、ここカナダでは、女房や娘どもに妥協したので、それら全部があるのだ。
(草子地:その後は、留守番電話とPCと皿洗い機を持たない主義に後退したのであるが、今、PCを使ってこれを書いている。残念である)。

ジャン=カルロ・メノッティの<<電話、または三角関係>>を聴きながら、ふと、電話にかかわる異常な執着らしきものは、女性に特有なのではないか、と考えた。


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我が娘も、明日、学校で合う(デンマン注: 些細なことですが、これは“会う”です!)に

きまっている友だちに、

長々、長々、長々と電話での話を続けている。



(phones2.jpg)

 

ジャン=カルロ・メノッティのオペラは、何故か、昨今、流行らない、と思っていたら、先日、FMでこれを放送していたのである。
ペーソスも何も無い、典型的なアメリカ人の、他愛も無い台本と、それにつり合った音楽で、批判精神も全く無く、「ハッピーエンドで終わり、いくつかのセリフが話されるオペラ」などという上等な作品では決してない。
取柄と言えば、せいぜい、唱われている英語が易しい、というぐらいのことか。

私は、この批判精神の無さ、というか、登場人物のベン個人に矮小化した喜劇のあり方に、作品の底の浅さを感じるのである。
この、僅か二十分余りの寸劇オペラは、あの有名な<<霊媒>>の空(あ)きを埋めるために書かれた、とのことである。
(草子地:私のLP(コロンビア・レコード Y2 35239)も同様である)。


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フランス語で<三角関係>と副題がつけられていたそうであるが、皮肉にも、その気が利いたサブタイトルが、この作品の限界を表現していると思う。

この無害な作品に目くじらを立てることもない、などと言う人がいたならば、私は、そんな人と付き合いたくはない。
この世の中、無害であることほど有害であることは無いからである。

考えてみれば、こちらとしても、無理してまで、相手の都合で、相手の話に付き合う義務も必要も無いのである。
自分の家に居るのである。
今は、誰とも話す気持ちになれない、いや、君とは話す気持ちが無い、という事ですら、本来は、理由として充分であるはずである。

実は、いつか、それを言った時、"Then、 when can I speak?"と聞き返した阿呆がいた。
こちらが相手の話に応じることを、あちらが勝手に前提とした態度である。
"Never!" と言って、電話を切った。

相手の(私の)時間を貰えるかどうかを、まず最初に尋ねることの方が先決であり、最小限(草子地:最大限ではない。心の優しい私は、ひとに多くを期待しない。)の礼儀であろう。
そうした無神経な人間は、これは、日本人とは限らない。

しかしながら、こちらの社会にいて、こちらの連中のすることに、無批判に迎合して、過剰にそれに倣うのもまた、私の家内を含めて、日本人の女に多いのは、私の非公式な統計によると確かなようである。
これは、電話だけとは限らない。

どの道でも、まずは、第一に歩行者の為にあるはずである。
本来は、歴史的には新参者の自動車の為ではない。
自動車などを運転する連中の粗雑さ、横暴さは歩行者の立場から見ると目に余る。
まるで雲助ではないか。


それ故、私は五十歳を過ぎるまで、ここカナダでの自動車運転免許証を取らなかった。
さらに、本当を言うと、日本の免許証は学生時代に取ってあった。

それは、取る事が目的であって、自動車なんぞを運転する事が目的ではなかったのである。
出来さえすれば、しなくともよいのである。
貴族の趣味である。

同様に、誰にとでも、相手と話をする為には、まずは、会見の手続きをしてから面談するのが基本であろう。
それを省略する序でに、最低限の礼儀までを省略する輩が多すぎる。
今さっき、また、電話が鳴った。

この間奏曲を中断して、電話を取ると、開口一番、どこかのおばさんが、"Mr. Ota, Can you speak English?" ときた。

"You should’ve asked me if I was available to talk, first.(私に話す時間があるかどうか?初めに聞くべきだったのです。)"と言って電話を切った。

"See? (私の言うことがお分かりかな?)"

 

蛇足(コーダ):

 


(ireba03.jpg)

ことは、電話だけではない。

私は、電燈なんぞを発明した人を殊更に憎む。


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何故ならば、そのおかげで、夜も長く働き続けなければならなくなったからである。

今は夜、私は、これを電燈の下で書いている。

大体、電気などと得体の知れないもの(物?波動?)は使用しないにこしたことは無いのであるが。

 

赤字はデンマンが強調。)




21-22ページ
『間奏曲集―主題なき変奏-作品 2』より

『間奏曲集』より




オマエは、音楽に対することばかりじゃなく、すべてのことに対して ネガティブな見方をするのだよ!



やっぱり、ネガティブな事ばっかり言ってると 人から嫌われるものなのでしょうか?

当たり前だろう! 当たり前田のクラッカ~!


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デンマンさん、こういうクラシック鑑賞という真面目な時に 100年も前のギャグを飛ばさないでくださいよ! そんな昔のギャグなど覚えている人は1000人のうちで一人か二人ですよ!



とにかく、ネガティブな事ばっかり言ってると家族にもマジで嫌われるのだよ!

マジで。。。? その証拠でもあるのですか?

オマエは自分でも 次のように書いてたじゃないかァ!




 

私は、この曲集を書き終えたとき、老人見習いから、正真正銘の老人になるのではないか、と思うこの頃である。
真の老人とは、もはや、失うべき何ものも無くなった人のことを言うのではないか。

長女は、私から去った。
次女は、中立を保つ為に、この家に寄りつかない。
家内と言えば、日本語も通じなくなってから何年にもなる。


私には、S.Kierkegaard の言った、一番易しく一番難しいこと、すべてを捨てること、が、案外、無理なくできるのではないか。
いや、その時には、捨てるべき何ものも見当たらなくなった境地であろう。

その意味では、老人になる前に、不慮の死で亡くなった人は気の毒である。
私は、若い時に、死ぬのはいいが風邪をひくのは嫌だ、などと言って、粋がって与太をほざいていた。
今も、願わくは、あまり苦しむことなく死を迎えられたなら、それにこしたことはない、と考えている。

Kierkegaard は、また、永遠とは有限が無限に出会う瞬間である、と言っていた。
私の人生に、かつて、そのような瞬間があったであろうか。
いや、それもまた、超越の命題であろう。

私の人生は、無明に迷ったそれに終わるのかもしれない。
しかし、私の背後には、母の祈りがあった。

ある麻薬中毒患者が、お母さん、僕は、こんな遠くまで来てしまった、と淋しげに呟いていたが、私は、麻薬中毒者ではないけれど、その気持ちが解かっている、と思う。
どのみち、人生は、rehearsal無しの、ぶっつけ本番なのである。

しかし、私は、F.M.Dostoevsky の「白痴」にある、あの「イッポリトの告白」に書かれているように、もし、生まれる前に、この条件を知らされていたとしたならば、私は、生まれるてくることを肯(がえ)んじなかったであろう、とは思っていない。
私は、感謝して死ねるように、今からでも、心の準備をしておこう。

 

S.D.G

コーダ(蛇足):

私の懐疑なるものが、深いのか、深くないのか、私自身も知る由もない。
仮に、深かったとしても、そもそも、懐疑の深さというものは、誇るべきものであるのか、という疑問が残る。




【デンマン注:】 改行を加え読み易くしました。あしからず。

S.Kierkegaard: キルケゴール (1813-1855) デンマークの哲学者

S.D.G.: Soli Deo Gloria (ラテン語) To God Alone the Glory(英語) 神に栄光あれ。

F.M.Dostoevsky: ドストエフスキー (1821-1881) ロシアの小説家・思想家




56-57ページ Michel-Richard de Lalande
『後奏曲集(後書きばかり)』 作品3
著者: 太田将宏
初版: 1994年1月 改定: 2006年9月

『馬鹿やって人気?』にも掲載
(2015年8月18日)




デンマンさん! んもおおおォ~! いったい何度引用すれば気が済むのですかあああァ~。。。



オマエが「証拠を見せろ!」と言ったから、くどいとは思ったけれど引用したのだよ!

オイラは、それほどネガティブなことばかり言っているとは思いません。。。

オマエは独断と偏見でそう思っているだけで、客観的に見るとオマエはネガティブなことばかり言っているのだよ!

でも、食事中に下らない電話がかかってきたら、デンマンさんだってぇ ムカつくでしょう!?

もちろんん、そういうことはあるよ。。。 だから、僕は食事中には電話は一切とらないことにしているのだよ! オマエのように「私に話す時間があるかどうか?初めに聞くべきだったのです」と言って電話を切ったら、相手は完全にムカつくのだよ! 相手は、もう2度とオマエに電話をかけない! そこで、人間関係は終わるのだよ! そういう時には、初めから電話を取らないのだよ! そうすれば、オマエも相手もムカつかずに済むじゃないかァ!

でも。。。、でも。。。、オイラは礼儀として電話を取ってしまうのです!

あのなァ~、食事中と思われる時に電話をかける相手こそ 礼儀を無視しているのだよ! だから、そういう時は電話を受ける必要もないのだよ! オマエは音楽ばかりじゃなく、他人事に必要以上にネガティブな考え方、あるいはネガティブな感情を抱いて、一人でムカついているのだよ!

デンマンさんには、そのような事はないのですかァ~?

僕は相手に対して批判することはあるけれど、ムカついて気分を害することはめったにない!

でも。。、でも。。。、最近、あの悪名高い愚かな現実主義者に対して ムカついて相手を罵倒して、高い目線から記事をたくさん書きまくっているじゃありませんかァ!

あのさァ~、僕は決して 愚かな現実主義者に対して ムカついて記事を書いているわけじゃない! 僕の信条はあくまで次のようなものだから。。。


(foolw.gif)

“批判のないところに進歩なし!”

“愛なき批判は空虚にして

批判なき愛は盲目なり”




つまり、デンマンさんは優しい心で あの悪名高い現実主義者を批判しているのですかァ~?



その通りだよ! だから、あの愚かな現実主義者が いつも最後にはスキップして喜ぶのだよ!


(smilerol.gif)


わァ~~ うれしいなあああァ~。。。

やはり、仏のデンマンさんは

すばらしいです。。。

最後には、オイラを煽(おだて)て

生きる喜びを感じさせてくれるのです!

引きこもり 現実主義者 偏差値 ネットの嫌われ者 イジメ 自殺

偏差値30台のクソ大学を卒業して

無職のまま40歳を越してしまいましたが

初めて生きる喜びを感じています。

もうこうなったら、恥も外聞もなく

天にも舞い上がる気持ちで

スキップしたいと思います。


(smilejp.gif)

わァ~~ うれしいなあああァ~。。。

ルンルンルン ランランラ~♪~ン

もう一つおまけに

ルンルンルン ランランラ~♪~ン

ああ、うれしいなあああァ~。。。




オマエが 現実主義者のことを持ち出したので 気づいたのだけれど、オマエも現実主義者も家族とうまくいってないのだよ!



マジで。。。?

ちょっと次のやり取りを読んでごらんよ!



(woman80.png)

36 teresaさん、お邪魔いたします。

>現実主義者さん

もうそろそろ、切り上げ時を迎えてもよさそうな頃しょう?

いつまでも、いつまでも、
人様の板で、そのような意見交換を求めないで下さい。

もう、満足でしょう?

あとは、ご自分の板で、どうぞ。

関心がある人が居れば、自然と、
現実主義者さんのブログに集まるでしょうから、

あとは、そういう方々と意見交換して、高めて下さい。

(teresaさん、横から失礼致しました。)

 

まいら

2016-03-18 19:01:30




引きこもり 現実主義者 偏差値 ネットの嫌われ者 イジメ 自殺

37 ケッ!

>まいら

現実に何一つ反映されん虚しいことを撒き散らした挙げ句に説教までするか。

俺が現実述べて虚しいことを虚しいと言ったら、俺の方が「ホラ吹き」「思い込み」「鏡の中の世界の人間」扱いか!

明らかに嘘っぱちな言い分を俺が「嘘っぱちだ!」と突っ込んだら、俺の方が「お前の方が嘘っぱち」と言われんといけねぇのか!

アメブロだけじゃねぇ!Yahoo!ブログとかでもそうだ!



デンマン注:



この愚かな現実主義者は“滝川事件”や“イジメ自殺”の記事を見つけると、どこにでも出向いて、嫌がらせのコメントを書き込みます!

オマエは、どこのブログでも 嫌われているのに、バカやり続けている おめでたいアホなのだよ!



俺が現実言ったら、相手は「誰か反論してきたけど、俺は考え変える気は無いもんね」「加害者はロクな人生歩めんのが現実なのに、何で嘘っぱち扱いする?」と流してきやがんだ!

なんて世の中だ!

どうせ今、大津の自殺強要事件の学校周辺が学校の近所の神社を舞台とする「ちはやふる」って映画の話題で大盛り上がりだ。ンな時期に虚しいこと言いのドヤ顔なんか見たくもねぇわ!!

 

現実主義者

2016-03-18 20:41:27





(gyoza90.png)

38 無題

>現実主義者さん

鼻息荒くなに独りでブイブイいってんだか?

バッカじゃね?

友達いないっしょ?

 

餃子

2016-03-18 21:07:49





(find2.gif)

39 無題

>現実主義者

お前はヤクザか?

お呼びでないよ

シッシッ

 

目撃者

2016-03-18 21:21:42




引きこもり 現実主義者 偏差値 ネットの嫌われ者 イジメ 自殺

41 ハッ!

>餃子

どうせ俺は自分のオヤジやオフクロ、ジジババとも話合わねえよ。

俺と違って、楽観論ゴリ押し人間ばっかなんだからさ。



デンマン注:



バカ言え! オマエこそ 正月早々 バカやり続けている おめでたい楽観主義者じゃないかア!



 

現実主義者

2016-03-18 22:41:43




引きこもり 現実主義者 偏差値 ネットの嫌われ者 イジメ 自殺

42 あのなぁ

>目撃者

どうせ俺らは、こうした事件に声上げるなんかバカ見て、

被害者や遺族は排除やら抑圧やらの標的にされて、

「被害者の命は端っからゴミ」の烙印押されてしまいな世の中に生まれてきてんだろ。

それを言ったら「ヤクザ」かよ!

 

現実主義者

2016-03-18 22:46:44




引きこもり 現実主義者 偏差値 ネットの嫌われ者 イジメ 自殺

54 連投すみません

俺は、自分の家の中がもう既に、この大津や橿原の事件みたいな事例に声上げるとかいった行為が鼻で笑われてしまいな環境なんです。

俺の家族ってのは、俺以外は揃いに揃って口開けばすぐ「そんなことない!」の大合唱、楽観論のゴリ押し、俺が「それは違うだろ!」と言ったら「何でお前にそこまで言われなきゃいけないんだ!」と泣き出す…。

で、中でも祖父はそれが特にタチが悪く、口開けば御伽噺みたいなことばかり言い、挙げ句には如何なる事件も「勝手にマイナスとか思ってるだけ」「ポジティブにとるようにすればいいだけ」、言うこと何もかもが平行線で完全に自分の世界に溺れてて、おまけに祖父はあれで昔、実際に小学校の校長だったんです。

つまり、俺の家族の中に既にいるんです。

校内で何か起きたとしたら、当事者に対して自分の勝手な価値観のゴリ押しかましたり、対応のことで抗議があったとしたら「校長や教委がそんなにバカか!」「何であんたらにそこまで言われなきゃいけないんだ!」と被害者を抑圧したりしてたのがバレバレな人間が…。

 

現実主義者

2016-03-21 00:58:48





(gyoza90.png)

57 無題

>現実主義者さん

あなたもその{俺以外の家族}と全く同じ性格だよ。読めばわかる。

押し付け感ぱないね。怒るし泣き言いうし人の意見に反対するし。

毒付いた次は身の上話して同情引くという“いつもの手口”やねえ?

不惑の年なんやからさあ自分で解決しなさいな。

さて次はどんなストーリーかや?パチパチ

大爆笑しながら見てるで

 

餃子

2016-03-21 05:37:43




『またしても〝虐め自殺〟を市教委が隠蔽〜奈良県橿原市、中1女子自殺事件』のコメント欄より

赤字はデンマンが強調のため!)

『現実主義者@5ちゃんねる』にも掲載。
(2018年1月18日)




上のスレッドに出てくる「現実主義者」は 確かに家族とうまくいってないですね。。。 「俺は自分のオヤジやオフクロ、ジジババとも話合わねえよ」と、書いてます。。。



。。。だろう? オマエは他人に対して常にネガティブな事ばっかり言って 人から嫌われる。。。 それで、家族ともうまくやってゆけない。。。 この愚かな「現実主義者」は自分に対してネガティブな事ばっかり言ってる。。。

たとえば。。。?

この「現実主義者」は偏差値が30台のクソ大学を卒業しているので仕事に就けないで、無職で狭い部屋に引きこもり 自分が生きる価値がない人間のクズだと認めながら、自分を卑下(ひが)し、僻(ひが)んで 家族の暖かい助言に対して、ネガティブな事ばっかり言って 人から嫌われる。。。 それで、仕方がないからネットで 滝川イジメ自殺事件や、それに関連する掲示板やブログを探してはコメントを書き込む。

孤立して、孤独で寂しいのですねぇ~。。。

そうなのだよ。。。 それで意見が対立した者には、毒付いて 次には身の上話して同情引くという“いつもの手口”を続けているわけだよ! 

デンマンさん! オイラと この愚かな男と一緒にしないでください! オイラは、これでも早稲田大学理工学部の数学科を優秀な成績で卒業して 30歳で 小さなソフトウェア会社の課長になり それでカナダに移住したのですよ。。。

確かに、偏差値ではオマエと、愚かな現実主義者とは比べものにならない! でもなァ~、家族とうまくやってゆけないところが、共通している。。。 なぜか?

なぜですか?

それは、オマエも愚かな現実主義者も、ネガティブな見方、考え方に囚(とら)われているのだよ! オマエは社会や他人や音楽に対してに常にネガティブな見方や考え方に始終している! 愚かな現実主義者は、自分に対して常にネガティブな見方、考え方に囚(とら)われているのだよ! この現実主義者が異常なのは、自分が生きる価値がない人間のクズであることを認めてながら、決してより良い まともな人間になろうという努力を一切せずに、同情を求めてネットを徘徊してコメントを書いている。 同情してくれないものには毒ずき、同情を示してくれる者には甘える。。。 要するに、箸にも棒にもかからない、悲惨で可哀想な孤独な人間なのだよ!

つまり、クソ大学と早稲田大学を排除すると、オイラも この愚かな現実主義者も “同じ穴の狢(むじな)” だとデンマンさんは主張するのですか?

いや。。。 僕は何も結論めいた事を言ってないよ。。。 オマエが、この記事のエピソードをまとめてくれたのだよ! ありがとう。。。 



(laugh16.gif)

 (すぐ下のページへ続く)




コメント

クラシック鑑賞 4 (PART 2)

2018-01-19 11:19:45 | 太田将宏批判




 

クラシック鑑賞 4 (PART 2)


【レンゲの独り言】


(manila07.gif)

ですってぇ~。。。

これまで、太田さんはデンマンさんに さんざ馬鹿にされたので

そのお返しをしています。

だから、太田さんは次のサイトで抗議録を公開したのです!


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『実際の抗議録』

デンマン注:しかし太田将宏が上の抗議録を掲載したサイトは消滅してしまいました!

 

デンマンさんも上の抗議録を読んで ムキになって反論しています。

『嘘を書く日記』

 

太田さんはこれに対しては反論ができないのか、それ以降 無言で通しています。

でも、そのうち忘れた頃にまたコメントを書き込むかもしれません。。。

あなたは、どう思いますか?

とにかく、ネットには “めちゃキモい”人たちがウヨウヨしています。

太田将宏さんは、まだ良い方ですわ。

中には、まるで得意になって、愚かな事をして遊んでいる オツムの足りない人たちがたくさん居ます。

また、見かけは普通のブログでも、悪徳スパマーが手を変え品を変えて 悪徳サイトへ誘い込もうとしています。

スパムコメントで褒められると、ついついその気になって、

相手のブログへ飛んでゆき、お返しに、あるいはお礼にと思って

読者に登録してしまったりするものですわァ。

どうか スパマーの思う壺にはまらないでくださいね。

悪徳スパマーは悪徳サイトへ誘おうと

てぐすね引いて待っているのですから。。。

悪徳サイトを利用して、

メールアドレスで登録したりすると、

あなたのメールアドレスは第3者や第4者に売られてしまう危険性があります。

あなたは、そのようなスパム・コメントや 成りすましスパマーには

騙されないと思い込んでいるでしょう?

でもねぇ~、もしかすると騙されているかもよ。。。

とにかく気をつけてくださいね。

次回も、さらに面白い話題が続きます。

あなたも、どうか、また記事を読みに戻ってきてください。

では。。。


(hand.gif)


あなたが絶対、

見たいと思っていた

面白くて実にためになるリンク



■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『興味深い写真や絵がたくさん載っている世界の神話』

■ 『現在に通じる古代オリエント史の散歩道』

■ 『見て楽しい、読んで面白い 私版・対訳ことわざ辞典』

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クラシック鑑賞 3 (PART 1)

2018-01-10 11:23:54 | 太田将宏批判
 

クラシック鑑賞 3 (PART 1)

 


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デンマンさん。。。、どういうわけでオイラを呼び出したのですかァ~?


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タイトルに書いたとおりだよ!

あれっ。。。 もしかしてクラシックを鑑賞するために オイラを呼び出したのですか?

そうだよ。。。

マジで。。。? デンマンさんは、オイラとマジでクラシックを鑑賞するつもりなのですかァ?

オマエは不満なのォ~?

いいえ。。。 デンマンさんと共にクラシックを鑑賞することができるなんてぇ~、天にも昇るよな気持ちですよ。。。 この際、スキップして喜んでもいいですか?

あのさァ~、いくらなんでも、それはオーバーじゃないのォ~? オマエが以前のようにスキップして喜んだら、この記事を読みに来たネット市民の皆様が呆れて他のブログへ飛んでしまうのだよ!

分かりました。。。 じゃあ、スキップして喜びたいのですけれど、デンマンさんが そのように言うのであれば、じっと我慢したいと思います。。。で、いったいどのようなクラシックの曲を鑑賞するのですか?

オマエが“前奏曲集”の中で書いていた記事から選んだのだよ。。。 ちょっと読んでごらんよ!


4.2 Wolfgang Amadeus Mozart

Mozart には、全てがある、と言った人がいた。この風な言い方はずるいと思う。何故か。全てはないのではないか、とおずおずと反論を試みたところで、お前にはMozart が解っていない、等との託宣が下されるのがおちであるからか。いやそれだけではない。Mozart に無いものは何んだろう、と考え始めた途端に、ああ、そういうnegative な詮索は心無い、と自己規制させるからでもある。考える自由を<天才Mozart >を暈にきて奪ってるからである。
いや冗談では無い。何事によらず、否定的な命題を証明するという事には、心情的な困難を伴うものである。
答えは、突然にむこうの方からやって来た。Mozart に無いものは、言ってみれば、こういうことを言ったらひとから嫌がられるだろうけれど、言わなければならないことは敢えて言う、とでもいった態度である。それは、Mozart 自身の証言にもあった。ここがL. v. Beethoven ともA. Schoenberg とも決定的に違う。
更に不思議なことには、今まで私の出逢った<Mozart 愛好家>とか<Mozartian>とか称する人々には、他の作曲家の音楽を受けつけない人が多い。Wolfgang Amadeus Mozart 自身、加えて彼の作品を演奏する演奏家の多くも、そんなには狭量ではないにも拘らずに、である。むしろ<Mozart 専門家>だとか<Mozart弾き>などと呼ばれる事を、心外に思っていない演奏家を探す方が難しいくらいである。
<Mozart 愛好家>は逆である。よい例がHenri Geon である。ある文章に行き当たる迄、私は彼に非常に好感を持っていた。この人は、他のMozartianとは違って、Mozart には良きものを見ようとして、他には悪しきもの ―― Mozart にしか無いもの以外はa prioriに悪いもの ―― を見ようとする態度、つまり、偏見が無いとおもっていた。その文章とは、ああ、あのBach でさえ無限旋律の傾向から逃れられなかった。―― という非常に狡猾な言い方である。英語には<silly> という、こうした場合に適当な表現がある。
理由。その一: 敵は本能寺。彼の言いたい事は、Richard Wagner に対してである事は明白であろう。さもなくば、無限旋律は無条件に悪いとした様な書き方はしなかったであろう。彼がBachについて何の例をも出さなかったのは意図的だと思うが、ここではそれは問わない。彼に、むしろ、こちらから自由に例をだせる条件を与えられたことに感謝したいくらいである。
Bach の<<Johannes-Passion>>でも<<Mattaeus-Passion>>でも、終曲(厳密に言えば、<<Johannes-Passion>>では、最後のchoral の手前の曲)その他の箇所で無限旋律的なページが出てくる事は、私でも知っている。しかしながらそれらも、しかるべき処に始まり、しかるべき時に必然的に終わっている。
一方、Mozart の<<Violinkonzert in B-dur >>(Nr.1, K.207)でも<<Violinkonzert in D-dur >>(Nr.2, K.211)でもいい、それらの第二楽章、一体あれはなんだ。それらこそ無限旋律以外の何ものでもないじゃあないか。無限旋律の例としては、Wagner よりもMozart を引き合いに出しても、見当違いにはならない程ではないか。しかしながら<Mozart 愛好家>は、そこ、楽章の終わりに、
無理してまで余韻を聞く。けれども、少しでも音楽をあるがままに聴こうとする人々は、はてな、とMozart に聞き返したい気持ちになるのだ。それを、はぐらかすように、第三楽章が始められるのである。
私だってWagner 流の解決を引き延ばした和声に支えられて、だましだまし紡ぎ出される旋律には辟易する時がある。しかし、そう言ったとしても、無限旋律を否定する根拠にはならない事ぐらいは自覚しているのである。
要するに、彼らは自分の好きな対象を肯定したいのだ。ということは、つまり、自分の好きな対象は善きものである、といった不可思議な前提を通して、自分自身を肯定したい、というような幼児的な欲求から抜ききれていないということか。何も自分自身を肯定しなくても、人生は過ごせるのに……。私は、私には、音楽を聴くのに<Mozart>という品質保証のスタンプは不要である。
理由。その二: 繰返す様であるが、Bach を引き合いに出した事である。あのBach でさえ……とは何と欺瞞的、偽善的な切り出し方であろうか。そこには、あの批判し難いBach を批判せずに済ませたい、と見せかけたい、という意図が見え透いている。
要するに、こういう手合いは、音楽一般が解っていないだけではなく、Mozart の音楽すら解っていないのではないだろうか。私は、Mozartを愛しているので、彼の音楽にMiniaturの宇宙をみる。<Mozartian>の多くは、自身は夜郎自大で、Mozartには、矮小化した宇宙を見てはいないか。この手の人にはこう言っておこう。私たちは、あなた方よりも、余程、ありのままのWolfgang Amadeus Mozart を愛しています、と。

蛇足(コーダ):
家内が、あなたは、negativeなことばかり言う、と言って私を批判した。それはそうだ。何事であれ、否定するという事は、肯定する事よりも論理的にも難しいからである。肯定と否定は非対称的であり、難しい事は、面倒くさい事とは違い、それなりに楽しい場合もあるのである。
K. Marx は生前に言っていたそうだ。彼はMarxistではない、と。Mozart も言っているかもしれない、彼はMozartianではない、と。
私は天才ではないので、天才の何たるかを知る由も無い。ただ、私が外から眺めている限りは、天才とは、なにか、傍若無人に振舞える才能のようにも見て取れないこともない。唯一人の例外と言ってもよいのがJ. S. Bach である。Bach は天才か?
L . v. Beethaven の中にMozart を捜すのはやめましょう。




21-22ページ
『前奏曲集―私はアマチュアである-作品 1の2』より




振り返ってみると、デンマンさんと共にクラシックを鑑賞するなんて今年になってから初めてのことですねぇ~。。。



確かに、そうなのだよ! でもさァ~、オマエの上の文章は とにかく読みづらいのだよ! おそらく、この記事を読み始めたネット市民の皆様の半分以上が、オマエの読みづらい文章を途中まで読んで 他のブログへ飛んでしまったと思うのだよ!

それほどオイラの文章は悪文でしょうか?

オマエの文章ほど読みづらい悪文を 僕は他に見たことがないよ!

マジで。。。?

僕には、到底、オマエの文章を最後まで読む気になれず、仕方がないから次のように楽しく、面白く読めるように編集し直したのだよ。。。 オマエも読んでごらんよ。。。


4.2 ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト


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モーツァルト には、全てがある、と言った人がいた。
この風な言い方はずるいと思う。
何故か。
全てはないのではないか、とおずおずと反論を試みたところで、お前にはモーツァルト が解っていない、等との託宣が下されるのがおちであるからか。
いやそれだけではない。

モーツァルトに無いものは何んだろう、と考え始めた途端に、ああ、そういうネガティブな詮索は心無い、と自己規制させるからでもある。
考える自由を<天才モーツァルト>を暈にきて奪ってるからである。

いや冗談では無い。
何事によらず、否定的な命題を証明するという事には、心情的な困難を伴うものである。
答えは、突然にむこうの方からやって来た。

モーツァルトに無いものは、言ってみれば、こういうことを言ったらひとから嫌がられるだろうけれど、言わなければならないことは敢えて言う、とでもいった態度である。
それは、モーツァルト 自身の証言にもあった。
ここがベートーヴェンともアルノルト・シェーンベルク とも決定的に違う。


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更に不思議なことには、今まで私の出逢った<モーツァルト 愛好家>とか<モーツァルティアン>とか称する人々には、他の作曲家の音楽を受けつけない人が多い。
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト自身、加えて彼の作品を演奏する演奏家の多くも、そんなには狭量ではないにも拘らずに、である。
むしろ<モーツァルト 専門家>だとか<モーツァルト弾き>などと呼ばれる事を、心外に思っていない演奏家を探す方が難しいくらいである。

<モーツァルト 愛好家>は逆である。
よい例がアンリ・ゲオンである。
ある文章に行き当たる迄、私は彼に非常に好感を持っていた。

この人は、他のモーツァルティアンとは違って、モーツァルト には良きものを見ようとして、他には悪しきもの―― モーツァルトにしか無いもの以外は先験的に悪いものを見ようとする態度、つまり、偏見が無いとおもっていた。
その文章とは、ああ、あのバッハ でさえ無限旋律の傾向から逃れられなかった、という非常に狡猾な言い方である。
英語には<silly> という、こうした場合に適当な表現がある。

理由。その一: 敵は本能寺。
彼の言いたい事は、リヒャルト・ワーグナー に対してである事は明白であろう。
さもなくば、無限旋律は無条件に悪いとした様な書き方はしなかったであろう。

彼がバッハについて何の例をも出さなかったのは意図的だと思うが、ここではそれは問わない。
彼に、むしろ、こちらから自由に例をだせる条件を与えられたことに感謝したいくらいである。

バッハ の<<ヨハネ受難曲>>でも<<マタイ受難曲>>でも、終曲(厳密に言えば、<<ヨハネ受難曲>>では、最後の合唱の手前の曲)その他の箇所で無限旋律的なページが出てくる事は、私でも知っている。
しかしながらそれらも、しかるべき処に始まり、しかるべき時に必然的に終わっている。

一方、モーツァルト の<<ヴァイオリン協奏曲 イ長調>>(Nr.1, K.207)でも<<ヴァイオリン協奏曲 ニ長調>>(Nr.2, K.211)でもいい、それらの第二楽章、一体あれはなんだ。



ヴァイオリン協奏曲 イ長調

 Nr.1, K.207 - Adagio




ヴァイオリン協奏曲 ニ長調

 Nr.2, K.211 - Andante


 

それらこそ無限旋律以外の何ものでもないじゃあないか。
無限旋律の例としては、ワーグナー よりもモーツァルトを引き合いに出しても、見当違いにはならない程ではないか。

しかしながら<モーツァルト 愛好家>は、そこ、楽章の終わりに、無理してまで余韻を聞く。
けれども、少しでも音楽をあるがままに聴こうとする人々は、はてな、とモーツァルトに聞き返したい気持ちになるのだ。
それを、はぐらかすように、第三楽章が始められるのである。

私だってワーグナー流の解決を引き延ばした和声に支えられて、だましだまし紡ぎ出される旋律には辟易する時がある。
しかし、そう言ったとしても、無限旋律を否定する根拠にはならない事ぐらいは自覚しているのである。

要するに、彼らは自分の好きな対象を肯定したいのだ。
ということは、つまり、自分の好きな対象は善きものである、といった不可思議な前提を通して、自分自身を肯定したい、というような幼児的な欲求から抜ききれていないということか。
何も自分自身を肯定しなくても、人生は過ごせるのに……。
私は、私には、音楽を聴くのに<モーツァルト>という品質保証のスタンプは不要である。

理由。その二: 繰返す様であるが、バッハ を引き合いに出した事である。
あのバッハ でさえ……とは何と欺瞞的、偽善的な切り出し方であろうか。
そこには、あの批判し難いバッハ を批判せずに済ませたい、と見せかけたい、という意図が見え透いている。

要するに、こういう手合いは、音楽一般が解っていないだけではなく、モーツァルトの音楽すら解っていないのではないだろうか。
私は、モーツァルトを愛しているので、彼の音楽に小さな宇宙をみる。
<モーツァルティアン>の多くは、自身は夜郎自大で、モーツァルトには、矮小化した宇宙を見てはいないか。

この手の人にはこう言っておこう。
私たちは、あなた方よりも、余程、ありのままのヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト を愛しています、と。

 

蛇足(コーダ):

 

家内が、「あなたは、ネガティブなことばかり言う」、と言って私を批判した。


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それはそうだ。
何事であれ、否定するという事は、肯定する事よりも論理的にも難しいからである。
肯定と否定は非対称的であり、難しい事は、面倒くさい事とは違い、それなりに楽しい場合もあるのである。

マルクスは生前に言っていたそうだ。
彼はマルクシストではない、と。

モーツァルトも言っているかもしれない、
彼はモーツァルティアンではない、と。

私は天才ではないので、天才の何たるかを知る由も無い。
ただ、私が外から眺めている限りは、天才とは、なにか、傍若無人に振舞える才能のようにも見て取れないこともない。

唯一人の例外と言ってもよいのがバッハである。
バッハは天才か?
ベートーヴェンの中にモーツァルトを捜すのはやめましょう。

赤字はデンマンが強調。)




21-22ページ
『前奏曲集―私はアマチュアである-作品 1の2』より

『前奏曲集』より




やっぱり、ネガティブな事ばっかり言ってると 人から嫌われるものなのでしょうか?



当たり前だろう! 当たり前田のクラッカ~!


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デンマンさん、こういうクラシック鑑賞という真面目な時に 100年も前のギャグを飛ばさないでくださいよ! そんな昔のギャグなど覚えている人は1000人のうちで一人か二人ですよ!



とにかく、ネガティブな事ばっかり言ってると家族にもマジで嫌われることを オマエは自覚していたのだよ!

マジで。。。? その証拠でもあるのですか?

あのさァ~、これまでに何度も何度も引用したのだよ! オマエは惚けているので、敢(あ)えて、ここに再度引用するからじっくりと読んでごらんよ!




 

私は、この曲集を書き終えたとき、老人見習いから、正真正銘の老人になるのではないか、と思うこの頃である。
真の老人とは、もはや、失うべき何ものも無くなった人のことを言うのではないか。

長女は、私から去った。
次女は、中立を保つ為に、この家に寄りつかない。
家内と言えば、日本語も通じなくなってから何年にもなる。


私には、S.Kierkegaard の言った、一番易しく一番難しいこと、すべてを捨てること、が、案外、無理なくできるのではないか。
いや、その時には、捨てるべき何ものも見当たらなくなった境地であろう。

その意味では、老人になる前に、不慮の死で亡くなった人は気の毒である。
私は、若い時に、死ぬのはいいが風邪をひくのは嫌だ、などと言って、粋がって与太をほざいていた。
今も、願わくは、あまり苦しむことなく死を迎えられたなら、それにこしたことはない、と考えている。

Kierkegaard は、また、永遠とは有限が無限に出会う瞬間である、と言っていた。
私の人生に、かつて、そのような瞬間があったであろうか。
いや、それもまた、超越の命題であろう。

私の人生は、無明に迷ったそれに終わるのかもしれない。
しかし、私の背後には、母の祈りがあった。

ある麻薬中毒患者が、お母さん、僕は、こんな遠くまで来てしまった、と淋しげに呟いていたが、私は、麻薬中毒者ではないけれど、その気持ちが解かっている、と思う。
どのみち、人生は、rehearsal無しの、ぶっつけ本番なのである。

しかし、私は、F.M.Dostoevsky の「白痴」にある、あの「イッポリトの告白」に書かれているように、もし、生まれる前に、この条件を知らされていたとしたならば、私は、生まれるてくることを肯(がえ)んじなかったであろう、とは思っていない。
私は、感謝して死ねるように、今からでも、心の準備をしておこう。

S.D.G

コーダ(蛇足):

私の懐疑なるものが、深いのか、深くないのか、私自身も知る由もない。
仮に、深かったとしても、そもそも、懐疑の深さというものは、誇るべきものであるのか、という疑問が残る。




【デンマン注:】 改行を加え読み易くしました。あしからず。

S.Kierkegaard: キルケゴール (1813-1855) デンマークの哲学者

S.D.G.: Soli Deo Gloria (ラテン語) To God Alone the Glory(英語) 神に栄光あれ。

F.M.Dostoevsky: ドストエフスキー (1821-1881) ロシアの小説家・思想家




56-57ページ Michel-Richard de Lalande
『後奏曲集(後書きばかり)』 作品3
著者: 太田将宏
初版: 1994年1月 改定: 2006年9月

『馬鹿やって人気?』にも掲載
(2015年8月18日)




デンマンさん! んもおおおォ~! いったい何度引用すれば気が済むのですかあああァ~。。。



オマエが分かっているくせに惚けたから、くどいとは思ったけれど引用したのだよ!

オイラは、それほどネガティブなことばかり言っているとは思いません。。。

オマエは独断と偏見でそう思っているだけで、客観的に見るとオマエはネガティブなことばかり言っているのだよ!

その証拠でもあるのですか?

オマエは、まだ他にも証拠が欲しいのォ~?

いけませんか?

オマエが そう言うのであれば、他にも まだ証拠はあるのだよ! オマエは止せばいいのに、ネットで僕のことについて ある事、無い事を含めてネガティブな事ばかりを書いてネットで公開したのだよ!


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『実際の抗議録』



やっぱり、こういう抗議録をネットで公開してはいけませんか?



あのさァ~、日本もカナダも言論の自由・表現の自由が保障されてるから、ネットで何を書いても何を言ってもいいよ。。。 責任を持って正々堂々と主張すべきことは主張すべきだよ。。。 でもなァ~、オマエのようにネガティブなことを書けばネット市民の皆様が喜ぶと思って、ネガティブナ事だけを重箱の隅を突っつくように書くのは人の道に反する行いなのだよ!

でも。。。、でも。。。、世間では“人の不幸は蜜の味!”と言いますけど。。。

しかし、その“他人の不幸と思って言った事”を本人が聞くと オマエの心優しい奥さんでもムカつくのだよ!


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やっぱり、家庭の平和を保つためにも ネガティブなことは言わない方がいいのでしょうか?



ネガティブなことを言うのだったら、相手が納得できるように ちゃんと責任を持って言うべきなんだよ!

オイラが責任を持たずに、ただやたらネガティブなことをダラダラと言っているとデンマンさんは断言するのですか?

そうだよ! オマエがネットで公開した僕に対する「抗議録」はクリックして読もうとすると、すでに消滅しているのだよ!


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『実際の抗議録』



。。。つうことわァ~、オマエが後ろめたさを感じて「抗議録」を取り下げたか? あるいは、会費を払うのが家計に響くので、会費を払うのを無視したか? いづれにしても、責任を持って正々堂々とネットで「抗議録」を公開したことにならないのだよ!



やっぱり、一度「抗議録」をネットで公開したならば、責任を持って断固、公開し続けるべきだとデンマンさんは主張するのですか?

そうだよ! ネガティブな事を書いたり言うときには、それぐらいの心構えをもって臨(のぞ)むべきだよ。。。

やっぱり、オイラは人間的に問題を抱えているのでしょうか? 最近、検索してみたのですが、実は、デンマンさんのおかげで オイラはネットで悪名を轟(とどろ)かせてしまったのですよ!


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『拡大する』

『現時点での検索結果』




あのさァ~、実は、オマエがクラシックに関して造詣が深いことに僕は尊敬の念を抱いているのだよ。。。



マジで。。。? その割には、これまでにオイラをさんざ馬鹿にしてきましたよねぇ~。。。

人間は誰でも完璧ではないのだよ。。。 当然、僕もオマエも完璧ではない! 50の長所があれば50の短所もある。。。 オマエの長所の一つがクラシックに関する造詣の深さだよ。。。

デンマンさんはオイラのクラシックの知識に対してマジで感心しているのですか?

そうだよ。。。 でもなァ~、オマエの表現の仕方は まったく自分本位で、読む人のために書いてない! クラシックに興味のない人にとっては、まるでデタラメな外国の文章を読んでいるようで、何がなんだか さっぱり理解できないのだよ!

つまり、デンマンさにとっても、理解できないのですか?

その通りだよ。。。 だから、これからクラシックのことを書くときには、草葉の陰からオマエを見守っている寅さんでも理解できるように書いて欲しいのだよ!



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 (すぐ下のページへ続く)







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