デンマンのブログ

デンマンが徒然につづったブログ

お休みのお知らせ (PART 1)

2011-09-21 16:38:49 | お笑い・ユーモア・娯楽・ゲーム・音楽


お休みのお知らせ




おほほほほ。。。。

卑弥子でご

ざ~♪~ますわよ。

あなたにお会いしたくて

また出てきて

しまったのですわよ。

ええっ?

お休みって、

何のことかって。。。?

実はデンマンさんが

9月下旬から

日本へ里帰りするのですわよ。

10月いっぱいまで。

それで準備もあるので

今日(9月22日)から

お休みするのですよ。

11月になったら

またバンクーバーに戻って

始めるのですって。

そう言う訳で、このブログは

約1ヶ月半のお休みになります。

でも、ライブドアの次のブログだけは

毎日更新するそうですわ。

デンマンさんの『徒然ブログ』

だから、もしデンマンさんの記事が読みたければ

上のリンクをクリックして読んでくださいね。

このサイトでは不定期に記事を書くそうですわ。

時々覗いてみてくださいね。




あなたが絶対、

見たいと思っていた

面白くて実にためになるリンク





■ 『今、すぐに役立つ情報をゲットしよう!』

■ 『あなたのためのサイト 立ち上げ ガイド』



■ 『あなたのための クレジット カード ガイド』



■ 『あなたのための ローン ガイド』



■ 『住宅ローン・ビジネスローン ガイド』

■ 『あなたも笑ってメチャ幸せになれるサイト』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』



■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』


■ 『現在に通じる古代オリエント史の散歩道』

■ 『見て楽しい、読んで面白い 私版・対訳ことわざ辞典』



■ 『あなたのための愉快で面白い英語』

■ 『笑って楽しめる 私版・対訳 慣用句・熟語辞典』

■ 『辞書にのってない英語スラング』

■ 『オンライン自動翻訳利用法』



■ 『漢字馬鹿の再来』

■ 『漢字馬鹿の悦楽』

■ 『漢字馬鹿の自己矛盾』

■ 『あなた、おかえり』

■ 『脳内漢字馬鹿』

■ 『他人の不幸は蜜の味』

■ 『漢字馬鹿の恋』

■ 『馬鹿のモデル』
 


『漢字馬鹿さん元気?』

『小泉純一郎君は漢字馬鹿か?』

『小泉純一郎と名乗る漢字馬鹿』

『未熟な判断と稚拙な批判』

『ある愚か者の自滅の道』

『2ちゃんねると自滅の世界』

『自滅の道へ走る愚か者』



『デンマン批判』

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『欺瞞の罠』

『馬鹿の一つ覚え』

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『社会的自我の欠如』

『原人ブームと漢字馬鹿』

 『あなたもワクワクする新世代のブログ』



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『また、オマエか!』

『成りすまし馬鹿』

『スカンクと宮本武蔵』

『絶望的な愚か者』


 (すぐ下のページへ続く)
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お休みのお知らせ (PART 2)

2011-09-21 16:33:28 | お笑い・ユーモア・娯楽・ゲーム・音楽





おほほほほ。。。。

卑弥子でご

ざ~♪~ますわよ。

時間があったら次の記事から

面白いと思うものを読んでみてね。





"Marilyn Monroe"

"Hello Diane!"

"I wish you were there!"

"Jane Eyre"



"Jane Eyre Again"

"Jane Eyre in Vancouver"

"Jane Eyre Special"

"Love & Death of Cleopatra"

"Nice Story"



"Hellelujah!"

"Ecclesiophobia"

"Uncorruptible"

"Net Travel & Jane"



"Net Love"

"Complicated Love"

"Electra Complex"

"Net Début"

"Inner World"



"Madame Riviera and Burger"

"Roly-poly in the North"

"Amazing Grace"

"Diane in Paris"

"Diane in Montmartre"



"Diane Well Read"

"Wantirna South"

"Maiden's Prayer"

"Bandwidth"

"Squaw House and Melbourne Hotel"



"Tulips and Diane"

"Diane in Bustle Skirt"

"Diane and Beauty"

"Lady Chatterley and Beauty"




ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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■ 『きれいになったと感じさせる

下着・ランジェリーを見つけませんか?』


■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』



■ 『軽井沢タリアセン夫人 - 小百合物語』

■ 『今すぐに役立つホットな情報』

■ 『 ○ 笑う者には福が来る ○ 』





『夢とロマンの横浜散歩』

『下つきだねって言われて…』

『銀幕の愛』

『パリの空の下で』

『愛の進化論』



『畳の上の水練(2011年3月15日)』

『軍隊のない国(2011年3月21日)』

『士風と「葉隠」(2011年3月23日)』

『アナクロニズム(2011年3月27日)』




Hi, I'm June Adames.

I'm surprised to read about the Victorian prudery.

These days, I quite often see nudity in magazines and movies.

When you see Madame Emmanuelle in the film,

you cannot avoid nudity.



Emmanuelle 1 - Ouverture

<iframe width="420" height="300" src="http://www.youtube.com/embed/Vq-eOTrjVsQ" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

Emmanuelle 2: L'antivierge

Sylvia Kristel (1975)


<iframe width="420" height="300" src="http://www.youtube.com/embed/nlYpq5JuV2s" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

Well...nudity is one thing; romance is another.

I believe, the capital of romance is Paris.

If you love to visit Paris,

please enjoy the Paris theme:



Sous le Ciel de Paris

by Hideshi Kibi(日本人)


<iframe width="425" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/FiHg4Gt89Vw" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

You can find some Japanese musicians in Paris.

Fujiko Hemming also likes Édith Piaf

who sings "Sous le ciel de Paris."

Sous le ciel de Paris

by Édith Piaf


<iframe width="425" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/uOXzGtlLGgw" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

I like Chanson Française (French song).

How about you?

Kato also love Édith Piaf,

but he considers Juliette Greco's

"Sous le Ciel de Paris" much beter.

Sous le Ciel de Paris

by Juliette Greco


<iframe width="425" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/oieG0DHfISE" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

I believe Yves Montand's "Sous le Ciel de Paris" is the best of all.

Sous le Ciel de Paris

by Yves Montand


<iframe width="425" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/ceFxrmQhRAg" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

I love Paris, but Vancouver isn't bad at all.

To tell you the truth, Vancouver is a paradise to me.





ところで、愛とロマンに満ちた

レンゲさんのお話をまとめて

『レンゲ物語』を作りました。

もし、レンゲさんの記事をまとめて読みたいならば、

次のリンクをクリックしてくださいね。

『愛とロマンのレンゲ物語』



とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。











おほほほほ。。。。

また現れて、

くどいようでござ~♪~ますけれど。。。

このブログでデンマンさんの記事が

読めないのは残念ですけれど

ライブドアのブログで読めますから、

あなたも、ぜひ次のリンクをクリックして

読んでくださいね。

デンマンさんの『徒然ブログ』





それから、デンマンさんとレンゲさんの

メチャ面白い記事は

次の掲示板で見ることが出来ますわよ。

『レンゲ物語-愛と性の美学』



あたくしとデンマンさんで語る

小百合さんの愉快で楽しいお話は

次のリンクをクリックして読んでくださいね。

『小百合物語-人生を見つめながら』



あたくしも、また、11月になったら

あなたにお目にかかりますね。

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。バーィ



 
 
では、またお目にかかる日まで…
 

バイバ~♪~イ

 
 


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山小屋ごはん(PART 1)

2011-09-21 13:20:21 | 食べ物・料理・食材

 
山小屋ごはん(PART 1)
 
 


 




アラフォー(Around 40)

投稿日時: 2008/09/05 07:32 (ロンドン時間)
日本時間: 9月5日 午後3時32分
バンクーバー時間: 9月4日 午後11時32分


今週末は佐野の山小屋で
道の片づけ、木を切ったり
子供と BBQ もします。




炭をおこし お肉を焼いて、
コーンを焼いて(これ好き)
ハンモックで1時間位 昼寝します。



デンマンさんも来たらいいのに!
な~んて…、
でも、遠いね。

昨日の夜「四つの嘘」という 日本のドラマが最終回でした。


7月10日の

21:00よりスタートする

新ドラマ「四つの嘘」。




40歳前後という人生の折り返し地点に立ち、自分の人生をそれぞれに生きる、今、話題の”アラフォー(Around 40)”。
このドラマでも、高校の同級生だった4人の41歳の女性たちが登場し、バンクーバーでの事故をきっかけに、それぞれの人生と家庭の秘密が暴露されていきます。
女の嘘と本音が織り成す、リアルでサスペンスフルな大人の辛口ドラマ。

人気の大石静さんの傑作長編小説を、大石さん自らが脚本化。
永作博美さん、高島礼子さん、寺島しのぶさん、羽田美智子さんという、4人の豪華女優陣がパワフルに競演します。

都内各所では、「四つの嘘」の巨大広告やポスターなどが登場し、さらに東京メトロ全線に、車内吊りポスターもお目見えして、ますます期待が高まる新ドラマ。

バンクーバーで6月にロケを敢行。
あいにくのお天気だった日もあったようですが、ドラマの中で、たびたびバンクーバーが登場しますので、ぜひお見逃しなく!




Source:
http://www.hellobc.jp/blog/archives/00304.html


4つの嘘 カムフラージュ 1話

<iframe width="400" height="305" src="http://www.youtube.com/embed/gwDMgu1miT0" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>



バンクーバーが出てきました。
もっと もっと バンクーバーを 見たかったのですが、
途中東京がほとんどになり、物足りなかった。

でも、久しぶり の 景色になつかしく、
木曜 夜9時の1時間はドキドキでした。




『悩めるアラフォー』より
(2011年9月18日)




デンマンさん。。。どうしてまた同じ古いメールを持ち出してきたのですか?



あのねぇ~、たまたまバンクーバー図書館の日本語の棚を見ていたら、『山小屋ごはん』というタイトルが目に付いたのですよ。 すぐに小百合さんの山小屋が思い浮かんできて借りることにしたのですよ。





面白いお話でも読んだのですか?



日本全国の山小屋の中から著者が20の山小屋を選んでそこで出される「山小屋ごはん」を紹介しているのですよ。 残念ながら栃木の小百合さんの山小屋は載ってませんでした。

山小屋って個人の山小屋ではなくて、玄人(くろうと)の山小屋でしょう?

もちろん、そうなのだけれど。。。

だったら、私の山小屋が紹介されるはずがありませんわ。 それで、埼玉県の山小屋は載っていたのですか?

32ページに奥武蔵の「奥村茶屋」が紹介されていた。


奥村茶屋



奥村茶屋のパンフレットには「昭和16年開業以来年中無休で営業しており、名物ジンギスカン料理に人気があります。 正丸(しょうまる)峠は江戸と東京を結んだ歴史道で、云々……」と書かれている。

奥武蔵の伊豆ヶ岳山頂から、約50分下った正丸峠に建つ奥村茶屋。
今では鉄道が走り、峠を越えて歩く人もいないが、当時は秩父へ、または東京への主要な道だったのだろう。
「ここからの景色が気に入った先代の父が、この場所で茶屋を始めました。 休憩客にお茶を飲ませるために、父が水を下からここまで運んできて。 それは大変だったと思いますけれどね」

 (中略)

奥村茶屋の名物料理はジンギスカン。
このあたりでは、昔からジンギスカンを日常的に食べていたのだろうか。
「うちがジンギスカンを出すようになったのは、昭和20年の終わりから30年初めくらいだったかしら。 秩父の羊山公園ってご存じですか? ええ、シバザクラで有名な。 あそこは昔、その名のとおり羊牧場だったんですよ。 だからこのあたりでは昔から羊の肉を食べていたんじゃないかしら」

(注: 赤字はデンマンが強調
写真はデンマン・ライブラリーより)




34ページ 『山小屋ごはん』
著者: 松本理恵
2008年3月5日 初版第1刷発行
発行所: 株式会社 山と渓谷社




デンマンさんも「奥村茶屋」でジンギスカンを食べたことがあるのですか?



僕は正丸峠に建つ奥村茶屋と書いてあったので急に懐かしくなったのですよ。 でもねぇ、正丸峠に建っているという奥村茶屋をどうしても思い出すことができない。

奥村茶屋が建つ前にデンマンさんは正丸峠を通ったのではありませんか?

あのねぇ~、奥村茶屋が開業したのは昭和16年ですよ。 僕は戦後生まれです。 だから、間違いなく奥村茶屋は正丸峠に建っていたのですよ。

でも、思い出せないのですか?

思い出せない。

いつ正丸峠へ行ったのですか?

その自転車旅行のことで僕は記事を書いたことがある。 ネットで調べたら見つかりましたよ。 小百合さんも読んでみてください。


県内一周自転車旅行の途中で

狭山事件の被害者のお墓参り


行田市立行田中学校1年生の4人の仲間は夏休みを利用して県内一周の自転車旅行に出かけた。
約2週間の予定で行田市を出発、熊谷から
県道11号線を西にとって長瀞を経て秩父まで行き、
そこから国道299号線に沿って正丸峠を越えて飯能市へ行き、さらに狭山市に入り
狭山事件の被害者のお墓参りをする予定。

お小遣いを旅費に当てて、お金を使わずに「無銭旅行」に徹するらしい。
できるだけ野宿は控えるが安価な宿が見つからない場合にはキャンプ場で宿泊する予定とか。

3ヶ月ほど前の5月1日、埼玉県狭山市で、高校1年生の少女(16歳)を被害者とする誘拐殺人事件が発生した。
5月23日に被差別部落出身の石川一雄・容疑者(24歳)が逮捕されている。



被害者の少女は狭山市堀兼の農家の四女で、川越高校入間川分校別科1年生だった。
クラス委員でもあり頭の良い、性格の明るい少女だったが無慈悲にも殺されてしまった。

4人の仲間はこの不幸な少女の無念な思いに同情し狭山市を通過する時にお墓参りをする。
犠牲になった少女に対し、同じ世代として実に悲しいことだと4人の少年は声をそろえた。



左より高沢君、小林君、関根君、そして加藤君。
県道熊谷小川秩父線(11号線)
(埼玉県比企郡嵐山町杉山)





『狭山事件(2011年4月22日)』より




思い出しましたわ。 上の新聞記事の行田市立行田中学校の4人の仲間の一人がデンマンさんだったのですわね。



よく覚えていましたね。

4月の記事の中でデンマンさんと話しましたもの。。。確か、熊谷から県道11号線に入る辺りで写真を撮ったと言ってましたわね。

そうです。 近くに「五家宝」の店があるのですよ。 そこの駐車場で小林君のお父さんが撮った写真が新聞記事に載ったのですよ。









上の新聞記事の中の写真がそうですか?



もちろん、その写真は僕がコラージュして似たような写真を作ったのです。 記事も僕が記憶をたどりながら作文したのだけれど、当時の新聞を調べてみれば、間違いなく同様の記事が見つかるはずです。

産経新聞ですか?

もしかすると日本経済新聞だったかもしれません。 事件は1963年に起こったのですよ。

私が生まれる前ですわ。。。で、実際にお墓参りをしたのですか?

関根君が太っていて自転車で走るのがしんどくなってねぇ、帰ると言い出したのですよ。

それでどうしたのですか?

何とか関根君をなだめすかせて4人で旅を続けたのだけれど、時間がなくなってしまい、お墓参りは遂(つい)にできなかったのですよ。

正丸峠って、それほど難所なのですか?

いや。。。坂だから多少疲れるけれど、それほどの難所だとは思えなかった。 でも、太っていた関根君には大変だったのかもしれない。 でもねぇ、峠に「奥村茶屋」が建っていたなら、間違いなく立ち寄って一休みしたはずなのだけれど、茶屋など全く記憶にない。

正丸峠ではなかったのじゃありませんか?

いや。。。新聞にも書いてあるほどだから、絶対に間違いじゃない。 それで僕は正丸峠のYouTubeを探したのですよ。 ありましたよ。 小百合さんもクリックしてビデオ・クリップを見てください。

正丸峠ドライブ♪♪

<iframe width="420" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/IHatgkLXOro" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

正丸峠をRX7で♪♪

<iframe width="420" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/k40btFPNGsM" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>



この上の2つのビデオクリップを見たけれど、「奥村茶屋」と書いてある看板はあるのだけれど、それらしき建物は出てこない。



でも、最初のクリップにはそれらしい建物が見えていましたわ。

車が早すぎて店の看板が見えませんでしたよ。 それで、僕は「奥村茶屋」のYouTubeを探してみたのですよ。

見つかりました?

ありましたよ。 小百合さんも見てください。

正丸峠&奥村茶屋の風景

<iframe width="420" height="280" src="http://www.youtube.com/embed/D8EajbBrPco" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

奥村茶屋名物・田舎しるこ

<iframe width="420" height="280" src="http://www.youtube.com/embed/5xKQ2x45IDE" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

奥村茶屋の正丸丼

<iframe width="420" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/veQbrwtxTgw" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>



あらっ。。。正丸丼は美味しそうではありませんか。。。。私も食べたくなってきましたわ。



正丸峠には違いないのだけれど、僕が記憶している風景と違うのですよ。 どのように記憶をたどってみても奥村茶屋は僕の記憶にはない。

自転車から転倒して頭を打って、デンマンさんの記憶から奥村茶屋が脱落したのではありませんか?

まさかァ。。。自転車でひっくり返ったことはないし、頭を打ったこともないのですよ。 僕は地図を調べてみました。







分かりましたよ。 上のYouTubeでドライブしているのは正丸峠で、僕たちが自転車で通ったのは旧正丸峠なのですよ。 だから奥村茶屋が見当たらなかったのですよ。



マジで。。。?

それにアスファルトで舗装されてなかったように思うのですよ。 僕の記憶では砂利道なのです。 しかも、見晴らしがよくてYouTubeのドライブのように道がくねくねと曲がりくねっているようなこともなかった。 

じゃあ、今度デンマンさんと会ったら、奥村茶屋へ行ってみませんか?

いいですね。 僕はぜひジンギスカンを食べてみたいですよ。 

 (すぐ下のページへ続く)

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山小屋ごはん(PART 2)

2011-09-21 13:19:40 | 食べ物・料理・食材

 
山小屋ごはん(PART 2)





美味しそうですわね。 わたしは正丸丼をいただきたいですわ。 秩父の羊山公園にも行ってみたいですね。



今でも羊が居るのだろうか?

それを確かめてみるのも面白そうですわ。 (微笑)
 

【卑弥子の独り言】



ですってぇ~。。。
あたくしもジンギスカンが食べたくなってきましたわ。



美味しそうでしょう?
あなたも食べたくなってきたでしょう?
うふふふふふ。。。

スタミナを溜め込んだらビートルズを聴こうと思うのですわ。



“キャ~ 素敵ィ~♪~”





<iframe width="400" height="335" src="http://www.youtube.com/embed/iim6s8Ea_bE" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

ビートルズの熱狂的な嵐が吹き荒れたのは、あたくしが生まれる以前のことでしたわ。
ところが何度も何度も、あたくしはビートルズの夢を見るのでござ~♪~ますう。
軽井沢の万平ホテルに行くと
ジョンレノンとあたくしがカフェテラスで会うような気が、マジでするのですわよ。




滞在中のジョン・レノンは朝9時半ごろ、

このカフェテラスに下りてきたのですよ。

わたしたちに「おはようございます」と

日本語であいさつしたものですわ。

いつも庭に面した一番奥の席にすわって、

他のお客様には背を向けるような格好で

腰掛けていました。

ジョン・レノンのお気に入りは

ローヤルミルクティーでしたわ。



『幸福の谷』より
(2008年4月6日)


あたくしは万平ホテルのカフェテラスでマジでジョン・レノンとローヤルミルクティーをいただいている記憶が鮮明に甦ることがあるのでござ~♪~ますわ。
あなたは信じられないでしょう?
あたくしだって信じられないのですから。。。
おほほほほほ。。。

とにかく次回も面白くなりそうですわ。
だから、あなたも読みに戻ってきてくださいましね。
じゃあねぇ。




メチャ面白い、

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下着・ランジェリーを見つけませんか?』


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『小泉純一郎君は漢字馬鹿か?』
 (2009年4月18日)

『小泉純一郎と名乗る漢字馬鹿』
 (2009年4月20日)

『ある愚か者の自滅の道 (2009年4月24日)』

『2ちゃんねると自滅の世界 (2009年4月28日)』

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『人のための医療(2009年10月30日)』



『病める日本(2009年11月5日)』

『住めば都(2009年11月15日)』

『猫ちゃんの出迎え(2009年11月17日)』

『名物先生(2009年11月19日)』

『ぶんぶく茶釜(2009年11月21日)』




こんにちは。ジューンです。

わたしも卑弥子さんと同様に

軽井沢の思い出を忘れることができないのですわ。

私はデンマンさんとご一緒に

一度だけ訪れたことがあります。



この湖は“Swan Lake”という

英語名がついているのですわ。

昔、宣教師の方が軽井沢に

別荘を持っていたのですって、

その家族の人たちが名づけたらしいのですわ。

10月でしたが、紅葉が見ごろになっていました。
 
 
軽井沢・雲場池の紅葉

<iframe width="420" height="300" src="http://www.youtube.com/embed/Dt3k9--4xLE" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>
 
 
まだ冬景色には程遠かったのですけれど、

湖にしては小さなその池のほとりに立ったら、

どこからともなく白鳥が飛んできそうな

感じがしましたわ。



かつてバンクーバーのクイーン・エリザベス・シアターで

デンマンさんとご一緒に

バレー『白鳥の湖』を見たことがありました。
 
 
<iframe width="420" height="345" src="http://www.youtube.com/embed/b2XaCFsUQhg" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>
 
 
<iframe width="420" height="345" src="http://www.youtube.com/embed/T_5WCZ-XvG4" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>
 
 
あの時のチャイコフスキーの曲が

聞こえてきたものですわ。

それで、私はいつになく

感傷的になったことを覚えています。

ところで、英語の面白い話を集めました。

時間があったら覗いてみてください。

■ 『あなたのための愉快で面白い英語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。





 

コメント

キーボードで効率UP

2011-09-21 13:18:13 | アルバイト探し


 
キーボードで効率UP



マウスが使えなくなった事ってありますか?
そうなったら困るでしょう?

僕の経験では、静電気が溜まりすぎるとマウスがフリーズして動かなくなってしまうのですよ。
システムを再起動しないとマウスが動き出しません。



それから、スパイウェアだとかマルウェアがあなたのシステムにたくさん入っている時にもマウスがフリーズする事があります。
バックグラウンドであなたが知らないのに、そういうスパイウェアが走っているのですよ。
ええっ?何をしているのかって。。。?

あなたのキーストロークを記録しているのですよ。
あるいは、あなたのファイルをコピーしているのです。

そうやってあなたのシステムの情報を集めて後でスパイウェアを忍び込ませた悪徳スパイにアップロードするのですよ。
時々、何もしていないのにハードディスクのランプがチカチカと点滅しているでしょう?
スパイウェアが動いているからです。

僕のシステムにもかなりのスパイウェアが入っています。
調べてみると60から70のプロセスが常時走っています。

つまり、僕の知らないスパイウェアもこの中に含まれているのですよ。
ええっ?どうしてスパイウェアを取り除かないのかって。。。?

あまりにも多くのプロセスが走っているために、
使えるメインメモリーが少なすぎてスパイウェアを除去するプログラムが走らないのですよ。
全く、馬鹿みたいな話です。



このスパイウェアのために、マウスが動かなくなる事があります。
つまり、いくつものスパイウェアがマウスの動きに注目するので
マウスがどう動いてよいものか迷ってしまうのですよ。(爆笑)

とにかく、マウスが使えなくなったら、いちいち再起動するのは面倒ですよね。
例えば、テキストファイルを書いている時にマウスがフリーズする時って本当に困りますよ。

僕はブログの記事を書く時に、まずテキストファイルで作文して、それをブログの編集画面にコピペするのですよ。
だから、この時にマウスが動かなくなると、手の施(ほどこ)しようが無いのですよ。
なぜなら、マウスを使ってコピペするからです。

こういう時にマウスが動かなくなってしまうと、
最悪の場合には、これまでに書いた記事が使い物にならなくなってしまう。

キーボードだけで、ファイルのコピーや、貼り付けなどが、簡単にできる方法はないのか?
僕も何度も考えた事がありましたよ。
あなたは、どう思いますか?
そのような方法があると思いますか?

そういうやり方があるのですよ。
あなただって知りたいでしょう?

興味があったら次のリンクをクリックして読んでみてくださいね。

■ 『キーボードだけで、コピー、貼り付け、切り取りが一瞬でできる方法』

もちろん、無料ですよ。
登録する必要もありません。
読んですぐに使えますよ。

これで、マウスが動かなくなった時でも応急処置が取れますよ。
この機能を使って安心を手に入れてくださいね。



Good luck!

バ~♪~イ


あなたが絶対、

見たいと思っていた

面白くて実にためになるリンク





■ 『今すぐに役立つホットな生活情報』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『ブログに記事を書いてお小遣いをもらおう!』

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下着・ランジェリーを見つけませんか?』


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■ 『他人の不幸は蜜の味 (2009年2月23日)』

■ 『漢字馬鹿の恋 (2009年2月25日)』

■ 『馬鹿のモデル (2009年2月27日)』

■ 『漢字馬鹿さん元気?(2009年3月25日)』




おほほほほ。。。

卑弥子でござ~♪~ますわよ。

くどいようですけれど、

また現れましたわ。

やっぱり、デンマンさん

ぱっかりに任せていると

退屈するのよねぇ~。

それで。。。つい、つい、

出て来てしまうので

ござ~♪~ますわよ。

ええっ、余計な事は言わなくてもいいから、

さっさと言いたいことを言って消えろ!

あららあああぁ~

あなたはそのような厳しいことをあたくしに

言うのでござ~♪~ますか?

いけすかないことォ~♪~

分かりましたわ。

では、今日の一言を。。。

うふふふふ。。。

Obstacles are those frightening things

you see when you take

your eyes off your goal.

--- Henry Ford




目標を見失うと、とんでもない困難な目に

合うことってあるのよね。


あたくしは、このように訳しました。

あなたなら、どう訳しますか?

素晴しい訳があったら教えてくださいませ。

ヘンリー・フォードさんは、あなたも知っていますよね。

アメリカの自動車王です。

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあ、バ~♪~イ。






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ドルトムント(PART 1)

2011-09-20 16:15:52 | 海・河のスポーツ・旅行・車
  
ドルトムント(PART 1)







デンマンさん。。。ドルトムントってなんやのォ~?



めれちゃんは、なんやと思う?

聞いたことがあらへん。。。英語のようでもないし、フランス語のようでもあらへん。。。いったい、なんやのォ~?

ちょっと次の画面を見て欲しいねん。





これは、あんさんの BLOGSPOT のブログやねぇ?



さすが、めれちゃんやなァ。。。だてに情報処理技術者の資格を持っているわけではないねんな。

こないな時に余計な事を言わんでよろしィ。

余計な事ではあらへんがなァ。 情報処理技術者の資格を持っていることはすごいのやでぇ~。。。

さよかァ~。。。

そやから BLOGSPOT のブログやとすぐに判るねん。

そないなこと、情報処理技術者の資格と関係あらへん。 それはそうと、Feedjit のリストの最初にドイツの国旗が見えますやん。

さすが、めれちゃんやなァ!。。。ドイツの国旗がすぐに判るのやなァ。。。やっぱり情報処理技術者の資格を持っているからやなァ。

関係あらへんわァ。 つまり、ドイツの町の名前がドルトムントねんな。

やっぱり、めれちゃんはすごいなァ!。。。上の画面を見たら、すぐに判ってしもうたやんか!

そないな事ぐらい誰でも判るやん。

いや。。。この記事を読んでいる人で、ここまで読んできただけでドルトムントがドイツの町だと理解できた人は、かなり知的やと、わては思うでぇ~。

どないなわけで、あんさんはそう思うねん?

めれちゃんは知能指数が140もあるさかいになァ。。。そやから、もしドルトムントがドイツの町だと理解できた人は知能指数が100以上やと、わては思うでぇ~。。。

ドルトムントがドイツの町だと理解できたことと、知能指数とは全く関係あらへん。

さよかァ~?

それで、どないな訳で、あんさんはドルトムントを調べる気になりはったん?

Feedjit のリストにドイツからアクセスした人があるさかいあに、わては興味を覚えたのやがな。

要するにドイツ人が、あんさんのブログを読んだと自慢したいのやね?

ちゃうねん。。。この人はドイツ人とちゃうでぇ~。。。

どうして、そないなことが、あんさんに判りはるのォ~?

次のリストを見て欲しいねん。





ドイツのGOOGLEを使(つこ)うて“今日のエロイっすね は”を入れて検索してるねん。 わての経験から“今日のエロイっすね は”というような言い方ができるドイツ人は10万人のうちの一人か二人しか居(お)らへん。 めれちゃんかてぇ、そないに思うやろう?



そやけど、断定できへんと思うわ。

あのなァ~。。。これほど砕(くだ)けた日本語を使うドイツ人が居るとすれば、ドイツではのうて日本に住んでおるねん。 わての経験から、そないに言うことができるのやァ。 そやけど、検索した人は間違いなくドイツのドルトムントからアクセスしたのや。 その証拠が上のリストなのやがなァ。

それでドルトムントに住んでいる日本人は検索した結果からエロイ記事を読みはったん?

そうやァ。。。わては上のリストに載っているリンクをクリックしてみたのやァ。 その検索結果をここに示すよってに、めれちゃんもじっくりと見たらええやん。



『現時点の検索結果』



56,800,000件のうちの2ページ目の検索結果の中から7番目。。。つまり、トップから17番目の記事(『今日萌えろ岩代』)をクリックして読みはったのやがなァ。



『今日萌えろ岩代』

(2011年9月14日)




あらっ。。。卑弥子さんが出てきますやん。。。



そうなのやァ。

。。。で、卑弥子さんがエロイお話をしやはるのォ~?

ちゃうねん。。。それ程エロくないねん。。。そやから、ドイツのドルトムントに滞在している日本人は、たぶん上の記事を読んでガッカリしたと思うでぇ~。。。 めれちゃんも上の記事を読めば、たぶん期待はずれやと思うわァ。

それでドルトムントってぇドイツのどこにあるん?

調べたさかいに、めれちゃんもじっくりと読んでみたらええやん。


ドルトムント(Dortmund)





ドイツ連邦共和国の都市。
ノルトライン=ヴェストファーレン州に属する。
人口はおよそ58万人。

ドイツでは7番目に大きな都市。
EU(the European Union)では34番目に大きな都市。

かつての工業地帯として知られるルール地方の代表的な都市。交通の要所で、鉄道の結節点であり、ドルトムント・エムス運河を通じて北海と航路がつながっている。
近隣の都市としては、西にボーフムが隣接し、約50キロ北にミュンスター、95キロ東北にビーレフェルト、55キロ南西にデュッセルドルフが位置する。
デュッセルドルフから特急ICEで40分程度。
石炭と鉄鉱石を産出し、鉄鋼工業が栄えると共に、ミュンヘンと並ぶ世界有数のビール生産地であったが、産業の構造変化によって衰退し、現在はハイテク産業や第三次産業に力を入れている。

歴史

ドルトムントは880年の公文書 Throtmanni に小さな村として最初に書かれた。
1152年に、バルバロッサ(フリードリヒ1世)がこの地域を訪れ、火災にあった街を再建した。
バルバロッサが2年間ドルトムントに住んだ後、帝国でも顕著な街に成長する。

13世紀にハンザ同盟に参加し、1220年、皇帝と直接の従属関係になる帝国自由都市の地位を獲得する。
1320年以降、"Dorpmunde" の名で裕福な貿易都市として文書に書かれている。

ナポレオン戦争後、1803年に帝国自由都市の地位を失い、プロシアに組み込まれる。
19世紀より産業革命が進展すると、工業都市の一つとして繁栄し、石炭、鉄、ビールの中心地となる。

ルール地方東部の中心都市であるため、近隣都市とともに連合国軍爆撃の標的となった。
第二次世界大戦時は2/3の家が破壊された。

戦後、ドルトムントは「鉄と石炭の町」として、ドイツの復興に貢献した。
市内の各地には炭坑があり、市北部にはヴェストファーレン製鉄所、南部にはフェニックス製鉄所と、大規模な製鉄所が大量の鉄を生産した。
また、都心の近くのウニオン、ティア、アクティーンなど、多数のビール工場があり、ミュンヘンと肩を並べるビール都市であった。
しかし、石炭から石油へのエネルギー革命や、新興国の発展等により、市を支える産業は大きく変化した。
炭坑はすべて廃止され、2つの大製鉄所も生産を停止し、ビール工場は統合されて1社が残るのみである。

今日、ドルトムントはハイテク産業の街として再建しようとしており、1984年にはドルトムント大学の近くにドイツ初のテクノパークが建設されている。
さらに、市南部のフェニックス製鉄所跡地では、第2のテクノパークの建設が進められている。そのそばにあるヴェストファーレン公園のテレビ塔に昇り、展望台から市内と見回すと、市内各地に緑があふれている様子がわかる。
2010年には、工場跡地を利用した広さ24haのフェニックス湖も完成した。
この人造湖は、エムシャー川再生の一環として、遊水池機能も有している。

また、1973年からは、毎年夏にドルトムント・チェス・トーナメントが行われており、国際的にも注目されている。

Driving in Dortmund,

Germany (JANUARY/2010)


<iframe width="400" height="250" src="http://www.youtube.com/embed/j5KibuXurYc" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

出典:
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』




あらっ。。。けっこう大きな町やん。



そうなのやァ。。。わても知らなかったのやァ。

つまり、あんさんの知らなかった町やったので興味を持って調べてみたの?

いや。。。そればかりではないねん。

他にどないな理由があったん?

実は数日前にオランダからアクセスした人がおったのやァ。





Feedjit のリストの2番目に表れたのがオランダの国旗やの?



そうやァ。。。リストを拡大すると次のようになるねん。





オランダのどの町からアクセスしやはったん?



ズウェインドレヒトという町からアクセスして、わてのブログを読んだのやァ。


Zwijndrecht

(ズウェインドレヒト)






Zwijndrecht (ズウェインドレヒト) is a city and municipality (Dutch: gemeente) located in the province of South Holland, Netherlands.
It is at the southern tip of the island of IJsselmonde, at the confluence of the rivers Oude Maas, Beneden-Merwede, and Noord.

The municipality

Since the former municipality of Heerjansdam merged with it in 2003, the municipality of Zwijndrecht also includes the villages of Heerjansdam and Kleine-Lindt.
It has 45,384 inhabitants as of 2004.

The town

The town of Zwijndrecht is one of the "Drecht" cities.
Part of the suburban zone south of Rotterdam, it has grown from around 6,000 inhabitants in 1960, to about 42,000 today.

Weather movie (2009)

Zwijndrecht, Netherlands


<iframe width="400" height="305" src="http://www.youtube.com/embed/jB2Wx23OSTM" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

SOURCE:
Zwijndrecht, Wikipedia




どないな訳で英語で書きはったん?



Wikipedia には、まだ日本語の項目がないねん。 そやから英語の文章を引用したのや。

あんさんが日本語の項目を作ればええやん。

時間があらへん。 この記事を書くほうが先決やねん。

それで、この人もオランダに住んでいる日本人やのォ~?

ちゃうねん。。。この人はオランダ人やァ。

どうして、そないなことが、あんさんに判りはるの?

なぜならば、このオランダ人はオランダのGOOGLEを使って"log house japan"を入れて検索しやはった。





そやけど、どうしてその事で検索した人がオランダ人やと判るん?



あのなァ~、オランダに住んでいる日本人ならば“日本の丸太小屋”と入れて検索するねん。 ちょうどドイツに住んでいる日本人が“今日のエロイっすね は”を入れて検索するようになァ。

そやけど、断定できへんと思うわ。 オランダに住んでいる日本人かてぇ"log house japan"を入れて検索する可能性は十分に考えられるとわたしは思うねん。

あのなァ~、日本人ならば、わざわざ英語で検索しやへん。 わてのように海外に20年以上住んでいても、もし“日本の丸太小屋”を調べるのやったら、英語を入れて調べへんものやァ。

どうして。。。?

バイリンガルで育ったのやったらともかく、わてのように成人してから海外に出たものにとっては外国語で文献を調べるのはしんどいものや。 当然、子供の頃から慣れ親しんでいる日本語で文献を調べた方が手取り早いのやァ。 

オランダからアクセスした人は、そのバイリンガルで育った日本人かも知れへん。

確かに、その可能性が無い訳ではあらへん。 そやけどなァ、もしバイリンガルで小さな頃から育った日本人ならば、やっぱり日本語で“日本の丸太小屋”と入れて検索するねん。

どうして。。。?

日本人にとって“丸太小屋”というイメージと"log house"というイメージはかなり違(ちご)うている。

どのように。。。?

あのなァ~、オランダ人が"log house japan"を入れて検索して選んだ画像は次の画像やねん。

 (すぐ下のページへ続く)



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ドルトムント(PART 2)

2011-09-20 16:15:05 | 海・河のスポーツ・旅行・車


  
ドルトムント(PART 2)





この写真を“丸太小屋”として、あんさんは記事の中で使いはったん?



ちゃうねん。。。実はカナダに移住した100年前の日本人が使(つこ)うていた"squaw house"のつもりで、わてがコラージュして作った画像なのやァ。 次の記事の中で使うたのや。



"Squaw House and Melbourne Hotel"

(September 2, 2011)




これは日本人の感覚からすれば“丸太小屋”ではないねん。 日本人にとって丸太小屋というのは、次のようなものやねん。





このような丸太小屋を選ばずに湖に浮かんでいるような小屋を選んだということが、そもそも日本人でない証拠やねん。



そやけど、やっぱり断定できへんと思うわ。 日本人でないという確かな証拠にならへん。

めれちゃんは何が何でも、わての言う事に反対するのやなァ。

そないな訳ではあらへん。 ただ誰にも判るはっきりとした証拠がない限り断定できないとわたしは思うただけやわァ。。。で、その事が言いたくて、あんさんはこの記事を書き始めたん?

ちゃうねん。 実はなァ、ドルトムントに住んでいる日本人が、“今日のエロイっすね は”を入れて検索してエロイ記事を読もうとした。 ところが、期待はずれな記事を読んでしもうたのやァ。 それで、わては可哀想なことをしたと思うたのやがなァ。

そないなことまで、あんさんが心配することはあらへん。

でもねァ、マジでエロイ記事を読みたいのならば、次の画面に写っている記事を読めばいいねん。





"Lady Chatteley and Beauty" という記事を読めと、あんさんは言わはるのォ~?



そうやァ。。。次の記事を読めばドルトムントに住んでいる日本人もガッカリせ~へんと思うのや。



"Lady Chatteley and Beauty"



あらっ。。。ずいぶんエロい画像が出てきましたやん。 つまり、ドルトムントに住んでいる日本人にために、この記事を書く気になりはったん?



そうやァ。。。うへへへへへ。。。

でも、その人、この記事を読むやろか?

次に“今日のエロイっすね は”を入れて検索すれば上の記事が引っかかると思うでぇ~。。。(微笑)


【レンゲの独り言】



ですってぇ~。。。
デンマンさんの余計なお世話らしいですわ。
あなたも、もしエロい記事が読みたくなったら、どうぞ上のリンクをクリックして読んでみてください。

ところで、そろそろ紅葉の季節ですわね。
あなたの地方では紅葉が始まりましたか?
京都に行ったらぜひ法然院を訪ねてみてください。
そのうち紅葉が見ごろになると思いますわ。







デンマンさんが法然院の住職さんと羽田美智子さんとの対話を取り上げて面白い記事を書きました。
興味が合ったらぜひ読んでみてください。

『悩めるアラフォー』

(2011年9月18日)


とにかく、興味深い話題がさらに続きます。
だから、あなたも、また読みに戻ってきてくださいね。
では、また。。。






ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

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こんにちは。ジューンです。

法然院(ほうねんいん)は、京都市左京区の

鹿ヶ谷にある浄土宗系の寺院です。

元は浄土宗内の独立した一本山でしたが

昭和28年(1953年)に浄土宗より独立し、

単立宗教法人になりました。

寺の起こりは、鎌倉時代に、法然が弟子たちと共に

六時礼讃行を修した草庵に由来するそうです。

江戸時代になり、延宝8年(1680年)、

知恩院の第38世である萬無が、

法然ゆかりの地に念仏道場を建てることを発願し、

門弟の忍澂と共に再興したのが

当寺であるとされています。

1984年から現在の住職の梶田真章さんが

お寺を継いでいます。

寺は、鄙びた趣きをもち、茅葺で数奇屋造りの山門と、

谷崎潤一郎、河上肇、九鬼周造などの著名な学者や

文人の墓が数多くあります。

「哲学の道」近くという立地も関係して、

春秋の観光シーズンには、大勢の参拝者があります。

あなたも紅葉を見に訪ねてみてはいかがですか?

<iframe width="420" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/3OvmYzI7TMs" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

<iframe width="420" height="280" src="http://www.youtube.com/embed/Y8OuwHQMD90" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>



ところで、英語の面白いお話を集めてみました。

もし、時間があったら読んでみてくださいね。

■ 『あなたのための 楽しい英語』

とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。





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自分に酔う

2011-09-20 16:13:29 | お笑い・ユーモア・娯楽・ゲーム・音楽
 
自分に酔う



おほほほ。。。

卑弥子でご

ざ~♪~ますわよゥ。

また出て来て

しまいましたわア~

どうしても、あなたに

お会いしたかったので

ござ~♪~ますわよゥ。

ええっ?相手が

誰だか分からないのに、

いい加減な事を

ぬかすな!

あら、まあぁ~、

きついお言葉ですことォ~

そのようなエゲツない事を

言わないでくださいましなぁ~

仲良くしましょうね。

あたくしは、あなたに本当に

お会いしたかったので

ござ~♪~ますわよう。

うしししし。。。

ええっ?

そんな事はどうでもいいから、

「自分に酔う」ってどう言う事か?

早く話せぇ~!

あなたは、また、そのような強い口調で、

あたくしにご命令なさるのござ~♪~ますかア?

分かりましたわ。

あたくしも、そのつもりで

出てきたのでござ~♪~ますから。。。

おほほほほ。。。




あなただって、これまでに自分の欠点や失敗で苦い思いをした事があるでしょう?

でもねぇ、どんな人にも良く見ると50の欠点と50の長所があるものでござ~♪~ますわよ。

ええっ?あなたには他人に誇れるような長所がないの?

あなたは、知らないだけなのよ。

あなたにだって、自分の長所を人に話したくなる事ってあるのよ。

しかも、一人でそんな長所にうっとりとしてしまう事だってあるのよ。

ええっ?絶対に無いの?

分かったわよ。あたくしはそのために出てきたのよ。

つまり、あなたがうっとりとして自分の長所を話したくなる。

それを診断するためにこうして出てきたのよ。

うふふふふ。。。

あなたは、あたくしにそのような事ができるとは思っていないでしょう?

でも、できちゃうのよ。

全く関係ない質問をするけれど、馬鹿にしないでマジで答えてね。

そうすると、あなたがうっとりとしてしまうような長所が分かるのよ。

じゃあ、始めるわね。

では、あなたへの質問ですよ。




卒業式と聞いてあなたが思い浮かべるものは

次のうちどれですか?

A: はかま

B: 卒業証書

C: なみだ

D: ボタン




あなたにも「自分のココが好き」というポイントがあるものでござ~♪~ますわ。

今日は、あなたがつい自分に酔ってしまう「ナルシストポイント」を診断します。


○ Aを選んだあなたは 【オシャレな自分】 にうっとりとなっていますよ。

「はかま」を選んだあなたは、オシャレな自分が大好きなようです。
ウインドウに映る自分に、思わず見とれてしまうこともあるのでは?



○ Bを選んだあなたは 【頑張っている自分】 を誇らしく思うのですよ。

「卒業証書」を選んだあなたは、自分の頑張る姿につい酔ってしまうようです。
案外、逆境を求めていたりするのでは?



○ Cを選んだあなたは 【悲劇の主人公の自分】 にうっとりするようなところがありますよ。

「なみだ」を選んだあなたは、悲しんでいる自分に酔ってしまうようです。
失恋しても、つい、悲劇の主人公を演じてしまうのでは?



○ Dを選んだあなたは 【優しくしている自分】 に酔うところがあります。

「ボタン」を選んだあなたは、人に優しい自分が誇りのようです。
もっと人に頼られたくて、度を超えたお人好しになることもあるのでは?


どうですか?
思い当たる事があるでしょう?

ええっ?あたくしですか?
「卒業証書」を選らんだのですわよ。

そうなのよねぇ~、あたくしは頑張っている自分を誇らしく思うことってあるのよ。
当たっちゃったのよう。
こうして十二単を着て頑張っている自分にうっとりとなってしまうことがあるのよ。おほほほほ。。。



あなたはどうでした?
当たっていた?

もし、あたくしの上の診断が間違っていたとしても、
ムカついたりしないようにねぇ。

ムカつくと癌になり易くなるのよ。
ナチュラルキラーの癌細胞・殺戮力(さつりくりょく)が落ちてしまうのよ。
うふふふふ。。。

だからね、癌にかかりたくなかったら、いつもニコニコしている事なのよ。

ええっ?いつもニコニコしていられないの?
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ええっ?
あなたは本格的に、あなたの長所と欠点を占いたいの。。。?

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■ 『漢字馬鹿の恋 (2009年2月25日)』

■ 『馬鹿のモデル (2009年2月27日)』

■ 『軽井沢タリアセン夫人 - 小百合物語』




おほほほほ。。。。

また現れて、

くどいようでござ~♪~ますけれど。。。

分かってるわよゥ。

でも、我慢して読んで頂戴ね。

あたくしだって、好き好んで

あなたをわずらわせたくないのよ。

でも、デンマンさんは良い人だから

あたくしは、お手伝いをしたいわけなのよゥ。

だから、あなたも我慢して

最後まで付き合ってね?

おほほほほ。。。

ところで、食欲の秋ですね。

あたくしは食欲だけは

大いに自信がありますわぁ~。



あたくしはマロンが大好物なのよ。

ええっ?モンブランじゃなかったのかって。。。?

そうなのよ。良く覚えているわね?

モンブランも好きなのよ。

でもマロンも大好物なのよ。

おほほほほ。。。

あなたも食べてみない?

ええっ?

食べたくても無いのォ~?

心配する事は無いのでござ~♪~ますのよゥ!

貴方もこうしてネットをやって、

あたくしの記事を読んでいるのですから、

クリックするだけで、

すぐに手に入るのですわよ!

ぜひ次のリンクをクリックしてくださいね。

■ 『あなたのためのオンライン ショッピングガイド』

それは、さておき。。。

あたくしがマスコットギャルをやっている次のサイトも見てね。

■ 『面白くて楽しい、新しい日本古代史』

貴方、ホントに見てね?

ダメよ!そうやって生返事ばかりして、

この場をうまく誤魔化そうなんてぇ~

そういうコスイ考え方は、お止めになった方が

良いのでござ~♪~ますわよゥ~。

ええっ?どんな面白い記事があるのかって?

ちょっとこれを見てよゥ。



イカダの上に家を建てて、これで太平洋をわたって

日本へやってきたのでござ~♪~ますわよ。

これはねぇ、ベトナムの難民のボートなのよ。

でも、何千年も前に、同じような事をして

たくさんの難民が日本へやって来たのよ。

どう?

あなたの祖先だって、たどってゆくと、

このようなボートピープルだったかもしれないのよ。

どう?なんとなく興味が湧いてきたでしょう?

じゃあ、次のリンクをクリックして読んでみてね。

■ 『今、日本に住んでいる人は

日本人でないの?』


あたくしも読んだけれど、

けっこう面白い事が書いてあるのよ。

だから、あなたも読んでみてね。

いづれにしても、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。





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Victorian Prudery(PART 1 OF 3)

2011-09-19 16:37:18 | 恋愛・失恋・不倫・性の悩み・セクハラ
 
  
 
Victorian Prudery(PART 1 OF 3)
  
 



 
 

No panties, please!



In the first place, the Japanese women used to wear no panties---let alone, brassiere.
Men wore a loincloth while women wore "koshi-maki(腰巻)" or something like petticoat.



Women in

"koshi-maki(腰巻)"


In 1919 the headmaster at Ochanomizu girls' high school forced his students to wear panties or drawers.
After graduation, however, 90 percent of those students stopped wearing panties simply because they abided by the prevailing customs.

One of the reasons why the Japanese women started to wear panties is to have experienced some major disasters, one of which was the Great Kanto Earthquake that took place in 1923.
Another disaster was the fire that happened at the Shirokiya Department store in 1932.
The shoppers involved in the accident tried to escape the fire using a rope along the exterior of the building.

However, the female shoppers didn't wear panties.
A great number of onlookers watched the escaping women, who hesitated to jump down because of their sense of prudery.
If the female shoppers jumped down, the hem of their kimono would flare up and their private parts would expose themselves to the eyes of the curious onlookers.
Instead, the women preferred burning-to-death to exposing their private parts.

Since this fire, the Japanese women started to wear panties.

(translated by Kato)
(pictures from the Denman Library)




206 page
"When did the Japanese feel ashamed of nakedness"
by Akira Nakano;
published by Shincho-sha(新潮社)
on May 25, 2010

Quoted in :
"Unwashed Panties and
Good Gals in Bed"

(August 25,2011)
『生パンツと床上手』に掲載




Kato, are you serious?



Yes, of course, I am. I'm not joking nor jesting.

But I can hardly believe that those Japanese women preferred death because of their prudery.

You believe it or not, Diane, it is supposed to be a historical fact. The fire at the department actually happened and many female shoppers died due to their prudery.

Amazing!

Yes, it is indeed, but that prudery had been imported by the Westerners---the British, the Americans and the Germans.

How do you know?

Look at the following picture!



Public bath house in Shimoda

around the 1850s




Jeez. This is a picture of mixed bathing scene, isn't it?



Yes, it is. Actually, this picture was painted by Wilhelm Heine, a German artist.


Wilhelm Heine



Full name: Peter Bernhard Wilhelm Heine

He was born on January 30, 1827 in Dresden,
and died on October 5, 1885 in Lößnitz bei Dresden.
He was a German-American artist, world traveller and writer.

Heine studied at the Royal Academy of Art in Dresden and in the studio of Julius Hübner.
Then he continued his artistic studies for three years in Paris.
He returned to Dresden getting work as a scene designer for the court theatre and giving painting classes.
He fled to New York in 1849, following the suppression of the May Uprising in Dresden in which he participated.
In this he was aided by Alexander von Humboldt.

He set up his artist studio at 515 Broadway, and soon established his reputation as an artist.
After meeting the archaeologist and diplomat, Ephraim George Squier, Heine was invited to accompany him, as an artist, on his consular duties to Central America.

Proceeding ahead of Squier, he collected and recorded indigenous plants and animals and compiled notes for future publications.
Until Squier arrived, Heine stood in as consul, negotiating a commercial agreement between the Central American countries and the United States, which he delivered to Washington.
The record of this expedition was published in 1853 as the Wanderbilder aus Centralamerika.

While in Washington, he met President Millard Fillmore and Commodore Matthew Perry, and was selected from among several score of applicants for the post of official artist to the Perry expedition to Japan.



Commodore Matthew Perry

Nominally attached to Perry's expedition as an Acting Master's Mate in the United States Navy, Heine visited Okinawa, the Bonin Islands, Yokohama, Shimoda and Hakodate during 1853 and 1854.
Tokyo (Edo), however, remained closed to the members of the American expedition, and Heine was not to visit the city until 1860, when he returned to Japan as a member of the Prussian Expedition.

The sketches he produced of the places he visited and the people he encountered there, together with the daguerreotypes taken by his colleague Eliphalet Brown Jr., formed the basis of a official iconograhy of the American expedition to Japan which remains an important record of the country as it was before the foreigners arrived in force.

SOURCE:
Wilhelm Heine, Wikipedia
PICTURES: from the Denman Library




So, when the German artist visited the public bath house in Shimoda, the Japanese didn't feel ashamed of their nakedness at all, did they?



No, the Japanese at the time didn't care about their nakedness at all.

Amazing!  What a big change between the 1850s and 1930s.

Yes, it was a big change, yet the Westerners---the Britishi, in particular---also experienced a big change.

Oh...?  What change?

Well..., Diane, please read the following passage.

(To be continued)

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Victorian Prudery(PART 2 OF 3)

2011-09-19 16:36:33 | 恋愛・失恋・不倫・性の悩み・セクハラ


  
 
Victorian Prudery(PART 2 OF 3)



Foreign prejudice

against bathing


Foreigners coming to Japan was amazed to witness the mixed-bathing scene in Japan.
Why is that?
Well..., if you want to understand their wonder, you should know thier prevailing common sense at the time.

First of all, the Western approach to nudity was quite different from the Japanese.
For example, the British at the time abided by the Victorian prudery.
During the Victorian era, the British must not expose their naked bodies.

There are some episodes about those strict social codes.
One episode goes like this:
A newly-wed husband was stunned to death when he saw the pubic hair between his wife's legs for the first time.

Another episode goes like this:
Even the glimpse of an ankle of a piano leg was scandalous so that it was covered with tiny pantalettes.



Such being the case, the British were stunned to death when they saw the Japanese men and women bathe together naked.

Besides, the Western bathing custom was quite different from the Japanese.
In much older times, the Westerners took a bath and mixed bathing was also found in Europe.



However, when the medieval plague went rampant, spread the rumor that "the heat and water caused a rift to the skin and the plague slip into the body through the rift."
Because of this rumor, the bathing custom became obsolete.
Some historians believe that most European women in the 18th century died without taking a bath for their lifetime.

Most Westerners had this kind of prejudice when they visited Japan in the 1850s.
Even in 1897, other historians say, "some French women never took a bath for their lifetime.

(translated by Kato)
(pictures from the Denman Library)




Pages 30 - 31
"When did the Japanese feel ashamed of nakedness"
by Akira Nakano;
published by Shincho-sha(新潮社)
on May 25, 2010

Quoted in :
"Nudity and Censor"
(August 29,2011)
『ヌードと写真狩り』に掲載




I can hardly believe that French women in 1897 never took a bath for their lifetime.



Only some of the French women didn't, I suppose.  Some historians say that perfume was introduced for that reason.

What reason, Kato?

Well...if you didn't take a bath for years, your body would naturally spread a killing odor, wouldn't it?

Oh, my goodness...don't tell me that, Kato.  Besides, I'm suspicious about the piano leg story.

If you doubt, please read the following passage.


Victorian prudery



Clothing covered the entire body, we are told, and even the glimpse of an ankle was scandalous.
Critics contend that corsets constricted women's bodies and women's lives.
Homes are described as gloomy, dark, cluttered with massive and over-ornate furniture and proliferating bric-a-brac.

Myth has it that even piano legs were scandalous, and covered with tiny pantalettes.
Of course, much of this is untrue, or a gross exaggeration.


Corsets stressed a woman's sexuality, exaggerating hips and bust by contrast with a tiny waist.
Women's ball gowns bared the shoulders and the tops of the breasts.
The jersey dresses of the 1880s may have covered the body, but the stretchy novel fabric fitted the body "like a glove".

There is no actual evidence that piano legs were considered scandalous.
Pianos and tables were often draped with shawls or cloths—but if the shawls hid anything, it was the cheapness of the furniture.
There are references to lower-middle-class families covering up their pine tables rather than show that they couldn't afford mahogany.

The piano leg story seems to have originated in Captain Frederick Marryat's 1839 book, Diary in America, as a satirical comment on American prissiness.

Victorian manners, however, may have been as strict as imagined—on the surface.
One simply did not speak publicly about sex, childbirth, and such matters, at least in the respectable middle and upper classes.
However, as is well known, discretion covered a multitude of sins.
Prostitution flourished.
Upper-class men and women indulged in adulterous liaisons.

Victorian Women



Some people now look back on the Victorian era with wistful nostalgia.
Historians would say that this is as much a distortion of the real history as the stereotypes emphasizing Victorian repression and prudery.
Women were not allowed to swim, for it would be frowned upon as "bad etiquette".
Women also had to wear special suits to ride bikes.

Also notable is a contemporary counter-cultural trend called steampunk.
Those who dress steampunk often wear Victorian-style clothing that has been "tweaked" in edgy ways: tattered, distorted, melded with Goth fashion, Punk, and Rivethead styles.
Another example of Victorian fashion being incorporated into a contemporary style is the Gothic and Classic Lolita Fashion culture.

Victorian Women

and Prostitution


<iframe width="400" height="305" src="http://www.youtube.com/embed/0FeMHRTNQ78" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>




SOURCE: Victorian fashion, Wikipedia
PICTURES: from the Denman Library


To Live In The 1920s

<iframe width="420" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/684n8FO68LU" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

Queen Victoria's

Diamond Jubilee (1897)


<iframe width="420" height="315" src="http://www.youtube.com/embed/ch3zMCBUmpk" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>



You see, Kato, there is no actual evidence that piano legs were considered scandalous.



I see that, Diane, but in those days, people did not speak publicly about sex, childbirth, and such matters, at least in the respectable middle and upper classes.  I belive, this is the prevailing social atmosphere of the Victorian era.  Don't you think so, Diane?

Yes, I understand what you mean.  Nowadays, people talk about sex anytime and everywhere.

Talking about mixed bathing, we have Wreck beach in Vancouver.  Some men and women go naked on the beach and enjoy the sunshine.

Yes, I know that, Kato.  And you used to be one of them, I guess.

How do you know, Diane?

Because I notice some of your articles about nudity when I did some search on the Net.



"The Search Result at Present"



So, how about you?  Have you ever been to the nude beach?



I'm a born Christian, you know, and proud of having a decent prudery.

Oh, yeah...? :)

Anyway, prudery seems to change as time goes by, doesn't it?

Yes, it does.  You're right on, Diane.

(To be continued)

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Victorian Prudery(PART 3 OF 3)

2011-09-19 16:34:50 | 恋愛・失恋・不倫・性の悩み・セクハラ
 
Victorian Prudery(PART 3 OF 3)


【Himiko's Monologue】



Wow! I'm ashamed of being stark naked in the public.
Maybe, I'm old-fashioned.
But yes, I'm proud of having a bit of decent prudery like Diane.
Nudity is one thing; romance is another.

Come to think of it, I've never met a decent man in my life.
How come I'm always a loner?
I wish I could meet a nice gentleman at the library in my town as Diane met Kato.
Well, they say, there is a way where there is a will.

Have a nice day!
Bye bye ...










"Cleopatra"

"Queen Nefertiti"

"Catherine de Medici"

"Catherine the Great"



"Mata Hari"

"Sidonie Colette"



"Marilyn Monroe"

"Hello Diane!"

"I wish you were there!"

"Jane Eyre"



"Jane Eyre Again"

"Jane Eyre in Vancouver"

"Jane Eyre Special"

"Love & Death of Cleopatra"

"Nice Story"



"Scrumdiddlyumptious"

"Spiritual Work or What?"

"What a coincidence!"



"Wind and Water"

"Yoga and Happiness"

"You're in a good shape"



"Hellelujah!"

"Ecclesiophobia"

"Uncorruptible"

"Net Travel & Jane"



"Net Love"

"Complicated Love"

"Electra Complex"

"Net Début"

"Inner World"



"Madame Riviera and Burger"

"Roly-poly in the North"

"Amazing Grace"

"Diane in Paris"

"Diane in Montmartre"



"Diane Well Read"

"Wantirna South"

"Maiden's Prayer"

"Bandwidth"

"Squaw House and Melbourne Hotel"



"Tulips and Diane"

"Diane in Bustle Skirt"

"Diane and Beauty"

"Lady Chatterley and Beauty"




ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

ためになる関連記事




Hi, I'm June Adames.

I'm surprised to read about the Victorian prudery.

These days, I quite often see nudity in magazines and movies.

When you see Madame Emmanuelle in the film,

you cannnot avoid nudity.



Emmanuelle 1 - Ouverture

<iframe width="420" height="300" src="http://www.youtube.com/embed/Vq-eOTrjVsQ" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

Emmanuelle 2: L'antivierge

Sylvia Kristel (1975)


<iframe width="420" height="300" src="http://www.youtube.com/embed/nlYpq5JuV2s" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

Well...nudity is one thing; romance is another.

I believe, the capital of romance is Paris.

If you love to visit Paris,

please enjoy the Paris theme:



Sous le Ciel de Paris

by Hideshi Kibi(日本人)


<iframe width="425" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/FiHg4Gt89Vw" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

You can find some Japanese musicians in Paris.

Fujiko Hemming also likes Édith Piaf

who sings "Sous le ciel de Paris."

Sous le ciel de Paris

by Édith Piaf


<iframe width="425" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/uOXzGtlLGgw" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

I like Chanson Française (French song).

How about you?

Kato also love Édith Piaf,

but he considers Juliette Greco's

"Sous le Ciel de Paris" much beter.

Sous le Ciel de Paris

by Juliette Greco


<iframe width="425" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/oieG0DHfISE" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

I believe Yves Montand's "Sous le Ciel de Paris" is the best of all.

Sous le Ciel de Paris

by Yves Montand


<iframe width="425" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/ceFxrmQhRAg" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

I love Paris, but Vancouver isn't bad at all.

To tell you the truth, Vancouver is a paradise to me.





ところで、愛とロマンに満ちた

レンゲさんのお話をまとめて

『レンゲ物語』を作りました。

もし、レンゲさんの記事をまとめて読みたいならば、

次のリンクをクリックしてくださいね。

『愛とロマンのレンゲ物語』



とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。





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ドンちゃん騒ぎ

2011-09-19 16:32:47 | 英語・英会話
 
ドンちゃん騒ぎ



お元気ですか?
ジューンです。
季節の変わり目は風邪をひき易いですから気をつけてくださいね。

ところで、“ドンちゃん騒ぎ”って英語でなんと言うと思いますか?
これまでに考えてみた事がありますか?

hoopla を使います。

「大騒ぎ」、「騒動」、「お祭り騒ぎ」と言う意味にも使われます。

では、例文をお目にかけますね。




It's so noisy outside.

What's all the hoopla about?

外がやけにうるさいじゃないの。

一体このドンちゃん騒ぎは何なの?


この hoopla の代わりに commotion を使うこともできます。

この他に次のような単語を使っても同じような意味になりますよ。

hoo-ha
ruckus
ruction
rumpus
stir
tumult
turmoil

どうですか?
俗語って面白いでしょう?
あなたも英語をおさらいしてみませんか?

ええっ? 時間もないしお金もないの?
だったらね、時間がなくてもお金がなくても勉強できる方法を教えますよ。

どうすればいいのかって。。。?
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ええっ?
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でも、お金があまりないの?

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そして、友達の輪を広げましょう。
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おほほほほ。。。

卑弥子で

ござ~♪~ますわよ。

くどいようですけれど、

また現れましたわ。

やっぱり、ジューンさん

ぱっかりに任せていると

退屈するのよねぇ~。

それで。。。つい、つい、

出て来てしまうので

ござ~♪~ますわよ。

ええっ、余計な事は

言わなくてもいいから、

さっさと言いたいことを

言って消えろ!

あららあああぁ~

あなたはそのような厳しいことをあたくしに

言うのでござ~♪~ますか?

いけすかないことォ~♪~

分かりましたわ。

では、今日の一言を。。。

うふふふふ。。。

Whatever you are,

be a good one.

--- Abraham Lincoln

どのような職業についてもいいけれど、

どうせなら、トップを目指してね。


あたくしは、このように訳しました。

もっと素晴しい訳があったら教えてくださいませ。

リンカーンは、もちろんアメリカの

あの有名な大統領です。

えっ?他になんか面白い話はないのかって。。。?

ありますわよ。

次のリンクをクリックして読んでみてね。

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気持ちがくさくさしていたら、

あなたも覗いてみてね。

笑えるわよ。

本当に面白いのよ。

騙されたと思って覗いてみてね。

うふふふふ。。。

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね、バ~♪~イ。






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キモい戦争(PART 1 OF 4)

2011-09-18 12:56:37 | 病める日本・高齢化社会
 
キモい戦争(PART 1 OF 4)
 
 


 
 

戦争の本質



日本にいてもヨーロッパにいても、マスメディアも学界もふくめたいわゆる有識者たちの発言を聴いたり読んだりしていていだくのは、この人たちはそれをする前に胸に手をあてて考えたことはあるのだろうか、という想いである。

なぜなら私には、この人たちは鸚鵡(おうむ)でもあるかのように、耳から入ってきた言葉をそのまま口にしているように思えてならないからで、その一つは戦争だ。 正義の戦争か不正義の戦争か、正しい理由があっての戦争かそうでないかをめぐって、長文の記事が書かれたり長時間の討論番組が組まれたりしている。 がだ、これらが時間とカネの無駄使いであるのは、偽善にすぎないからである。

戦争とは、良い悪いの区別がないだけでなく、防衛のための戦争か侵略のための戦争かの区別さえむずしい。 いや、戦争は、ほとんどとしてよいくらいに侵略戦争である。

(注: 赤字はデンマンが強調
写真はデンマン・ライブラリーより)
 



53ページ
『日本人へ (国家と歴史篇)』
著者: 塩野七生
2010(平成22)年6月20日 第1刷発行
発行所: 株式会社 文藝春秋




ケイトーは、また塩野七生さんの文章を引用して彼女を非難するの?



いや。。。僕は塩野さんを非難しているのではないのですよ。

そう言いながら、どうせまたケイトーの座右の銘を持ち出すのでしょう!?



 
 
批判のないところに進歩なし。
 
 
愛なき批判は空虚にして
 
 
批判なき愛は盲目なり。





シルヴィーも分かっているのならば同じ事を繰り返さないでくださいよ。



。。。で、何を批判しようとするの?

あのねぇ~、塩野さんは「この人たちは鸚鵡(おうむ)でもあるかのように、耳から入ってきた言葉をそのまま口にしているように思えてならない」と書いているけれど、僕は同じ事を塩野さんに言いたいのですよ。

つまり、塩野さんも鸚鵡(おうむ)でもあるかのように、耳から入ってきた言葉をそのまま口にしている、とケイトーは言うの?

そうですよ。 戦争は、ほとんどとしてよいくらいに侵略戦争であるというのは僕にとっては自明の理なのですよ。 この事実は、なにも塩野さんが初めて言ったわけではない。 僕は何度も読んだり聞いたりしている。

要するにケイトーの周りには戦争絶対反対という人がたくさん居るのよ。

そうですよ。 考えてみたらシルヴィーもその一人だよね。 (微笑)

確かにそうだわ。 私は難民として家族でインドネシアからオランダに逃げたから、内乱や、動乱、戦争には、とにかく懲り懲りしているのよ。 だから、集団暴力は何がなんでも絶対に反対だわよ。。。で、塩野さんが鸚鵡(おうむ)のように当たり前の事を書いたから、ケイトーはムカついているの?

いや。。。僕はムカついてませんよ。

だから、何を批判しようと言うの?

塩野さんは次のように書いていた。


8月15日に考えたこと



中世の十字軍時代の資料を読んでいて感じたことなのだが、当時の西洋のキリスト教徒にとっての十字軍は、イエス・キリストのために行う聖戦だった。 ところが攻めてこられた側のイスラム教徒たちは、宗教戦争とは見ずに侵略戦争と受けとったのである。 宗教心から起こった戦争ではなく、領土欲に駆られての侵略というわけだ。

そのアラブ側の資料を読みながら、私は思わず、ならばその前の時代の北アフリカやスペインへのイスラム勢の侵攻は何なのよ、と言ってしまった。 その時代のイスラム教徒は、右手に剣左手にコーランという感じで、地中海の南に限らず西側までもイスラム下に加えていたのだ。

 (中略)

第二次大戦での日本も、防衛で始まり侵略に移った後でも勝ち続けて大東亜共栄圏を樹立し、しかもそれで百年つづいていたとしたら、侵略戦争と言われることもなかったろう。 だが、その前に負けたのだ。 七百年も昔にキリスト教側の敗退でケリがついているはずの十字軍でさえも、今なおイスラム側では侵略戦争としているくらいなのだ。...ゆえに私には、日本がしたのは侵略戦争であったとか、いやあれは侵略戦争ではなかったとかいう論争は不毛と思う。 はっきりしているのは日本が敗れたという一事で、負けたから侵略戦争になってしまったのだった。

となれば、毎年めぐってくる8月15日に考えることも、方向がはっきり見えてくるのではないか。 第二次大戦の反省なんてものは脇に押しやり、戦時中と戦後の日本と日本人を振り返って示す。
戦争を知らない世代に知らせるためである。 だがその後は、過去ではなく現在と未来に話を進める。 そこで論じられるのはただ一つ。 どうやれば日本は、二度と負け戦をしないで済むか、である。

(注: 赤字はデンマンが強調
写真はデンマン・ライブラリーより)
 



218 - 220ページ
『日本人へ (国家と歴史篇)』
著者: 塩野七生
2010(平成22)年6月20日 第1刷発行
発行所: 株式会社 文藝春秋

『奈良の鹿と憲法9条』に掲載




またこの文章を引用したのね!?



いけませんか?

。。。で、何が問題なのよ?

あのねぇ~、「第二次大戦の反省なんてものは脇に押しやり」なんて言って欲しくないんだよ。

つまり、塩野さんには第二次大戦の反省が足りないと言いたいのね?

その通りですよ。 第二次大戦が始まる前だって、もう戦争など懲り懲りだと言った人はたくさん居るのですよ。




たったひとつお願いごとをしたい。 今年は豊年でございましょうか、凶作でございましょうか。 いいえ、どちらでもよろしゅうございます。 洪水があっても、大地震があっても、暴風雨があっても、……コレラとペストがいっしょにはやっても、よろしゅうございます。 どうか戦争だけはございませんように……

(注: 赤字はデンマンが強調。
写真はデンマン・ライブラリーより)




太平洋戦争が始まる前、1937(昭和12)年の年頭の新聞に野上さんは上のように書いていたのですよ。 でもねぇ~、40年も歴史を書いているのに、塩野さんはそう思っていない。 そればかりか「どうやれば日本は、二度と負け戦をしないで済むか」ただその事を考えればよい、というような事を書いている。



その事でケイトーはムカついているの?

あのねぇ~、僕はムカついてないと言っているでしょう!

でも、かなり感情的になっているわよ。

それはシルヴィーがそう感じているだけですよ。 ムカついても何にもならない。 エネルギーの無駄使いだから、僕はそのような無駄な事はしませんよ。

。。。で、塩野さんにどうしろとケイトーは言いたいの?

あのねぇ、僕は塩野さんにああしろ、こうしろと言いたいわけじゃない。 どのように言おうと書こうと考えようと塩野さんの自由ですからね。 それに、僕が何と言おうが考えを改めるような作家じゃないのですよ。

それなのにどうして塩野さんの文章を取り上げたの?

だから、この記事を読んでいる人にじっくりと考えてもらいたいからですよ。 塩野さんは、もうかなりの年だから、オツムが硬くなってしまって考え方を今更変えられそうにないですよ。 でもねぇ~、これから日本を背負って立つような若い人たちに塩野さんのような考えを持たれたら日本の将来はお先真っ暗になってしまう。

でも、それはケイトーの個人的な考えでしょう?

だから、この記事を読んでいる人にも個人的にじっくりと考えて欲しいと思ってシルヴィーとこうして話しているわけですよ。

。。。で、何を考えて欲しいの?

ちょっと次の文章を読んでみて欲しいのですよ。


 (すぐ下のページへ続く)


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キモい戦争(PART 2 OF 4)

2011-09-18 12:56:04 | 病める日本・高齢化社会





 
キモい戦争(PART 2 OF 4)


1947年8月に文部省から出された『あたらしい憲法のはなし』では、第九条の非武装の理念について、生徒に向かってこう説明されている。




みなさんの中には、こんどの戦争に、おとうさんやにいさんを送りだされた人も多いでしょう。 ごぶじにおかえりになったでしょうか。 それともとうとうおかえりにならなかったでしょうか。 また、くうしゅうで、家やうちの人を、なくされた人も多いでしょう。 いまやっと戦争はおわりました、 二度とこんなおそろしい、かなしい思いをしたくないと思いませんか。



1945年3月の東京大空襲で

焼け野原になった江東区。


こんな戦争をして、日本の国はどんな利益があったでしょうか。 何もありません。 ただ、おそろしい、かなしいことが、たくさんおこっただけではありませんか。

 (中略)

そこでこんどの憲法では、日本の国が、けっして二度と戦争をしないように、二つのことをきめました。 その一つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戦争をするためのものは、いっさいもたないということです。 これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。 (中略) しかしみなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。 日本は正しいことを、ほかの国よりさきに行ったのです。 世の中に、正しいことぐらい強いものはありません。

もう一つは、よその国と争いごとがおこったとき、けっして戦争によって、相手をまかして、自分の言い分をとおそうとしないということをきめたのです。 なぜならば、いくさをしかけることは、けっきょく、じぶんの国をほろぼすようなはめになるからです。 また、戦争とまでゆかずとも、国の力で、相手をおどすようなことは、いっさいしないことにきめたのです。


ここでは、「日本はただしいことを、ほかの国よりさきに行ったのです。 世の中に、正しいことぐらい強いものはありません」と述べられている。 つまり、当時は、第九条をはじめとする日本国憲法は、「日本の誇り」とされていたといっていい。 戦争に負けて、科学力でも経済力でもアメリカに勝てない国だけど、憲法だけは自慢できる、というふうに。

たとえば1947年5月3日に日本国憲法が施行されたとき、各新聞の社説はこんなふうに述べている。
「敗戦後の現在にあって、われら国民が自信を持って内外に示しうるものが果たしていくつあるか。 新憲法こそややもすれば目標を見失いがちな国民にはっきりと行先を教え、世界に偽りもひけめも感じることなしに示し得る最大のものであろう」(日本経済新聞)、「(第九条は)決して単なる“敗戦の結果”ではなく、積極的な世界政治理想への先駆なのである」(読売新聞)、「これからの日本の国家綱領であり、同時に基本的な国民倫理である」(毎日新聞)。 ざっとこんなぐあいだ。

(注: 赤字はデンマンが強調
写真はデンマン・ライブラリーより)




107 - 110ページ 『日本という国』
著者: 小熊英二
2006年3月30日 初版第1刷発行
発行所: 株式会社 理論社

『地球の平和』に掲載
(2011年8月9日)




私も上の9条は素晴らしいと思うわ。



でもねぇ~、最近ではこの憲法の条文はアメリカによって押し付けられたものだから、憲法を改正して軍隊を持てるようにしようという運動がないわけではない。

でも、日本には軍隊があるじゃない!

そうですよ。 しかも最近では誰もが日本に軍隊があることを不思議だと思わなくなってしまっている。 でもねぇ、戦後の日本人はそのようには思わなかった。 素晴らしい9条を誇りに思っていた。 つまり、「二度と戦争をしないように、二つのことをきめました。 その一つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戦争をするためのものは、いっさいもたないということです。 これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです」という素晴らしい条文が日本国憲法にははっきりと書いてある。 このように日本が平和な国になったことを戦後の日本人は喜んでいた。 

要するに、戦後、日本の政府と政治家が理想的な憲法の条文を悪く解釈して軍隊を持ち始めたというわけね。

その通りですよ。 しかも、9条を日本国憲法に盛り込んだアメリカ政府までが日本政府が軍隊を持てるように後押しをした。

その証拠でもあるの?

次のグラフを見れば歴然としていますよ。





「軍隊」と言う人はめったに居ないけれど、日本には「自衛隊」という立派な軍隊がありますよ。 しかも国防予算では世界で第4位ですよ。 要するに世界戦略の一部として日本に軍隊を持たせてアメリカのために極東の守りを固めさせたわけなのですよ。



国防予算ではアメリカがダントツじゃない!

軍事大国としてのアメリカが世界の覇権を維持するために軍事費にどんどんお金をつぎ込んでいる。 それだけではなく、アメリカは日本も十分に利用しながら世界戦略の中に日本の自衛隊も組み入れている。

日本の国民の皆様は知っているのかしら?

おそらく5%から10%ぐらいの人は知っていると思いますよ。

でも、そのような世界戦略をアメリカはマジで持っているの?

持っていますよ。 その事を初めて指摘したアメリカ人が誰あろう、第二次世界大戦でヨーロッパ戦線で指揮をとったアイゼンハワー将軍なのですよ!




アイゼンハワー大統領(Dwight D. Eisenhower: 元ヨーロッパ戦線連合軍最高司令官)が任期満了して辞める時(1961年1月17日)にアメリカ市民に“戦争インフラ”の中核をなしている“軍産コンプレックス”について次のように警告したんですね。

軍産コンプレックス

military-industrial complex


 


つまり、軍産コンプレックスを一人歩きさせてはいけませんよ!
。。。ということをアイゼンハワー大統領は警告したんですよね。
よく考えてくださいよ!
第2次世界大戦(ヨーロッパ戦線)で勝利を導いた最高司令官が
自分の国(アメリカ)で進められている“戦争マシーン(戦争インフラ)” を批判したんですよ!
警告した!

ところが、アメリカには、すでにアイゼンハワー大統領の主張に反対するAmerican Establishmentという、目に見えない、とらえどころがない隠然たる権力組織(戦争インフラ)が出来上がっていた。

アイゼンハワー大統領の心配をよそにベトナム戦争はますます泥沼化していった。

これに気付いたのがケネディー大統領だった。
軍産コンプレックスが一人歩きし始めていたので、これに鎖をつけて繋(つな)ぎ止めようとした。

ケネディー大統領は、そうしようとしたために暗殺されてしまった!
“戦争インフラ”の中核をなす軍産コンプレックスが関わっている事は明らかなんですよね。

なぜ、そう言えるのか?

ケネディー大統領暗殺にかかわるファイルは75年間封印されて今でも金庫の奥深くに眠っています。
真相が分かった時のアメリカ市民(世界のネット市民)に衝撃を与えるからですよね。
民主主義の国であるアメリカでもこのようなことが行われている。
“臭いものには蓋(ふた)”
アメリカの恥部です!

この背後に“戦争インフラ”がガッチリと守りを固めている!

このことをアイゼンハワー大統領が警告したんですよ!
それをケネディー大統領が守ろうとした。そのために彼は暗殺された。
僕が証明しなくても、その時が来て金庫からファイルが出されれば、歴史が証明しますよ。

時間があったら次の記事を読んでくださいね。





『戦争はなくす事ができるものです』

(2005年10月10日)





『戦争を無くす事はできますよね』より
(2006年6月15日)




要するにアメリカが国防予算に金をつぎ込まずに国民の生活にお金をつぎ込めば現在の経済の破綻は容易に回復できる。 でも、産官軍複合体がある限りそのような希望は夢物語に過ぎない。



それで、ケイトーはどうすべきだと言うの?

米谷ふみ子さんのような人が増えなければダメですよ。


石原「元帥」の人気を憂う



石原慎太郎東京都知事が2000年4月9日、陸上自衛隊練馬駐屯地で「不法入国した多くの三国人、外国人が非常に凶悪な犯罪をですね、繰り返している。 もはや東京における犯罪の形は過去と違ってきた。 (中略) こういうものに対処するには、なかなか警察の力をもっても限りとする。 ならばですね、そういう時に皆さんに出動願って、都民のですね災害の救援だけではなしに、やはり治安の維持も、一つ皆さんの大きな目的として遂行していただきたい」などと発言した、と新聞で読んだ時、私はアメリカにおける少数民族の自分をそれに当てはめてみて身震いをした。

 (中略)

この後、真夜中に大阪で迷い回ってやっと摑まえたタクシーの私ぐらいの年恰好の運転手が石原知事の発言を誉めたもんで、「あなたは戦争を覚えているでしょ。 彼のような国粋主義者が天下を取って、兵役を敷いたら、あの人に投票した人はみな年齢を問わず兵隊に行ってもらうから」と怒鳴ったら、彼は「へえ、行きまっせ。 国のためやったら敵ぐらい何ぼでも殺したる」と言ったので私は恐ろしくなって降りようと思ったが、真夜中に不案内なところでタクシーを摑まえるのも怖いしで、そのままホテルに着いた時も怒鳴り合いの最中だった。 ドアマンがいなかったのが幸いだった。

(注: 赤字はデンマンが強調
写真はデンマン・ライブラリーより)
 



44 - 46ページ
『なにゃ、これ? (アメリカと日本)』
著者: 米谷ふみ子
2001年6月5日 第2刷発行
発行所: 株式会社 岩波書店

『あなたの平和な日々』に掲載
(2011年9月7日)




原子爆弾を被爆した世界で唯一の国として、どのような戦争であれ、2度と戦争をしてはならないというのが日本民族の原点ですよ。



確かにそうだわ。 原子爆弾を被爆した世界で唯一の国として日本は世界の国々を前にして「絶対に戦争をしてはならない!」と言うべきなのよね。 例えば、作家の野上弥生子(1885-1985)さんのように。。。

その通りですよ!

それで塩野七生さんが次のように書いたのでケイトーはムカついたのね!


 (すぐ下のページへ続く)
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キモい戦争(PART 3 OF 4)

2011-09-18 12:55:26 | 病める日本・高齢化社会

 
キモい戦争(PART 3 OF 4)


8月15日に考えたこと



中世の十字軍時代の資料を読んでいて感じたことなのだが、当時の西洋のキリスト教徒にとっての十字軍は、イエス・キリストのために行う聖戦だった。 ところが攻めてこられた側のイスラム教徒たちは、宗教戦争とは見ずに侵略戦争と受けとったのである。 宗教心から起こった戦争ではなく、領土欲に駆られての侵略というわけだ。

そのアラブ側の資料を読みながら、私は思わず、ならばその前の時代の北アフリカやスペインへのイスラム勢の侵攻は何なのよ、と言ってしまった。 その時代のイスラム教徒は、右手に剣左手にコーランという感じで、地中海の南に限らず西側までもイスラム下に加えていたのだ。

 (中略)

第二次大戦での日本も、防衛で始まり侵略に移った後でも勝ち続けて大東亜共栄圏を樹立し、しかもそれで百年つづいていたとしたら、侵略戦争と言われることもなかったろう。 だが、その前に負けたのだ。 七百年も昔にキリスト教側の敗退でケリがついているはずの十字軍でさえも、今なおイスラム側では侵略戦争としているくらいなのだ。...ゆえに私には、日本がしたのは侵略戦争であったとか、いやあれは侵略戦争ではなかったとかいう論争は不毛と思う。 はっきりしているのは日本が敗れたという一事で、負けたから侵略戦争になってしまったのだった。

となれば、毎年めぐってくる8月15日に考えることも、方向がはっきり見えてくるのではないか。 第二次大戦の反省なんてものは脇に押しやり、戦時中と戦後の日本と日本人を振り返って示す。
戦争を知らない世代に知らせるためである。 だがその後は、過去ではなく現在と未来に話を進める。 そこで論じられるのはただ一つ。 どうやれば日本は、二度と負け戦をしないで済むか、である。

(注: 赤字はデンマンが強調
写真はデンマン・ライブラリーより)
 



218 - 220ページ
『日本人へ (国家と歴史篇)』
著者: 塩野七生
2010(平成22)年6月20日 第1刷発行
発行所: 株式会社 文藝春秋




あのねぇ~、僕は何度も言うようにムカついてません! 教養と常識を持っているはずの作家までが、このような事を言い始めている。 知識人の良識も当てにはならない! しかも、もう日本の政治家に任せておけないところまできている。



。。。で、いったいケイトーはどうしろと言うのよ?

だから、市民が立ち上がってネットを通して草の根運動(Grassroots Net Politics)を広めるのですよ。


(市民が)軍隊のない地域を(作れ!)

日本政府が憲法第九条を守らないのであれば、市民は第九条をどのように活用すればいいだろうか。
一つには、地域で第九条を活用することである。
無防備地域宣言運動はその好例である。

無防備地域宣言は、国際慣習法として認められてきた無防備地域の設定であり、1977年のジュネーヴ諸条約第一追加議定書59条にも根拠規定がある。
武力紛争から民間住民を守るために、国際人道法の軍民分離原則を具体化した規定の一つである。
要するに軍隊のない地域であり、無防備地域を攻撃すると戦争犯罪とみなされる。

無防備地域宣言運動は1980年代に林茂夫によって提唱されたが、日本政府がジュネーヴ諸条約第一追加議定書を批准していなかったので、広がらなかった。
日本政府が第一追加議定書を批准し、効力を生じたのは2005年2月である。 そこで再び運動が始まった。
自治体住民が無防備平和条例案を作成して、条例制定を要求する直接請求運動を展開した。
有権者の50分の1の署名を集めて提出すると、その審議のために議会が開かれる。

2004年の大阪市を皮切りに、札幌市から竹富町(沖縄県)まで、全国20箇所を越える自治体住民がチャレンジしてきた。
無防備平和条例の制定に賛成意見を付した首長は、国立(くにたち)市長と箕面(みのお)市長である。




大学通りの銀杏並木 (東京都国立市)



箕面の滝 (大阪府箕面市)


軍隊のない世界へ

世界には軍隊のない国家がたくさんある。 軍隊なしで安全保障を追及する知恵と創造性のある外交こそ重要である。 第九条は、60年も前に、そうした思想を世界に指し示した。 憲法第九条は、単に戦争放棄や軍備放棄だけではなく、人類社会のあり方そのものの変革を課題として打ち出している。 その第九条を世界がえらび始めた。

(注: 赤字はデンマンが強調
写真はデンマン・ライブラリーより)




253 - 255ページ 『軍隊のない国家』
著者: 前田朗
2008年9月10日 第1版第4刷発行
発行所: 株式会社 日本評論社

『地球の平和』に掲載
(2011年8月9日)




でも、塩野七生さんに言わせれば「こんな事をしたって無駄よ」と、言うでしょうね!?



あのねぇ~、歴史の流れを見てください。 マハトマ・ガンジー、マーチン・ルター・キング牧師、ダライラマ14世、それにアウンサン・スーチー女史、。。。非暴力を掲(かか)げて市民運動を繰り広げた人、また現在も活躍している人たちが居るのですよ。

つまり、軍備を増強して「二度と負け戦をしない」という愚行よりも無防備地域宣言をする方が世界の平和のため、人類の幸福のためによっぽど意義あると言うことなのォ~?

その通りですよ!


【卑弥子の独り言】



ですってぇ~。。。
そうですわよねぇ~。

世の中には戦争をすると得をする人たちが居るのでござ~♪~ますわよう。
たとえば、ヒトラーのように権力欲に駆られた人とか
死の商人のように兵器をたくさん造っている人たちです。

このような人たちは、戦争が無くなっては困るのですわよう。
あなたにも分かるでしょう?

エストニアの人たちは独立運動を盛り上げる歌声で独立を勝ち取ったのでした。
だから、軍隊も兵器も要らないのでござ~♪~ますわ。
必要だと思っている人は、ヒトラーや死の商人のような人物の思惑に洗脳されているだけなのですわ。

とにかく、クソ暑いのですわよう。
戦争よりも、この残暑さをどうにかして欲しいものでござ~♪~ますわ。
京都は盆地なので夏は茹(う)だるような暑さなのですう。
あまり暑いので、あたくしは今日も冷し中華を食べたくなったのでざ~♪~ますわ。



あああァ~。。。「冷し中華」を思い浮かべただけで汗がタラタラと滲み出てきましたわ。
もういけません!
十二単を脱ぎ捨てて、すぐ近くの中華料理店へ走ってゆこうと思います。
うふふふふふ。。。

ところで、シルヴィーさんのことをもっと知りたかったら次の記事を読んでくださいね。



『シルヴィー物語(2011年4月27日)』

『波乱の半生(2011年4月29日)』

『シルヴィーとネット革命(2011年5月6日)』

『シルヴィーとデヴィ夫人(2011年5月30日)』

『シルヴィーとケネディ夫人(2011年6月15日)』

『バンクーバー暴動と平和(2011年6月25日)』

『ビルマからの手紙(2011年7月3日)』

『ブッシュの戦争(2011年7月7日)』

『国際的愚か者(2011年7月11日)』

『あばたもえくぼ(2011年7月14日)』

『あなたも国際市民(2011年7月18日)』

『リビエラ夫人のハンバーグ(2011年7月22日)』

『芸術とブルックリン(2011年7月26日)』

『思い出のパリ(2011年7月30日)』

『海外志向とおばさんパンツ(2011年8月5日)』

『地球の平和(2011年8月9日)』

『愚かな写真狩り(2011年8月13日)』

『死の写真狩り(2011年8月17日)』

『キモい写真狩り(2011年8月21日)』

『生パンツと床上手(2011年8月25日)』

『ヌードと写真狩り(2011年8月29日)』

『あなたの平和と幸福(2011年9月2日)』

『あなたの平和な日々(2011年9月7日)』

『奈良の鹿と憲法9条(2011年9月11日)』

『文は人なり(2011年9月15日)』


とにかく次回も面白くなりそうですわ。
あなたも読みに戻ってきてくださいましね。
じゃあ、また。。。





 (すぐ下のページへ続く)

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