ドゥニさんのお宅を出発したのは朝の5時で、約6時間滞在させてもらいました。睡眠は4時間以上とれ、シャワーもスタートしてから初めて浴びることができて、本当にリフレッシュ!! いくら感謝しても足りないくらいでした。ただ、着替えだけはルデアックに置いてあったドロップバッグから取り出せなかったので、5日間そのまま・・・・(さすがJさんは往路のルデアックで即行で着替えた模様)
さて、この他、ドロップバッグから取り出せなかったのは、スマホ充電用のバッテリーや、眠気防止のためのサプリメントや補給食、ホッカイロなどなど。スタート時の装備のまま1,200kmを走り通さなければならなかったのはかなり厳しかった。 。ただ、ハブダイナモからの給電で、ぎりぎりながら全てのバッテリーをもたすことが出来たので、本当にハブダイナモさまさまでした!
↑ 少し大きな街に入れば、ブーランジェリ(パン屋さん)が朝の7時頃にオープンし、焼き立ての美味しいパンが食べられます。ここ(SENS-de-BRETAGNEという街だったか?)のパン屋さんは菓子パン類も豊富で、PBPで立ち寄った中で一番のお気に入り。
↑ 923km地点の「フジェール(FOUGERES)」のPCに着いたのは11時半過ぎ。殆どの機材が片付けられていて「コントロール」の看板も撤去寸前。スタンプも無かったが、暫くして1人のスタッフが「こっちへおいで!」ということで、押してもらうことができました!
↑ 今回、走行上で一番危ないと感じたのがロータリー交差点。もともと馬車用に作られたものなので、車のスピードだと大事故につながることもしばしば。パリ市内を除き殆どはロータリー内の車両が優先され、進入する側は一時停止しなければならないが、交通量の多いところでは、車の周回スピードが速いため進入するタイミングを見極めるのは車同士でも難しい。ましてやスピードの遅い自転車だとさらに厳しい。。
↑ トイレを探すのもPBPでは大きな課題の一つで、ボランティアで水や食料品を提供してくれる人達に頼むのもありだが、やはりトイレまで貸すことにはきっと抵抗があるに違いない。礼儀としては、「Je cherche des toilettes publiques(ジュ・シェルシュ・デ・トワレット・ピュブリック)」と公共のトイレが近くにないか聞いてみてから、次に、もし可能ならという言葉「Si possible (英語のIf possible)」を付けて、お宅のトイレを使わさせてもらえますか?という頼み方は最低限必要と思われます。ただし、借りられるのは女性のみと思ってください!!
↑ 約1,000km到達記念ということで、PBPで初めてレストランで食事!前菜、メイン、デザートのムニュ(セットメニュー)で12ユーロ。しかも、PBP参加者は20分以内にサ―ブしてくれるとのこと!ただ、他の人より先に料理が運ばれてくるので、隣の席から冷たい視線を感じ、一応謝ってみたら、写真を撮ってくれたり、再スタート時に励ましてくれたりと、やっぱり、コミュケ―ションは大事だなぁと感じた瞬間でした。
しかし、自分はネムネムの情けない顔。。なのに、
↑ Jさんは1,000キロ走ったとは思えないほど、疲れが顔に出ない!!
↑ 次のPCは1,012km地点の「VILLAINES-la-JuHEL」で、19時頃に到着。建物のシャッターは閉まり、誰もスタッフはいない。とうとう、ここで通過チェックの記録が途絶えてしまう。一応、証拠写真を撮っておく。Jさんは時刻も書き留めていた。
台湾人の参加者から、明日の9時までにランブイエに戻れば、時間内完走の認定はもらえないけれど、メダルはもらえるかもしれないとの情報をJさんは得ていたようで、この辺りから、Jさんの時間管理が厳しくなる。。。
↑ 最後の晩は、時間はないしホテルなどの宿泊施設に泊まることは不可能。夜通し走るための食料を調達すべく食料品店を探すが、なかなか大きな街はなく、運よく通りかかったサイクリストの紳士(60歳くらい?)が、10kmぐらい離れたPBPルート沿いの街まで一緒に走って、スーパー(カルフール・エクスプレス)まで連れていってくれた。何回かPBPに出たことがあるらしく優しい方だった。
スーパーで買ったものは、トマト、リンゴ、モモ、オレンジ、そしてマドレーヌがたくさん。なんかもう、こういうものしか受け付けられないくらいに身体がダルくなっていたが、果物から摂取するビタミン類は本当に身体が喜んでくれたようだ!
↑ 5回目の夜は本当に長かった。。1,097km地点のPC(モルターニュ(MORTAGNE))に着いたのは22時半ごろ。もちろん誰もいるはずがない。次のPCとなる「ドル―(DREUX)(上の写真)」までの約80kmは、また童謡の替え歌合戦をしてみたり、大声を出してみたり、100mダッシュを何本が繰り返してみたり、しかし、何をやっても脳が完全に寝てしまっていた。後ろからJさんが、「センターライン割ってる!」、「右!」、「左!」、「対向車!」など、暗闇の中でいろいろ注意を促してくれて命拾いしたが、時折、声がしなくなることも。Jさんも結構辛いのかもしれない・・・。
↑ パリに近づいたら暖かくなるかと思いきや、この日の朝の気温は4~5度くらいで霜が降りていた。殆どのPBP参加者はゴールして爆睡していた頃と思われるが、ほんの少人数だけどまだまだ睡魔と闘っている参加者がいたのでした。仮眠は森の中は恐いので、街の中で。特に教会近くはスペースがあって寝易かった。しかし、すこぶる寒くて眠れず・・・。星は綺麗だった。
Jさんから、「危険だし、辛いようだったらメダルは諦めて、ゆっくり休んでからランブイエに向かいましょう」という優しいサジェスチョンもあったが、その語気はちょっと強くもあり、ここで諦めたら、何のためにここまで一緒に走り、また、PBP完走をシミュレートしながら練習目的で走った「ハート400km」のブルベや榛名山往復のチャレンジ走行会で頑張った意味がなくなってしまうので、この時、”ペダルを止める”という選択肢はあり得なかった。
↑ やがて、幻想的な朝霧が立ちこめる田園風景とともに夜が明けて、あと20~30km走るのみ!
↑ ランブイエの手前は地味に登る坂道が続き、ここで何度か路肩の草むらに落ちそうになってしまったので、「1分だけ時間ちょうだい~」と言って立ち寝を2回ほど。ゴール直前に無駄に登る坂があったりとルート設定者を恨んだが、なんとか15分前の8:45分に到着。
まだこの時にはゲートが撤去寸前ながら残っていて、そして、何とそこにJさんの友達のAさんが出迎えてくれた!・・・・のではなく、彼女も約110時間費やしての粘りのゴールだったとのことで、本当に偶然の同時ゴールでした!
自分達は、とにかくメダルをゲットするため、ゲートで写真を撮るよりもまずは事務所に駆け込まなければ・・・と会話もそこそこに先を急いだ!
↑ しかし、事務所にいたのはボランティアスタッフのみで、もうメダルは無いとの返事だった。。それでもゼッケン番号や名前などを控えてくれていたので、後日、メダルを送ってもらえるのかと思ったが、それは関係なかった。。最後の夜に頑張った労力は、残念ながら110時間30分でランブイエに戻ってきたという申告を事務局に伝えるのみに終わった。。
↑ 悔し涙を流したJさんの表情から察してくれたのか、10分ほどした後に、英語が堪能な正規スタッフが事務所に来てくれ、一応、走行経緯を伝え、「何とか時間外でも記念になるものがあったら嬉しいのだけど」と言ったところ、完走メダルを授与してもらえることになった。もちろん、認定時刻欄に数字が入ることはないが。。。そして、未使用の案内板も記念に持たせてくれました!
※無事にゴールしてホッとしたのもつかの間、まだ話は終わりません!宿まで激坂越え含む約15kmの道程を帰られねばならぬのと、予備日が1日無くなったので、明日帰国するための準備をすぐにしなければならず。。。次回は、よく言われる『家に帰るまでがブルベ』ということで、日本到着までをレポートをします。実は、「ここを通らないと飛行機に間に合わないぞ!」という危機が、多分Hさんと自分しか知らないのですが、あったのです!
第7話(PCクローズ後のPBPはサバイバルイベントに)はこちら⇒https://blog.goo.ne.jp/cyclesmarmotte/e/861dc9f86d8f9c9705778eb0cad37d46
第9話(ホテル峠&打ち上げ&シャルトル観光&出国)はこちら⇒https://blog.goo.ne.jp/cyclesmarmotte/e/5b1c82c312e590ed98921141826d2866
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