ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

中国地方の産科医不足の状況

2006年08月10日 | 地域周産期医療

****** コメント

記事を読むと、井原市民病院の昨年度の年間分娩件数が55件しかなかったということですから、分娩が週に1件あるかないかという状況ということになります。週に1件の分娩のために、助産師や産科医を24時間365日病院に配置するというのでは余りに無駄が多すぎます。24時間体制で緊急事態に対応できるような勤務体制を組んでも、緊急事態は1年に1回もないかもしれません。だからといって、人員を大幅に削減すれば、いざという時の緊急事態に全く対応できません。ですから、広域医療圏の中で少ない産科医を適正に配置するという観点で考えれば、この病院の産科への医師派遣は中止せざるを得ないという大学側の事情は十分に理解できます。

****** 中国新聞、2006年8月10日l

9市で病院出産できず 中国地方

Tn20060810001701 井原でも21日から休止

 産婦人科の医師が不足している影響で、中国地方の九つの市でお産を扱う病院がなくなる事態が起きていることがわかった。九日は井原市内で唯一、お産ができた井原市民病院が二十一日から分娩(ぶんべん)を休止することが明らかになり、出産できない市は中国地方五十四市の二割に迫っている。これまで中山間地や離島で目立っていた医師不足は都市部にも広がり、一層深刻になっている。(小畑浩、宮崎智三)

 井原市民病院によると、産婦人科医である副院長が自己都合で退職。後任医師のめどが立たず、当面は「婦人科」に縮小する。産婦人科は現在、院長と副院長の二人体制。出産予定の人には福山市神辺町や笠岡市の病院を紹介している。

 井原市の昨年度の出生届は二百九十三人。県境を挟んで接する福山市などで出産する市民が多いものの、市民病院では昨年度、五十五人が出産している。病院側は「市民に迷惑を掛け申し訳ない。岡山大に後任の派遣を要請し早急に分娩再開できるよう努力したい」と話している。

 中国五県の担当課によると、市内で分娩ができる病院がない市は岡山県が最も多く、井原市のほかに浅口、瀬戸内、備前、美作の四市。広島県内では十五市のうち、従来は江田島市だけだったが、二〇〇五年四月から庄原市、同年七月からは大竹市が加わった。山口県では美祢市で数年前から同様の状態で、それぞれ近隣の市に行かざるを得ない状況に追い込まれている。

 中国地方では島根県の隠岐諸島で今年四月から病院での出産ができなくなり、妊婦は家族と離れて本土でお産せざるを得ない事態も起きている。

 一人勤務を 避ける流れ

 【解説】 人口数万人規模の都市でもお産を扱わない病院が増えてきた背景には、産婦人科医の減少に加え、小さな病院に一人で勤める医師に負担をかけるより大きな病院に医師を集めた方が安全だとの考えが医療サイドで高まっている事情がある。

 二十四時間態勢のハードな勤務を敬遠する若手医師の増加などで、中国地方では五年以上前から減少傾向が続いている。井原市民病院に医師を派遣してきた岡山大の医局も例外ではなく、今回の分娩休止にも「医師の絶対数が足りず、後任を出せない」と強調。一方で「一人だけでの勤務を減らすという国の方針もある」とも打ち明ける。

 厚生労働省は、お産を扱う病院の集約化を各県に打診している。二〇〇四年十二月に福島県の公立病院で帝王切開中の女性が死亡し、一人勤務の医師が逮捕、起訴された事件以来、「一人では安全面のリスクが高い」との考えが高まっている。

 ただ、緊急のときのためにも自宅近くにお産ができる病院がほしいという「もう一つの安全」を願う声を無視したのではバランスを欠く。

 大学の医局任せでは解決は難しい。事態を改善するには、大都市の病院の一部で産婦人科を休止して小都市に医師を回したり、若手の産婦人科医の半数を占める女性が勤め続けやすい環境を整えるなど、踏み込んだ対策を国や自治体が中心になって打ち出す必要がある。(馬場洋太)

参考:消える産婦人科、増える「出産難民」


総数増加も地域・科で格差拡大(毎日新聞)

2006年08月10日 | 地域医療

我が国においては、従来、大学の医局が地域に医師を適正に配置する調整機関の役割を果たしてきた。ところが、新研修制度により、新人医師が自由に勤務先病院を選択できるようになって、新人医師が以前ほどには大学の医局に所属しようとはしなくなってきた。そのため、大学の医局も人のやりくりが大変な状況になってきて、地域に医師を適正に配置する調整機関の役割まで果たすことがだんだん困難な状況となってきているようだ。

従来、地方の公立・公的病院の医師人事はすべて大学の医局任せのことが多かった。新研修制度により、大学病院自体が人手不足に陥り、大学病院の診療体制を維持するために、地方の病院に派遣していた医師を大学に引き揚げ始めているために、地方の病院が一斉に医師不足に陥って、多くの病院で診療体制の維持が困難な状況となりつつある。

このように、この新研修制度は地域医療を崩壊させた元凶!と非常に評判が悪く、事実そうなのかもしれないが、見方によっては、この新制度によって、地域医療を発展させていくための絶好のチャンスが生まれたと言えなくもない。この新しい制度をうまく活用すれば、地域の病院でも、医師の教育・養成に十分貢献できるようになったので、地方の大学病院のない地域であっても、医学生、研修医、若い医師達が以前よりも大勢集まるようになった所もある。

今後の我々の目指すべき方向性としては、広域医療圏内の公立・公的病院を統合・再編成して、地域の基幹病院が、単に医療機関としてだけではなく、(大学病院と緊密に連携して)医師を養成する教育機関としての役割も十分に果たすことができるように、マンパワー・病院の機能を充実させてゆかねばならないと考えている。(問題が大きすぎて、一勤務医の個人的努力だけでは、どうにもならないことばかりであるが...)

****** 毎日新聞、2006年8月9日

<医師不足>総数増加も地域・科で格差拡大

 たった1人の常勤医が当直勤務を毎晩こなす総合病院、出産の受け付けを中止した産婦人科――医師不足が深刻だ。とりわけ不足しているのは、勤務の厳しい診療科や地方の病院。一方で、医師総数は毎年3500人以上も増えている。医師たちは一体どこにいるのか。厚生労働省の検討会は「地域間(診療科間)格差の解消が急務」とする報告書をまとめた。医師不足の現場を訪ね、実態を追った。

 ◇たった1人で毎晩当直…地域医療の現場

 「患者一人一人に時間をかけられず、十分な診療ができないのが一番つらい」。岩手県西和賀町(旧沢内村)の町立沢内病院は今、たった1人の常勤医、藤井大和さん(29)が支える。旧沢内村は1961年4月、全国に先駆け60歳以上の老人医療費を無料にした。昨年の合併で無料制度は終わったが、同病院は村の掲げた「生命尊重行政」の象徴だった。
 藤井さんは今春、外科医として着任した。しかし、現在は内科も担当。病院長職務代理、特別養護老人ホーム嘱託医、5小中学校の学校医といくつもの重責を担う。
 内科担当だった院長(40)が6月末で退職。夜間外来と救急医療をやめ、新たな入院は原則として断っている。一日平均約110人いた外来患者は、減少を続ける。
 非常勤医1人が週3日来るほか、他自治体からの応援も受けるが、藤井さんの当直勤務は1日交代から連夜になった。
 藤井さんは地域医療を志し、沢内病院での勤務を志願した。まだ医師5年目。「高血圧や糖尿病の診察ができる内科医はもちろん、自分を指導してくれる医師が必要です」と漏らす。
 医師不足は都市部でも起きている。
 東京都板橋区の都立豊島病院。JR池袋駅からバスで約20分の好立地であり、NICU(新生児集中治療室)を持つなど産婦人科としては最先端の医療を実施できると評判だった。
 しかし、同病院は7月、出産や産婦人科手術の新規受け付けを休止した。ホームページ(HP)には「安全性の観点から、分娩(ぶんべん)・手術の受け入れを制限させていただいております」と記されている。
 同病院によると、常勤医1人が6月末で退職し、現在は常勤医2人、非常勤医3人。24時間態勢の勤務をこなせる人数ではなくなった。
 産婦人科の医師不足は全国的に慢性化している。最先端の施設があっても、医師がいなくては使いこなせない。豊島病院は医師を懸命に探している。【石川宏、大場あい】

 ◇「幸せな職場」求める若手…臨床研修の現実

 医師不足の原因の一つとされるのが、04年に始まった臨床研修制度だ。医師免許を取った若手医師はそれまで、すぐに専門診療科を決め、卒業した大学の医局に入るのが一般的だった。一方、新制度では、2年かけて複数の診療科を経験する。
 幅広い診察ができる医師の養成が狙いだが、若手医師を管理する医局制度が崩れ出した。中国地方の公立病院で研修中の20代の男性医師は「昔は医局に進路を決められていたが、今は自分で選べる。そのチャンスに挑戦したい」。東北地方の大学を卒業した女性医師は都内の病院で研修中。「首都圏はプライベート面でも魅力的。仕事以外の楽しみがあるのはうれしい」と屈託がない。
 「診療科によって勤務の厳しさに違いがあることを知り、楽な診療科へ流れる医師が増えた」とベテラン産婦人科医は嘆く。「新人が来ない」と言われるのが小児科や産婦人科だ。「楽で人気」とされるのは、勤務時間が規則的な眼科や皮膚科。こうした「若者気質」は、人気とされる科の中でも医師の偏在を生んでいる。
 樋田哲夫・日本眼科学会理事は「コンタクトレンズ外来など、楽に収入が得られる仕事を求め、すぐに開業したがる若者が多い。その分、当直や手術で忙しい大学病院は人手不足の状態だ」と話す。樋田さんによると、都心の病院の眼科に10人以上の新人が集まる一方、地方の大学病院に1人も来ない「診療科内格差」が起きている。
 日本皮膚科学会の塩原哲夫理事は「臨床研修は『青い鳥』を追う若者をつくってしまった。皮膚科でも当直はある。命にかかわる病気もある。そうした現実から逃げ、『もっと幸せな職場』を探す若者が目立つ」と嘆く。【永山悦子】

 ◇総数は増えているのに・・・

 厚労省の調査によると、毎年約8000人の医師が新たに生まれ、退職者などを引いても、年3500~4000人増えている。それでも「医師不足」は起きる。
 同省の「医師の需給に関する検討会」は7月末、報告書を発表した。医師偏在の原因として、臨床研修のほか▽(規模の大きい)病院への患者集中▽若手勤務医の開業志向▽医療事故への訴訟の増加――などを挙げた。対策としては▽地方勤務の魅力を増やす▽医学部定員の調整▽女性医師支援――などを示した。
 偏在解消に取り組み始めた例もある。地方大学の医学部では「地域枠」の創設が相次いでいる。鹿児島大は今年度、医学部の入学定員枠に県内の離島やへき地での勤務を志す「地域枠」2人分を新設。県と市町村は1人あたり6年間で計940万円の奨学金制度を創設した。
 また、国立病院機構は、機構内での医師の配置換えに追われる。診療報酬改定に伴い、医師が医療法で定める標準数の7割以下しかいない病院の診療報酬が今秋、減額されるためだ。矢崎義雄理事長は「医師が足りない東北の病院へ九州から異動してもらう例も出そうだ」と話す。
 西村周三・京都大大学院教授(医療経済学)は「医師偏在は、医学界だけで解決できる問題ではない。経済的な視点も加え、報酬を労働の対価としてきちんと位置付ける必要がある。診療科ごとの必要な医師数を分析し、不足する科の教育を充実させるなど、長期的な配置計画も求められる」と話す。【玉木達也】

(毎日新聞、2006年、 8月9日)

****** 参考:

医師不足、新研修制度のせいではない(読売新聞)

今後の地域医療の目指すべき方向性は?