医師不足に対する国の打開策:「新医師確保総合対策」の原案が公表されました。この「新医師確保総合対策」の最大の目玉は、『医師不足が深刻になっている県では大学医学部の定員を一時的に増やす暫定処置が容認される』ことにあるようです。
地元国立大学の医学部の定員を増やしたとしても、その効果が実際に表れ始めるのは10年以上先の話です。今現在、急激に悪化しつつある地域医療現場の労働環境を改善する推進力にはなってくれません。
また、全国的に、大学病院自体の人材が枯渇してマンパワー不足に陥っていて、地域中核病院から大学病院に医師を大量に引き揚げているような状況ですから、今後、医学部の定員が増えて、その6年後から卒業生がいくらか増え始めたとしても、その増えた分は、当面の間、大学病院の診療体制の建て直しや維持のために使われるだけになってしまうかもしれません。
ですから、この「新医師確保総合対策」が、末端の地域医療現場の労働環境改善に寄与し始めるのは、一体全体、何十年先になるのかわかりません。
私自身、定年退職まで何とか体力がもって頑張れたとしても、あと十数年しかありませんので、そんなに悠長には待ってられません。やはり、自力でも、自分達の労働環境が改善されるように努力をしていかなければ、状況は今後も悪化の一途をたどるばかりだと思います。
****** 読売新聞、2006年8月19日
医学部定員を一時増員
医師不足対策、深刻な都道府県…政府原案判明
医師の不足や偏在の問題に対応するため、厚生労働、文部科学、総務の3省で検討していた「新医師確保総合対策」の原案が18日、明らかになった。
医師不足が特に深刻となっている都道府県に限り、大学医学部の定員増を暫定措置として認めるほか、離島やへき地で勤務する医師を養成している自治医科大学の定員も増員する。また、都道府県の要請に基づき緊急避難的に医師を派遣・紹介するシステムを構築する。3省は近く最終的な対策をまとめ、可能な施策から実施に移す。
医学部の定員は、1986年以降、削減傾向が続き、97年に「引き続き医学部定員の削減に取り組む」ことも閣議決定された。定員増が認められれば約20年ぶりの方針転換となる。
原案では、定員を暫定的に増やす条件として〈1〉県が奨学金拡充など卒業後の地域定着策を実施する〈2〉定着する医師が増えた場合に限り、暫定的な増員が終わった後も以前の定員数を維持できる――こととした。
また、医学部が地元出身者の入学枠を拡充することや、山間へき地で活動する地域医療の志望者を対象に特別入学枠を設けることを推進するとした。卒業後の一定期間は地元の医療機関に勤務することを条件に、都道府県が奨学金を設けることも盛り込んだ。
政府も、医師が特に少ない都道府県を対象に、医師確保のための補助金を重点配分する。
一方、結婚や出産を機に退職する女性医師が増えていることから、女性医師が働きやすい環境づくりにも取り組む。具体的には、病院内の保育所の利用促進や、病院経営者への啓発事業を展開する。
特に医師不足が深刻な小児科、産婦人科では、都道府県ごとに人材や機能の集約化・重点化を進めるほか、現在31都道府県で展開している小児救急電話相談事業(#8000)を全都道府県に拡充する。産婦人科では助産師との連携も進める。
離島などのへき地医療対策では、ヘリコプターを活用した離島での巡回診療、住民が遠方の産婦人科等を受診する場合の宿泊支援などを盛り込んだ。
医師確保案 実効性ある地域定着策を
[解説]厚生労働省などがまとめた「新医師確保総合対策案」のポイントは、医師不足で悩む県にある大学医学部の定員増に道を開いたことにある。医師数が増えると医療費も確実に増加することから、政府はこれまで医学部の定員を厳しく抑制する政策をとってきた。部分的にせよ、政策の転換を決めた背景には、医師の大都市への流出・偏在が看過できないほど深刻になっている事情がある。
ただ、地方の医学部の入学定員を増やしただけでは、問題解決にはつながらない。卒業後も引き続き地元にとどまって活躍する医者を増やさなくては何にもならないからだ。今回の対策案では、暫定的に定員を増やしても地元に定着する医師が増えなかった医学部については、以降の定員を削減する事実上の「ペナルティー」も盛り込んだ。
しかし、大学が学生の卒業後の進路を完全に縛ることはできないだけに、地域医療への関心を高めるカリキュラムの開発などの真剣な取り組みが伴わなければ実効性は期待できない。
新医師確保総合対策案の要旨
厚生労働省などがまとめた新医師確保総合対策案の要旨は次の通り。
▽小児科医・産科医の広く薄い配置を改善し、病院勤務医の勤務環境の改善、医療安全の確保を図る。他診療科などへの病棟の転換整備への支援や小児科・産科医療体制整備事業を推進する。
▽地域医療対策協議会を活用し、地域に必要な医師の確保の調整や医師のキャリア形成を行うシステムを構築する。
▽厚生労働省に地域医療支援中央会議(仮称)を設置。従来は大学が担っていた医師派遣(紹介)・キャリア形成システムの構築支援を検討する。
▽医学部の入学者選抜で地元出身者のための入学枠(地域枠)を拡充する。地域医療に関する教育の充実を図る。
▽医師不足が深刻な県の大学医学部で、現行の医師の養成数に上乗せする暫定的な調整を容認する。自治医科大で、現定員(100人)に上乗せする暫定的な調整を容認する。
▽出産、育児などに対応した女性医師の多様な就業支援の推進。女性医師バンク(仮称)を創設する。
▽助産師や助産所を活用する体制の整備を進める。
▽妊産婦らに小児科医が育児指導・相談を行い、産まれてくる子どものかかりつけ医師を確保する事業を支援する。
(2006年8月19日 読売新聞)