<NHK‐FM「ベストオブクラシック」レビュー>
~ブレゲンツ音楽祭におけるアンドレス・オロスコ・エストラーダ指揮ウィーン交響楽団演奏会~
マルティヌー:ピアノとティンパニのための二重協奏曲
ピアノ:イヴォ・カハーネク
ドボルザーク:テ・デウム
ソプラノ:モイカ・ビテンツ
バリトン:ダリウシュ・ペルチャク
合唱:プラハ・フィルハーモニー合唱団
ドボルザーク:交響曲第9番「新世界から」
指揮:アンドレス・オロスコ・エストラーダ
管弦楽:ウィーン交響楽団
収録:2018年7月23日、オーストリア・ブレゲンツ祝祭劇場(ブレゲンツ音楽祭)
提供:オーストリア放送協会
放送:2019年3月4日(月) 午後7:30~午後9:10
今夜のNHK‐FM「ベストオブクラシック」は、アンドレス・オロスコ・エストラーダ指揮ウィーン交響楽団のオーストリアのブレゲンツ音楽祭のおける演奏会である。指揮のアンドレス・オロスコ=エストラーダ(1977年生まれ )は、コロンビア、メデジン出身。 ウィーン国立音楽大学で学ぶ。その後、いくつかの歌劇場の指揮者、ウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団首席指揮者を経て、2014年から、Hr交響楽団(旧フランクフルト放送交響楽団)の首席指揮者およびヒューストン交響楽団音楽監督を務める。2015年ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団首席客演指揮者に就任。2020年からウィーン交響楽団首席指揮者に就任予定。今日、同世代の指揮者のなかでもっとも人気のある一人。ウィーン交響楽団は、オーストリア・ウィーンに本拠を置く伝統のオーケストラ。1900年に設立された。 1913年本拠地をウィーン・コンツェルトハウスとし、1933年現在の名称となった。 1945年第二次世界大戦後最初の演奏会が開かれ、ヨーゼフ・クリップスの指導により、10年間の空白を埋め回復。主な歴代首席指揮者として、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー、ハンス・スワロフスキー、ヘルベルト・フォン・カラヤン、エドゥアルト・シュトラウス2世、ヴォルフガング・サヴァリッシュ、ヨーゼフ・クリップス、カルロ・マリア・ジュリーニ、エーリヒ・ラインスドルフなど、そうそうたるたる名指揮者の名が並ぶ。
最初の曲は、マルティヌー:弦楽器とピアノとティンパニのための二重協奏曲。マルチヌー(1890年―1959年)は、チェコ出身の作曲家。6曲の交響曲をはじめ、様々な楽器のための30曲近くもの協奏曲、11作のオペラをはじめ、あらゆる分野での作曲を行った。12歳の時に弦楽四重奏曲を作曲している。プラハ音楽院に入学。その後、チェコ・フィルの第二ヴァイオリン奏者となった。1919年にはカンタータ「チェコ狂詩曲」でスメタナ賞を受賞し、作曲家としてのデビューを果たす。1923年には、念願のパリで学ぶ。しかし、1940年ナチスから逃れ、アメリカに渡った。6曲の交響曲の内5曲がアメリカ合衆国滞在中に作曲されていることで分かるように、アメリカに滞在した1940年代は創作活動の頂点に当たる。プリンストン大学で作曲の客員教授に就任。しかし、望郷の念はやまず、1953年にはヨーロッパに戻ることになる。この曲は1938年に作曲された。第1楽章ポコ・アレグロは、激しい不安の感情が渦巻く。第2楽章ラルゴは、心安らぐなかでも不安の影が続く。第3楽章アレグロは、再び緊迫した旋律で始まり、悲劇的な感じで終わる。この曲は、ヒトラーの侵略行為によるチェコの暗い未来への思いが込められていると言われる。この曲でのアンドレス・オロスコ・エストラーダ指揮ウィーン交響楽団は、悲痛極まりないマルチヌーの想いを、暗く、重い演奏内容に見事に反映させる。これほど重々しく鳴り響いたオーケストラの音を聴くのは、私にとっては久しぶりのことだ。
次の曲は、ドボルザーク:テ・デウム。テ・デウム(Te Deum)とは、ローマ・カトリック教会の讃歌のひとつ。テクストの冒頭の一文“Te deum laudamus”(われら神であるあなたを讃えん)からこの名称で呼ばれる。 その起源については諸説があり、最近の分析によると、318年から350年までの間にその原形が形成されたものと推定されている。中世以来、聖務日課の朝課(真夜中の祈り)の最後に歌われることが多い。17世紀から18世紀にかけて、特別な機会に神に感謝を捧げるための国家的な慶祝行事の音楽として、多くの作曲家によってテ・デウムがつくられ、戦勝や講和条約の締結などの式典で演奏されてきた。ドボルザークのテ・デウムは、1892年、ソプラノ、バス、合唱、オーケストラのために、ドボルザークの渡米直後に開かれたアメリカ発見400年祭のための作品として、渡米直前に作曲された。初演は、1892年10月21日、ニューヨークでドヴォルザークの指揮により行われている。この曲でのエストラーダ指揮ウィーン交響楽団の演奏は、マルティヌーの時とは一転し、温もりのある表現が何とも耳に心地良く響きわたる。特に、厚みのあるオーケストラの音は、聴き応えは十分だ。それに加え、独唱陣並びに合唱陣の安定した歌唱によって、今夜の演奏会を成功に導くことになった。この曲は、アメリカ発見400年祭のための作品であることを考えると、正にテ・デウム(讃歌)の意味合いを十二分に表現し切った、充実した演奏内容であったと言って過言ではない。
今夜の最後の曲は、ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」。この曲は、ドヴォルザークが1893年に作曲した、4つの楽章からなる最後の交響曲。ドヴォルザークは、1892年、ニューヨークにあるナショナル・コンサーヴァトリー・オブ・ミュージック・オブ・アメリカ(ナショナル音楽院)の院長に招かれ、3年間アメリカに滞在した。この時作曲されたのが作品95から106までの作品であり、「新世界」は、その中の一つ。「新世界より」という副題は、新世界であるアメリカから故郷のボヘミアへ向けてのメッセージといった意味合いが込められている。全体的には、ボヘミアの音楽の語法をベースとして、古典派交響曲のスタイルに昇華させた内容の交響曲となっている。後に、ドヴォルザークは「私は、国民的なアメリカの旋律の“精神”をもって、この曲を書こうとした」と語り、アメリカ民謡を取り入れたという説を否定している。初演は1893年12月16日、ニューヨークのカーネギー・ホールで行われ、大成功だったという。今夜のエストラーダの指揮は、その語り口の巧みさにおいて、他のどんな指揮者をも凌駕するものとなった。曲が進むにつれ、何か物語が語られているかのようにも聴こえ、その起伏に富んだ表現力に、リスナーは思わず引き込まれてしまう。これまでどれほど聴いたかを忘れてしまうほど聴いてきた「新世界」なのだが、今夜のエストラーダの指揮は、初めて聴いた時のような心の底からの感動を呼び起こさせた。これはなかなかできることではない。そして、今夜のウィーン交響楽団の味わい深い響きも忘れがたいものがあった。エストラーダは、2020年からウィーン交響楽団の首席指揮者に就任予定ということだが、今後、このコンビの活躍から目が離せないことになるだろう。(蔵 志津久)