チェロ五十代からの手習い

57才でチェロに初めて触れ、発見やら驚きを書いてきました。今では前期高齢者ですが気楽に書いてゆこうと思います。

徳永英明コンサートにお供

2011年08月06日 22時42分46秒 | コンサート

徳永英明といえば、一聴で徳永英明と分かる独特のハスキーボイスで、
最近は女性歌手のカバーソングをリリカルに歌って、ヒットさせている。
不思議と耳に残る歌声は、とりわけおば様方の心をとりこにしているのではないだろうか。
そんな一人が我が家にもいて、付き添いをして欲しいと頼まれたのでコンサートに向かった。

全国ツアーの前半のクライマックスとして選ばれたのは、東京国際フォーラム大ホールだった。
この会場の便利なところは、外房線から京葉線直通で東京駅に到着し、改札を出て
昇ったところが大ホール(Aホール)の入り口であることだ。

地上に出てみて驚いたのは、国際フォーラムの中庭というか、人工的に造られた谷間みたいな空間に
多くの人がとぐろを巻くように長々と列を作っていて、どこで終わっているのが見えなかったことだ。
直感的に「これは徳永英明コンサートの行列だ」と感じた。

係員が出て整理している様子から、これはとても10分~15分でさばける人数ではないと諦めて
先週開店したばかりのフランスレストランで、何か飲みながら待つことにした。
店内から見て驚いたのは、行列は有楽町のビックカメラの方まで延々と伸びていた。

それにしても、全席指定券のはずなのに、こんなに行列を作っているのはなぜだろう、不思議だ。
店員にきくと「1時間以上前から行列が出来ていました。確かに徳永英明の行列です」とのこと。
予想通りほとんどが中年の女性。徳永英明が49歳ということなので、その前後の年齢の
熱狂的なファンにとっては、コンサートを待つための行列も楽しいイベントも一部なのかもしれない。

待つこと30分。開幕時間の午後5時を15分ほど回ると、ようやく人がはけてきたので会場に向かった。

5000人の会場に空席は見当たらなかった。
徳永本人の説明では、チケット発売即日完売という状況が続いているらしい。

会場の照明を極端に落とした中から最初に聞こえてきたのは
「心の真ん中が痛い・・・」で始まる「抱きしめてあげる」の一節だった。
「あ~徳永英明だ!」と誰もが分かる歌声で一気に彼の世界に引き込まれてゆく。

オリジナル曲とVocarist曲が交互に歌い上げられてゆく。Vocarist曲は日本の流行り歌で
長く歌い続けてほしいと徳永が選曲した歌で、選ばれた歌手たちは大変名誉に感じるという。

ステージの中盤で歌われた「壊れかけたRadio」で会場はしっとりとした盛り上がりを見せ、
23年前に作曲されという「レイニーブルー」でコンサートは締めくくられた。

武道館や野球ドームなどで行われるコンサートに行ったことはあるけど、この会場は5000人に絞れられているためか
スピーカーから出される歌声であっても、競技場等に比べて生を感じさせる響きを楽しむことができた。

途中で徳永オリジナルソングのメドレーになると、会場のファンたちは立ち上がって
身振りや手拍手で徳永を声援していたのには、ちょっと違和感があった。
だって殆どの曲はバラードだから、あまり盛り上がる感じではないんだけどね。

改めて2時間のコンサートを振り返ると、ベストアルバムの殆どをカバーしてくれたと気づく。
徳永英明の声は森伸一に似ている(これは御本人がステージでもそう語っていた)、
一方で驚くほどの高音域でも声量豊かに歌っていたが、そのときの音色はかつて聞いた、
レッドツェッペリンなどロックバンドのシャウトのような鋭さが混じっていると感じた。

柔らかさを基調に、心を貫くような高音で縁取られ、ゆったりと歌われる徳永の歌は、
どの曲もそれと分かる個性に色付けされていて、心地よい緊張を含んだ素晴らしいものだった。
全国で何十万人も集めるだけの実力と魅力を持った一流歌手の証ではないだろうか。

外房特急を待つ間、線路下の飲み屋さんで、飲めないビールで乾杯だけして、
ウーロン茶を飲みながら、コンサートの余韻を味わった。

有楽町から東京駅まで続く線路下には、居酒屋や韓国料理店が軒を連ねている。
かつて何年もこの道を通ったけど、呑めない僕はただの一度も店に入ったことはなかった。

ここもコンサートから流れてきたと思しきおば様方で溢れていた。

コメント
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