MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

ローズマリー・ブルー-14

2010-10-17 | オリジナル小説
古い魂は何十年も待っていたのです。
愛されて抱きしめられること。
かの有名なアガサ・クリスティ女史も言っております。
人形とは愛されたい心のあらわれにすぎないのだと。





数年後、クララ・フォッシュからクララ・ラグバートと名前の変わった彼女はアメリカに渡った。相変わらず心霊現象にのめり込んでいるブラインズ婦人が苦労して連絡を取ってみたが、結婚と同時にすっぱりと霊媒から足を洗ってしまったという。今は霊感もそんなにないのと笑う彼女は産まれたばかりの娘の育児に夢中だと手紙に書いて来たらしい。
その話を伝え聞いたロシフォード氏から特注の人形が送られたとの噂もある。
勿論、その人形の目は宝石ではない。

そして、ロシフォード家の家宝の行方は以前として知れない。

ローズマリー・ブルー-13

2010-10-17 | オリジナル小説

早朝の郊外。
6歳ぐらいであろうか。
幼い少女が祖父との散歩を楽しんでいる。
祖父はのんびりと陽光に目を細めながら、足の速い孫を後をゆっくりと歩く。
やや足が悪いようだ。わずかに引きずっている。
少女はそんな祖父を時々、振り返り気遣いながらも自らの好奇心にせかされてやや小走りに農場の柵沿いを行く。簡素だが清潔な服を着ている。
広がる農場には羊が放たれており、遠くでのんびりと思い思いに草を食んでいる。一本道の遠く先に車が一台止まっている他は人の気配はない。
突然、少女が歩みを止めた。
道を横切る小川にかけられた小さな木製の橋の上から下を覗きこんだ。
「そんなに乗り出したら、落ちるよ!」
祖父が声をかけてもあぶなっかしい姿勢のままで、手招きをする。
黄色いリボンで結われたたっぷりとした濃い栗色の髪が下に垂れ下がっている。
「おじいちゃん、ちょっと来て、早く!」
「どうしたんだい?何かあるのかね。」
かわいい孫に急かされて、祖父は不自由な足を急がせた。
しきりに指差す先をようやく並んで見下ろす。
「ほら、見て。この子・・・」
農場の中を流れる小さな用水路。牧草に両側から覆いかぶされた澄んだ水の中、半ば浅い流れに浸かってそれは落ちていた。
「人形だの。」祖父はそういうと橋を回り込み、意外に軽々と降りて行く。
孫が付いて降りるのを目で押し留めて、かがみ込んで腕を伸ばした。
「これは・・・かなり、ひどいな。」
祖父が道にあがってくるのを辛抱強く孫は待っていた。
「見せて、見せて。見つけたの、あたしよ。」
差し出されたそれに孫は少し怯えて後ずさる。
ちょうどその時、祖父の腕の中で抱き起こされた人形は目覚めるかのように大きな両目を開いた。
「おじいちゃん!」怯えを忘れ、少女の声が大きくなる。
「この子、目が青いわ。」
「ふむ、寝せると目が閉じて起こすと開くように出来ておるのだな。」
祖父は裸の人形の体を注意深く裏返した。
泥と煤のようなもので汚れている他は陶器と布で作られた体はほぼ奇麗であると言って良い。ただし、腕と足の破損がひどく片腕と片足は途中から砕けてなくなっている。そして、それだけならまだしも、どういうわけか金髪であったらしい髪が根元で切り取られていた。
「壊れたから捨てられたのだろうが・・・これはもともと造りがしっかりしている、良いものだよ。ひょっとして、名のある作品かもしれないが・・・誰がこんなひどいことを・・・」
祖父はえぐられた背中の傷を見つめた。ここには作者のサインがあったはずなのだ。「それにしても、どうしてこんなところに捨てたのか・・・?」
車から通りすがりに川に投げ捨てたのだな、と祖父は考えた。
人形を下から見あげていた少女はじれて、祖父の服の裾を強く引く。
「ねぇ、ねぇ、おじいちゃん、その子、怪我がひどいの? 死んじゃった?」
祖父は物思いから我に帰る。
まあ、詮索は後で良い。
いつもの散歩に出て、どういうわけか壊れた人形を拾うことになったことは偶然とは思えなかった。これも何かの縁だ。なぜなら自分は・・・
「ねぇ、おじいちゃん!この子、おじいちゃんなら、助からる?直してあげられるかな?」
孫の悲し気な目に祖父はちょっと得意そうに笑いかけた。
「なんの、これしき!じいちゃんにかかればすぐ、ちょちょいのちょいさ。」
「だよね!」孫も信頼の笑みを即座に返す。
「だって、じいちゃんはおもちゃのお医者さんだものね!」


遠くで祖父と孫とおぼしき二人が人形を拾い上げる姿をクララ・フォッシュは離れた車の中で見守っていた。
受け取った壊れた人形を、少女はしっかりと腕に抱いている。
クララが車内から外に出ると近づいて来る少女の弾んだ声が耳に届いた。
「私、この子をアンジュって名付けるわ!だって、教会の天使様と同じ青い目なんだものね。」
「人形の部品も色々あるし、きっとぴったりとしたパーツが見つかるよ。」
「髪の毛だってきっと生えてくるよね。」
「何色がいいかい?おまえと同じ髪の色がいいかい?お前の妹みたいに見えるようにじいちゃんがそうしてやろうか。」

クララが老人に道を尋ねてる間も少女は片時も休まず人形に語り続けていた。
「おじいちゃん、早く家に帰ろう!。」
「その子は重傷だから、ちょっと時間がかかると思うけど何大丈夫さ。
二人の会話が遠ざかるのをクララは見送る。
肩越しにつかのま、人形の青い目が見えた。
「さようなら、ローズマリー幸せに。」
クララはそっと声を出した。

『これで良かったのかしら。』
車内に乗り込むと助手席に座ったシビルが尋ねて来た。
シビルの欠けた目は修理されている。
「髪を切るのは・・・さすがにちょっと嫌だったわね。」
クララは呟いた。
「あんなに奇麗な金髪なんですもの。あれって、人毛なんでしょ。」
『あら、でもローズマリーに金髪を提供した南アフリカの女の人は92歳で今も元気に生きているわ。もし、クララが気にしてるのがそういうことなら・・・』
「奇麗なものを壊すのが嫌だったの」
「でもそれがローズマリーの希望だったんだもの。仕方がないわ。』
「そうね。あんなに目立つ金髪で青い目じゃ・・・身許のわかりそうなものはすべてはぎ取ったけど・・・いくらここがあの事故現場から離れていても・・・もしも、ロシフォード氏が見たらわかってしまうかもしれないものね。」
クララはため息を付いた。
シビルに導かれ、ローズマリーを川の下流で拾ったのは事故の1週間後のことであった。人形は川に流されたと言われ、大掛かりな捜索が3度も行われたが誰も見つけることができなかった。おそらく、もっと下流まで流れたのだろうとロシフォード氏も一攫千金を狙う輩もいまだに諦めていない。
クララが行った時、ロシフォード氏はもっと先の下流を捜索しており、何度も捜された事故現場付近はひっそりとして、人気もなくなっていた。
人形はラモンの車が燃えた現場から30mと離れていない川岸、水に浸かった岩の窪みにまるで注意深く隠されていたかのように置かれていた。洋服とフードと髪の毛がかなり焼けこげ、手と足が砕けていたがローズマリーの頭と体は無傷だった。
クララはローズマリーをこっそりと回収し、家に持ち帰った。
そしてすぐに国中の玩具職人の名前を求めてを図書館に日参し、ついにシビルが太鼓判を押すある人物を探し当てる。
ローズマリーを直すことができ、ローズマリーがこの人と認めた人物。
それは引退した人形師であり、現在は田舎の子供達の為に玩具の修理屋をやっている男である。フランスの子供達の間で、その人物はなかなか有名な人物であるらしい。彼の顧客には上流の人々の子供もたくさん含まれているという。玩具を直して欲しい子供達から有名なコレクターまでが、外国からも彼の元に依頼して来る。
彼が息子夫婦と暮らしていて、6歳の孫娘がいることを確認するとクララの心も決まった。
『ねぇ、クララ。』シビルが夢見るような口調で告げる。
『愛されると人形の顔は変わるわ。思いを込めれば込めるほど人形の顔は変わるの・・・数年も経てば、ロシフォード氏が見てもきっと、別の人形だと思うでしょうよ。』
クララはエンジンをかける。
『クララやっと運転、慣れたみたいね?』
シビルの無邪気な質問に微かに唇を歪めた。
この車は・・・ロシフォード氏から・・・いや、ロシフォード氏から貰った降霊会の謝礼金で買ったものだ。あの後、クララに振り込まれた金額は莫大なものだった。
あの長い、一晩にわたった霊能力者クララの資質が正か非か問うならば・・・クララは大きな予言をひとつ失敗している。
なぜなら、ラモン・デュプリは死ななかった。
彼は全身火傷、全身骨折、もろもろ半死半生だったが河原で発見されて病院に運ばれ治療され、生きている・・・ただし、打ち所が悪かった。
彼は脊髄と脳を損傷し、一生寝たきりになってしまった。
意識は戻ったが、2度と以前のラモンには戻らない。
彼の倒れていた場所から考えると人形を窪みに隠したのはラモンであったのだろう。ただ、そんなひどい状態の彼がどうやってそれを行うことができたかはクララにも謎としかいいようがなかった。
すべてはローズマリーにしかわからない。

「あんたの予言ははずれたが、外れて良かったのか。当たってくれてた方があれには何倍か良かったのじゃないかと思う時も正直、ある・・・」
ロシフォード氏は後日、クララにこう語っている。
「ただ、ラモンが死んだというならば・・・ほぼ、死んだも同然とも言えるな。だから、予言は当たったのかもしれん。」
「隠さんでもいい、あんたの霊感の源はその縫いぐるみなんだろう? だから、その縫いぐるみが壊れてあんなに取り乱していたわけだ。それ以来、どうやら調子がでんらしいじゃないか。予言がはずれたのはそのせいってことにしておこうじゃないか。だからだ、この金は・・その、修理代にでもしてくれ。」
そう言って、ロシフォード氏はクララが固辞しても固辞しても持ち前の頑固さを遺憾なく発揮して、とうとう根負けした霊媒に謝礼金を押し付けることに成功した。
その裏にはシビルの『クララ、どうせ断ってもこの人は納得しないし。貰っておいてもいいんじゃないの?』との勧めがあったことが大きい。
ロシフォード氏はクララの小さな住まいの外に大きな車と大きな用心棒を待たせたまま、背の高い椅子に腰掛けて膝にはいつの間にか魔女の猫を乗せていた。あまつさえ、マアブルは彼の太い指で撫でられるとゴロゴロと喉を鳴らしたのである。
彼はただ愚痴を聞いてもらいたかったのかもしれない。そういった意味では今や彼はロシフォード婦人と並んで既に立派な依頼人だったのだから。
「・・・あれが子供のようになってしまったせいで・・・家内は喜んでいるわけではないが・・・ラモンの世話にかかり切りだよ。」
甥を自宅に引き取ると婦人は部屋を改造し、何もわからなくなった甥に枕もとで本を読んだり、食事を手ずから食べさせたり、着替えや下の世話も専属の看護婦と医者と共に尽ききりでこなしているとロシフォード氏は首を力なく振る。
「あれじゃまるで、ラモンがローズマリーの代わりのようなものだ。」
ラモン・デュプリ、いや今では誰もがラモン・ロシフォードと呼んでいる・・・彼はロシフォード婦人の愛すべき人形となったわけだ。
「私も家内ももう、当分引退どころじゃないからな。そのうち、もっといい治療が出るかもしれんし。その為にはもっともっと頑張って稼がなきゃならんて。」
ロシフォード氏は何度も盛大にため息を付いたが、彼の大きな体からは相変わらず気力と生命力が溢れ出ていた。彼は猫を撫でる手を止め、拳を振る。
「ローズマリーがどんなに嫌がったって、あの人形と宝石はロシフォードの家宝であることはかわらんのだ。」
最後にロシフォード氏は晴れ晴れ宣言して去って行った。
「私は必ず、ローズマリーを探し出してみせるとも。クララさんの予言がなくてもな。」


「ねぇ、シビル。」
クララは用心深くハンドルを握る。
「ローズマリーはあなたに嫉妬していたんでしょう?だから、あなたを取り込んであなたの記憶を自分のものにしようとしていた、そうよね。」
『そうね。』シビルも素っ気なくうなづく。
『もともと語るものを持たない物でしかなかったローズマリーは、長い間ただ漠然と愛されたいだけの塊だったの。作った人がそういう方向性を与えたから。』
「人形・・そうよね。そもそもは特定の女の子へのプレゼントだったんだものね。」
人形師は自分の作品がその少女の喜びとなり、そしてただ愛されることだけを望んで作りあげたのに違いなかった。
『ただ・・・あの宝石も強い意志を持っていたの・・・』シビルの囁き。
「魅了し、賞賛されたいと言う渇望ね。」クララはそれに強くうなづいた。
「回りの人間の欲望や妬みが長い時間をかけてそれに悪い影響を与えてしまったのに違いないわ。あの人形を取り巻いていた黒い気は・・・人形の顔を覆い隠してしまっていたもの。ローズマリーは・・・そういった意味では本当に呪われた人形だったのかもしれないわね。」
『そうなの、もともと人ではないから、反応もストレートだったの。クララに可愛がられてる私を見たとたん、うらやましくて我慢ができなくなったのよ。』
「そしてラモンを取り込む為に私と・・・あなたの力を利用したのね。」
『ええ。ローズマリーは霊ではないもの。だから、誰かしらの霊魂が欲しかったのだと思うの・・・ラモンの魂の全部は奪えなかったと思うけど・・・』
シビルはそういうと言葉を切り、窓の外の田園風景に目をやった。
黒いボタンの面には流れる風景が映っているのだろう。
クララは運転に集中し、車内には長い間沈黙が流れた。

思い切ってそれを破ったのはクララだった。
「あなたは・・・私の姉なんでしょ?」
返事が得られなくても別に構わなかった。
「あなたの記憶をローズマリーから見せられたわ。」
『ねぇ、クララ。』ボタンの目がこちらを向くのを感じる。
『私もいつかはここからいなくなるのよ。』
今度のことで覚悟していたとはいえ、クララにはやはりショックだった。
「やめて。」
「そんなこと言わないで。ずっと、私と一緒にいて。」
『そういうわけにはいかないと思うわ。』
柔らかい腕が肘に触った。
『だって、私はいつかあなたの子供に生まれ変わるつもりなんだもの。』
「シビル・・・!」
クララは自分が泣いているのに気が付き、これで何度目かしらと密かに微笑んだ。
「それ、ほんと?絶対に?・・約束よ・・・!」
人形を抱いた二人はもう影も形も見えない。パリに向けて車を走らせ、牧場からとおざかりながらも縫いぐるみの熊が微笑む気配をクララは全身で感じている。
『それに、それってそんなに遠くないと思うわ。』