スパイラルゼロ-1
旅立ち
少年は叔父夫婦と共に宇宙港に行った。
弱った母はその朝、寝室で彼を見送った。水色の目ばかり目立った母は、骨が透けてみえるような細い腕でそれでも力をふりしぼって少年を抱き息子の旅の幸運を祈り髪をなでた。
叔父夫婦がにぎやかなジュラの町を感慨深く語り合ながら空港を後にした頃、少年は白い巨大な旅客船の展望デッキにいた。
そこには10人ばかりの子供がこれで最後と故郷を食い入るように見つめていた。出発以来、船室にこもりきりで泣き続けていた子供をいれても20人にも満たなかった。
船客は彼らだけだったのだ。
まだ小さくて事態が飲み込めてない子供達は落ちつきなく絶え間なく体を揺すったり互いに突っつきあって押し殺した笑い声を立てたりしていた。年長組はそれぞれだまりこくって本能的にお互い寄り添っていた。
少年はどちらにも混じらない者の一人だった。
自分の世界のすべてだと思っていた大地が遠ざかりパノラマとなり、すべてが大きな惑星の一部に過ぎなかったことに彼は圧倒されてしまった。
これからのことを思うと胸が高鳴るのを抑えられなかった。
それでも母そっくりの水色の目はにじんでくる涙をどうしようもなかった。
母に二度と会うことはないだろうと彼は思っていた。
あまりに何度もこぶしで目頭を強くこするので彼の目の下には、それから何日も赤い筋が付いてしまった。
成層圏を離れ、大人達が呼びにくるまで彼らはずっとそこにいた。
ガンダルファと呼ばれる少年の旅はこうして始まった。
こうして彼は産まれ故郷のジュラの原始アースを後にした。乗っていた16名はジュラで産まれた6歳から10歳までの子供のすべてだった。動かすだけで莫大な燃料や生え抜きの乗員がいる最新式の客船がオリオン連邦からジュラに差し向けられるなどかつてないことだった。それだけでもこのプロジェクトがジュラという原始の掟に縛られる人々にとってもどんなに重大なことであったかがわかるだろう。
船はスリープワープを繰り返し、時にはブラックホールや磁気嵐をワームホールで避けながら連邦の中心部へ向けて進んで行った。途中でいくつかのジュラと同じような原始星に立ち寄った。その度に又何人かの新しい人種の子供達が乗り込んで来た。
客が子供しかいなかったためだろうか、船長はいくつかの観光ポイントに船を止めてくれた。その度にスリープから起こされても文句を言う子供はいなかった。全員が初めての旅だったのだ。
ガンダルファはひたすらむさぼるように観光した一人だった。リング銀河や薔薇星雲、双子星や彗星の尾、星の産まれている霞のような雲や、死んで行くブラックホールが遠くから安全に臨める絶景ポイントの数々。どれひとつも見落としたくなかった。体全体が目になってしまえばいいのにと彼は思った。外宇宙を見たことがあるジュラの人間はごくわずかだった。まして子供であれば。もし又ジュラに戻ることがあったらみんなどんなにうらやましがるだろう!エリートと言う言葉が頭に浮かんだ。それは誇らしげに叔父が出発する前に離空手続きの事務員に自分を指し示した言葉だった。
この果てない宇宙のちっぽけな原始惑星で産れ、そこで死んで行く運命だった自分がこうして宇宙を旅している。しかもそれも終わりが近づいていた。
オリオン星系のペテルギウスが近づくにつれてスリープは短く、間遠くなって行った。
子供達の体内時計を目的地の時間に合わせるためだった。
そこには彼らが暮らす予定のスペーススクールがあった。
ガンダルファの目にはスクールは惑星の衛星軌道上にある、巨大なドーナツに見えた。8本のリングが絡み付いた銀色のドーナツ。でもその真ん中の空洞は真っ暗だった。穴の向こう側は暗くて何も見えない。太陽に照らされた巨大な惑星の稜線が、そこだけ途切れていた。まるでここに来る途中で見たブラックホールみたいだと彼は思った。
客船のデッキから太陽ははるか遠くに見える。ジュラの太陽より何千倍も巨大な一等星。太陽光は白く少年の目を焼いた。
そして目の前の赤い雲が渦巻く茶色と黒の惑星。ジュラの水色と緑のアースとは違って毒々しい。いつかそこに降り立つことがあるかもしれない。ガンダルファは想像を膨らます。その星は辺境のジュラではもはや伝説だった。
昔話の亡霊のような遠い存在。
それが少年が産まれて初めて見た、ペテルギウス第23番惑星だった。
船が衛星に接岸する為に近づいて行くとドーナツは二重になっていて、巨大な窓らしきものが側面に付いていることが肉眼でもわかった。そのうちの一つに青い光が見えた。
ガンダルファは妙にその光に目が引きつけられたのを覚えている。
「なんだろ、あれ?」少年は明けの明星ように輝く、その光を指さして叫んだ。
「展望デッキだろ。」クルーの働きに目を奪われていた仲間は上の空だった。
ガンダルファはずっとその光を見つめ続けた。やがて船はドックに収容される為にステーションの下に回り込んで行き、光はまったく見えなくなった。
思えばその光がガンダルファの旅の終点。
その光がすべての始まりだった。
旅立ち
少年は叔父夫婦と共に宇宙港に行った。
弱った母はその朝、寝室で彼を見送った。水色の目ばかり目立った母は、骨が透けてみえるような細い腕でそれでも力をふりしぼって少年を抱き息子の旅の幸運を祈り髪をなでた。
叔父夫婦がにぎやかなジュラの町を感慨深く語り合ながら空港を後にした頃、少年は白い巨大な旅客船の展望デッキにいた。
そこには10人ばかりの子供がこれで最後と故郷を食い入るように見つめていた。出発以来、船室にこもりきりで泣き続けていた子供をいれても20人にも満たなかった。
船客は彼らだけだったのだ。
まだ小さくて事態が飲み込めてない子供達は落ちつきなく絶え間なく体を揺すったり互いに突っつきあって押し殺した笑い声を立てたりしていた。年長組はそれぞれだまりこくって本能的にお互い寄り添っていた。
少年はどちらにも混じらない者の一人だった。
自分の世界のすべてだと思っていた大地が遠ざかりパノラマとなり、すべてが大きな惑星の一部に過ぎなかったことに彼は圧倒されてしまった。
これからのことを思うと胸が高鳴るのを抑えられなかった。
それでも母そっくりの水色の目はにじんでくる涙をどうしようもなかった。
母に二度と会うことはないだろうと彼は思っていた。
あまりに何度もこぶしで目頭を強くこするので彼の目の下には、それから何日も赤い筋が付いてしまった。
成層圏を離れ、大人達が呼びにくるまで彼らはずっとそこにいた。
ガンダルファと呼ばれる少年の旅はこうして始まった。
こうして彼は産まれ故郷のジュラの原始アースを後にした。乗っていた16名はジュラで産まれた6歳から10歳までの子供のすべてだった。動かすだけで莫大な燃料や生え抜きの乗員がいる最新式の客船がオリオン連邦からジュラに差し向けられるなどかつてないことだった。それだけでもこのプロジェクトがジュラという原始の掟に縛られる人々にとってもどんなに重大なことであったかがわかるだろう。
船はスリープワープを繰り返し、時にはブラックホールや磁気嵐をワームホールで避けながら連邦の中心部へ向けて進んで行った。途中でいくつかのジュラと同じような原始星に立ち寄った。その度に又何人かの新しい人種の子供達が乗り込んで来た。
客が子供しかいなかったためだろうか、船長はいくつかの観光ポイントに船を止めてくれた。その度にスリープから起こされても文句を言う子供はいなかった。全員が初めての旅だったのだ。
ガンダルファはひたすらむさぼるように観光した一人だった。リング銀河や薔薇星雲、双子星や彗星の尾、星の産まれている霞のような雲や、死んで行くブラックホールが遠くから安全に臨める絶景ポイントの数々。どれひとつも見落としたくなかった。体全体が目になってしまえばいいのにと彼は思った。外宇宙を見たことがあるジュラの人間はごくわずかだった。まして子供であれば。もし又ジュラに戻ることがあったらみんなどんなにうらやましがるだろう!エリートと言う言葉が頭に浮かんだ。それは誇らしげに叔父が出発する前に離空手続きの事務員に自分を指し示した言葉だった。
この果てない宇宙のちっぽけな原始惑星で産れ、そこで死んで行く運命だった自分がこうして宇宙を旅している。しかもそれも終わりが近づいていた。
オリオン星系のペテルギウスが近づくにつれてスリープは短く、間遠くなって行った。
子供達の体内時計を目的地の時間に合わせるためだった。
そこには彼らが暮らす予定のスペーススクールがあった。
ガンダルファの目にはスクールは惑星の衛星軌道上にある、巨大なドーナツに見えた。8本のリングが絡み付いた銀色のドーナツ。でもその真ん中の空洞は真っ暗だった。穴の向こう側は暗くて何も見えない。太陽に照らされた巨大な惑星の稜線が、そこだけ途切れていた。まるでここに来る途中で見たブラックホールみたいだと彼は思った。
客船のデッキから太陽ははるか遠くに見える。ジュラの太陽より何千倍も巨大な一等星。太陽光は白く少年の目を焼いた。
そして目の前の赤い雲が渦巻く茶色と黒の惑星。ジュラの水色と緑のアースとは違って毒々しい。いつかそこに降り立つことがあるかもしれない。ガンダルファは想像を膨らます。その星は辺境のジュラではもはや伝説だった。
昔話の亡霊のような遠い存在。
それが少年が産まれて初めて見た、ペテルギウス第23番惑星だった。
船が衛星に接岸する為に近づいて行くとドーナツは二重になっていて、巨大な窓らしきものが側面に付いていることが肉眼でもわかった。そのうちの一つに青い光が見えた。
ガンダルファは妙にその光に目が引きつけられたのを覚えている。
「なんだろ、あれ?」少年は明けの明星ように輝く、その光を指さして叫んだ。
「展望デッキだろ。」クルーの働きに目を奪われていた仲間は上の空だった。
ガンダルファはずっとその光を見つめ続けた。やがて船はドックに収容される為にステーションの下に回り込んで行き、光はまったく見えなくなった。
思えばその光がガンダルファの旅の終点。
その光がすべての始まりだった。