MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

スパイラル・スリー 第八章-1

2014-03-15 | オリジナル小説

         まずは湯気の中から

 

もうもうとした湯気の中、二つの小山がぼんやりと浮かんでいた。

檜の強い香り。湿気と熱気の中、蒸気の霧でほとんど何も見えない。しかし、その霧の発生源は天井と床の両方に設置された機械からミストとなって意図的に吹き出されている。窓のない狭い閉鎖的な空間で、さっきから二つの小山のひとつから声が発せられていた。『ねぇねぇ、ねえったら。』

少女のように高い声だが、勿論二つの小山以外にそれらしい姿はない。

『意地悪しないでよ。あんたってほんとぉっに、前々から私に意地悪なんだから!。』

甲高い声は湯気の為か湿っている。その声が先ほどから望んでいる返事が一向にないからだ。山は身じろぎもしない。声は更にじれる。

『あんたったら、まさかこの私に喧嘩売ってるわけじゃないわよねぇ?もぉう、絶対に売ってるしぃ!・・私とやるっていうの?やるって言うんなら受けて立つわよ!』

『・・・誰も喧嘩など売ってないわい。』ついに隣の山が動いた。

『おまえの話、熟考しておっただけじゃ。そのべしゃりやめんかい。』

それを受け高い声は俄然、元気になるた。

『そうそう、そういうのが欲しかったのよ。ちゃんとした合いの手。折角さぁ、私が忙しい合間を縫ってこうやって一生懸命、話たわけなんだから。』

『あのな、何も会って話すことはなかったんじゃないかの?こんなとこでわしとサウナに入っているほど暇なのか?今すぐ、後を追った方がいいんじゃないのかのう。』

会話からして甲高い声の主の方が年下と思われるが、2人の外観はあまり差は見られない。見られないどころか、双子のようだ。髪型から顔の造形、その肉体の大きさ。裸体のせいもあるが、まさに彼等は二つの肉の小山だ。

檜のベンチに仲良く並びどちらもタオルを腰に巻いているが、まるで小さなハンケチを乗せてるようにしか見えない。片方がそのタオルを取り上げ、潰すようにしぼる。水が辺りに飛び散り、瞬く間にそれも蒸発した。

『それがさぁ、そうもできない状況がわかったから、こうして来たんじゃないの。』

『ふん。たまたま運動をしたんで、汗を流したかっただけじゃないのかの?』

『まぁ、それもあるけどね・・・ここならヘタな邪魔は入らないし。二人だけの密談ぽくて良くはなぁい?』もやもやとしたミストの中にぼんやりとした影が浮かんでは消える気がしたが、目の錯覚かもしれない。

『で、どうしたいんじゃ?おまえは。この始末をどう付けたいのかの?』

『そうなのよね・・・ねぇ、どうしたらいいと思う?』

『おいおい、ふざけるなと言いたいのはこっちじゃぞ。わざわざ、遠くからこんなとこまで呼び出しておいてだ。しかもまだ夜が開けたばかりじゃぞ。』

『そうそう、アメリカくんだりから上野のサウナまでよねぇ。』

何がおかしいのか、高い声はコロコロと笑っている。

『すごい検体が手に入る!今回は間違いなし!期待してて!とは、おまえの言った台詞じゃ。それを信じてわしはこうして全てを放り出して来たんじゃ。』

『だからさぁ、せっかく来たんじゃないよぉ、知恵を貸してよぉ。』

『その・・おまえのお姉さんはなんと言っとる?ほら、おまえの守護天使じゃ。』

『私の守護天使様はね、あんたのそう言う冷たい態度はほとんど嫉妬だって言ってたわよ。確かに、あんたって本当はすごい目立ちたがりやだもんねぇ。ほんとはこっちの仕事、やりたかったんじゃないのう?』

『何言うとる!誰が目立ちたがりじゃ。おまえだけには言われとうない。ちゃんと仕事しろ。』

『してるわよぉ、してるじゃないよぉ。だから、こんな面倒をしょいこんじゃったんじゃないよぉ?』またひらひらと影が舞った。

『天使様はねぇ・・・善処してみるとは言ってくれたんだけど・・・私じゃあ、確約ができないじゃないの?だからさぁ、心苦しいわけ。とりあえず、あなたから話を通しておくようにって言われたのよ。この子達はさ』揺らぐ影に手を振る。

『私を見込んでくれてるの。もしも、手伝ってくれたらね。私達にも協力してもいいって言うの。何もかも話す、証言してもいいってそこまで言ってくれてるのよ。』

『・・・なるほどのう。』と鼻からの息。『そういうことかい。』

にしても、ここすんごく熱いわねぇ、と息を整えた。

『お願い。』その声にそれまでの甲高さは押さえられている。

『頼むわよ。こっちも犠牲はなるべく最小限にしたいもの。』

『それはのう・・・難しいところだのう。おまえの守護天使をもってしてもの。』

吹き出た汗の玉がどちらの顎にもラインに沿うように幾つもぶら下がっていた。

身動きする度にそれらが辺りにしたたり落ちて板に吸い込まれ消える。

『どっちにしても。おまえはとにかく、ただでさえ目立ち過ぎだ。くれぐれも油断せんことじゃぞ。』再び、もうもうと湯気が立ちのぼり視界が遮られた。

『わかったわよ。結局、なんのアドバイスもいただけなかったってことで・・・適当に流れに任せてやってみるから、もういいわよ。』

『嫌みじゃのう。こっちとてフォローせんとは言うておるまい。』

ようやくどちらかが身を動かし、木が軋む音が薄暗い柔らかい照明の室内に響く。

『・・・経緯はざっくりとじゃがわかったからの。とにかく何が出来るか・・・上に話を通して万全の援護体勢を整えておくことだけは確約する。』

『あっそう。私はできる範囲で最善の努力をするわ。私達の最初の目的である検体も手に入れられるチャンスがあれば逃さないつもりよ。』

『とにかく・・・検体はいるんじゃな?』『私の勘では必ず。』

『わかった、無理はするな。助けがいる時は遠慮なく呼べ。』

『あなたはしばらくはここにいるってことね。まったく、頼りになるわ。』

この時、熱と圧力に凝縮された部屋の空気が激しく動いた。

サウナルームの重い扉が開いたのだ。木製の二重ドアを開けて入って来た2人連れの男性客が室内に鎮座する二つの肉体に驚いて入り口で躊躇するのが湯気越しにも伝わった。すかさず、片方がタオルを手にする。

『ならばこれで。おまえも遊んでる場合じゃないじゃろ。』

『そうね、私も行くわ。これから一仕事も二仕事も待ってるんだから。』

大きな二つの小山は段差の付いたベンチを横滑りに降り始めた。

見え隠れしていた影達はこの時は既に消えている。


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