MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

スパイラルツウ-5-2

2010-05-17 | オリジナル小説

既に起きて登校する準備をしていた渡と香奈恵は、慌ただしく食事をするように告げる両親の口調で何か起きたなと感じた。
離れからユリがトラと飛び石を飛びながらやってくるのが窓から見えた。
開き戸を開けながら子供しかいないのでガンタが首を傾げる。
「何かあったのか?」
ガンタは廊下に耳をすますと、朝食を後回しにして靴を脱いで廊下に出て行く。おりしも駐在さんが玄関口から顔をのぞかせたタイミングだった。
「騒がしいな。又警察が来てるの? いったい、どうしたんだろ?」
渡はお箸を持った手がさっきから止まったままだ。
「とりあえず、たべろ、ワタル。何があったってアタシらは学校に行かされるんだ。」
ユリがクールに卵焼きを口に運ぶ。
「誰か、お客さんに何かあったのかしら?」香奈恵は不安を隠してユリに習う。
「お客と言うと・・・富士の間か、梅の間しかないけど。」
ジンのはずはないだろうと渡は思う。好奇心から、食欲が沸き出る。早く食べて出かける前に話を聞きに行きたい。ジンの名前が出て、香奈恵の箸がちょっと止まったのだが、誰も気が付かなかった。気を取り直すように香奈恵は再び、箸を動かす。
客用の建物と渡達が生活する母屋とは朝食を食べている台所で繋がっている。隣の旅館の厨房に大人の姿は1人もない。客の朝食は綾子と祖母が子供達のご飯は寿美恵が分担して、ほとんどを賄っている。セイさんがそろそろ来る時間だが、まだ原付バイクの音は聞こえて来ない。
と、母屋の階段を下りてくる足音と共に香奈恵の母親が顔を出した。すっぴんで寝癖が付いた髪のままだ。客の人数が少ない時は子供達のメニューも同じになる。3人のうちの1人はゆっくりすることにはなっているが、今朝は寿美恵の番だったらしい。それにしても、珍しいことに寝過ごしたらしい時間である。
「どうしたの?何かあったの?誰もいないじゃない。」
寿美恵は欠伸をしながらテーブルの端に座り、お茶の入ったやかんを手に取る。
「遅いよ、ママ。」そう言いながらも香奈恵の顔が少しだけ赤くなり、すぐ目を反らしたのだが寿美恵はそれを見てちょっと後ろめたく感じた。
「えっと・・・昨日、ちょっと・・・飲み過ぎちゃったかもね。」
涼しい顔を装いながらも、こちらも娘の顔から意識的に目を反らす。毎度お馴染み、富士の間の客と昨夜も陽気に杯を重ねたことは周知の事実。
しかも昨日は、ジンさんのおごりで月城村ただ1軒のスナックでカラオケ三昧までしてしまった。帰ったのは閉店の10時。もう、村の噂の的だ。見合いも向こうから流れるだろう。いけない、いけないと思っていても誘われると断らない寿美恵だ。だって、ジンさんと飲んでると最高に楽しいんだもの。寿美恵は自身に言い訳する。どうせ2週間だけだからね・・・。ほんと、いい男なんだけどなぁ、気も合うし。バツイチの子持ちの年上熟女が何より好きってことはないだろうか?。
やっぱり、そううまいことはいかないわよね。
寿美恵はため息を押し殺した。
湯のみを捜していると、奥からガンタが戻って来る。
「あら、ガンタさんおはよう。」
寿美恵はこの姉と弟も好きであった。何より、2人とも顔がよい。見ててあきない。ただし、姉は熱烈ファンを自認してるが女だし、弟は年齢的に若過ぎるから不埒の対象としては却下であった。
立ったままお茶を飲んでいた寿美恵は、ガンタの深刻な顔に思わず茶碗を置いた。
食堂でもガンタを見ていた全員の動きが止まる。
「寿美恵さん、聞いた? 梅の間の客がいなくなったらしいよ。」
「梅の間?」大声を出したのは、香奈恵だけではない。トラとガンタを除いたほぼ全員がややすっとんきょうな声をあげた。寿美恵も息を飲む。
「いなくなったってダレだっ?」ユリが卵焼きを皿に投げ出す。「まさか・・」
目を見開いた香奈恵と目が合った。香奈恵が激しく首を振ったので言葉を選んだ。
「ええっと、ドッチかが・・・いなくなった・・・わけなのか?」
「確か、お客さんは女の人、2人だよね。」如才なく渡。
「ガンタさん・・・いなくなったのは、若い方?それとも・・・」
寿美恵の声は我ながらややうわずっていた。
「年上の方みたいですよ。若い人はいて、駐在さんと話をしているよ、今。」
ガンタはヒッと声を詰まらせ顔を伏せた香奈恵に怪訝な視線を走らせた。
逆に寿美恵は動揺をおくびにもださずに、蒼白な顔のまますぐさま廊下へと出て行った。中身が飲み干されないままの茶碗が流しの横に残されている。
「どうしたんだ?みんな。」ガンタが椅子を引くと座る。顔を見回した。
「まあ、とにかく俺らは食べよう。その後、お前らをを送り出すのは俺の役目になったから。」この家の大人は誰もが今日は忙しくなる予感だった。
「ねぇ、いなくなったってどういうことなのさ?」
顔を伏せたままの香奈恵を目で気遣いながらも、渡が用心深く情報収集を始めた。
「喧嘩でもして先に帰ったんじゃないのかな?。」
「それはわかんないけど。今朝同じ部屋の人が目が覚めたら、いなくなってたらしいよ。すごく心配してるんで綾子さんが白峰さんを呼んだんだけど。でもまあ、荷物は部屋に全部あるみたいだからね、帰って来るつもりなんじゃないかなあ。お前らが心配する事もないんじゃないよ。この旅館の落ち度じゃなんだからさ。きっと、どっかまで散歩でもしてるんじゃないか。」ユリが声を潜める。
「それってアレだ。いなくなったのは、スズキマユミだろ?」
「なんでフルネームで知ってるんだよ?」
「それはヒミツだっ、なぁカナエ!」
返事はなかった。「どうしたのかの?香奈恵どのは」
「足が痛いのよ。」香奈恵は顔を伏せたまま口ごもった。
「今朝、起きたらなんだか痛いの。」「なんだ、寝違えたのか?」
「ね、ねぇ!いなくなったといえばさ、権現山の仙人もじゃない?」
渡がやや、甲高い声を出した。
昨日、彼等は例のお化け屋敷にたどり着きおっかなびっくり中にも入って見たのだが・・・仙人どころか、浮浪者も何も発見できなかったのだ。
「それは違うんじゃないか?」ガンタが顎に付いた飯を口に入れる。
「あの家を隅々まで調べ尽くしたわけでもないし。1階をざっと見ただけだからな。」
2階より上は階段が壊れていたこともあり、あきらめさせたのだった。その代わり、庭園や外の廃墟後はかなり丹念に見回った。この前、渡とユリが怖い体験をしたという工場跡も出来る限り覗いて回ったが今回は何も起こらなかった。
何の怪異もなかったのは、お守りの悪魔のおかげであろうか。
ジンは盛んに自分の手柄だと吹聴していたが。
「でもさ、ドラコも見失ったのは変だってガンタも言ってたじゃない?」
「確かにのう。」トラも口の中のモノを飲み込むとうなづく。
ガンタの頭の上でプリプリしてる鯉のぼりのようなドラゴンを渡は盗み見た。この席でワームドラゴン、ドラコが見えないのは香奈恵だけだからといっても会話には気を付けなくてはならないはずだ。
しかし、渡とユリがさっきから観察しているところでは香奈恵はただただ、固まって虚ろにぼんやりとしているだけに見える。やけに顔色が悪い。何も耳に入っていないのではないだろうか。チチオヤの新しいオクサンが行方不明になると言うことはそれほどまで、ショックなことなのか?、ユリは首を傾げた。
外でバイクの音がしたが、勝手口から入ってくる姿はいつまで経ってもない。セイさんも異変に気づいて直接、表に回ったのだろう。家が近いから、もう田中さんも駆けつけてるかもしれない。田中さんどころか、隣近所の人達が全部だ。
その時、相変わらずざわついてる廊下から、台所の入り口に顔を出した者がある。
「あっ!アクマ。」ユリの声にガンタは飯が逆流しそうになる。
顔をあげてジンを見た青白い香奈恵の顔に朱が登って不気味なまだらになったのには、誰も気が付かなかった。
「よう!この旅館はほんと退屈しないさね。」
「何しに来た?!」胸を思わず、叩きながら。
「この騒ぎで飯が遅れそうだからさ、気にしないならこっちで食べてくれってさ。」
ジンはめざとく客用の茶碗を見つけると自分で飯をつぎ出した。
「なんだって?」「さすが、綾子殿は大胆な判断をするのう。」
仲良くご飯なんて冗談じゃないぜとガンタが思わずつぶやく。
「客は3人しかいないし、1人は行方不明でもう1人は飯どころじゃないってわけさ。この後、下手したらみんなで捜索ごっこだってさ。お前も借り出されるんじゃないのか?」ガンタが余計なお世話だ、と小さく呟く。
「おい!そんな奴にやってやることないぞ。セルフだ、ここは。」
テーブルの端に椅子を引き寄せたジンが箸を抜き取り大皿からおかずを取るなり、感嘆の声を上げてユリがみそ汁を注ぎに立っていた。
「スゴイぞ、ガンタ!アクマがシャケの切り身を食べてるんだ!ノリ、ウメボシ、タマゴヤキ、和食のアクマだ!アクマとドライブじゃなくてアクマとゴハンだぞ!」
「面白がるなよ。和食なんて、ここんとこ毎日食ってただろう。」
「実際に目の前で見るのは始めてだもん。」渡も醤油と取り皿を回してやる。
香奈恵は無意識に痛む足をさすった。痛いのはここだけではない。夢の記憶。
心配でたまらない。うわっと叫びたい。ジンが見られない。
うつむいた口から思わず微かな声が出た。「悪魔・・・」
それが聞こえたのは地獄耳の悪魔だけだったのか、ジンがチラリと香奈恵を見る。

「どうも申し訳ありませんね。」綾子とセイさんが厨房に戻って来た。
「お客さんに自ら給仕させるなんて。」
「気にする事はないさね。なんせ、非常事態なんだからさ。」
「飯はもっと炊いた方がいいかい?」セイさんが大きな電子ジャーを覗き込みながら声をあげ、綾子は海苔やウメボシを流しの下の戸棚から調理台に並べ始めている。
「女将さん、やっぱり捜索隊出すことになりそうなのさ?」
「あ、そう、そうなのよ。今もう、父さんや浩介さんは白峰さんと出かけたところ。場合によっては消防団や自治会にも声をかけなきゃならないでしょ。災害無線で呼びかけるって言ってたから。また山狩りになるかもわからないから、炊き出しの用意だけはしておかないと。」壁の時計を見る。午前7時45分になるところだ。
寿美恵が飯田美咲を連れて入って来た。
「ほら、飯田さんもお腹が減ってはダメでしょ。一緒に食べちゃって。迎えの人ももう着くわね。」その人達が捜索隊に加わる可能性もある。
「はい。」顔色の悪い飯田美咲は寿美恵に腕を掴まれたまま、ジンの隣の椅子にストンと腰を下ろした。大家族用の広いテーブルだが、さすがに今日はキツキツである。
「さっき、電話しましたから・・・みんな驚いちゃって・・・鈴木先生に相談するから、少し遅れるかもしれないです。」
泣いているのかタオルを顔に押し当てている。声は不鮮明だった。
香奈恵は美咲からも目を反らしたが、発言を反芻すると更に顔色が白くなった。
と、いうことはだ、まさか・・・オヤジ、鈴木誠二も来るのではないだろうか?。香奈恵は更に固まってしまう。しかし、寿美恵の方は発掘を取り仕切ってるらしい鈴木先生と言う名前を聞いても美咲の背中で微かに眉を上げただけだ。
香奈恵も寿美恵も何もしようとしないので、再びユリが気をきかしてお箸を差し出すが美咲は顔の前で手を振って断った。
「ごめんなさい。食欲がないの・・・何も食べれそうにないわ。」
「その・・・鈴木さんという人は昨日・・その、何かあったのかい。」
ジンが美咲に尋ねる。美咲の顔はジンからは、両側に垂れ下がる髪によって隠されている。
「いいえ・・・何も。何も・・・なかったはずなんですけど。いつものようだったし・・・何も変わらなかったのに・・・」
美咲の声は聞き取れないくらいに小さい。
「喧嘩でもしたとかはあるのかの。」
子供であるトラさんの質問も誰にもとがめられなかった。
美咲は黙って首を振る。
美人は得だな、と香奈恵は不機嫌に上目遣いでその横顔を睨みつけた。
夢の中であんなに淫らだった美咲は短い間に輝くようだった張りのある頬がこけ、眼の下に隈までできてるようだ。わざとらしい。真由美さんが嫌いなくせにさ。
「・・・ごちそうさま。」箸を置くと立ち上がる。
「香奈恵、あんたいくらも食べてないじゃないの。」
寿美恵がめざとく非難する。「なんなのその顔色?ひょっとして、あんたさ・・・」
何かを言いかけて言いよどんだ時、不意にジンが箸を置いた。
「ねえ、香奈恵ちゃんさ。」肩頬に探るような笑みが浮かぶ。
「昨日は、よく眠れなかったのかな? どうなのさ。」
香奈恵の背中がピンと緊張した。
「・・・うるさい。」小さい声で毒づいた。「悪魔には関係ない!」

振り向かないまま、足早に出て行く姿に寿美恵が慌てる。
「こらっ!香奈恵!なんてこというのっ!ジンさん、ごめんなさいっ、ほんとあの子ったら・・・どうしたのかしら。」
「いいってことよ。スミエちゃんが気にすることじゃないさ。」ジンはニヤニヤ笑う。
「スミエちゃんだとぉ?」ガンタの足が水面下でジンを直撃したことは言うまでもない。「香奈恵の前で、2度と言うな。」
「あっ、いいのよ。ガンタさんまで。」心なしか寿美恵の顔は嬉しそうというよりも物憂げであった。食卓にシラケた空気が流れる。ユリがこそこそと渡に囁く。
「カナエ・・・いつからジンをアクマと認識したのか?」
「アクマには違いないんだけどね。」と首を傾げると真正面に座るジンを見た。
「ジンさん、今のどういう意味なの、香奈恵が寝たとか寝ないとかさ?」
渡はジンに詰め寄る。ジンは面映そうに鼻の頭をかいた。とても嬉しそうだ。
「いやさ、なんとなくの挨拶さね。・・・気にしなくていいよ。」
寿美恵が困惑顔で娘の出て行った先に視線を走らせる。後を追いたいが、飯田美咲の世話を子供と客に丸投げする訳にいかないといった感じだ。
「それにしても。」トラも渡にささやく。「香奈恵どの、なんか心配じゃの。」
「う・・ん」渡はユリ、ガンタ、ジン、うなだれた美咲の順番に目を走らせたが最期に妙に青い顔色の寿美恵を見て何も言わないことにした。
「ゴチソウ様だっ!ワタル、先に行くぞ。」
セイさんの奥さんの漬けた絶品のタクアンを最期に続けざまに口に放り込むとユリが勢い良く、立ち上がった。
「あっ、待ってよ、ユリちゃん。」渡はご飯の残りをかっこみ、最初からマイペースで食事を続けていたトラも箸を置いた。
「わしも、今日は調子が良さそうじゃから学校に行くかの。ここにいても邪魔になるだろうし。」もとよりインフルエンザは仮病なのだ。
こういう時は子供は得だよなとガンタは、出て行く小学生と小学生に成り済ましてる同僚を見送った。
「あんたも手伝ったらどうだい。」ガンタは寿美恵が新しく入れてくれたお茶を飲みながらジンに顎を向ける。
「そうさな。暇だから、手伝ってもいいさね。」
子供達が学校から帰るまで、1人であのお化け屋敷でも回ってみようかと考えていたジンであったがそう答える。あそこは色々とおかしなところがあった。1階から上に子供達を行かせなかったのはその為。どんな魔族が潜んでいるのかは知らないが、一度面通しをしておくつもりだ。物騒な相手かもしれず、自分一人の方が都合が良かったのだが、それは後回しでも一向に構わない。ジンとしては今回の旅館のトラブルに乗じて渡の回りに人間に少しでも恩を売って置きたかった。
「まあ、そんな。」「ジンさん、申し訳ありません。」
綾子と寿美恵が口々にジンを持ち上げるのを、ガンタはつまらなそうに見つめた。
俺だって、仕事あんのに。まあ、表の仕事の財務整理や在庫管理はあってないようなお体裁だけの仕事だけど。イリトに書く報告書だって、実際はたいした仕事ではない。
そんな浮かないガンタの表情にもいち早く、綾子が気が付く。
「ガンタさんもすみませんね。お仕事はいいの?」
「まあ、急ぐことでもないんで。」ガンタは多少、気を良くして答えた。
こういう人間の表情を読むのは渡の母ちゃんは実にうまいなといつも感心していた。
さすが、ユウリの血縁だ。
「二人とも・・・皆さんも・・・ご迷惑をおかけして申し訳ありません。」
会話を黙って聞いていた飯田美咲がテーブルに付くくらいに頭を下げた。
その為、ジンはまたも美咲の顔をはっきりと見ることはなかった。

この記事についてブログを書く
« スパイラルツウ-5-1 | トップ | スパイラルツウ-5-3 »
最新の画像もっと見る