犬鍋のヨロマル漫談

ヨロマルとは韓国語で諸言語の意。日本語、韓国語、英語、ロシア語などの言葉と酒・食・歴史にまつわるエッセー。

柳錫春の発展社会学講義~『赤い水曜日』

2021-09-25 06:51:33 | 近現代史
3. 『赤い水曜日』

 それでも絶対に越えられない壁が一つ残っている。ほかでもなく「慰安婦」問題だ。この問題は、特に今日、フェミニズムの言説にかぶれた女子学生の抵抗が激しい。あらゆる資料を動員して、「慰安婦の個々の事情を、強制連行され、奴隷のような生活をしたと見るのは無理だ」といくら説明しても、彼女たちは最後には「構造的強制」という概念を盾にする。

 しかし、全国民が一生懸命働かなかった時代がなかったように、構造的強制がなかった時代もまた、ない。「過去の植民地朝鮮であれ今日の発展した大韓民国であれ、後進国であれ先進国であれ、伝統社会であれ近代社会であれ、構造的強制がない現実の社会が存在するのですか?」 だから構造的強制という言葉は、「なんの説明にもならない、わざわざ言う必要もないことにすぎない」と筆者は主張する。まさにこの虚像との対立と論争から起こったのが、2019年9月17日の延世大事件だ。

 仮に、金柄憲(キム・ビョンホン)国史教科書研究所所長が書いた『赤い水曜日』が、筆者が講義をしたときに出版されていて、テキストとして使えていたなら、件の事件は発生しなかったかもしれない。なぜなら、本書は「反日種族主義」的に慰安婦問題にアプローチする既存の文献と判決を精密に追跡して批判しつつ、その核心的な根拠として、挺対協が出版した資料を使って主張を展開しているからである。挺対協の水曜集会を支持している学生たちを説得するのに、このうえなく効果的なのだ。

 本書のプロローグにあるように、著者は、本書を徹底した証拠中心主義で書いた。著者の言うとおり、そうしてこそ攻撃を避けることができるからだ。執筆に活用された資料は、逆説的にも挺対協が1993年から2014年まで約30年に渡って、それなりに心血を注いで刊行した全8巻の慰安婦証言集である。挺対協が宣伝してきた慰安婦の口述証言を土台にして、いわゆる「被害者中心主義」を金科玉条とする学生たちは、それゆえ、もはや本書を無視できない。

 しかし、著者はそれと同時に、植民地当時の公式文献と史料、特に慰安所を運営した日本軍の文書はもちろん、米軍の記録、さらに当時の新聞記事なども幅広く検討した。そして著者は、これらの客観的史料を通じて明らかになった、当時の慰安婦現象の実体に、多角的にアプローチする。そのような総合的判断の結果として、以下のような証言のケースは「日本軍慰安婦」ではなく「民間の売春施設で働く慰安婦」と見なすべきだと、きれいに整理する。(53ページ)

1)日本軍慰安所がないところ、すなわち日本、朝鮮、台湾で慰安婦生活をしたという証言。


2)日中戦争が発生する1937年以前から慰安婦生活をしたという証言。


3)住民登録上1930年以降に生まれたか、17歳以下の年齢で慰安婦生活をしたという証言。


4)軍人と民間人の双方を相手に慰安婦生活をしたという証言。


 この基準を適用して、著者は、挺対協が発刊した「強制的に連れて行かれた朝鮮人軍慰安婦たち」シリーズの6冊と「中国に連れて行かれた朝鮮人軍慰安婦たち」シリーズの2冊に登場する証言をクロス分析する。そして著者は、「相当数が上記事項に該当する」ということを明らかにする。すなわち、「日本軍の管理・監督下で慰安婦の生活をした女性よりも、一般の売春施設で従事した女性のほうが多い」と指摘する。(53ページ)

 さらに一歩進んで、著者は「日本軍によって「強制的に動員されたケース」ははじめから存在しなかったし、存在しえなかった」と断言する。著者の緻密な分析の結論は、「女性家族部に登録された、いわゆる「日本軍慰安婦被害者」240人のうち「慰安婦被害者法」が定義した「日本軍によって強制動員」された事例は、ただの1人もいない」という、衝撃的宣言で締めくくられる。(54ページ)

 この主張を裏付けるために、著者が最も精力的に分析した事例は、1993年に挺対協が出版した証言集第1巻に登場する李容洙(イ・ヨンス)と金学順(キム・ハクスン)の事例だ。この二人は、挺対協が主導した慰安婦運動をそれぞれ象徴する人物でもある。著者は、彼女たちが1990年代初頭から今日まで、あらゆるメディアに証言した記録を一つ一つ追跡し、分析する。

 そして著者は、彼女たちの初期の証言では「貧困の犠牲者」という事実がはっきりと示されていたが、時の経過とともに徐々に証言が変わり、「日本軍によって強制的に連れて行かれた被害者」に変身していくことを、具体的に示す。これらの分析を整理しながら、著者は、挺対協の主張と活動に共感する学生たちの情緒がいかに空しいものであったかを痛感させられる。

 「私は、慰安婦生活も苦痛だったにちがいないが、1990年から始まった挺対協の「慰安婦カミングアウト運動」が彼女たちに別の苦痛を与えたと思う。「日帝の蛮行告発」という名の下に勧められた口述証言は、メディア、本、映像などの媒体を利用して、慰安婦運動を知らしめる広報物として広がっていった。挺対協の証言集には、女性として隠したくなるような恥ずかしい瞬間、とても口にするのがはばかられる場面が生々しく描かれている。」(218ページ)

 「さらには、彼女たちが、カミングアウトを誘惑する「補償金」の前で葛藤する場面も、そっくりそのまま書かれている。公務員たちから「申告すれば補償金をあげるよ」と言われ、家族や近所の友だちに知られてしまうのではないかと気を揉みながら、かたく隠してきた慰安婦の履歴をすべて打ち明けた。そして彼女たちが見舞われたのは、家族や近所の友だちの「無視」であり、「絶交」だった。お金のために苦痛の時を過ごした彼女たちが、またもやお金のために家族や友だちを失うという、二度目の苦痛を味わわなければならなかった。」(218ページ)

 「挺対協と女性家族部に、本当に慰安婦のためという純粋な心があったなら、口述証言を得たあと、それを保護・支援のための資料にとどめるべきだった。しかし、挺対協は、彼女たちの恥辱の過去を本として出版し、市販し、女性家族部は、その内容をホームページに載せ、誰もが見られるようにした。新聞、放送はまた、彼女たちの恥ずかしい場面をまき散らすのに忙しかった。いざ挺対協が発刊した証言集を読んでみると、彼女たちは日本軍の被害者ではなく、力のない国、貧しい親の下で、なすすべもなくうちのめされた、哀れな犠牲者であるという事実だけが、ものさびしく浮きあがるだけだ。」(219-220ページ)

 本書には、また、2021年1月8日およびその3か月後の4月21日に、別々の慰安婦たちが、日本を相手に韓国の裁判所に賠償金を請求した、同じ性格の二つの事件についての、正反対の判決に関する分析も載っている。互いに矛盾する2つの1審判決文の内容はもちろん、それぞれの判決文に内包している裁判官の歴史的事実に対する無知も、一つ一つ暴いた。

 基本的な事実関係を知らないため、「日本という国家が慰安婦を選び出した」というとんでもない前提を既成事実として、判決文が始まる。そこから判決の最後の主文に至る過程での論理の飛躍と事実の不整合を一つ一つ指摘する。著者は、裁判官の知的水準に絶望する。さらに著者は、1996年にUN人権委員会の名で提出された「クマラスワミ報告書」もまた、歴史を知らないという点で同じだと舌打ちをする。

 国民を騙し、世界を騙す聖域化運動になった「慰安婦を称える日」のイベント、「平和という名の少女像」が青少年にもたらす暴力性、そしてこれを支える「慰安婦被害者法」の問題に関しても、鋭い分析を続ける。最後には、尹美香を中心に30年間続いている水曜集会という慰安婦歪曲の現場こそ、真っ赤な嘘が支配する「赤い水曜日」だと断言する。さらに、世宗大の保坂祐二との訴訟、そして教科書に載ったでたらめな慰安婦に関する記述も、一つ一つ取り上げて、親切に教えてくれる。

(続く)

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2 コメント

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シェアさせていただきました。 (skanno)
2021-09-27 14:39:29
いつもご紹介有り難うございます。
この間の、諸先生方の慰安婦問題の冷静な分析をみていると、ある種の人たちが分析力不足から相手を決めつて論難する状況が見えてきました。彼らの議論行動は、誹謗中傷、軽挙妄動のレベルです。困った人たち。
 
ありがとうございます (bosintang)
2021-09-29 08:21:52
分析力の不足もその通りですが、そもそも初めから結論が決まっているので話がかみ合わないというのも大きいと思います。

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