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静かな余韻と感動、小説『ライオンのおやつ』

人生の最後に食べたいおやつは何ですか――、と言うキャッチコピーが帯に書かれた小川糸の最新小説、『ライオンのおやつ』を先日購入し、珍しく一気に読んでしまった。



若くして余命を告げられた女性が、瀬戸内の島のホスピスで過ごす残りの日々を描いた小説なのだが、正直そもそもこういった“死”をテーマにした小説は苦手で、これまであまり興味が無かったし、普通なら僕が絶対買わないタイプの本だ。しかし、何故だかとても暖かい雰囲気を感じてしまった表紙の挿絵に惹かれ、また、『ライオンのおやつ』と言う不思議なタイトルにも導かれて、ついつい本を手に取ってしまった。なんとなく本屋の新刊コーナーに置かれていたこの本が放っていた暖かい“幸せのオーラ”みたいなものに吸い寄せられてしまったのだろう。気がついたらいつの間にかレジに並んでいた。



作者の小川糸さんの作品で有名な、『食堂かたつむり』や『ツバキ文具店』などはこれまでに聞いたことがあったのだが、実は、彼女の作品はまだどれも読んだことがなかったので、今回読むのは初めてであった。そしてこの本、ちょうど作者のサイン入り!しかも、何とも可愛いサインである。




末期癌のステージ4。若くして余命を告げられた主人公の雫は、瀬戸内の島のホスピスで残りの日々を過ごすことを決め、瀬戸内の穏やかな景色のなか、本当にしたかったことを考える。当然ながら、余命を告げられた時は信じられず、受け入れることが出来なかったが、延命治療よりも、穏やかに最後を過ごすことを選んで、これまでの人間関係を断ち切り、一人でこの瀬戸内のホスピスにやってきたのだ。そこで、何とも心が暖かいホスピスの“マドンナ“や、住人たちとのふれあいを通して、雫は少しずつ死に対する恐武Sや不安を軽減して行き、また残りの短い時間をャWティブに捉え、最大限エンジョイして行く様子が、とても活き活きと描かれている。

物語の中で、雫の生い立ちなども語られるが、雫は若くして母親と死別し、父親の手一つで育てられる。父とはとても仲が良かったが、父が再婚すると決めた時から、雫は同居せずに自立することを決めたのだったが、病気のことも父に決して伝えないまま、ホスピスに入居。そんなとても辛く切ない過去や現状なども全て背負った上で、まさに人生最後の時までを精一杯の幸せな時間の中で迎えようとしているシチュエーションがとても切なく、心に響く。余命僅かの人が思うことを本当の意味で共感出来るわけもないが、どこかで自分のことのように感じてしまうという意味では、感情移入してしまう自分がいた。



もし自分が同じ立場だったら、そもそも絶望の中で発狂して、やけになって、何かとんでもないことをしでかしてしまいそうだ。余命宣告など、正直受け入れる自信は全くない。恐らく大半の人がそうであろう。

この物語には、ワンちゃんも登場する。以前ホスピスで息を引き取った人が飼っていたワンちゃんの六花を、ホスピスのみんなでお世話をしているのだが、雫の幼い頃の夢の一つとして、ワンちゃんを飼うことだった。余命僅かにして、一つ夢が叶った瞬間でもあった。また、雫は淡く、束の間の恋心も物語の中で抱くことが出来るのであった。

ホスピスでは毎週日曜日、入居者がリクエストできる「おやつの時間」があるのだが、毎回食べる前に、選ばれたおやつをリクエストした人のコメントが読み上げられる。本のタイトルになっている“ライオンのおやつ“とは何のことか気になっていたが、実はこのホスピスの名前は”ライオンの家”で、そこで出されるおやつの話なのであった。また、このホスピスでは、百獣の王ライオンのように、周りを気にすることなく、マイペースで自由に生活が出来るようにとの願いが込められていたのも納得。『ライオンのおやつ』とは何とも良い本のタイトルだ。



――食べて、生きて、この世から旅立つ。
すべての人にいつか訪れることをあたたかく描き出す、今が愛おしくなる物語。食べ物の表現や描写に定評があると言われる筆者だが、今回の作品もこの“おやつ“の描写が何とも美味しそうで、思わず食べてみたくなってしまうのだ。

この小説は、死をテーマに取り上げており、死後の世界などについての描写や語りが度々登場するが、それが変にオカルト的な死後の世界観を強要するわけでもなく、読者に変な固定観念を植え付けたりはしない。とてもナチュラルに取り上げながら描いている点で、とても素敵な作品だと感じた。また、物語全体を通して、決して派手も決してはないが、静かな愛情と暖かな人間描写がとても心地良く胸に刺さる物語であった。そして五体満足で日々普通に生きていることの有難さと、命の大切さを改めて学ぶことが出来たように思う。

これからまた小川糸の他の作品なども読んでみようと思う。
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