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『英国王 給仕人に乾杯!』

2009-01-12 | cinema & drama


最近は、映画館で映画を観ることが少なくなり、公開からだいぶ経った後にDVDをレンタルして観ることが多かった。
でも当然のことだが、やはり大画面で臨場感のある音と共に観る方がいいに決まっている。
昨年、The Rolling Stones(ローリング・ストーンズ)の 『Shine A Light』 を観た時に、つくづく思った。(それがライヴものだったということもあるが・・・)
その後、観たい映画の公開が続き、タイミング良く時間も取れ、このところはよく映画館に足を運んでいる。

先日レディース・デイの水曜日、チェコ映画の 『英国王 給仕人に乾杯!』 を観てきた。本国では2006年に公開された、チェコ映画の巨匠イジー・メンツェル監督の作品だ。
昨年、“Ahoj! チェコ映画週間” で観た内のひとつ、『厳重に監視された列車』 は、メンツェル監督が28歳の時の長編デビュー作で(現在監督は70歳)、ナチス・ドイツ占領下時代のチェコスロバキアを舞台に描かれた、とても素晴らしい作品だったが、今回観た 『英国王 給仕人に乾杯!』 も、同じ時代背景である。
『厳重に監視された列車』 同様、チェコの国民的作家ボフミル・フラバルの同名小説が原作で、本国では当時出版禁止となり、ビロード革命(1989年)以降に公に出版された作品である。

さて、肝心の内容だが、タイトルにある “英国王” は、一切出て来ない。なら、よくある邦題の矛盾かと思いきや、チェコ語の原題の英訳も “I served the King of England” なのだ。果たして、そのタイトルの理由とは・・・。
物語は、主人公ヤンが監獄から出所するところから始まる。そして、“私の幸運は、いつも不幸とドンデン返しだった” という言葉と共に、現在のヤンが15年前の自分を振り返りながら進んで行く。何故、彼は監獄に居たのか?
現在のヤンと過去のヤンは、ふたり一役。小柄で童顔の若いヤンは、愛嬌ある表情で可愛く、小さい故にちょこまかしたその行動ひとつひとつが笑いを誘い、現在のヤンは渋くて人間味のある風格が漂っている。
 15年前のヤンと現在のヤン

億万長者になって、一流ホテルのオーナーになることを夢見ていたヤンは、まず駅のホームのソーセージ売りからスタートした。
その後、小さな街のホテルのレストランで給仕見習いとなり、ソーセージ売り時代にひょんなことがきっかけで知り合った、ユダヤ人商人の後見もあって、その後どんどんと出世して行く。
最初の見習いの時の給仕長の、“何も見るな、何も聞くな、全てを見ろ、全てを聞け” という教えのとおり、その小さな体を生かして仕事をこなしながら、幸と不幸を同時に体験し、やがてプラハ一の高級ホテル “ホテル・パリ” のレストランの主任給仕にまで昇りつめる。
そこで出会った “英国王の給仕もした” と言う給仕長は、ヤンの尊敬する人物。ここで初めて “英国王” というセリフが出てくる。
 英国王の給仕をした給仕長とヤン

やがて、ナチス・ドイツの占領下となったプラハで、ヤンは自分より背の低いドイツ人女性と出会い、結婚し、夢であった一流ホテルのオーナーになるのだが・・・。
彼女との出会いから結婚までのくだりで、ナチス・ドイツが当時いかに人々に影響していて、それがどういうものだったかということが、コミカルでシニカルに描かれているのが興味をそそる。
そして、妻は軍人となり、尊敬する給仕長はナチスに抵抗して国家秘密警察(ゲシュタポ)に逮捕され、恩人のユダヤ人商人も強制収容所に送られる。
しかし、メンツェル監督は、こう言った様々な人間模様を政治的になりすぎず、素晴らしい表現力で伝えている。
何故監獄に入れられたのかはここでは伏せるとするが、現在のヤンがたくさんの鏡の前で過去と向き合うラスト・シーンは、とても切ない。
ナチス・ドイツに翻弄された母国の如く、ヤン自身もまた時代に翻弄され続けたのではないだろうか・・・。そんな姿が、ふたりのヤンによって見事に描かれている。

若かりしヤンを演じたのは、イヴァン・バルネフというブルガリア生まれの舞台出身の俳優。
公開当時の彼は33歳だが、とても歳相応には見えず、可愛くて憎めない。小柄で身のこなしの軽やかな演技からか、全米ではチャップリンを彷彿させると絶賛されているらしいが、本当に彼の存在感が大きく、彼なくしてこの作品は成り立たなかったのではないだろうか、と思う。
そして、公開に伴って来日した監督がインタビューで言った、“コミカルな要素があると、悲劇が際立つ” という印象的な言葉が、映画を観終わった後、更に脳裏に焼きついてくる。
次々と出てくるチェコ・ビールは、アルコールがダメな私は現地で飲めなかったが、ちょこっと出てきたプラハの景色は、先日行ってきたばかりだったので感慨深かった。
でも、そんなことよりも、時代背景を伝えつつ、チェコ人としての誇りも巧みに組み込み、ひとりの男の生きた人生を、幻想的かつユーモラスに描き、いやらしさのないエロティシズムも交えた温かい人間味のある作品で、バックに流れるオーケストラ音楽もステキだった。
しかも伝えたいことを、全て給仕という場面でメッセージを送っているというのが、鮮やかだった。

それにしてもこの邦題、勘違いされやすいのではないだろうか。タイトルだけ見ると、てっきり英国王室の話かと思ってしまいがち。
“英国王” と “給仕” の間にスペースはいらないのでは・・・。繋げるか、“の” を入れた方が誤解がないと思う。
Wikipediaでは、小説の邦題は、「僕はイギリス国王の給仕をした」 になっている。でも、ヤンが給仕をしたのではなく、彼が尊敬する給仕長が英国王の給仕人だった訳で、何ともややこしい。






★日本公式サイトはこちら。現在東京で公開中だが、1/24から大阪を皮切りに、全国で公開される。
オリジナル公式サイトは、チェコ語と英語ver.があり、とってもステキなサイト。