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ストラスブール美術館所蔵 『語りかける風景』 コロー、モネ、シスレーからピカソまで

2010-07-30 | art


Bunkamuraザ・ミュージアムは、好きな美術館のひとつ。こじんまりしているが、展示の仕方が見やすくて好きだ。
今回行ったのは、ストラスブール美術館所蔵の作品展。ストラスブールとはフランスの都市で、ドイツとの国境近くのアルザス地方にある。そして、その地方の10の市立美術館・博物館を総称してストラスブール美術館と呼ぶらしい。
ピカソの絵があるということで行ってみたのだが、展覧会のタイトルが示すとおり、いろいろな風景画がずらり。美しい風景画が多くて、癒された。
6つにテーマ分けされていて、最初のテーマは、遠近法で描いた作品が5点並ぶ 「窓からの風景」。会場にも実際に窓のようなセットを造り、雰囲気を出していた。
続いて 「人物のいる風景」。農民など、自然と一体化した人物を描いた作品が中心。ここにピカソがあったのだが、人物にしか興味のなかったピカソの好奇心の対象は、風景の中の人物だったそうだ。そう言われてみると、ピカソの描く風景だけの絵はないかも・・・。
でも、これを風景画と呼ぶのはちょっと無理があるような・・・・・。
 パブロ・ピカソ 『闘牛布さばき』(1956)

ここでのお気に入りは2点。ひとつはアルザス地方の画家ルイ=フィリップ・カムの 『刈入れ』。もうひとつはこれ。優しい色使いの点描画で、農作業の合間に食事をしている老夫婦の穏やかな表情がゆったりとした気持ちにさせてくれる、ほのぼのとした作品だった。
 モーリス・エリオ 『年老いた人々』(1892)

次は19世紀のヨーロッパの街の情景が並ぶ 「Ⅲ-都市の風景」。まるで絵葉書のような、風情のあるヨーロッパの街が描かれている。一度でもヨーロッパの古都を訪れたことがある人なら、きっとどこか懐かしい気分にさせられるだろう。
特に惹かれたのは、この2点。雰囲気ありすぎで、旅に出たい気分を掻き立てられた。
                             
ジョージ・ジョーンズ 『ストラスブールのグーテンベルク広場』(1827)     ロタール・フォン・ゼーバッハ 『雨の通り』(1895)

海や河、池を題材にした 「Ⅳ-水辺の風景」 では、明るく爽やかな色使いのものから、逆にダークで重い色使いのものまで、時間や場所や天候などによって様々な表情をする自然の様子を柔らかく描かれている絵が多かった。
コローの絵は、彼が描く特徴的なモコッとした木々と、時が止まったように静かな水面に浮かぶボートの構図がステキだった。
 ジャン=バティスト・カミーユ・コロー 『ヴィル=ダヴレーの池』(1860-63頃)

                      
フリッツ・トーロフ 『ソンム河の古い工場、夕暮れ』(1886-87頃)     イポリット・プラデル 『ガロンヌ河畔の風景』(制作年不詳)

更に、大自然の広大な情景が並ぶ 「Ⅴ-田園の風景」 へと続く。
中でも、空の面積が4分の3を占めるアンリ・ジュベールの羊の群れの絵に、とても惹かれた。果てしなく広がる大地と全てを包み込むかのような大空を見ていると、心の奥底から洗浄されて行くようなすっきり感があった。
コローの弟子であるアントワーヌ・シャントルイユの 『太陽が朝露を飲み干す』 は、彼が大自然の中に初めてイーゼルを立てて描いた作品なのだそう。
間もなく夜が明けるのを、ひっそりと息を潜めて待っているかのような森の様子が伺える。左下に、朝日を待とうと明るくなりつつある空をじっと見つめる鹿がいるのも印象深い。
                  
アンリ・ジュベール 『ヴュー=フェレットの羊の群れ』(1883)     アントワーヌ・シャントルイユ 『太陽が朝露を飲み干す』(制作年不詳)

このセクションには惹かれる作品が結構多く、ショップで売っていたポストカードの中にもネットでの画像にもなかったので作品自体は紹介できないが、同じタイトルでもアドルフ・キルスタインの 『雷雨』 は、雲の間からの黒い線がハッキリ描かれていて、いかにも雷雨と言った感じで、ジョルジュ・ミシェルの 『雷雨』 は、どんよりした雲が今にも動き出しそうで、似ているようで全く違うふたつの作品を見比べるのは、なかなか面白かった。
何度もイタリアを旅したというドイツの画家オスヴァルト・アッヘンバッハの 『古代ローマ遺跡のある風景』 では、突然降り出した雨に急ぎ足で行き来する人や、明るい空の方へ走って行く人々の姿が、とても躍動的に描かれていたのが印象的だった。
あとはこの2点もお気に入り。
                          
ヨハン=フリードリヒ・ヘルムスドルフ 『キンツハイム城の眺め』(1830頃)     ジョルジュ・ミシェル 『風車のある風景』(1820頃)

実は知らない画家の作品がほとんどだったが、それぞれの画家の目を通して描かれた様々な自然の風景に、すーっとした心地良い風を感じながら、安らかな気持ちで鑑賞することができた。

生誕150年記念 『アルフォンス・ミュシャ展』

2010-07-26 | art


アール・ヌーヴォーを代表する画家アルフォンス・ミュシャの展覧会が、7月4日まで三鷹市美術ギャラリーで開催されていた。
私はチェコ語の発音のムハと呼んでいるが、フランス語の発音のミュシャの方が一般的に知られているので、今回はミュシャで・・・。
それにしても、ミュシャは日本人にとても人気があるのに、どうしてこんなマイナーな場所で開催したのだろうか。そのことは、行く前も行った後も疑問だった。しかも生誕150年という節目の記念展なのに・・・。展示品の80%が堺市所蔵のものだったので、そのことと関係があったのだろうか?

展示内容は、「パリ時代」 「アメリカ時代」 「チェコ時代」 の3つに大きく分けられていた。
まず第1章 「パリ時代」。中に入ると・・・とにかく狭い! 普通の廊下のような幅の両側の壁に展示されているので、さほど混んでいないのに両側で二人重なるともう隙間がなくなって先に進めないので、渋滞してしまうという始末。そんなジレンマに少々イラついたが、気を取り直して作品に集中集中。
“絵画とデッサン” のセクションにあった 『犠牲』 という水彩画は、当時のチェコの実態を彷彿させるかのような重い絵だった。
“ポスター” のセクションに入ると、ミュシャがポスター画家としての地位を確立した 『ジスモンダ』 をはじめ、サラ・ベルナールを描いたポスターが多数展示されていた。
『ジスモンダ』 にはやはりと言うか、一斉に人が群がっていたが、私はこの前の 『ロートレック・コネクション』 で既にじっくり鑑賞したので、他の作品を重点的に見ることにした。中でも気に入ったのは、サラのために描いた5番目の作品という 『メディア』。すごくカッコいいポスターだった。
巻きタバコ用の紙の宣伝ポスター 『JOB』 では金が使われていて、なんとなくクリムトを思い出させた。
 『ジスモンダ』(1894)   『メディア』(1898)   『JOB』(1896)

ルフェーヴル=ユティル社のビスケットの缶や箱のデザインは、お菓子の箱には贅沢すぎる豪華なデザイン。


“装飾とパネル” のセクションでは、『四季』 『四つの花』 『四芸術』 『四つの星』 といった連作シリーズが続いた。中でも惹かれたのは、詩・ダンス・絵画・音楽のテーマが描かれた 『四芸術』。とても繊細で優しくて、それでいて妖艶なミューズが素敵だった。
『つた』 と 『月桂樹』 の2作品が対になった作品は、とても美しくてうっとりするくらいだった。
 『四芸術 : 音楽』(1898)   『つた』 『月桂樹』(1901)

この辺りから次のセクション “デザイン” に展示されている作品は、多くのグラフィック・デザイナーやイラストレーターに多大な影響を与えたんだろうなーと思わせる作品が並んでいた。
ここでの私のお気に入りは 『黄道十二宮』 というラ・ブリュムのカレンダーで、下絵もあった。でも並べて展示してくれればいいものの、手前のセクションにあったので、比べて鑑賞するには行ったり来たりしなくてはならなかった。
 『黄道十二宮』(1896)

そのあとは本や雑誌の装丁や挿絵、工芸品などがあり、第2章の 「アメリカ」 では、8点のみ展示。
そして、最後の第3章 「チェコ時代」 に入ると、ガラっと雰囲気が変わった。
商業的に成功を収めたミュシャは50歳の時に故国チェコに戻り、完成まで20年かけた20点の連作 『スラヴ叙事詩』 を制作するのだが、その合間に祖国のためにフェスティバルや宝くじやイベントのポスターを制作していたものが展示。
最初に展示されていた2点 『少女の像』 と 『チェコの心』 に鳥肌が立った。殺伐とした痛々しい時代背景の悲しさに溢れているのだが、その表情には生き抜いて行くという強い意思さえ感じられ、とても感動させられる作品だった。
 『少女の像』(1913)   『チェコの心』(1917)

スラヴ民族への愛情が感じられる作品が並び、『プラハ聖ヴィート大聖堂 ステンドグラスの窓のプラン』 もあった。実際に聖ヴィート大聖堂にあるステンドグラスのデザインとは違い、ヴァーツラフ1世の幼い頃の姿も描かれていなかった。
 『聖ヴィート大聖堂 ステンドグラスの窓のプラン』(1931)   実際のステンドグラス

そして圧巻だったのが、プラハ市民会館市長ホールの原画。実際は天井近くの高いところに装飾されているので、間近で見ることができる機会はまずない。何度も往復してじっくり鑑賞。その連作の中では、『公正 教父ヤン・フス』 と 『スラヴの連帯』 が印象に残った。

前半がかなり窮屈だったので、もう少しじっくり鑑賞したかったというのはあったが、来場者の殆んどが 「パリ時代」 に集中していて、「チェコ時代」 はサクッとほぼ通過状態で見て行く人が多かった。なので、逆に 「チェコ時代」 を楽しみにしていた私にとってはじっくりゆっくり鑑賞することができたので、お腹いっぱい大満足。
それでも、やはりこの場所での開催は、勿体ないなーと思った。
ショップで売っていたポストカードも全部 「パリ時代」 のもので、「チェコ時代」 のものは1枚もなかったのが残念だった。日本人に人気のあるミュシャは 「パリ時代」 に代表される一連の作品・作風なのだから仕方ない。でも、敢えてこういう作品展での販売だからこそ、レアなものを作ってほしかった。
それと、クリアファイルやマグネットなんかよりも、ビスケット缶のレプリカとかあれば良かったのになと思った。

『アリス・イン・ワンダーランド』

2010-07-17 | cinema & drama


東京ディズニーランドの 『キャプテンEO』 が、マイケル・ジャクソンの1周忌を機に復活した。
『アバター』 の大ヒット以来、3D映画はもう珍しくも何ともない時代になったが、思えばこの 『キャプテンEO』 が3D映画の元祖と言ってもいいだろう。やはりと言うかさすが、世紀のエンターティナー・マイケルだ。
もう2ヶ月も前になるが、そんな今では当たり前のようになった3D映画 『アリス・イン・ワンダーランド』 を観た。
3Dメガネとは青色と赤色のセロファンのメガネだとばかり思っていたが、映画館で渡された21世紀の3Dメガネは、普通のサングラスみたいだった。
原作の 「不思議の国のアリス」 については、なんとなく程度しか知識がなかったので、原作を読んでから観に行ったのだが、読んでおいてよかったと思った。
こういうファンタジー系の作品には、3D映像というのがとても合う。綺麗で幻想的な異次元の世界をリアルに感じることができて、なかなか良かった。
何かが目の前に向かって飛んで来た時は、思わず目を瞑ってしまったし、砂煙を立てながら逃走するシーンや終盤の戦いのシーンも、かなり迫力があった。
でも、もしこれが 『ジョーズ』 や 『バック・ドラフト』 とかだったら、疲れ果てていただろうと思う。
この作品と同じティム・バートン監督の 『チャーリーとチョコレート工場』 のウィリーや、『パイレーツ・オブ・カリビアン』 のジャック・スパロウなどの、妙チクリンな人物を演じるジョニー・デップは、普通の役の時よりも断然好きなのだが、今回のマッド・ハッターのメイクを見て思い出したのが、同じくティム・バートン監督のコメディ映画 『ビートルジュース』。アイ・メイクがそっくり!
「不思議の国のアリス」 の時のアリスが想像力豊かな19歳の少女に成長し、そのアリスが再び夢の世界で繰り広げる物語なのだが、その摩訶不思議な世界観は、鮮やかな色彩と個性的なキャラクターで、視覚的にもとっても楽しませてくれた。
最後に現実の人々と、ワンダーランドのキャラがリンクするところでは、なるほど~と思わせたりも・・・。
そして、私のツボに入りまくりだったキャラがこれ(↓)。トウィードルダムとトウィードルディーのずんぐりむっくりな双子。このキモ可愛さがサイコーに可笑しかった。



Rooney / Eureka

2010-07-12 | music : favorite

今となっては、どうしてこうなったのかが不明なのですが、実際の曲順と本文中の曲順が違っていますので、ご了承下さい。(2011年2月5日)

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先月3年ぶりにリリースされた、カリフォルニアのポップ・ロック・バンドRooney(ルーニー)の3rdアルバム 『Eureka』。
今回彼らは自身のレーベルCalifornia Dreaming Recordsを立ち上げ、プロデュースとエンジニアリングも自分たちで行った意欲作。
実は、バンド結成当時から共にしてきたベーシストのMatthew Winter(マシュー・ウィンター)がレコーディング後にバンドを去り、現在は新しくBrandon Schwartzel(ブランドン・シュワルツェル)を迎え、USツアー中。BrandonはCastledoor(キャッスルドア)という同じカリフォルニアのバンドのメンバーでもあるので、彼がRooneyの正式メンバーになるかどうかは定かではない。
さて、肝心のアルバムの方だが、発売前に先行DLで聴けた 「I Can't Get Enough」 は、Rooneyらしい軽いポップな曲だったが、“ま、いいんじゃない?” 程度のイマイチこれと言った特別な感想もなかったのだった。
ところが、Tシャツ付プレ・オーダーのアルバムが少し遅れて届き、1曲目 「Holdin' On」 を聴くと・・・・・。
これがもう、もぉぉぉ!!! イントロから即座に虜になった。実に私が望んでいるRooney流ポップ・センスが凝縮されたかのような楽曲で、心が弾み思わずニヤリ♪
で、M-2が先の 「I Can't Get Enough」 なのだが、特徴あるキーボードの弾むような音と、単調なメロディ・ラインの繰り返しが、聴けば聴くほどやけに耳に残る。
この2曲の流れ、2ndアルバム 『Calling The World』 のM-1 「Calling The World」 とM-2 「When Did Your Heart Go Missing?」 に似てる。この時も、M-1がめちゃくちゃ好みの曲で、M-2は最初はあまり好きになれず、でもだんだん聴いて行く内にハマったというタイプの曲。
その後もE.L.O.を思わせるようなエレクトリックなキーボード・サウンドと、レイドバックした曲調や厚みのあるコーラスワークを生かしたポップな曲が続く。M-4 「Don't Look At Me」 やM-6 「I Don't Wanna Lose You」 は、特にお気に入り。
その2曲に挟まれてしっとりと歌い上げるM-5 「Into The Blue」 は、ピアノを中心としたシンプルなアレンジで、とても印象的なバラード。
わりと似たような感じのポップ路線で進んで行くが、M-7 「Stars And Stripes」 で少し雰囲気が変わる。アンニュイでお洒落サウンドという表現で、どれだけその感じが伝わるかどうか不明だが、ユニゾンでハモる女性コーラスが曲にセクシーさを与えている。
これまでのRooneyにはなかった、Steely Dan(スティーリー・ダン)を彷彿させるような、ちょっとジャジーなナンバーだ。
そしてM-8 「All Or Nothing」 で、とびっきり明るく楽しいポップなRooneyサウンドが再び登場。
M-10 「The Hunch」 では、今回初めてドラムスのNed Brower(ネッド・ブロワー)がリードVo.を取っている。曲を作ったのも彼。バンドのヴォーカリストRobert Schwartzman(ロバート・シュワルツマン)とは全く違う声質が、軽快なこの曲にとても合っている。Jellyfish(ジェリーフィッシュ)が大好きなNedらしいポップ・ソングで、全面にフィーチャーしたブラスのホーン・セクションがカッコいい。そのホーン・アレンジを担当したのは、パワー・ポップ・ファンにはお馴染みのメロディー・メイカーBleu(ブルウ)。
そして、ポップで弾むようなM-11 「Only Friend」 へと続き、王道路線のような落ち着いたメロディ・ラインのM-12 「You're What I'm Looking For」 で最後を締めくくる。

1stで感じた70年代的レトロ・ポップな雰囲気、2ndで感じたドラマティックでアグレッシヴな雰囲気は、この 『Eureka』 では少し薄れ、よりシンプルになった感じ。
とは言え、キャッチーなメロディとそれに見事に融合するコーラスワークは健在で、聴けば聴くほどその魅力が深まって行く。
Wikipediaによると、アルバム・タイトルの “Eureka”(エウレカ)とは、「見つけた」 という意味の古代ギリシア語の現在完了形らしい。さしずめ彼らは何かを見つけ、新生Rooneyとしても少しずつだが着実に前進しているのではないだろうか・・・と、私なりに解釈した。


5月20日にアルバム発売前のプロモーションとして、ニューヨークのBrooklyn Bridge Park(ブルックリン・ブリッジ公園)で、ハドソン川と摩天楼をバックに先行シングル 「I Can't Get Enough」 のアコースティック・パフォーマンスを行なった映像がこちら(↓)。
ドラムスのNedはいないが、ギターのTaylor Locke(テイラー・ロック)の超短髪姿に注目♪

★Rooney 「I Can't Get Enough」 acoustic ver.


『モーリス・ユトリロ展』 -パリを愛した孤独な画家-

2010-07-02 | art


少し前になるが、身近なパリの風景を中心に描いたフランス人画家、モーリス・ユトリロの作品展を観に行った。
今回の展示作品は、日本初公開作品を集めたものとのことで、兼ねてから日本での人気が高いユトリロ。平日の昼間にもかかわらず、かなり混んでいた。

ユトリロは10代でアルコール中毒になった時に、リハビリで医師に勧められたのがきっかけで絵画を始めたのだが、その初期の作品を集めた “モンマニーの時代” の3枚の絵からスタート。
最初の治療を終えたあと暮らした、母方の祖母がいたところがモンマニーで、フランス北部にある町。
一般的に知られているユトリロの作品とは違い、油彩の絵の具が盛り盛りの、かなり重い印象の作品だった。
続く “白の時代” が後に傑作と評される作品を次々と描いた数年で、アルコール依存症だった頃。そしてユトリロと言えばモンマルトルと言えるほど、パリのモンマルトルの風景を独特の白を使って描いた。
ユトリロがこだわったその白は、モンマルトルの建物の外壁の漆喰。その材質を抽出するために、絵の具に石灰を混ぜたり、はたまた鳩の糞や朝食に食べた卵の殻などを混ぜたのだそうだ。
そんな “白の時代” の作品の中には、ユトリロが生涯通して何度も何度も描いたモンマルトルのシャンソニエ 「ラパン・アジル」 が2枚展示されていた。
ラパン・アジルの外壁には、まだあの “はねうさぎ” はないんだ・・・とか、自分のこの目で実際に見て歩いたことのある、モンマルトルの建物や通りを描いた作品を鑑賞するのはとっても楽しかった。
 『ラパン・アジル、モンマルトル』(1914)   『バイアン通り、パリ』(1915頃)

今回の出展は、続く “色彩の時代” からの作品がほとんどだったのだが、“白の時代” の作品に比べるとやはり何かが違う。
ステキなのもたくさんあったのだが、気になったのが人物。題材はあくまでも風景や建物なのだが、通りを歩く人々を必要以上に描いていて、それがなんとも幼稚というかやたらとお尻の大きい婦人がたくさん歩いているのが多く、私はそれらの人物が絵を台無しにしていると感じた。多くの画家が描いている肖像画こそないが、ユトリロは人物を描いてはいけないとさえ思った。
また、“白の時代” から30年後に描かれたラパン・アジルはとっても雑な感じがしたし、同じく何度も描いているサクレ=クール寺院もなんだか子供っぽい感じだった。
他にも線が太すぎてバランスの悪いものや、色使いが多いものはぬり絵のようにベタベタしていて、逆にやたらと淡白すぎるものなど、だんだんと魅力が薄れていくのが目に見えて感じた。
後に初期の “白の時代” の作品が高く評価されるようになるのは、同じものを描いた作品を比べてみると明らかだった。
 『パリ北部の城壁群』(1925)   『モンマルトルのサクレ=クール寺院』(1933)  

とは言え、後期の作品の中にも “白の時代” を思わせるものもあり、そんな中でこの2点は特に気に入り、とても惹かれた。
 『雪の通り、モンマルトル』(1936頃)   『サン=リュスティック通り、モンマルトル』(1948頃)


★『モーリス・ユトリロ展 -パリを愛した孤独な画家-』 は、新宿の損保ジャパン東郷青児美術館で7月4日(日)まで開催。割引券の付いたしおりが、紀伊国屋書店のレジ・カウンターに置いてあり、100円引き(大人900円)になる。


                        現在のラパン・アジル(2009)