売れない作家 高村裕樹の部屋

まだ駆け出しの作家ですが、作品の情報や、内容に関連する写真(作品の舞台)など、掲載していきたいと思います

『幻影2 荒原の墓標』第34回

2014-09-05 12:04:55 | 小説
 9月に入っても天候不順は続き、今朝も9時頃、すごい雷雨でした。
 車のワイパーを高速にしても、一瞬、視界がかすんでしまうほどの雨でした。
 この天候不順、いつまで続くのでしょうか?

 今回は『幻影2 荒原の墓標』34回目の掲載です。


            5

 さくらの誕生日会のあと、美奈は恵のマンションに行き、葵と三人で話に花を咲かせていた。さくらも来るとよかったのだが、鬼々がさくらと語り明かしたいというのを、無視することもできなかった。さくらはまた静岡に遊びに行きます、と葵に約束をした。
 翌朝、恵と美奈は珍しく八時前に起きた。主婦の葵は朝六時半に起床し、朝食や秀樹の弁当を作るので、早起きの習慣が身についている。秀樹が勤めている会社は八時半始業なので、八時前には家を出る。
 恵と美奈が目を覚ましたときには、勝手知ったる他人の家で、葵がご飯を炊き、ハムエッグやサラダ、味噌汁などの朝食を用意してくれていた。もちろん前もって、恵の了承を取ってある。味噌汁はインスタントの赤だしだが。葵は名古屋にいたころ、いつも飲んでいた赤だし味噌を、懐かしく思った。
「冷蔵庫にあったもので、適当に作っておいたから、たいしたもの作れなかったけど。でも、ハムエッグだとパンの方が合ってるわね」 と葵が謙遜した。
「さすが主婦。毎日秀樹さんの朝食や愛妻弁当を作っているのね。熱いな。私、結婚したら、朝起きれるかしら」
 恵が眠そうな顔で感心した。
「愛妻弁当じゃなくて、悪妻弁当かもしれないわよ」
 葵が混ぜ返した。
「悪妻だなんて、心にもないこと言っちゃって」 と恵が笑った。
「美奈も、三浦さんと一緒に住むようになったら、主婦しなきゃあならないのね。まあ、美奈なら以前OLやってたときはきちんとしてたから、じきリズムをつかめるようになると思うけど。お寺にいたときは、朝五時起きだったんでしょう」
「五時だなんて、私にとっては真夜中よ。でも、オアシスで美奈と一緒に仕事できるのも、あと四ヶ月足らずね。この四ヶ月、大事にしなくっちゃあ」
「ごめんなさい、わがまま言いまして」
「美奈が謝ることないよ。いいことなんだから。私もあと二、三年今の仕事でお金貯めて、三〇前には辞めるつもり。そしたら喫茶店か何かやりたいから、そのときは美奈も協力してね。美奈がウエイトレスやってくれたら、お客さんたくさんやってきそう。何せ、オアシスのナンバーワンコンパニオンだもんね。それに、美奈が淹れるコーヒー、絶品なんだから。喫茶店でも十分通用するよ」
「そのときは、私こそお願いします。働かせてください」
「メグが店出したら、私も名古屋に来るとき、メグの店、寄らせてもらうからね」
「メグさんが喫茶店出したら、三浦さんや鳥居さんが会議室代わりに使いそうですね」
「警察御用達(ごようたし)ね。みかじめ料とかで、暴力団が近づかなくていいわ。警察専用の部屋、用意しとくわ」
 そんな話をしながら、三人は朝食の席に着いた。
 恵がテレビをつけた。朝のニュースをやっていた。ニュースが地元の放送局に移ると、最初に豊田市足助町の山林で、昨日男性が刺殺されたという事件の報道があった。被害者は大岩康之三四歳。犯人は元暴力団員と思われ、逃走中という。美奈はそのニュースに驚いた。大岩は確か昨日、小幡署を中心とした捜査官が任意同行をすると三浦から聞いていた。大岩は詐欺事件や宝石店強盗事件に関係していると思われ、背後関係を調べている、とのことだ。また、大岩が北村弘樹の小説で、殺害を予言されていたということも、最後にアナウンサーが付け加えた。
「大岩が殺された!?」
 美奈はテレビのニュースに釘付けになった。
「大岩って、裕子が会ったという、おおやまのことね」
「え、それ、どういうことなの? 何で裕子がその殺された被害者と関係あるの?」
一人静岡にいて、事件のことをあまり詳しく知らない葵が、美奈たちに尋ねた。葵は北村弘樹の作品に沿って連続殺人が起こっているということは、新聞やテレビの報道で知っていた。しかしそれが親友たちの間近で起こっていることを聞き、驚いた。
「マジで? 嘘みたい。真犯人が裕子のお兄さんかもしれないだなんて。しかも、もう死んでいて、怨霊となって復讐しているとは。昨日、さくらの誕生日会で、裕子がお兄さんの霊に会った、なんて話が出て、私、びっくりしちゃった。前にも美奈、事件に巻き込まれたけど、今度もまたその渦中にいるだなんて。北村弘樹と美奈が知り合いだということも、びっくりよ」
 葵は美奈と恵から説明を受け、さらに驚愕した。またおぞましい事件に巻き込まれるのじゃないかと、美奈と裕子のことを心配した。
「大丈夫です。今回の事件は、三浦さんや鳥居さんが担当しています。さっきのニュースでも言っていましたが、犯人は元暴力団の人と特定できたようだし、その背景も解明できてきた、ということですから」
 美奈は葵に心配かけまいと、事件も解決が近いことを強調した。
「でも、霊が絡んでいる事件なら、最後は美奈と千尋さんの出番になるんじゃない?」
 それでも葵は不安だった。葵は絶対危険なことに首を突っ込まないでね、と美奈に忠告した。ここまで親身になって考えてくれる親友に、美奈はありがたいことだと心から感謝した。
 葵は久しぶりに、以前よく行ったファミレスで昼食を食べた。顔なじみだったウエイトレスが葵を見て、 「久しぶりですね。結婚されて静岡に行かれたと聞いていましたが」 と声をかけてくれた。深夜の勤務が多い人だが、今日はたまたま昼間のシフトに入っていた。食事のあと、ドリンクの飲み放題やケーキなどのデザートを注文し、恵と美奈の出勤時間まで話をした。
 恵はセレナで葵を駐車場まで送り、葵のヴィッツと入れ替えで、セレナを美奈が借りている駐車場に入れた。
「葵さん、気をつけて帰ってね」 と恵が葵に声をかけた。
「ありがとね。楽しかった。また会おうね。今度は裕子にも会いたい。さくらや美貴にもよろしく。それから美奈、本当に無理はしないでね。事件は警察に任せて」
 葵は別れるまで美奈のことを気にかけていた。
 葵は山田西インターから東名阪自動車道(現名古屋第二環状自動車道)に入り、上社(かみやしろ)ジャンクション経由で東名高速道路に入った。
 オアシスで美貴が 「昨日はありがとうございました。葵さんと久しぶりに会えて、よかった」 と開口一番挨拶をした。美貴はさくらに電話して、来週の水曜日に、タトゥーのことで相談に行くことになったと言った。スタジオは休みだけれど、美貴が公休日なので、その日に来てくださいとのことだった。それまでに見本の絵も描いておいてくれるそうだ。
「いよいよオスカルを入れるの?」 と恵が尋ねた。
「うん。オスカルなら、年を取ってもそんなに恥ずかしくはないから。宝塚でもやってるし。背中一面じゃなくて、太股にしようか、ってさくらと話してたんだ。背中に入れちゃうと、ウエディングドレス着れなくなるといけないから。アメリカなんかでは、アニメのキャラクター彫る人も多いんだって。悟空とかガンダムとか、日本のアニメも人気だそうだよ」
 夕方六時ごろ、葵から無事自宅に着いたとメールが入っていた。お尻の近くに牡丹を入れたから、三時間近く車のシートに座っていて、痛かったと書いてあった。
 その夜は美奈はファミレスでの談話を早めに切り上げた。美奈はタクシーで三浦のアパートに向かった。別れ際に恵と美貴から、 「愛しの君によろしく」 と冷やかされた。

 アパートに着いたときは、まだ三浦は帰っていなかった。美奈は預かっているスペアキーで中に入った。三浦から 「これから戻るので、まだ着いていなかったら、中に入って待っていてください」 とメールがあった。今は三浦のアパートも美奈の部屋もお互い自宅同然だ。
ほどなく三浦は帰ってきた。
「やあ、美奈さん、いらっしゃい」
 三浦は嬉しそうに美奈に挨拶をした。
「こんばんは。図々しく、中で待たせてもらいました。何か召し上がりますか? もし召し上がるなら、大至急作ります」
 美奈は冷蔵庫を覗き、どんな食材があるかを確認していた。
「いや、夜は鳥居さんと牛丼屋に行ったから大丈夫。ありがとう。でも、もうすぐ毎日美奈さんの手料理を食べられますね」
 美奈の手料理を食べられると三浦に言われて、美奈は恥ずかしさで真っ赤になった。でも、愛する人に料理を食べてもらえるのは、女としてこの上ない歓びだ。こんなことを言うと、女性差別だとムキになる人がいるかもしれない、と思いもした。もうずいぶん前のことになるが、 「私作る人、僕食べる人」というCMが女性差別と問題になったことがある。それでも美奈は愛する人に尽くせるのは嬉しかった。
 三浦が一段落つくと、美奈は熱いコーヒーを淹れて、三浦に勧めた。三浦の家はドリップ式のコーヒーメーカーだが、美奈はコーヒーメーカーを使わず、直接ドリッパーに湯を注(そそ)ぐ。その注ぎ加減が、微妙に味を左右する。
「ありがとう。美奈さんのコーヒーを飲むと、ほっとします。昨日今日は本当に忙しかったですよ。この二日間、満足に寝ていませんからね。昨日は署に泊まりでした」
「テレビのニュースでも見ましたが、大岩が犠牲になったそうですね」
 美奈は“殺された”という言葉を使いたくなかったので、言い換えた。それから話は事件のことになった。ナイフに残っていた指紋から、加害者は元暴力団員の武内雅俊だと警察が断定したことを三浦は伝えた。詐欺グループ内の仲間割れのようだ、と三浦が言った。それから出来町のマンションで貴重な資料を発見したことも。
「出来町ですか? 私の家のすぐ近くなんですね」
「僕もそう気付いて、驚きましたよ。光照寺までだと、歩いても一〇分とかからないところです」
「でも、いくら間抜けな犯人でも、そんな重要な証拠資料を残しておくはずがないです。それに、その詐欺グループって、とても巧妙だったんでしょう。きっと、裕子さんのお兄さんが、犯行を告発しようとして、意図的にやったことだと私は思います」
「そうか。確かにいくら何でも、詐欺や宝石強盗の証拠をそのまま残しておくのは、ずさんすぎます。それが霊の仕業だなんて、考えてもみませんでした。しかし、この事件も武内を逮捕すれば、ある程度は解決します。指名手配をしたので、逮捕も時間の問題だと思いますが。ただ、常識では説明がつかないことも出てきます。たとえば、北村先生になぜあんな予言ができたのかなんて。警察では霊が関与していたということは、正式には認めませんからね。だからこれをどう理解すればいいのか」
 しばらく二人は今回の事件のことを話し合っていた。しかし三浦もさすがに疲れていたので、入浴して寝ることにした。美奈もまだ暑い季節で、汗ばんでいたので、一緒に入浴した。三浦のアパートの浴槽は、二人で入浴するには狭かった。湯船は身体をぴったり寄せ合わせないと、入れないほどだ。美奈の団地の浴室も狭いが、三浦のアパートの浴室はさらに狭い。基本的には、浴室は一人で入浴するようになっているのだろう。
「本当に何度見ても、美奈さんの身体はきれいだと感動しますよ」
 三浦は美奈の美しい身体を褒めた。
「恥ずかしい。あまり見ないでください」
 美奈は恥じらった。仕事で、裸で客を接待しているときの美奈とは、全く別人だった。美奈は仕事のときは、プロ意識に徹しているが、職場を離れれば、一人の女性に戻っていた。
「タトゥーはまだまだ日本では認知されず、日陰の存在で、美奈さんも辛い思いをすることが多いと思います。でも、僕は美奈さんの優しい純朴な人柄を愛しているので、肌の上の絵は関係ありません。決して卑屈にならないでくださいね。たとえ美奈さんがどんなに辛い境遇に陥っても、必ず僕が美奈さんを守ります」
「俊文さん、嬉しい」
 美奈は三浦の胸に飛び込んで、歓びの涙を流した。
 その夜は三浦は疲れ切っていたので、交わることなく眠りについた。それでも美奈は三浦の言葉に酔っていた。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿