私は日本国憲法について深く語る資格の無い忍者でありますが、それでも判断材料と申しましょうか、このような理解が有るということは広く知られて良いと思っていることが二つ有ります。
一つ目は、ある割合博識な大忍もブログで述べておられますが、日本国憲法は実質的には国産品であって、GHQに押し付けられたものではないということです。その背景には明治の自由民権運動も関わっており、当時の総理大臣幣原喜重郎の平和主義の希求の態度にも拠っているものであることを示す記録が有ります。反論も有りますが、虚心坦懐に資料を理解すれば、日本国憲法はGHQ経由であっても国産品と考えることができるはずだという立場が有ることは理解しておいていただきたいと思います。
http://www.ndl.go.jp/constitution/ 国立国会図書館サイト
http://www.ndl.go.jp/constitution/gaisetsu/revision.html#s3 様々な人々が起草に関心が有った
http://homepage2.nifty.com/kumando/si/si010515.html
http://www.ndl.go.jp/modern/cha1/description14.html 日本帝国憲法以前にも有った民主的憲法草案
http://kenpou2010.web.fc2.com 幣原喜重郎とマッカーサーの対話資料を含む九条を世界に広める立場のサイト
二つ目は、私が直接お聞きした話です。聖隷福祉事業団を創設された長谷川保先生をゲストにお迎えした茶話会でのことでした。当時先生は日本社会党籍の衆議院議員でしたが、最初の当選が日本国憲法発布前の1946年でしたので、司会者が、当時の議論の様子はどうであったか聞かせて欲しいとお願いしました。細かいことは記憶に残っておりませんが、一つ印象的に覚えていることが有ります。
先生の話によると、草案が提示されると、九条を巡って激論が交わされたそうですが、最終的には当時の各政党の人達は、自民党も含めて九条に賭けてみようという方向で一致したそうです。唯一最後まで、自国の軍を持たないとは何事かと抵抗したのは、共産党であったということでした。(現在は、自民党が憲法改正を視野に入れた取組をし、共産党が強くこれを守ろうとしていることは皮肉であると思います。)
当時は、お仕着せの日本国憲法を渋々受諾したというよりは、喜んでこれにかけてみようとうする流れが有ったということを無視することは、当時の国政を預かった人達に失礼なことではないかと思ったりします。
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一つ目は、ある割合博識な大忍もブログで述べておられますが、日本国憲法は実質的には国産品であって、GHQに押し付けられたものではないということです。その背景には明治の自由民権運動も関わっており、当時の総理大臣幣原喜重郎の平和主義の希求の態度にも拠っているものであることを示す記録が有ります。反論も有りますが、虚心坦懐に資料を理解すれば、日本国憲法はGHQ経由であっても国産品と考えることができるはずだという立場が有ることは理解しておいていただきたいと思います。
http://www.ndl.go.jp/constitution/ 国立国会図書館サイト
http://www.ndl.go.jp/constitution/gaisetsu/revision.html#s3 様々な人々が起草に関心が有った
http://homepage2.nifty.com/kumando/si/si010515.html
http://www.ndl.go.jp/modern/cha1/description14.html 日本帝国憲法以前にも有った民主的憲法草案
http://kenpou2010.web.fc2.com 幣原喜重郎とマッカーサーの対話資料を含む九条を世界に広める立場のサイト
二つ目は、私が直接お聞きした話です。聖隷福祉事業団を創設された長谷川保先生をゲストにお迎えした茶話会でのことでした。当時先生は日本社会党籍の衆議院議員でしたが、最初の当選が日本国憲法発布前の1946年でしたので、司会者が、当時の議論の様子はどうであったか聞かせて欲しいとお願いしました。細かいことは記憶に残っておりませんが、一つ印象的に覚えていることが有ります。
先生の話によると、草案が提示されると、九条を巡って激論が交わされたそうですが、最終的には当時の各政党の人達は、自民党も含めて九条に賭けてみようという方向で一致したそうです。唯一最後まで、自国の軍を持たないとは何事かと抵抗したのは、共産党であったということでした。(現在は、自民党が憲法改正を視野に入れた取組をし、共産党が強くこれを守ろうとしていることは皮肉であると思います。)
当時は、お仕着せの日本国憲法を渋々受諾したというよりは、喜んでこれにかけてみようとうする流れが有ったということを無視することは、当時の国政を預かった人達に失礼なことではないかと思ったりします。
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