情報はしばしば流出する。
流出するのが情報の本質なのだから、流れ出ないようにしてしまえば、もうそれは情報でなくなる。
情報をたくさん持っているなどと言って、自分だけがいろいろ掴んでいるような自慢話は、偽札をいっぱい財布に詰めて胸をたたいているさまに見えて滑稽である。
流出を本分とする情報が、流出するとなぜ問題になるのか。
それは、問題にしたそのことを情報として使いたい人間がいるからだろう。
ひと口に流出と言っても、秘密、機密の垂れ流しというたちのよくないのもある。
引きずり出しておいて「洩れた漏らした」と騒ぎたてれば、やられたほうを悪者に仕立てることができる。
問題を仕立てるには、それなりの手間暇がかかる。趣味だけではできない。
ヒト、モノ、カネで勝ち目がないとみれば、情報の持つ力に訴えて、商売がたきをやっつけるという、情報の二次活用がはじまる。
企業のヘソもナキドコロも、みな信用という細胞で成り立っているから、それを破壊したり強度に衰弱させたりしてしまえば、再起までには永い永い時間がかかる。
このときに、仇役をやっつけて死滅させてしてしまうのは、競争相手がなくなるから失敗なのだ。競争相手がなくなれば自分のところの社員は働かなくなる、頭も使わなくなる。そんなわかりきった末路はごめんだから、仇は傷めつけるだけで再起不能にはしない。
情報でやっつけるには情報のシステムが狙いどころになる。
ついこの間、あの会社がまたやられたが、今度は何をどうされたのか、そんなことが書いてあった。
「ソニー情報流出の原因」
http://www.yomiuri.co.jp/net/security/ryusyutsu/20110502-OYT8T00702.htm