城南宮の梅20190302
西行、梅の歌
山家ノ梅
35
香をとめん 人をこそ待て 山里の
垣根の梅の 散らぬかぎりは
36
心せん 賤が垣根の 梅はあやな
よしなく過ぐる 人とどめけり
37
この春は 賤が垣根に ふればひて
梅が香とめん 人親しまん
嵯峨に住みけるに、道を隔てて坊の侍りけるより、梅の風に散りけるを
38
主いかに 風わたるとて いとふらん
よそにうれしき 梅の匂ひを
庵の前なりける梅を見てよみける
39
梅が香を 谷ふところに 吹きためて
入り来ん人に 染めよ春風
伊勢に、もりやまと申す所に侍りけるに、庵に梅のかうばしく匂ひけるを
40
柴の庵に とくとく梅の 匂ひきて
やさしきかたも あるすみかかな
梅に鶯なきけるを
41
梅が香に たぐへて聞けば うぐいすの
声なつかしき 春の山里
42
つくりおきし 苔のふすまに うぐいすは
身にしむ梅の 香や匂ふらん
旅の泊の梅
43
ひとり寝る 草の枕の 移り香は
垣根の梅の 匂ひなりけり
古キ砌ノ梅
44
なにとなく のきなつかしき 梅ゆゑに
住みけん人の 心をぞ知る
※私的註釈
山家に咲く梅
35
山里に住む私の家の垣根に咲く梅の花が散らない限りは、梅の花はその香りを留めているだろう。その香りを求めて山里を訪れる人を待つことにしよう。
36
心に刻んでおこう。粗末な私の山家の垣根に咲く梅の花は、まことに驚くべきことに、なんのゆかりもない通りすがりの人たちをも立ちとどませることよ。
37
今年の春は、粗末な私の山家の垣根の梅の花に触れ親しんで、梅の香りを求めて訪れる人とも仲良くなろう。
(この「山家ノ梅」という題辞は、35、36、37の三つの歌を支配しているように思われる。この三つの歌に共通して歌われているのは「賤の山家の垣根に咲く梅とその花の香り」であるけれども、この歌の間には、時間の経過とともに、この歌を詠んだ西行の心の深まりが叙述されている。)
嵯峨に住んでいたころに、道を隔てて僧坊がありました。そこから梅の花が風に乗って散ってきましたので。
38
となりの僧坊の主は、風が吹くことをどんなに嫌がっていることでしょう。それをよそ事に私は歓んでいます。梅の花の良い香りが漂ってきますから。
山里での侘び住いの中で、西行は人恋しさから梅の花の香りを介して人々との交わりの深まることへの期待を歌う。
山住みの中で眺めた梅、それから嵯峨野に暮らしていたころの梅の記憶、さらに伊勢に旅して「もりやま」という所に居を構えていた時に、庵の梅が香ばしく匂っていたことを思い出して詠む。西行の旅の記憶が和歌に留められている。
庵の前に植わっている梅を見て詠みました
39
春風よ、私の住んでいる谷ふところに吹き貯めて、ここに入り来る人たちの袖を梅の花の香りに染めてほしい。
伊勢に旅して「もりやま」という所に居を構えていた時に、庵の梅が香ばしく匂っていたことを思い出して
40
柴で葺いた粗末な庵にも、したたるように梅が匂ってくる優美なところもある住み家でした。
梅にウグイスが鳴いていましたので
41
梅の花の香りに、ウグイスの鳴き声は似つかわしいものとして聞いていると、春の山里には鳴き声も懐かしい。
42
苔で作った巣に帰るので、その寝床にはウグイスの体に染み込んだ梅の香りが匂っていることでしょう。
旅の宿の梅
43
独りで寝る旅寝の宿では移り香もないはずなのに、なお香ってくるのは垣根の梅の花の匂いのせいでした。
古い家の軒下に咲く梅
44
何とはなく、軒先も懐かしいものに感じられます。そこに植えられた梅に、
かってこの家に住んでいた人の雅な心を知ることができて。
今日は桃の節句のひな祭り。世代も移り変わって、今はもう娘たちが自分たちの子供に雛飾りをして楽しませる時代になった。
草の戸も住替る代ぞひなの家 芭蕉