「イナギ君、君か?」
僕はドアのノブを握ったまま無言でウケイを見ていた。どうやらウケイは仕事机にある写真でも眺めていたようだった。
「まあ、座りたまえ」
僕はヨミがいつもそうしているように丸椅子に座る。さっきのウケイの視線の先には写真立てがあった。横目で見ると、そこにはまだ幼い子供達が四人、それに付き添うようにして白衣を着た大人ばかりが四人肩を並べていた。そのうちの一人をすぐにウケイと認めた。ひょろっとした長身と、後ろに梳いている白髪と細く通った鼻に、縁なしのメガネをかけた切れ長の目と薄い唇。その容姿は今とさほど変わらない。せいぜい五年前といったところだろう。過去の栄光にでもすがっているんだろう。もう死んだ人間と同じだ。
「あなたは、ヨミとどういう関係なんだ?」
「昔からの知り合いだよ…」
「あまりヨミに近づくんじゃない」
「そう言われてもね。彼女の身体の調子があまり良くないのは君だって知っているだろう?私はそれを診ているだけだ。もうずっと昔からね…」
「主治医ってことですか…」
「そういうことだ。ただのセラピーの主催者って訳でもない。こっちが本業だからね」
「なら随分なヤブ医者だ。ヨミの体調は悪くなる一方だ。他の病院に行かせる」
「少々変わった病気でね…国内でも診られる医者は私を除いてはそう多くないんだ」
「…」
その言葉に僕は黙った。
「ヨミは決してつらいとは言わないんだ。強い子だからね。君にだって心配かけさせまいとしている。それは君にだって伝わっているはずだがね」
「…そんなに悪いのか?」僕は聞いた。
「ベストは尽くしてる。私も彼女もね…」
僕は再び黙る。さして考えがあってここに来た訳でもなかった。僕をむやみに心配させたくないヨミの気持ちは分かってはいた。僕は多分、ヨミの秘密を知ることもまたそれが秘密であることにも耐えられなくなってる。その矛盾を誰かにぶつけたくて仕方なかったのだと、今になって気づいた。
「まあ、せっかくだから昔話でも聞いていってもらおうか」
ウケイはそう言って微笑むと、椅子を回してさっきの写真立てを手にとって眺めた。
「ここには何人かの子供がいたんだ…もう私に会いに来てくれるのはいないが…」
「…」
「まあ、ちょっとしたアクシデントがあってね…」
「その子供達は…死んだ、のか?」
「…のもいるね」
「では、ヨミも…」
「ヨミは最後に遅れてやってきたんだ。ほら、だからこの写真にもいないだろう?」
僕は差し出された写真を改めて見る。しかし、その時の僕にその子供たちの後の姿を連想できるはずもなかった。そのうちの一人は直接、もう一人は写真でなら顔を知っていたと言うのに。それはあのセラピーであったシルシ、そしてそれより前に事故で死んだその妹のヤエコだった。きっと白衣姿の男のひとりは彼らの父親だったに違いない。
「ヨミは…」
そう言いかけた僕の喉は枯れていて、かすれた声がわずかに漏れた。
「…ヨミは大丈夫なんですか?」
「ベストは尽くしている。さっき言った通りだよ。君も彼女にできる限りのことはしてやってくれ」
ウケイは僕に優しく微笑んだ。