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Are Core Hire Hare ~アレコレヒレハレ~

自作のweb漫画、長編小説、音楽、随想、米ラジオ番組『Coast to Coast AM』の紹介など

イナギ09‐ウケイとの対峙

2012-11-04 22:02:18 | 伝承軌道上の恋の歌

「イナギ君、君か?」
 僕はドアのノブを握ったまま無言でウケイを見ていた。どうやらウケイは仕事机にある写真でも眺めていたようだった。
「まあ、座りたまえ」
 僕はヨミがいつもそうしているように丸椅子に座る。さっきのウケイの視線の先には写真立てがあった。横目で見ると、そこにはまだ幼い子供達が四人、それに付き添うようにして白衣を着た大人ばかりが四人肩を並べていた。そのうちの一人をすぐにウケイと認めた。ひょろっとした長身と、後ろに梳いている白髪と細く通った鼻に、縁なしのメガネをかけた切れ長の目と薄い唇。その容姿は今とさほど変わらない。せいぜい五年前といったところだろう。過去の栄光にでもすがっているんだろう。もう死んだ人間と同じだ。
「あなたは、ヨミとどういう関係なんだ?」
「昔からの知り合いだよ…」
「あまりヨミに近づくんじゃない」
「そう言われてもね。彼女の身体の調子があまり良くないのは君だって知っているだろう?私はそれを診ているだけだ。もうずっと昔からね…」
「主治医ってことですか…」
「そういうことだ。ただのセラピーの主催者って訳でもない。こっちが本業だからね」
「なら随分なヤブ医者だ。ヨミの体調は悪くなる一方だ。他の病院に行かせる」
「少々変わった病気でね…国内でも診られる医者は私を除いてはそう多くないんだ」
「…」
 その言葉に僕は黙った。
「ヨミは決してつらいとは言わないんだ。強い子だからね。君にだって心配かけさせまいとしている。それは君にだって伝わっているはずだがね」
「…そんなに悪いのか?」僕は聞いた。
「ベストは尽くしてる。私も彼女もね…」
 僕は再び黙る。さして考えがあってここに来た訳でもなかった。僕をむやみに心配させたくないヨミの気持ちは分かってはいた。僕は多分、ヨミの秘密を知ることもまたそれが秘密であることにも耐えられなくなってる。その矛盾を誰かにぶつけたくて仕方なかったのだと、今になって気づいた。
「まあ、せっかくだから昔話でも聞いていってもらおうか」
 ウケイはそう言って微笑むと、椅子を回してさっきの写真立てを手にとって眺めた。
「ここには何人かの子供がいたんだ…もう私に会いに来てくれるのはいないが…」
「…」
「まあ、ちょっとしたアクシデントがあってね…」
「その子供達は…死んだ、のか?」
「…のもいるね」
「では、ヨミも…」
「ヨミは最後に遅れてやってきたんだ。ほら、だからこの写真にもいないだろう?」
 僕は差し出された写真を改めて見る。しかし、その時の僕にその子供たちの後の姿を連想できるはずもなかった。そのうちの一人は直接、もう一人は写真でなら顔を知っていたと言うのに。それはあのセラピーであったシルシ、そしてそれより前に事故で死んだその妹のヤエコだった。きっと白衣姿の男のひとりは彼らの父親だったに違いない。


「ヨミは…」
 そう言いかけた僕の喉は枯れていて、かすれた声がわずかに漏れた。
「…ヨミは大丈夫なんですか?」
「ベストは尽くしている。さっき言った通りだよ。君も彼女にできる限りのことはしてやってくれ」
 ウケイは僕に優しく微笑んだ。

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044-また別の対峙

2012-11-03 21:48:56 | 伝承軌道上の恋の歌

 アノンはスフィアの合同イベントの会場から一人抜け出して、鬱々とした足取りで夕方の街を歩いていた。灯ったばかりの街灯がやけに眩しくて頭の中に広がってくらくらした。ざわめく道にあふれて人が歩いているのに、油断して目をつむってしまうと広く長い上り道をただ一人で歩いているように思えてくる。
 代理人からされたデウ・エクス・マキーナの新しい仕組みの話。私が伝えるまでもなくその話が行き渡ってて、他のスフィアのアソシエイト達はみんな喜んでた。でもそんなにうまくは行かないんだ。私には分かる。あいつは独り占めする気だ。ソースにアクセスできなくして、誰にも読めない言葉に変えて閉じ込めてしまう。この世界の歴史の『権力』の成り立ちを見ているみたいにきっとマキーナもそういう存在になっていく。
 ああ、シルシがオリジネイターだったら良かったのに。私に残された時間は多くない。今度のイベントの時までが私に許された時間。ヨミは多分あまり待ってはくれない。それに焦ったイナギがその時計の針を早めて、それからまだ何かを起こそうとするかもしれない。私は一体どうすれば…?ウケイ先生はどうして何も告げずに私をひとり置き去りにしてしまったのだろう?
 もう時間だ。戻らなきゃ。イベントが始まる。そうしてクラブが入ってるプラザに戻ってくると、入口前のちょっとした広場に一人見覚えのある顔があった。あれ、あの人…
「…やっぱりいた」
 サイドから紐が垂れてるかわいい毛編みの帽子を被った彼女はアノンに声をかけた。
「…トト?」
 周りを眺めてもアキラもシルシも見当たらない。どうやら一人できたみたいだ。モノが言うにはちょっと前まではこういうイベントにも顔出してたみたいだけど、今日の目的は少し特別みたいで、トトはぴんと伸ばした手を握りしたままアノンの目の前でずっとうつむいてる。
「…どうしたの?一人?」アノンは聞いた。
するとトトはやっと答えてくれた。
「…先輩から離れて」
「え?」
「シルシ先輩から離れて。あなたがいると先輩が危ないから」
「トト、何を言ってるの?」
 アノンの笑顔は少し歪んだ。

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043-ひとつの対峙

2012-11-02 22:19:47 | 伝承軌道上の恋の歌

 

 朝、本来なら周知活動をするはずの月に一度の水曜日。シルシはただベンチに座って遠くからいつも自分がいた場所を眺めていた。こんな平日の朝なら変哲もない場所だけど、シルシが立っていた場所にはマキーナのファンたちの自作ステッカーがガードレールや鉄柱に幾重にも貼られていて、まるでそこだけ現代アートのでき損ないみたいになってる。
「今日はしないの?周知活動…」
 ふと誰かの声がした。
「…ああ」シルシはその声に答える。
「今日ってなんの日か覚えてる?ウケイ先生に初めてシルシ君を紹介された日なんだよ」
 アキラはそう言ってシルシの隣に腰を下ろした。
「ほんの二年半ほど前のこと。でも、ものすごく遠いことに感じるのは、それだけ変わったってことなんだよね」
「…アキラは変わったよ」シルシは視線を前に向けたまま言う。
「うん。シルシくんもね。自分でも思うよ。本当に悩んでばかりでね。毎日自分の体を呪ってた…でも、そんなこと言ったらヤエコちゃんにも悪いよね。少なくともボクはあの時も今と同じく生きていたんだから。ウケイ先生はボクに色んな嘘の中にいることを許してくれた。ボクが女の子であること、ボクが先生を好きなこと…思えばボクたちは嘘が得意だったんだ。ねえ、ボク達の周りで起こってることなんてただの化学反応だよ。この感情もボクの存在も全部そう。だから足元の小石と夜空の星との間に何の優先順位もないんだ。でもね、それじゃ味気ない。何かそこに意味があると信じられるだけの理由が欲しい。それだけのためにみんな色々嘘をつく。それを信じこむ。その内に嘘かどうかもわからなくなってしまう」
「それじゃまるで…」
「そう、まるでスフィアみたいだよね。最近気づいたんだ。スフィアの連中とボク達とはそんなに変わらない」 
『ボク達』シルシにはアキラのその言葉が引っかかった。
「…アキラ、何が言いたい?」
 アキラは頬杖をついて、ただ街の様子を眺めながら、屈託もなくこう聞いた。
「…ねえ、シルシ君、ボクに嘘ついてない?」
 二人の視線の先ではスクランブル交差点の信号が赤から青に変わる。残り時間を教えるバーの数を一つ一つゆっくりと減っていくのをただ待つようにシルシは黙っていた。怒ることもできたかも知れないが、も嘘の時機も逃したと感じてる。
「そんなこと言われたの最近じゃあ二人目だよ。一人目は、その時はあの場所で、初めて会ったアノンだった。で、二人目がおま…」
「本当のことなんだよね?」
 アキラはあの時のアノンとまるっきり同じ言葉をついた。とぼけたふりをして犯人しか知らないはずの出来事を再現してみせる探偵のように。
「アキラだってなんどもあのビラ見てるだろ?当時の新聞の切り抜きだってあるんだ」
 シルシもアノンの時と同じだ。
「でも、それが違ったら?」
「…怒らせたいならもっと他の方法でやれよ」
 シルシが語気を強めると、アキラは身体を起こして初めてシルシを見つめた。その目は静かでまっすぐにシルシに向けられている。
「ボクは嘘でも信じるんだ。でも、その理由を知りたい。どうして?教えて」
 アキラはかまをかけてるんじゃないことはその様子で分かる。彼女はもう全て知っている…それでシルシに最期の機会を与えようとしてる。
「…アキラに疑われるなんて残念だよ」
 そう言ってシルシはその場を立ち去ろうとした。
「待って」
 アキラはシルシの手を取って引き止めた。
「ボク分かったんだ。イナギの起こした事故は、ただの模倣なんかじゃない。それに単にシルシ君達を殺しに来たんじゃない。彼は事故の真相を知っていた。シルシ君の事故の忠実な再現だったんだ。アノンちゃんやシルシ君を轢こうとしたのもその一環。動機は分からないけど、そうしなくちゃいけない事情があったんだと思う」
「お前までそんな馬鹿げたことを…」
 その時、
「これ」
 そう言ってアキラは透明なファイル入れに挟んだ新聞の切り抜きをシルシに差し出した。シルシはそれを手に取ることもしない。彼にはそれが何を意味するのか見なくても分かっていた。
「…シルシ君の言ってることと違うことが載ってるんだ…あの事故の死傷者は三人。助かったのはシルシ君。後の二人は死んだんだ。シルシ君のお父さんとあと女の子。この女の子はヤエコちゃんのはずだよね。でもね、これがおかしいんだ。一人の女の子は身元不明だって、そう書いてある」 
シルシは言葉を失っていた。それまで胸の奥でくすんでいた恐怖が血の巡りと一緒に全身を捉えて、シルシは思わずめまいを覚えた。ただ脳裏に一瞬ある光景がよぎった。車のフロント・バンパーと壁の間に挟まれ、まるで壊れた人形のように力なく頭をぶら下げてたくさんの血が彼女の長い髪を伝って胸まで血で染めて、二つの真っ白な腕を力なくボンネットの上に乗せている女の子の姿。その姿はまるで…いや、違う。そんなはずがない。僕はひどい傷を負ってあの時のことは何も覚えてないんだ。夢でも何度も見たあの時の光景は僕の想像の産物だ。そうに決まってる。それなのに、なんであの夢はあんなに鮮やかで明け方僕を悩ませ続けるんだろう?その記憶の中で決まって僕は血に染まった彼女の顔を覗く。それはその面立ちはまるでアノンだ。いや、だが違う。似ているが、別人だ。
‐る…く…ん
「…シルシ君…」
 遠くの方でアキラが呼びかけてるのが聞こえる。
「…ねえ、シルシ君。なんで?」
 深い井戸の底でうずくまっているシルシを呼びかけているような、そんな声だった。

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042-目撃

2012-11-01 22:19:33 | 伝承軌道上の恋の歌

 トトとアキラは夜学の帰り、いつものように二人連れ添って駅までの道を歩いていた。もう深夜に近づいてきているのに、繁華街の人は絶えない。それだけなら見慣れた光景だけど、いつにも増して人が集まってるのが見える。近くには赤いランプがぐるぐるとまわって、ひとりひとりを検閲するみたいに照らし出してる。その光源は三つ。救急車とそれに二台の警察の車。何かの事件に間違いないが、あの人だかりの中心にその原因がありそうだ。中には携帯電話で写真を撮ってる人達もいる。
「ああいう人達嫌いです。見世物みたいに。ひどい」
 トトはアキラのコートの袖口にすがって言う。
「うん。でも、ボク達もその一人にならざるをえないな…」
「見に行くんですか?」
「なんだか気になるんだ。トトちゃん、嫌だったらちょっと待ってて」
「私も行きます」
 二人手をつないで満員電車から降りるみたいにして人の波をかいくぐると、ようやくその隙間から顔を出した二人の目の前を救命用のタンカが横切った。群れをかき分けるように急ぎ進むタンカを後ろから見守っていると、誰かとぶつかってバランスを崩し危うく倒れこみそうになる。放り出された怪我人らしきものの手が救命員の背中越しに力なく地面に打ち付けられる。関節の方向とは大分違ってひしゃげていた。
「ちょっと、アキラ先輩!」
 アキラは何も言わずに、歩みの止まったタンカに向かって早足に向かって行く。あまりに堂々としていたから、思わず野次馬たちも道をゆずっている。そしてトトを置いて進んだ数歩先でアキラは立ち止まった。トトは小走りにアキラに追いつくと、まずアキラの横顔を見上げた。
「アキラ先輩?」
 アキラは視線をひとつに定めてそこで止まっていた。トトもつられるように視線を辿って、思わず「あっ」と声を上げた。
「アキラ先輩…」
「うん…」
 トトは彼を知っていた。ずっとタンカで力なくうなだれているその男がスフィア『オリジナル・シン』のメンバーだったから。最初に見えたのは、血まみれになった首筋。着ていたシャツは襟口から胸まで引きちぎられていた。
「…あの噂、本当だったんだよ…」
「これから何が起きるんでしょう?」
「分からない。分からないよ…でも、もしかしたら…君が危ない!」
 『…え?』トトはアキラが最後に口にしたその言葉に思考が止まってしまう。音の振動が意味になるまでにどこかの安全弁に引っかかってガードしてるみたいに。それからもう一度だけ一瞬だけ前のことを頭の中で再現する。『シルシ君』アキラは確かにそう言った。シルシはスフィアに何の関わりもなければ、もとよりタトゥーなんか入れてるはずもないのに…アキラは何かを隠している。そしてシルシも。トトはそうはっきり認識したその時、シルシ自身の身を案じる前にじくじくした胸の痛みと二人との距離が果てしなく広がってくのを感じた自分が少し悲しかった。

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041-アノンのヤエコ

2012-10-31 21:31:51 | 伝承軌道上の恋の歌

 アノンは夕暮れ、ふらふらとベッドの前に辿り着くとそのままうつ伏せに倒れこんだ。『あーあ、どうしようこれから』顔を埋めたシーツからシルシの臭いがした。これが当たり前になって、安心できて、そうしてまた次の自分がすぐ待ってる。そんな期待が自分を前に進めてくれて、今までは本当に幸せだったと思う。『マキーナは私からもういなくなっちゃった。いつか…分かってたことだけど…』
「…どうしよう」
 アノンは頬で絡まるウェーブのかかった長い髪が溜息に揺れた。
「マキーナとマキーノを探してあげるってヨミに約束したのに…これじゃ、もう誰にも伝えられない…」
 今度は寝返りを打って天井を見上げる。じぃっと見つめてるとその模様が何かの暗号に思えてくる。そのうち、頭の中に入り込んで思考が混乱していくようで、思わず横に目をそらせた。アノンの視線の先にはシルシが使っているノートブックの乗っている机があった。そのすぐ横には写真立てがあって妹のヤエコの姿が映えていた。アノンはゆっくりと起き上がると、机に近づいて手にとって眺めた。こっちに向かって笑うヤエコ。もうこの人はここにいない。そう思うと、一度も会ったことがない人なのにとても不思議な感じがする。髪はいつもマキーナと同じサイドを小さく結んで。服は黒地に白のフリルのアクセントの入ったワンピースだ。本人の趣味もあるだろうけど、いかにも妹ってイメージの服は、シルシの趣味だったのかも。きっとヤエコは自分で街に買い物になんか行けなかっただろうから。
「…あれ?そういえばこの服…」
 これ、この部屋で見たことある気がする。そうだ。シルシが使ってるハンガーラックの奥にこの色がちらっと見えたことがあった。女物の服が幾つかかかってるのは前から知っていて、多分ヤエコのものだとは思っていたけど。気づくと確かめたくなるから、アノンはラックにかかるテントのようのファスナーを開けると、さっそく取り出して、それから大きな鏡で何となく自分に合わせてみる。『どうかな…』ちらっとヤエコの写真と比べてみる。サイズはぴったりだ。このデザインは今でも十分かわいいと思う。『…怒られないよね?』アノンはひとりだけの部屋で何故かこそこそとヤエコの服に袖を通してみた。少しはヤエコと似てるかな。そういえば、シルシが言ってた。ヤエコは年上の人達ばっかりに囲まれて過ごしたからシルシにも敬語だったって言ってたっけ。それでシルシのこともお兄様って
「お兄様…」
 鏡に向かって言ってみる。どんな声だったんだろう?
「シルシお兄様…」
 ちょっと上目づかいに言ってみたりして。
「…割と似合ってるな」
 もしシルシが見たら、そう言わってくれるのかな。
「本当にヤエコがいるのかと思った」
 でも、マキーナの次はヤエコになろうなんて訳じゃない。ただ、そうしてみたかっただけで…それに知ってる。シルシは背格好が似てる女の子を見ると今でもすぐにヤエコと錯覚するのを。
『…って、え?』さっきのシルシの声を思い出して、思わず背筋がそばだった。あれは…本物。本物のシルシの声だ。それもすぐ近く…恐る恐る視線だけを玄関につながるドアを見るとニヤニヤといやらしく笑うスーツ姿のシルシがいた。
「いや、その、あの…」
 顔の前で手をバタバタさせるアノンに
「いいんだ。気にしないで。着替えるから、そしたらご飯でも食べに行こう」とシルシは言う。しかしアノンは立ち尽くしたまま動かない。見ると肩が小刻みに震えていた。
「…?どうした?」
 シルシを見上げたアノンの目には涙がたくさん溜まっていた。
「ヤエコにもマキーナにもなれないけど、シルシの心の隙間の形に私はなれるかも…」
「おいなんだよいきなり…」
「私、マキーナはもうダメだって…ヤエコにもなれないし…どうしたら…ヨミと約束したのに…二人、ちゃんと探し出すって」
 アノンはそう言って泣く。
「ヨミ?二人?アノン、何を言ってる?」
 
 その夜アノンはデウ・エクス・マキーナから外されたことをシルシに打ち明けた。

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040-散会

2012-10-30 21:44:45 | 伝承軌道上の恋の歌

 ミドリが店員をやってる終わった後の美容院にアノンはいた。今は照明を落として、二人だけがガラス張りの店内にスポットライトのように照らされて立っている。アノンは椅子に座ってカバンを膝に抱えて鏡に写った自分を見ていた。
「どういうこと、アノン?」
 これから髪でも切るみたいにアノンの後ろに立ってミドリは問いかけた。
「何のこと?」
「『カプセル』から僕達だけ閉め出しくらったんだ」
「え、どうして?」
「最近、ほらナンバー狩り?あれは私達のせいだってことになって…仲間割れだとか…思えば神宮橋の立ち退きも裏で手が回ってたんじゃ」
「そう…なんだ」
「悔しくないの?」
「仕方ないよ、そうなっちゃったんだから…」
 アノンは大きな鏡の前の自分の顔を眺めた。ちょうどその後ろに大きな全身鏡と合わせ鏡になってどこまでも向こうに幾重にも自分を映した。アノンは椅子の一つに座ってくるくると回りだした。
「それだけじゃない。それにアカ達が辞めたいって言い出してるんだ」
「アカが…」
 アノンはその遊びにも飽きたみたいに椅子を止めた。
「最近会ってなかったんだ。別におかしいとも思わなかった。ナンバー狩りでちょっと用心するって言ってただけだったのに…何か知ってる?」
「そうか。それで…」
「やっぱりアノン知ってるんだ…」
「今度のおっきなイベントやるでしょ?これ…」
 アノンがポスターを差し出すとミドリはそれを手にとって見た。
「…そんな…」
 ミドリは言葉をなくした。出演者の中に知ってる名前が幾つもあったから。
「…アカ、それに他のみんなも…」
「アカ、それに他の何人かもの委員会と代理人に丸め込まれて…オトナ達がマキーナを自分たちのものにしようとしてる…見てよ、デウ・エクス・マキーナのロゴの下」
「下?」
「○Cってついてるでしょ。それって誰かが権利を持ってるって」
「そんな。僕達が作ったものなのに…一体いつから…?」
「…さあね。ただ私達の知らないところでは着実に進んでたんだ。社会化され組織化されひとつの権力を目指して収束されていく『管理』。これが狙いだったんだ」

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イナギ08‐マキーナ前夜

2012-10-28 21:17:58 | 伝承軌道上の恋の歌

 ヨミが僕の部屋で倒れて以来、ウケイの診療所に通うのが次第に頻繁になり、いつしか帰れなくなっていった。入院中のヨミの楽しみといえば、デウ・エクス・マキーナのスフィアの動向やそれに乗せた僕達の夢を語り合うことだった。ベッドの背を起こしたヨミの膝の上にはノートブックの画面が開いていた。僕は身を乗り出して横から覗き込んでる。
「スフィアはどんどん広がって…イナギ、すごいわ」
「僕は何もしてないさ。もっともブッダやキリストだって自分で宗教を起こしたとは思ってないだろうけどね」
「ふふ。そうなの?」
「でも、あの歌…」
 優しく見つめられると、自分が罪人のように思えてきてすぐに目をそらして僕はやっと立ち上がった。それから僕は周りを見渡して
「…そういえば、あいつは?」
 それはアノンのことだった。
「今は出かけてる…多分、もうすぐ帰ってくるよ」
「駄目だろ、一人で外にやったら…もしものことがあったらどうするんだよ」
「あの子なら大丈夫よ。もうここでの生活にも慣れてるから」
「違う、ヨミ、お前に何かあった時ってことだよ」
「ううん、私なら大丈夫。ウケイ先生もすぐにくるから。だから、私がいっていいよっていったんだから」
「でも、ヨミ、それじゃ万が一って時にお前が困るだろ」
「いいじゃない。あの子も楽しみで仕方ないの…」
「…あそこに映るのはヨミ、お前だからね」
「私じゃない。あれは…」そうヨミがそう言いかけたところで、
「違う、ヨミだよ」と僕は遮った。

…つづき(これまでの物語のまとめ・弐)

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039-権力の構造

2012-10-27 21:39:32 | 伝承軌道上の恋の歌

「どういうことですか?」
 それはアノンにとって唐突な話だった。『委員会』の事務所じゃなくて、わざわざ小さな喫茶店の隅っこに連れてこられた理由が今は分かる。ここなら派手な口論もできないし、話を早く済ませられると思ったんだ。
「マキーナはもう僕達の手の届かない存在になったんだ。こんなにみんなに受け入れられてね。ひとつのアイコンになった。それでね、私はもっとみんなにマキーナを感じてほしい。こう、凝り固まって、スフィアのようなある集団でしか受け入れられないようなマキーナじゃ駄目だ」
 代理人(デリゲイター)。この無精髭と私達は彼のことをそう呼んでた。マキーナがこんなに大きな現象になった仕掛け人だとみんなは思ってるけど、実際のところ誰がどうしてそうなったのかはスフィアの誰も知らないのだ。古参のスフィアのアソシエイトだって話も聞くけど、それも本人ははぐらかしてばっかりで分からない。
「マキーナが生まれたのはスフィアからだよ?」
「そう。まさにそこなんだ。マキーナを生み育ててきた場所が、今は足かせになってる。一部の人が特権的にファンでいるって言うのは残念なことなんだ。もっと多くの人に愛されるキャラクターであるべきだ」
「それってもっとコマーシャルに使えるようにしたいってことでしょ?」
「そうじゃない。そうじゃないんだよ、アノン。考えてもみなよ。これから何十年もマキーナがアイコンで有り続けるためにはイメージを維持していく管理する組織も必要だ。そうしないと大勢の人にイメージを消費されつくして終わってしまう。これを避けなければいけない。みんなが自由に絵を書いたり、歌を作ったり…これも『消費』だ。このままでは危ない。いずれ廃れて忘れ去られてしまう。誰かが責任をもって品質管理することが必要だ。さらに、マキーナのイメージが新鮮で誰にでも受け入れられ続けられるためには、マキーナはもっと抽象的で透明なものであるべきなんだ」
「…私はマキーナにとって邪魔なんだ」
「いや、そうは言ってない。ただ、アノンはもうアノンというイメージをみんなに伝えられてるじゃないか?もっとそれに自信を持ってほしいんだ」
「私じゃダメなんだ?」
「よく聞くんだ、アノン。そうは言ってない。曲も幾つかゲラであるんだ」
 代理人はポスターを出して
「今回の『管理-kanri-』はすごいよ。過去最高にして最大のマキーナ端末化プロジェクト!みんなでマキーナになって。一週間街を占拠するんだ。協力してくれるクラブを結んでスタンプラリーして、マキーナたちの足跡を追うんだ。マキーナになってればクラブのエントランスは全てフリー。これの旗振り役の一人となってしいんだ。どうだい?」
「いい。嫌だ。私そんなの望んでない。ううん、スフィアのみんなはそんなの望んでなかった!イナギもヨミもシルシだって…ひどいよ」
 すると代理人は芝居がかった様子で眉をひそませて、アノンをまっすぐに見つめる。
「…このままではマキーナは間違った方向にいってしまう。アノン、お前は頭のいい子だ。分かってるだろう?マキーナが侵されてるんだ。今すぐやめさせなければ」
「…」
「ほら、君達の仲間もみんな賛同してくれてるんだ、ほら…」
 代理人がテーブルの上にそっとおいたのは、今回のイベントの告知のゲラだ。そこには知られた仲間が数人、中でもマキーナ姿のアカが中央に陣取って映っていた。
「…アカ、それにみんな…どうして…」
「なあ、アノン、分かっただろう?君は何も失いたくない。そうだろう?仲間も、歌も、マキーナも…だから…」
「ちがう、違うんだ。広めれば広まるほど、それはオリジナルの自己相似形に…そうやって初めて私はオリジナルに近づけるのに!」
「もう決まったことなんだ、アノン。今までだって自分がどれだけ多くの人に支えられてきたか知らない訳じゃないだろう?マキーナだって同じことなんだ。これまでもこれからもみんなで支えていくだけだ」
「…ひどい。もうマキーナはオリジナルの顔をしなくなるよ。ヨミの願いも消えてなくなっちゃうよ…」
 すると彼はもったいぶって眉をしかめて溜息を吐いた。
「私にだって辛い決断だ。でもこれしか方法はないんだ」
「綺麗事言って…こんなこと絶対ヨミは許さないよ」
「思ったことは全部吐き出すといい。今夜はとことん話しあって君に分かってつもりだ」
 ガラスのケトルに入っているお茶の残りを溢れんばかりに私のカップに注いだ。
「…帰る」
 アノンは背の高い椅子から飛び降りるようにして立ち上がった。
「…そうか」
 やっぱり彼は止めない。もう全部が茶番だ。
「…それじゃ」
「アノン、君はもう多くのファンがいる。才能には義務も伴うものだと君は知っている。そうだな?」
 背中を通り過ぎるアノンに向かって彼は最後にそう言った。

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038-事件

2012-10-26 21:29:03 | 伝承軌道上の恋の歌

 ある事件が噂になっている。誰かが見たとか、誰かが被害にあったとか、その誰かも本当にいるのかどうか誰も確かめたことがない。そんな事件が起こっているという。『ナンバー狩り』とみんな、そう言っていた。要はナンバーを入れたものが襲われる事件のことだ。ナンバーとはマキーナの首元にあるシリアル・ナンバーと同じ刺青。自分の気に入った数字と、バーコードのような帯状の線を入れる。スフィアで流行っているらしい。とはいっても、ほとんどがフェイクで、その瞬間の気分と一緒に二日もすれば消えてしまう。そのくらいがちょうどいいから。どうせ、自分たちの小さな泡のようなささやかな心の中のスフィアもそうして消えてしまう。彼女たちがどんな運命に定められたそれぞれのマキーナになれたとしても。
 また、こんな話もあった。マキーナを救い出した同じ研究所にいたアンドロイドがいるという。名前はマキーノだとか、『000(トリプルオー)』だとか…断片的に広がる『マキーナ神話』によればその男のアンドロイドがマキーナを博士の研究所から救ったことになっている。シリアル・ナンバーからもマキーナより以前に作られたプロトタイプだということだ。マキーナと同じように彼にもオリジナルがいたというものもいて、それをイナギとヨミになぞらえるものもいる。けど、まだ『正典』と認識されるほどに支持されている『レイヤー』ではないらしい。ともかく、この男女一対のアンドロイドにまつわる物語はお互いがお互いを求めることの物語が欲しい恋人達にも使えた。そしてそれは『ナンバー狩り』の被害者は男でも女でもありえるということでもあった。何者かによってこのナンバーの入った首筋を刃物で抉り取られるように切られることから、このナンバーを狙った犯行に間違いはないということだ。しかし本当に起こったのかも分からない。だから、ただの噂だ。それはでも、いずれ口伝えに伝承されて、また新しい伝説になる、そういう類のものの、つまりは『レイヤー』のひとつなのかも知れなかった。

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イナギ04‐イナギ、アノンと出会う

2012-10-25 21:27:43 | 伝承軌道上の恋の歌

 まだヨミが元気だった頃、珍しく彼女からの誘いで僕はそこに出かけた。神宮橋にショーケースに入ったマネキンみたいにマキーナを『端末化』する女の子たち。没個性的にも見えるけど、そうなることのかわいさって言うのは別にあってもいいだろう。でも、みんな商品になりたいだけで、なりきれてない生身の女の子たちだった。近くから順繰りにマキーナ達を目で追っていくと、その中にひとりで僕の目が止まった。その子が一番、僕の描いたマキーナに似ていると思った。まるで人形が一人立っていたように見えたから。
「あっ、いた」
 ヨミは僕の視線をそのまま辿るように小走りにその女の子に駆け寄っていった。
「アノン」ヨミは彼女のことをそう呼んだ。
「イナギ、紹介するね。この子。アノン」
 ヨミはそう言ってその女の子の腕にすがって僕のいる方に引っ張った。
「あ、ヨミ…?」
 今更、アノンと呼ばれた女の子は反応して、ぐいぐいとヨミに引っ張られていく。どこで知り合ったのか分からないけど、僕はこんなヨミを見たことがなかったから、二人がかなり親しい関係なんだと分かった。


「この人は前言ってたほら、イナギっていう人」
 ヨミが僕の前でそう言った。
「イナギ…」
 アノンはそれでも騙されたようにきょとんとしていた。
「会いたいっていってたでしょ?直接聞いてみたらと思って。それがこの人、イナギ」
 ヨミはそう言うけど、僕だって一体何のことか分かってないんだ。
「よろしく、イナギ」
 ヨミに促されてアノンが初めて僕の目を見た。
「ああ…」
 僕は少し気後れした。しゃべってもやっぱり彼女は人形のようだった。
「イナギがオリジネイター?マキーナの生みの親?」
「どうしてそう思うんだい?」
 アノンのいきなりの質問に僕はたじろぐ。
「みんなそう言ってるから」
「…マキーナにオリジナルは存在しない。あるのはネットワークだけ、だろ?」
 けど、僕の答えはいつも同じだ。するとアノンは黙って考えこんでから
「…ヨミ、この人違うって…」とヨミに向かって言った。
「うん、そうみたいね…」
 ヨミはそう言って笑った。
「そうか。イナギはオリジネイターじゃない。まだマキーノに会えないんだ…」 
マキーノ?誰だろう?その時の僕には分からない。
「そう?」
「でもいい。私…多分あの人だって思ってるから…」
アノンはそう言った。

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