goo blog サービス終了のお知らせ 

Are Core Hire Hare ~アレコレヒレハレ~

自作のweb漫画、長編小説、音楽、随想、米ラジオ番組『Coast to Coast AM』の紹介など

050-襲撃

2012-11-14 23:05:39 | 伝承軌道上の恋の歌

 暗い部屋、アキラは明かりもつけずに携帯電話に向かって話していた。蛇口から漏れる水しずくの音が小刻みに闇を伝って部屋全体を小さく揺らしている。
‐…トトちゃん、どうだった?
‐うん、そっか…
‐うん、うん。分かった。
‐じゃあ、また明日ね
‐今?シルシくんの部屋。
‐ううん、大丈夫。
‐もうしばらくここにいる。大丈夫。心配しないで。うん。じゃあね。
 アキラは携帯を切るとベッドの上で膝を抱えて丸まった。外を走る車のヘッドライトがカーテンの隙間を通じてサーチライトのように一瞬部屋を照らす。瞬間のその光景とは、床一面に衣服が散らばり、引き出しの幾つかが投げ出されて荒れ果てたものだった。アキラがそれを発見して今日で一週間が経つ。が、まだシルシとアノンは見からなかった。

…つづき

人気ブログランキングへ


049-モノの告白

2012-11-13 21:30:32 | 伝承軌道上の恋の歌

 気がつくと病院の一室にモノはいた。ぼんやりと開いた目の先には一人、ベッドの傍らに座る女の子がいた。
「…やあ、モノくん…」
 トトの声がした。
「ああ。俺、少し寝ちゃってたみたいだ」
「…そう、モノくん…とにかく今は安静に…」
 トトの返事をどこかそっけないと感じた。
「スフィアは…スフィアはどうなってる…?」
「分かんない。知らないよ」
「なあ、トト、聞いてくれ。アノンの正体が分かったんだ。彼女は身元を偽ってる。小悪党たちの道具だったんだ。それと…やつらはあと二人いるんだって言ってる。やつらは仲間だって言ってる。仲間を見つけたいって」
「…何、言ってるの?」
 トトはただ戸惑っている。でも伝えなきゃ。デウ・エクス・マキーナに秘められた一番深いレイヤーを見つけた。まだ誰も知らない。まだスフィア化していない深淵。次々とそれが現実に影響して世の中を動かし始めてる。このメカニズムはこの世界ではまだ明かされてない隠された呪文だ。触れたものだけが命と引き換えに得られる禁忌だ。俺はそれを見てそして感じたんだ。その思いだけが頭の中をぐるぐると混ぜ繰り返して運動してその先から表現がついて出てくる。これを伝えなきゃ嘘だろう?
「トト、俺が間違ってた。やっぱり本当に起こったことだったんだ。そうだな…告発。マキーナは告発をした。やつらがやったんだ。でもイナギの事故のことは知らないって言ってた。そしてスフィアのことも」
「モノくん、だから一体何を…」
「俺も最初は利用するつもりだったんだけど、失敗した。結果がこれさ。俺ではなかった。分かったのはそれだけだ。偶然なんだろうけど、このタトゥーをスフィアのみんなで入れだしたってことでやつらにとって攪乱作戦になったんだろうな。ただ一方で、やつらがその『オリジナル』を探すきっかけにもなった。やつらは本物を探している」
「その本物って…」
「ああ、もう遅いだろうな…でも、待ってくれ…この観測によって予定された客体だってまた変化したんだ。だから間に合うかも知れない…だからトト…」
「モノくん…」
 そんなモノの気持ちとは反対にトトは悲しい目をしていた。そしてトトは身を乗り出してモノにゆっくり近づくと、傍らの壁についたインターフォンを押した。
 看護婦がすぐに駆けつけてきて、何も言わずに取り出した注射器を勝ち誇るように掲げるのを見た、その後の記憶はあまりはっきりしなかった。

…つづき

人気ブログランキングへ


048-最期の集まり(後編)

2012-11-12 22:15:49 | 伝承軌道上の恋の歌

「何ですか、アキラ先輩?」トトが思わず聞き返す。
「…アノンちゃん、その人、ウケイ、ウケイ先生って言わなかった?白髪混じりのボサボサの髪の毛と少しだけ無精髭があって、いつも難しそうな顔してる」
 アキラが堰を切ったようにアノンに聞く。それにアノンは何かにほっとしたように優しく微笑んで答えた。
「うん。やっぱりそうなんだね…」アノンは自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「…そう、やっぱりだよね」
 身を乗り出したアキラがまた砂の地面にへたり込むようにして肩を落とした。ウケイ先生。やはり最後にはいつもあの人の名が登場することになるのか。彼は僕とアキラを残して姿を消した研究所の最後の職員。僕達にセラピーを任せて、また僕に『周知活動』をするように仕向けて…恐らく、唯一全ての真相を知る人物だ。
「ウケイ先生のこと聞かせてくれないか?」僕が言う。
「私はウケイに救われてからしばらく二人で暮らしてたんだ」
「アノンちゃん、それっていつごろ?」
「一年くらい前まで」
「え?!」
 アノンの答えはアキラと僕にはあまりに意外だった。
「シルシ君…それじゃあ…」
 アキラは僕と顔を見合わせる。アノンの言う通りなら、彼女の言うウケイ先生が僕達の指している人物と同じというなら、彼は僕達の前から姿を消した後もそれほど遠くない場所でアノンと一緒にいたことになる。
「でもその後、ウケイはどうしても一緒にいてやれなくなったって言って、それで私はヨミに引き取られたんだ。イナギの恋人ってみんな言ってたあのヨミ。ヨミはウケイの患者だったんだ。かなり重い病気でしかもほとんど症例のないやつだって…」
 アノンがそう言いかけたところで、突然アキラがアノンの両手を握りしめて
「ねえ!アノンちゃん!ウケイ先生はどこにいたの?!教えて!お願い!」と乞うた。
「…アキラ?」
「先輩…」
 アノンもトトもこんなアキラを見たのは初めてに違いない。二人の関係を知るのはもう僕だけだろう。あいにくアキラの願いは今はまだ叶わないけど。
 と、突然、車の轟音がコンクリートの壁を伝わった濁った音で僕達全員に伝わる。
「…何だ?」
 数人の者の砂を踏みしめる音。あわただしい気配が辺りを覆っていく。近い。怯えたトトが思わず声を出そうとするのを僕は口で抑えて、明かりの灯った携帯電話をしまうように皆に目で合図した。幾分、足音が落ち着くのを待って、ドームの入り口から少し顔を出して辺りを確かめると、男のものらしき人影が公園内で動いていた。暗くて良くは分からないが、皆それなりに体格が良さそうだ。ぼそぼそと何事か話しているが、どうも僕にはこの国の言葉に聞こえない。
「…みんな、今日はもうお終いだ。話はまた今度だ…」僕は声を潜める。
「どうしたの、シルシ君?」
 アキラは震えるトトを抱いている。
「…いいから。しばらく静かにしているんだ。いざとなったら僕が囮になる。その間にお前たちは逃げるんだいいな?」と、揃ってうなづく三人。再び外を覗くと、男は正確には三人とそれにあと一人。種類で分けるならそういう表現になるだろう。リーダーっぽい男が他の二人に早口で何事かを指示する。やはり聞きなれない発音だ。そして囚われた一人の男は他の男に引きずられるようにジャングルジムの方に連れて行かれ、もはや自由を失った手足を鉄のパイプに絡ませて磔の格好にさせられそのまま捨て置かれた。


 それで用は済んだのか男たちは無言でその場を離れ、少しして派手な車のエンジン音が公園に響く。聞こえなくなるのを確かめて、僕はゆっくりとその男に近づく。街灯の光を頼りに彼の姿を凝らす。そして僕は言葉を失った。凄惨なリンチを受けたんだろう、顔は原形を留めないほど歪み彼の着ているシャツまで血にまみれていた。鼻や口からだけでこれほどに血に染まるのだろうか?
「…大丈夫か?」
 しかし返事はない。既に意識を失っているか、もしくは声が出ない状態なのかも知れない。その代わりに彼はまるで人形か何かのように力なく首をかしげた。そしてその首筋が大きく血にまみれている。まるで抉り取られるように骨まで届きそうな程に深く刻み込まれている。まずい。早く救急車を呼ばなければ…
 僕は無我夢中でコートとその下のシャツを脱いで彼の首筋を抑えた。
「アキラ!頼む早く来てくれ!」
 僕は叫んだ。僕の白いシャツはみるみる赤く染まっていく。助かるだろうか?幸い傷は肩に近い辺りで、頸動脈は外れているようだ。大丈夫かもしれない、これなら…少しだけ心が落ち着いた所でようやく状況を確かめる余裕ができた。やたらと金具のついた黒いロングコートと胸の開いたシャツ。その格好からしてもまだ若い。きっと二十歳前後といったところだろう。髪の色が真っ青で、暗がりでもこれだけは目につくほどに鮮やかだ。しかし、顔はひどく腫れ上がっていて本来の姿が想像できない。だから僕がようやく彼が誰かに気づいたのは
「モノ!」
「モノくん!」
 駆けつけたアノン達がそう叫ぶのを聞いてからだった。

…つづき

人気ブログランキングへ


048-最期の集まり(中編)

2012-11-11 21:43:55 | 伝承軌道上の恋の歌

「…シルシ君、それって」
 アキラの反応は幾分落ち着いていた。
「…ああ。そうなんだ…」
 そう言って僕はシャツの襟を開いて、アノンと同じバーコード状の『それ』を見せた。
「…シルシ、そんな…そんな…」
 そしてアノンも初めてその事実を知ることになった。アノンの衝撃は、アキラやトトもまたはるかに上回っていたことだろう。そのせいで言葉を失ってしまって少し濡れた唇だけを震わせている。そのお互いのピースの一つ一つ、これら全てを知っていたのはこれまでは僕だけだったという訳だ。そして僕はそれを知って隠そうとした。アキラは勘づいていたのかもしれない。それがアキラを三年前の事故の真相とあわせて、僕の周知活動の意味を疑わせることになったんだろう。
「ねえ、どういうこと?説明して」
 アノンがすがるように僕に言った。彼女が一番知りたいだろう。それは彼女がずっと探していたルーツを探るものだから…
「アノンと同じさ。物心つかないうちから身体についていたんだ。親にも聞いたことは何度もある。けど、教えてはくれなかった。僕の出生に関わる何かの謎なんだろうことは分かっていた。けどこれについて聞くのは禁忌に近かったんだ。歳を重ねて知恵もついてくれば、親の仕事に関係した何かと関係があることは推測できた。知っての通り僕の父親、医療のベンチャーの研究機関を立ち上げてそこの所長をしていた。僕が小さい頃に死んだ母親も亡くなるまでは一緒に手伝っていたと聞いてる。もしかしたら来たるべき時を待ってその謎は明かされたのかも知れない。しかし、あんな事故があって、直後に研究所の職員たちも離散して、事故の療養とリハビリをしていた僕とそしてアキラを最後に研究所そのものが潰れてしまった。それでとうとうこれの意味は聞けないで終わったんだ」
「じゃあ、私のこれも…」
 アノンが痛む古傷をかばうように首元に手をやる。これから足を踏み入れようとしている先は多くの矛盾や犠牲をはらんだ得体が知れないものが潜んでいる。それをお互いに予感してる。
「…ああ。僕の父親の研究所に違いない。アノン、お前はあの研究所のどこかにいたんだ。ヤエコが僕やアキラがいたあの研究所に」
「…そっか…そうなんだ」
 アノンは寒さで凍えるように膝を両手で抱えて丸くなると、白い息を吐いた。
「シルシ君、ヤエコちゃんに会いに行った時とかにアノンちゃんを見たことは?」
 こんな時でもアキラの物言いは確かだ。
「分からない…いや、ない。あそこはあくまで研究施設だったんだ。思えばあそこで治療を受けていた者は患者と言うよりは被験者に近かった。機密保持の意図もあったのか被験者同士の交流もほとんどなかった。そもそもヤエコのように入院すること自体異例なことだったから」
「でもだったら、どうしてアノンはそこにいたんでしょうか?仮にそこの被験者?…だったとしても、そもそも記憶もないなんて」
 トトも僕に疑問をぶつけてくる。が、僕の答えはさほど変わらない。
「分からない。今は僕にも…同じ識別番号の入った僕とアノンの境遇もまるで違う」
「じゃあ、番号からは何か分からないんですか?二つサンプルあれば比較もできるし…」
「番号は…僕は『MJ032』」
 生まれた時からあるバーコードの下に振られた番号と記号は当たり前に諳んじられた。
「アノンは?」
「私は『FJ002』…」
「FとMはmaleとfemaleの識別記号かもしれない。Jは…JuniorとかJulyとか…」
 アキラが思案する。
「じゃあ、じゃあ…JAPANとか?」とトト。
「どれも憶測の域は出ないね。ただ、研究所で使われていた識別コードなのかも…それじゃあ、妹のヤエコちゃんにはあったの?」アキラが聞く。
「いや。ない。間違いなくなかった。子供の頃に一緒に風呂に入ってたから分かる」
「先輩の妹さんは研究所に特別に入院してたんですよね?そのヤエコさんにもなかったんじゃ、あんまり関係ないのかも知れませんね?」
「それもまた憶測だな。当時の関係者の足取りが分からないから確認のしようがない」
「あと数字の順番もおかしいよね。アノンちゃんの方が三桁の数字が若いのも変だよ。だってシルシ君の方が年上…だもんね?」
「ああ、多分。だよな?アノン」
「さっき言った通り本当の歳は知らないんだ。私を助けてくれた人にそう教わっただけ」
 しかし二十代に差し掛かった僕と比べてもアノンは大分幼く見える。
「…で、その『助けてくれた人』っていうのは誰なの?」
 トトが幾分冷ややかな目でアノンを見る。その時一瞬アキラと目があった。僕達は同じことを考えていたと思う。僕が最後から二番目の、そしてアキラが最後の患者となった研究所の最後の医者…
「…ウケイ先生」アキラが小さな声でそうつぶやいた。

…つづき

人気ブログランキングへ


048-最期の集まり(前編)

2012-11-10 22:14:12 | 伝承軌道上の恋の歌

「…先輩。やっぱり来てくれたんですね…」
「僕、僕、もうシルシ君達と会えなくなっちゃうと思ってたよ」
 公園の街灯に儚げに照らされたアキラとトトは僕達を見て涙ぐんだ。
「二人とも大げさだな…」
「いいの?」
「ああ。全部話す。アノンも…な?」
 傍らに立つアノンは僕の影に半分見を隠している。
「…う、うん…」
 アノンは僕の顔色を伺うように見上げる。
「何、どっちなの?」
 それにトトがつっかかる。
「ね?言って。きっと僕達アノンちゃんの助けになってあげられるよ?」とアキラ。
「分かってるけど…」
 そう言って僕に助けを求めるようにコートの袖をつかんだ。
「そうやってまたシルシ先輩にすがって…本当に腹立つ…」
 黙りこくるアノンの態度がトトを逆撫でする。
「ずるいよ、いっつもアノンばっかり…」
 トトが目にためてる。そんな彼女の肩を抱きながらアキラは僕達に言った。
「でも、大丈夫なの?ここ、スフィアの『聖地』のひとつなんでしょ?」
 するとアノンはアキラの肩の向こう、公園の真ん中を指さして『あそこなら』とつぶやいた。それは砂場の真ん中にあるコンクリートでできた大きなドーム状の遊具だった。
 持ち寄ったお互いの携帯電話を真ん中で照らすと、そこは汚い落書きばかりが天蓋に映えるプラネタリウムだ。身体を丸めて、僕達四人がどうにか収まってる。僕の正面、トトとアキラに挟まれて座っているアノンの告白はこうして始まった。
「私ね、ずっと暗い部屋の中に閉じ込められてて…そこから出てきたの」
「どのくらいの間?」とアキラが聞く。
「分からない。私それ以前の記憶がないんだ」
「どうしてそんなことに…?」
「記憶がないっていうよりずっと夢の中にいたような、そんな感じがあって…それでよく思い出せないの」
「それじゃあ、まるで…」
 アキラはそう言いかけてやめたけど、誰しもがそれを連想していた。まるでそれはデウ・エクス・マキーナの…マキーナがいたカプセルのようだ…
「覚えているのはそこから救い出してくれた先生の名前とこれだけ…」
 そう言ってアノンは首筋にあるバーコード状のタトゥーを見せた。
「…先輩!!」
 トトの高い声はこの狭い空間でこだました。彼女が驚いたのはアノンにタトゥーが入っていたせいじゃない。彼女のタトゥーが僕の『それ』と同じだったからだ。

…つづき

人気ブログランキングへ


047-別の二人(後編)

2012-11-09 22:23:12 | 伝承軌道上の恋の歌

「アノン?」
 いいすぎただろうか?今ここで過剰な反応を引き出してもきっと物事はうまくいかないのに。胸の奥からこみ上げてくる恐れと不安を感じながら、僕はふとさっきまでの言葉はアノンではなく自分自身に向けていたんだと気づいた。そうだ。今なお様々な事件を生んでいる深い闇は僕にこそあるのだ。僕の首元にある風変わりで奇妙なシリアル・ナンバーは、僕こそがその闇の最後の生き証人であることを如実に示している。僕は医療分野の研究者夫婦に生まれた普通の人間であったはずだ。それなのに物心がついた頃からあるこの焼きゴテのような何条もの線の跡は?同じ親に生まれたはずの妹ヤエコには見当たらない、こんな妙なものが何故僕にだけ?そしてこれまでまるで縁のなかった女の子、アノンにも何故同じものが?僕の家族と名も知らぬ少女の死、アノン、スフィア、そしてイナギの事故、ナンバー狩り…一つの意味でできた大きな槍がそれら全てを貫いた後、僕を正確に射抜くのだろうか。僕にとってなお余りあるこの謎は、アノンという身寄りもない十代の女の子に絶えられる重圧じゃないだろう。自分のことをこれ以上アノンに転嫁させてはいけない。せめて今は不安を和らげてやらなければ。
「アノン、あのさ…」
 そう思って衝立の向こうにいるアノンの様子を伺うと
「じゃーん!」
 逆にアノンが身を乗り出して迫ってきた。
「うわっ」
 僕の前にはマキーナになった全身のアノンだった。
「ほら、これもマキーナ!」
 そう言ってベッドに座る僕の前に両手を広げて立った。
「なんだよいきなり」
 見るとマキーナには違いないけど、今までのそれとは大分印象が違う。服は白と黄色のエナメル製のワンピースで、まるでレースクィーンだ。
「いいでしょ?新しいマキーナのコスチュームだよ。似合う?」アノンがそう聞くから
「…ああ、前のやつがどんなんだか思い出せないくらいな」
 思わず僕は笑いつつ、そんな自分に驚く。励まされたのはむしろ僕の方だったらしい。
「えー何それ」
 アノンは自分の衣装を鏡に映して一回転した。
「そのうち着替えとけよ?」
「なんで?ウェディング・ドレスはその日一日着ていたいものでしょ?」
「もうすぐ、うるさいのが来るはずだからさ」
 週に一度夕食時のこの時間はいつもならアキラとトトが見回りに来る決まりだ。しかしアノンの顔は曇った。
「来てくれるかな?私、トトを怒らせちゃったから…」
「実は僕もアキラに怒られたよ。嘘をついてたんだ」
「…私もシルシにもみんなにもいっぱい隠しごとしてた。私、二人に会ってもなんて言っていいか分かんないよ」
「それは僕も同じさ。お前のお陰でようやく踏ん切りがついた。だから今日全てはっきりさせるんだ。逃げるのはもうやめだ」
 僕はそう言うと机の上に光る携帯電話に手をかけた。メールの送り主は当の本人、アキラからだった。
「…アノン、お前も話してくれるよな?」僕が聞くと。
「…」
 アノンはまた答えに迷っていた。

…つづき

人気ブログランキングへ


047-別の二人(前編)

2012-11-08 21:50:05 | 伝承軌道上の恋の歌

 今、僕は目を開けているのか閉じているのか?気の抜けたみたいに柔らかい枕に沈む頭が現実のある場所を教えてくれてる。少しだけ寝返りを打つとシーツのこすれる音がした。いつの間にか日も暮れてしまったようだった。ドアが開く音がする。靴を脱ぐ音、洗面所で水の流れる音。それから足音。姿も見えずに近づいてくる物音にふとホラー映画のような不気味さを感じている。それから部屋の明かりがついた。
「どうしたの、シルシ?携帯、点滅してるよ?」
 アノンシャッターも閉めずにベッドで丸まってる僕に、衝立の向こうからアノンが声をかけた。
「アノン…か?」
「正しくはちょうど今帰ってきたアノンだよ。いつもよりちょっと疲れてるタイプのね」
 アノンはそう言いながら部屋の明かりをつける。
「…」
 僕は身体に絡まるシーツを頭から被った。
「昼にトトと会ったよ。なんか怒ってた」
 衝立越しにくぐもったアノンの声と服の擦れる音がする。
「ああ、そうだろうな…」
「なんで知ってるの?」
 アノンは衝立から顔だけ出して僕を覗いた。
「トトがその勢いのまま家に来たんだ。何かあったのか?」
「何も。ただ、トトがシルシから離れてって私に言うから、
シルシが私を妹のヤエコと思ってるから、無理って言ったんだ」
「お前な…」
 またひとつ頭の痛い問題を抱えてこんで僕は胎児のように身体を丸めた。
「私、変なこと言ったかな?」
 アノンの言うことのどこまで冗談で本気なのかは今もって僕は判断しかねている
「…お前、これからしばらく一人で外出ないようにしろよ?」
「え、どうして?来週もスフィアのイベントあるのに…打ち合わせだってたくさん…」
 アノンが髪をといてる音がする。着替え終わったようだ。
「知らないのか?あの辺りで変な噂がたってるって…」
 僕はようやく重たい身体を起こして、頭をかいた。
「なあにそれ?」
 馬鹿な。アノンが知らないはずがない。
「あのマキーナの首元についてるシリアル・ナンバーみたいなやつ。お前のとこのスフィアで流行ってるだろ」僕はかすれた声を出した。
「う、うん。それがどうかしたの?」
 その声は戸惑いに少し震えた。
「同じのがついてるだろ、お前にも首元にアレがさ…」
「え、でもアレとはだいぶ違うよ?」
 アノンはとぼけみせるが、それは僕も同じだ。そうだ。『僕達』のタトゥーはアイツらのとはだいぶ違う。
「だから一応な。噂が本当だとしたら、何かの目的があるはずだ。考えられる可能性は二つ。ナンバーを持つ者を一人残らず狙ってるか。もしくはその中の誰かを狙っていて、そいつに辿り着くまでしらみ潰しに襲っているのか…」
「何?誰かが私を狙ってるってこと?怖いこと言わないでよ」
「とにかくマキーナにまつわるものは分からないことが多すぎる。だから用心に越したことはないんだよ。アノン、お前にはその前例もあるからな」
「…何が言いたいのかな?」
「イナギの起こしたあの事故、あれは間違いなくアノン、お前を狙ったものだった。でも、未だにあの事件の真相はおろかその動機すら全くつかめてない。当のイナギ本人も行方不明のままだしな」
 しかしアノンは答えない。彼女がひどく動揺しているのは衝立越しでも伝わってくる。けれど、僕はアノンがその後イナギを見たのを知らなかった。

…つづき

人気ブログランキングへ


046-そして二人(後編)

2012-11-07 21:21:04 | 伝承軌道上の恋の歌


× × × × × × × × × × × × × × × × × × ×
 夕方、一番光が眩しく見えるその頃合いの街を二人は交差点から伸びる道にそってとぼとぼと歩いた。学校の帰り少し話したい時に二人はよく最寄りの駅の次の神宮駅まで歩くことがあった。そして今日はどちらともなくそうしていた。しばらく黙っていたアキラがようやく口を開いた。
「シルシ君のあの事故、嘘だったんだ…」
「え?嘘ってそんな…」
「うん、そうだったんだ」
「でも、先輩だって現に今でも事故の後遺症あるし、家族の人だって…」
「あの事故があったのは本当。ただ、一人、死んでいた人が違った。死んだのはシルシ君の妹じゃなかったんだ」
「…そんな…でも、一体誰…」
「それが分からないんだ。でも、シルシくんはこれを隠さなきゃいけない理由があった」
「それでシルシ先輩は悩んでしまったんですね」
「もしくはそう信じこまなきゃいけない理由かも…」
 アキラはそれか口元に手をやり、少し考えこんでから声のトーンを強めてこう言った。
「うん、そっちの方がきっと正しいと思う。それをシルシくんはひとりで抱えてたんだ。ボクは馬鹿だ。そんなの傍にいても全然気づいてあげられなかったし、そんな気持ちを考えもせずにシルシ君のこと頭ごなしに否定するようなこと言ってしまって…でもそれに気づいたのはそのことをシルシ君に問いかけた後だった」
「…アキラ先輩」
 トトはアキラの腕にすがった。急に不安が襲ってきて、そこにアキラがいることで安心したい気持ちにかられた。
‐アキラもまた人に言えない迷いを抱えながら真実を探していたんだ。シルシ先輩、それに主治医だったウケイという医者が関わっているんだ。アキラ先輩にとっては人事ではなかったからやっていたことなのに、それを私は一人勝手に騙されてると勘違いして、なんて浅はかだったんだろう。
「私、アキラ先輩とシルシ先輩にむかついてきました!そんなこと自分一人で抱え込んで。私達のこと信じもしないで!それってひどいじゃないですか」
「トトちゃん…」
「でも、私も一つ謝らなきゃいけなくて。あの後、シルシ先輩の家に押しかけていって、それで…ちょっと色々あって…なんか先輩を襲うみたいな感じの状況に追い込まれまして…、それですぐにアパートから追い出されて…」
「…ははは」
アキラは苦笑いしてる。
「でも今の先輩の話を聞いて私もやっと腑に落ちたんです。その騒動の原因になった私が見たものなんですけど…」
「うん。なあに?」
「シルシ先輩の首元にシリアル・ナンバーの彫り物があるのを偶然見ちゃったんです」
 トトにとって罪の告白だった。そしてアキラは優しく許してくれる。そのはずだった。
「…トトちゃん、それって本当なの?」
「はい。アキラ先輩知ってますよね?あのスフィアでナンバーのタトゥーシール貼るのが流行ってるの。シルシ先輩はスフィアとか嫌ってると思ってたのに影響受けてたなんて、きっとアノンにたぶらかされ手に決まってます。私そのことがあんまりショックで…」
 トトはそう言って涙ぐむ。
「それは違うかも」アキラは優しくしかし冷静に言う。
「先輩をかばうんですね?」
 そう言ってトトは鼻をすすり始める。それにアキラはハンカチをそっと差し出した。
「トトちゃん、びっくりしないでね…ボク、偶然見たんだ。そのシリアル・ナンバー…実はアノンちゃんにもあるのをさ」
「え…じゃあじゃあやっぱり二人揃いのタトゥーを入れて…それって…」
 トトはショックを受けてうつむく。アキラ先輩は違うなんて言っておきながら結局自分の予感がやっぱり当たってるんじゃないか。
「ううん。僕の見立ててではちょっと違うかな」
「どういうことですか?」
「僕がアノンちゃんのナンバーを見たのはあの子に会ってすぐの頃。その頃は少なくともスフィアでそういうタトゥーをいれるのは流行ってなかった。それにデザインも違ってもっと複雑というか本格的だった。トトちゃんが見たシルシ君のもそうじゃない?」
「そうですね。確かに流行ってるのとは違ってました。十桁くらいのシリアル・ナンバーとバーコードみたいなものがありました…」
「…やっぱり。ボクはアノンちゃんに見たのも同じだよ」
「じゃあ、アノンやシルシ先輩のタトゥーはずっと前から入ってたってことですか?」
「うん、そう。でも、あの二人は以前は顔見知りでも何でもなかった。これが不思議」
「それ自体が嘘ってことは…」
「それはないと思う。僕がシルシ君に出会ったのは事故の後、病院でリハビリに励んでた頃だったんだ。それから今までアノンちゃんのことなんて聞いたこともなかった。それ以前のことは分からないけど、まず面識なかったと思って間違いないよ」
「じゃあ、二人は知らずに何か共通する環境にいたってことは考えられないですか?」
「うん。ボクもそう思うんだ。アノンちゃんって少し前の記憶がないみたいだったでしょ。ただ暗いところに閉じ込められてたような気がするって。それが関係してるんじゃないかと思う。それでね。二人の過去での共通項があるとすればそれは…」
「研究所…」トトがつぶやいた。
「うん。まだわずかな線でしかないけど。シルシ君の妹がいた研究所…それにアノンが閉じ込められていた部屋もそこにあったのかもしれない」
「アキラ先輩の話、分かります。分かるんですけど、でも一体、私どうしたらいいんですか?…」
 トトはくんだ腕に一層強くすがると、アキラは足を止めた。それから不安そうに見上げるトトに手袋で膨れた人差し指をひとつ立てながら
「心配しないで。抜かりはないよ」そう言って笑った。

…つづき

人気ブログランキングへ


046-そして二人(前編)

2012-11-06 22:01:06 | 伝承軌道上の恋の歌

 スクランブル交差点。新しい聖地になった場所。そこには花束やメッセージカードが小さな山になって積み重ねっている。人通りも車通りもひときわ騒がしいその交差点の片隅でほんの小さなそこだけが静かに佇んでいる。そして今、雑踏にふと足を止め身を屈めて大きな影を作ると、小さな花束をそっと添える者がいる。
「やっぱりアキラ先輩だったんですね」
 屈むアキラの後ろの人影がそう呼びかけた。
「…うん。ここで死んだ人達のためにね」
 今やそれはシルシの家族、そしてイナギの恋人ヨミだけではないのをアキラは知った。だから尚更誰も知らないあの子に、忘れ去られた女の子に花を手向けたくなったんだ。
「ここにいると思いました。って言うのは嘘で私も何となくここに来て確かめたいことがあったので…」
 トトはアキラの隣に並ぶと、現場に置いてある花や添えてあるメッセージを眺めた。
「おかしいなと思ったんです。こうやって置いてあるお花なんかの世話って誰がやってるんだろって。シルシ先輩はあの通りだし、候補は結構限られてるから」
「一応ね…どんなものでもそれぞれの気持ちだから大切にしておこうって」
 トトは立ち上がると、今やポスターや落書きで埋め尽くされた街灯の柱に近づくと、
「…よし、大丈夫そうですね」とつぶやいた。
「…どうしたの?」
 ゆっくりと立ち上がったアキラはトトに近づく。
「この落書き。これをチェックしておけってモノくんが言うんです。また真似するやつが出るとすれば、ここに名前を書くはずだからって」
「…真似って?」
「イナギみたいにあの事故を真似る模倣犯みたいなのが出ないとも限らないって」
「どういうこと?」
「あのイナギの事故の直前にアノンがここを調べてたの覚えてます?あそこにはイナギとヨミの名前が刻まれていたんです。今はもうこんなになって確かめようもないですけどね。私も良くは知らないけど、そうすることが彼らにとっては重要みたいで…だから、また次に真似するのもイナギと同じようにするはずだからって」
「ふうん。そういうこともあるのかな…」
 トトは鉄の表面を冷たさを確かめるように素手で撫でながら、アキラの目を見つめる。
「教えてください。なんでシルシ先輩はアキラ先輩を避けてるんですか?理由によっては私、先輩を軽蔑しなくちゃいけなくなります」
 するとアキラは優しく微笑む。
「ボクはシルシ君に悪いことをした。イナギがしたのと同じ風にね」
「説明してください」

…つづき

人気ブログランキングへ


045-暴かれるシルシ

2012-11-05 20:02:35 | 伝承軌道上の恋の歌

 その後。僕はアキラから逃げ帰るようにして家に戻ってきた。ばれた。ばれた。ばれた。ばれてしまった。全てばれてしまったんだ。僕はただその恥ずかしさだけが頭の中にかけめぐっていた。アキラの言う通りだ。僕はただ楽でいたかったんだ。優しい嘘に生きていたかったんだ。それに僕だってその女の子が誰だか知らないんだ。ヤエコは間違いなく死んでいた。だから嘘じゃない。ごまかすことを繰り返して僕はあてどなく落下して、無重力状態に迷いこんでしまったんだ。
 でも、この結末は見えていた。ウケイ先生の元でリハビリの毎日を過ごしていた僕はある夜おかしな夢を見た。その夢は映画館のスクリーンを見るように現実感には乏しいが、映像は嫌に生々しくて、寝起きの僕に喉の奥の鈍い倦怠を残していった。車のボンネットに突き刺さり毛細血管のように長い髪を振り乱しうなだれる少女。覗くとアノンに似たその顔。僕の隣では父親らしき人物が血まみれの震える手で携帯電話を取り出し、かすれる声でこう言った。『ウケイ、これで我々は救われた…』と。以来、悪夢はいつまでも僕の脳裏にこびりついて離れずに夜毎僕を脅かすようになった。僕はその度にあれは嘘だと、そう自分に言い聞かせた。しかし、そんなささやかな抵抗もあっさりと崩れた。現場に身元不明の血痕が残っていたと聞かされたからだ。そして父は『それ』を殺すためにあえて進路を急に変えて彼女めがけて突っ込んでいったのだと。
 恐らくあの事故には表には決して出ることのなかった深い闇が隠されていた。その当事者は父だけではない。ヤエコも知らず深く関わってしまった可能性がある…そのことを僕は予感として悟り、そして言葉にもなる前の感触のままそこに押しとどめて封印した。そうするしかなかった事実だってあった。事故のその日にヤエコも死んでいたのだ。急に容態が急変したと随分になってから聞いた。妹の死は僕の回復が見込めるようになるまで長く伏せられていたから。当然遺体とも会えなかった。以来、孤独なリハビリに励む僕は都合のいい物語を創り上げてそこに逃げこむことを覚えた。父とヤエコは交通事故で死んだのだと。外泊を許されたヤエコを迎えに行った帰り、不運にも無謀な車の巻き添えでハンドル操作を誤ってあのデパートの建物に突っ込んだのだと。だから僕はその犯人の車を探さなければいけない。父と妹を殺した張本人を捕まえ、罪を償わせるために…そして、そのための『周知活動』だ。死んだ父と妹を信じてあげられるための、その負担を見ず知らずの人達に分けてもらう。いもしない人間を追いかけている間は僕は、それを支えに生きていられるから…
 と、部屋のベルが鳴った。アノンだろう、そう思ってドアを開くとそこにトトがいた。思いつめた様子で、赤く腫れた目からはさっきまで泣いていたのをうかがわせる。おかげで彼女の表情はいつにも増して猫っぽく見えた。
「トト…どうした?」
「先輩、私…アノンに…」
 トトはその場で立ち尽くして動かない。
「アノンがどうした?」
「アノンに勝ちたいんです!」
「何を言ってる?」
「どうしたら、勝てますか?」
「まあ入れよ。とにかく落ち着くんだ」トトの肩に手をかけてそう言った。
また面倒が舞い込んできた。トトには悪いが今はそれどころじゃないっていうのに。と、トトを見ると、ある一点で視線が止まっている。
「…?どうした?」
 Tシャツ姿の僕の首筋あたりに視線が注がれている。
「そのあざ…もしかして…?」
「何だよ?」
「き、キ…マークなんとかって言う…」
 トトが土足のまま玄関から僕に詰め寄ってくる。
「何を言い出すんだ」
 僕も後ろずさりに、狭い台所に追いやられてしまう。
「や、や、やっぱり相手はア、アノンですよね?」
「違うって」
「だから、いっつもアノンと一緒に…そういうことだったんですか…」
「何馬鹿なことを」
「やっぱりそうなんだ」
「だから違うって言ってるだろ?」
 僕は思わず首筋を隠した。
「じゃあ、見せられますよね?」トトは打って変わって落ち着いた低い声で言う。
「…今度な」
「今」
「今は駄目だ」
「いいから見せてくださいっ!」
 トトは僕のシャツの襟首に両手ですがる。
「おい、やめろ」
 トトを払いのけようと僕はバランスを崩した時、肘が彼女の頬をしたたかに打った。
「…う」
 思わずトトは手で顔を押さえてその場にしゃがみこんだ。かなりの衝撃だっただろう。彼女を打った僕の肘はビリビリとしびれている。
「大丈夫か?」
 膝を折って彼女の顔を覗き込もうとした時「うがあ!」と勢い良く上げた彼女の頭が的確に僕の顎を捉えて、今度は僕がよろけて仰向けに倒れこんだ。「うっ…」
 身体が重い。うまく動かない。どうもこれは意識が朦朧としているせいだけじゃない。


「この野郎があ!」
 僕の薄目にぼんやりと映るのは馬乗りになったトトの姿だ。
「こら…やめ…」
 彼女はそのまま僕のシャツの襟首を無理やりに押し広げて、首筋から肩をはだけさせた。でもそれっきり反応がない。むしろそれ自体が彼女の反応だ。彼女が期待していたものとは違う。けどそこにはあっただろう。
「先輩…これって…」
 トトは見た。彼女が見たかったものの正体を。それは僕が僕でなくなるし、僕が僕であったものだった。

…つづき

人気ブログランキングへ