東京下町にJRの線路が在ります。
線路は土手の上を走っています。こちらが西側の日当たりの良い土手です。土手の空地を利用する人達が居て、数年前にJRは利用者に撤去を通達し、立入禁止にしました。だいぶん土手が回復しています。
でも、土手へ上がる手作りの階段があります。
階段の上は畑です。
畑には農作業の道具が置かれています。勿論、JRの敷地ですし、縄張りはJRが施したものです。
この辺りは今も畑として作物を作っています。
枇杷です。金柑が熟れています。
ここなんかとてもキチンと管理しています。
撤去通告期間は過ぎていますが、実行できていません。実は、数年前に一度撤去の通達をして一部の土地が撤去された後、残っている土地に対しての再度の通達なのです。中には再開した畑も在ります。
耕作者が抵抗しているのでしょう。抵抗も何も、耕作料を払っているわけでもなく、無断で作物を育てているのです。所有地でも借地でもありません。
こんな景色が続きます。どうして畑を作るのでしょうか?空地だからと利用し始めたらけっこう楽しかったり家計の助けになったりしたのでしょうね。自分の土地を耕したい欲求もあったと思います。初めは後ろめたさがあったでしょうね?でも、時が経ったら、あるいは代を経るまで時間が経って、自分の権利のように思いはじめたのでしょうね?
どんな人達が住んで居るのでしょうか?すぐ近くに大きな銀杏の樹があります。
愛宕神社です。
その境内にある銀杏です。樹の下には石碑があります。
「雀の子そこのけそこのけ御馬が通る」 私でも知っている小林一茶の句です。一茶は一時期ここに住んでいたそうです。
町内にこんな由緒がある場所でもあるのです。