寄生微生物が宿主である動物の脳をコントロールして行動をかえて、自分の都合の良い生活を営む例がたくさん発見されている。この分野の研究は、寄生生態学というものであるが、ゾンビ生態学とかゾンビ行動学ともいわれる(実は勝手に作った分野であるが)。
1)一番良く知られる例は恐犬病である。発症した犬に咬まれてウィルスに感染すると、それは神経系を介して脳の神経組織に達する。そして、様々な症状が表れるが、水を怖がるようになる(それ故に恐水病とよばれる)。さらに興奮、麻痺、精神錯乱、幻覚をおこして、人が犬の遠吠えのようなうなり声を上げるようになる。
2)ハリガネムシに寄生されたコオロギやカマキリ、カマドウマは、水に飛び込む入水自殺を行う。ハリガネムシにマインドコントロールされているのである。ハリガネムシは水中でのみ交尾・産卵をおこない、宿主を転々と移動して成長するという生活史を持つ。すなわち川で交尾・産卵 → 水生昆虫(カゲロウやユスリカ)体内 → 陸生昆虫体内 → 再度、川 という流れである。
水の反射光に対する反応を異常にすることにより、宿主昆虫を入水自殺させていることが行動学実験などによりわかってきた。その脳には、光応答に関わる日周行動を支配するタンパク質や、ハリガネムシが作ったと思われるタンパク質が発現していた。こういった飛び込み昆虫のマス(量)は、渓流魚が得る総エネルギーの9割以上となり、河川の群集構造に大きな影響をもたらしているそうだ。
3) トキソプラズマ原虫に感染するとヒトを含めた動物の行動が変化するという仮説をチェコ・カレル大学のヤロスラフ・フレグル教授がたてた。
健康なネズミはネコの尿の臭いを警戒して、忌避行動をおこすが、トキソプラズマに感染したネズミは不活発、無用心となって、やすやすとネコに補食されてしまう。そうして、この原虫は最終宿主のネコに寄生をはたすことができるのである。
ネズミの体内に寄生した原虫が白血球に入り、これをトロイの木馬にして脳に侵入して、そこで神経伝達物質のドーパミンを分泌する。そうすることによって恐怖心や不安心を鈍らせせるらしい。フレグル教授のグループの調査結果によると。人でもトキソプラズマ感染者は社交的、世話好きで活発になるという。トキソプラズマに感染した人は交通事故に遭う確率が2倍以上高まるが、これはトキソプラズマが反応時間を遅くするためだとフレグル氏は考えている。さらに、感染者は統合失調症を発症しやすくなるという。トキソプラズマ感染は自殺率の上昇に関連しているという別の研究チームの報告もある。
4)タイワンアリタケ(Ophiocordyceps unilateralis)と呼ばれる菌の一種が、アリに寄生すると、組織全体をむしばんで成長する。そして宿主であるアリを木に登らせ、小枝を噛ませることで体を固定する。もはや用済みになってしまったアリが死ぬと、その頭の後ろの部分を破裂させて胞子をばらまき、木の下にいる他のアリたちに感染する。
タイワンアリタケの胞子がアリの外骨格に付着すると、まず硬い外殻を侵食していく。そしてやがて、栄養豊富な内部に入り込む。そこで菌糸と呼ばれる管を体中に伸ばし、哀れなアリの筋肉を貫通するネットワークを形成する。この菌はアリの行動を操作するのだが、実は脳には侵入しない。代わりに脳の周囲と、大あごを制御する筋肉のなかで成長する。これらは噛みつき攻撃の際に使われる部位である。菌は筋繊維の周囲のさやのような部分(筋繊維鞘)を破壊していたが、神経筋接合部は無傷だったそうだ。後者は、ニューロンが筋肉を動かすためのコミュニケーションが行われる部分である。アリが目的地に到着して、小枝を噛んだ瞬間、菌が同時に何らかの物質を放出して筋肉の強制収縮をもたらすと考えられている。
5) ガラクトソマム(Galactosomum)は、Heterophyidae科の吸虫。主に水生鳥に感染するが、幼虫としてイシダイ、トラフグ、イワシなのど魚に寄生する。感染すると魚が水面でクルクルと回って泳ぐ。寄生虫が神経を刺激することが原因で、 クルクル回ることでウミネコなどの海鳥に捕食されやすくなる(動画:https://www.fam-fishing.com/entry/galactosomum)
6) 扁形(へんけい)動物の一種、ディクロコエリウムという槍型吸虫の成虫はウシなどの草食動物の肝臓に生息している。卵は糞として宿主から排出され、カタツムリに食べられる。その体内で卵が孵化すると、カタツムリは寄生虫のまわりに保護嚢を作り、粘液とともに吐き出す。この吸虫入りのスライムは、アリのエサになって感染する。普段は物陰に隠れているアリが、感染すると葉の先端に移動するなどして行動が変わる。すると、牛や羊が葉もろともアリを食べるので、寄生虫はもとの宿主を乗り換えることができる。
7)ロイコクロリディウムがカタツムリに寄生すると、角に集まって縞模様になり上に下へと動く。あたかも芋虫のような動きをするので、鳥の目にとまって食われる。鳥の体内で卵を産み、それが排泄されてふたたびカタツムリに寄生する。
(動画:https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/20150219/436285/)
参考文献
石弘之『感染症の世界史』角川ソフィア文庫、2019
追記(2023/01/28)
宿主をゾンビ化する寄生菌、ヒト感染する可能性は? | ナショナル ジオグラフィック日本版サイト (nikkeibp.co.jp)も参考なる。