京都楽蜂庵日記

ミニ里山の観察記録

COVID-19解明の鍵はACE2 (アンジオテンシン変換酵素2)!

2020年06月04日 | 環境と健康

  風邪は万病の因と言うが、大型風邪である新型コロナウィルス感染症(COVID-19)では、ありとあらゆる症状が患者にみられる(資料1)。

COVID-19は肺炎や呼吸不全、多臓器不全を起こす。他に微小血栓や、心臓疾患、若者の脳卒中、さらには「コロナのつま先」と呼ばれる謎の炎症反応や川崎病に似た子どもの全身の発疹など、新型コロナウイルスに感染した人の珍しい症状が報告されるようになっている。一部の患者では免疫系が異常をきたし、大量のサイトカインが放出される「サイトカインストーム」が起こり、大規模な炎症で血管を傷つけ、肺胞に体液が浸み込んで呼吸不全を引き起こす。さらに脳炎やギラン・バレー症候群などの神経症状もみられる。

こういった多様な症状を起こす原因については、よく分かっていなかったが、ACE2(アンジオテンシン変換酵素2)という細胞膜上の酵素タンパク質がかかわっている可能性が浮かびあがってきた。

 

 コロナウィルスはエンベロップと呼ばれる脂質二重膜に包まれているが、その表面には多数のスパイクタンパク質 (S)が機雷の触角のように突き出している。Sタンパク質は先端部分がS1サブユニットで、軸部分がS2サブユニットである。S1には受容体結合部位があり、ホスト細胞の受容体(ACE2)と結合する(図1)

 

(図1:日本医師会COVID-19有識者会議HPより引用転載)

 

ACE2はアンジオテンシンIIを変換する膜酵素である。これは身体のあらゆる臓器や器官の細胞膜に存在する。アンジオテンシンIIは血圧を調整する血液中のペプチドであるが、ACE2はこのアンジオテンシンIIを分解して血中濃度を下げて血圧を調節するだけでなく、なんらかの重要な生理機能を有するアンジオテンシン(1-7)を産生している。ACE2は酵素機能だけでなく、細胞膜と通過する物質輸送の際にもレセプターとなって働く。その結果、コロナウイルスが細胞膜に取り囲まれて細胞内に入る (図1)。なおTMPRSS2という細胞膜上の蛋白分解酵素もウィルスの取り込みに関係している。これはスパイク蛋白を切断して活性化して取り込みを促進する。

ACE2のノックアウト動物では、加齢が促進され、心機能の低下、心肥大、心不全がおこる。ようするにCOVID-19でみられる症状とよく似た現象が起こる。SARS-CoV-2はACE2に結合することにより、その機能を阻害するので、ノックアウト処理と同様に生理的機能不全が起こるようである。それが急激におこるので、ますます免疫力が低下しウィルスの勢いが増し重症化する

老化に伴って身体のACE2の数は減っていく。老人が新型コロナウイルスに感染すると、ただでさえ少なくなったACE2が、ウィルスでブロックされ生理不全が急速に進む。若者より老齢者がCOVId-19で重症化しやすい理由の一つと考えられる。

追記1: アレルギーの人は免疫物質がACE2の発現を抑え、SARS-CoV-2に感染しにくいらしい(2020/06/04京都新聞夕刊6面)。この記事は上記の内容と矛盾するように思えるが、カナダのブリティッシュコロンビア大学のStepehらは、次のようにLancet論文で述べている。「ACE2のダウンレギュレーションは、ウイルス受容体が低下するため、SARS-CoV-2感染のリスクを低減する可能性があるが、アンジオテンシンIIのシグナル伝達の不均衡のために、ACE2欠乏症は急性肺損傷を増長する可能性がある」

Stephen Milne et al., (2020) SARS-CoV-2 receptor ACE2 gene expression and RAAS inhibitors. Lancet VOL 8, ISSUE 6, E50-E51. (DOI:https://doi.org/10.1016/S2213-2600(20)30224-1)

 

追記2:最近、アンジオテンシンIIは強い昇圧作用を持つだけでなく、アンジオテンシン受容体(AT1)に結合して、炎症性サイトカイン様の機能を持つことがわかった。sars-cov-2感染が広がるとACE2の発現が低下し、アンジオテンシンIIが増大しこれが引き金となって炎症反応が過剰に進むようになる。

宮坂昌之 『新型コロナ7つの謎』講談社 ブルーバックス156 (2020)

 

参考資料と著書

資料1)National Geographic NEWS (2020.05.26)『新型コロナ患者の「奇妙な症状」、各専門医が解説 心筋炎、大量の血栓、発疹、脳疾患、川崎病のような症状ほか』https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/20/052400312/?n_cid=nbpnng_mled_html&xadid=10005

文献1)日野中浩一、丸之内徹郎、『アンジオテンシン変換酵素2』日薬理誌、147、120-121 (2016)

文献 2) Li Xiao, Hiroshi Sakagami  and Nobuhiko Miwa  (2020)『ACE2: The Key Molecule for Understanding the Pathophysiology of Severe and Critical Conditions of COVID-19: Demon or Angel?』Virues 12, 491.

文献3) NHKスペシャル取材班 『たたかう免疫』講談社 2021

 

 

 

 

 

 

 

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コウモリの免疫系と感染ウィルス

2020年06月04日 | 環境と健康

 コウモリ(翼種目)は1100種を越える多様なグループである。ココウモリの仲間はエコローケーションの知覚能があり数百万もの巨大コロニーを形成して洞窟内で生息する。オオコウモリはエコローケーションを行わず、視覚を発達させているが、洞窟や樹間で生息する。

 

(オオコウモリ:ウィキペディア(Wikipedia)より引用転載)

 

コウモリが、ヒトを含めた他の哺乳動物へのウィルス感染源である事は、何度もこのブログで述べてきた。狂犬病、エボラ出血熱、SARS、MERSそれに今回のCOVID-19のSARS-CoV-2は、もともとコウモリ由来と考えらえている。ある種のインフルエンザウィルス(H18N11亜型)も、ヒラバナフルーツコウモリで同定されている。コウモリは、まさに感染性ウィルスの宝庫である。

コウモリは、何故、ウィルスを体内に保持して他の動物に感染させることができるのだろうか?カリフォルニアバークレー校のブルック教授は次のような実験を行った。

エジプトルーセットオオコウモリ(Rousettus aegyptiactus) とクロオオコウモリ(Pteropus alectos)の培養細胞に3種のウィルスを感染させた。比較として用いたアフリアカミドリザルの培養細胞は、短時間にウィルスにやられてしまったが、コウモリのは細胞からインターロイキンαが分泌されて感染防御が起こった。コウモリはインターフェロン経路というものを備えており、彼らがウィルス保有宿主(reservior)である大きな理由のようである。

ヒトはコウモリに比べて微生物ストレスの少ない清潔な環境にいるために、いったん体内に細菌やウィルスが侵入すると、免疫系が極端に働き、かえって不都合なことが起こる。たとえば侵入者を感知してインターフェロンが放出されるが、これが細胞のタンパク質合成の停止から感染細胞の死を誘発する。これは身体で炎症反応となって表れ、破壊的な作用を及ぼすことがある。ミイキンの論説によると、微生物だらけの環境に生息するコウモリでは、こういった過剰免疫反応は身体でおこらず、ウィルスとの共存路線をとっているらしい。

 コウモリはねぐらで密集集団でくらす事が多く、そこではウィルスの伝播もはやい。彼らは唾液、飛沫、糞や尿を通じて、飛翔しながらウィルスをまき散し、周りのさまざな動物にこれを感染させる。最近は、人間による森林の乱開発で、コウモリと接触する機会が増えている。また民族によってはコウモリを捕らえて食材にしている。コウモリの密集性、飛翔性、比較的長寿の特色はヒトの都市生活、自動車と飛行機、寿命の長さという点で類似している。

コウモリのウィルスがヒトに感染する場合は媒介動物が介在するケースが多い。狂犬病ウィルスはイヌ、SARSはハクビシン(一説ではジャコウネコ)、MERSはラクダ、今回のCOVID-19はセンザンコウが媒介動物だと言われている。

SARSのウィルスは229E, NL63, OC43, HKU-1, Sars, Mers, Covid-19の7種が知られている。後の3つがエマージングウィルスとしてヒトにパンデミックを引き起こした。Sarsは2003年2月になって発生した。イタリア人のカルロ・ウルパーニ医師が最初の患者を発見しWHOに報告した。ウルパーニは4月、バンコクでの国際会議に出席したがsarsを発症しなくなった。

SARS-CoV-2は、全ゲノム比較の分子系統解析からはキクガシラコウモリのコロナウィルスに近いが、細胞レセプター(ACE2)に結合するスパイク蛋白の配列部分はセンザンコウのコロナウィルスに一致している。コウモリのコロナウィルスがセンザンコウに移り、そこで変異をかさねてものがヒトに感染した可能性がある。

媒介動物がセンザンコウとすればどこで、どのようにしてSARS-CoV-2がヒトに感染したかが問題になる。武漢海鮮市場説、それを含めた中国内2カ所説、さらに中国国外説もでているが、今のところ結論は出ていない。

 日本の都市部では、アブラコウモリが普通にみられるコウモリである。これがどういったウィルスを保持しているかについての調査はまだない。

追記1)(2021/05/19)

ヒトでもウィルスに侵入された細胞は、それを周囲に知らせる警報物質インターフェロンを放出する。これは血流に乗って全身に広がり、食細胞に知らせる。食細胞は感染部位に集まってウィルスや感染細胞を丸呑みする。しかしコロナウィルスはこのインターフェロンの放出を抑える狡猾なメカニズムを備えている。ウィルスのORF3bという部位の遺伝子がこれに関係しておりこの部位が変異した物は重症化率が高いとされている。reの

追記(2022/03/04)

感染ウイルスは寄生者である。これの捕食者は免疫における白血球(T細胞、B細胞、樹状細胞、ファゴサイトなど)。生態系では捕食被食連鎖で調節しきれきれなかった集団(ポピュレション)をウイルス感染で減殺する仕組みがある。これはガイア的なホメオスタシスといえる。ただ宿主の方もやられっぱなしでは全滅の可能性が高いの、体内にウイルスを捕食する免疫のシステムを進化させた、寄生者と宿主との軍拡戦争は妥協がなければどちらかあるいは両方の絶滅にいたる。そこでなりたった妥協が共生である。たんなる共生ではウイルスの方に利があるので(偏利共生という)、宿主もなんとかこのウイルスを利用するようになった。

参考図書

小澤祥司『わかってきた感染・重症化メカニズムと治療薬への期待:新型コロナウィルス感染症(その2)』岩波科学vol.90、5月号 (2020)

山内一也 『ウィルスの世紀』(2020) みすず書房

S. メイキン 『コロナウィルスはどこから来たのか』日経サイエンス 2020/05月号 p37-39

K.G.Andersen et al. 、『The proximal origin of SARS-CoV-2』Nature Medicine volume 26pages450–452(2020)

https://doi.org/10.1038/s41591-020-0820-9

 

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