goo blog サービス終了のお知らせ 

Angela Garden

シンプルに、そしてエレガントに。試行錯誤しながらも、そんな人生を送りたい。

三重桑名 六華苑(旧諸戸清六邸)vol.2

2012年08月27日 | ★ヴォーリズ&その他近代美建築(西日本)

 

 

 

2代目諸戸清六は、この洋館を建ててから、
戦争が始まるまで、外壁を3年おきに塗り替えていたそうです。
大切にされていたのですね 
その他の洋館でも、外壁のお手入れをきちんとしている建物は
全体的に保存状態が良いように感じます。



それでは、旧諸戸清六邸に入ってみます。
が、こちらの洋館の玄関は立ち入り禁止ですので、
実際には、お隣の和館の入り口から入ります。



玄関を入ってのホール、広くて開放感があります。
曲がり階段が見えるところが、旧岩崎久彌邸と似ています。
階段の作りは、一見装飾が控えめですが、凝った技法が使われています。



旧諸戸清六邸内の家具は、戦争中に流出してしまったようで、
当時使用されていたものは、ほとんど残っていません。
こちらのコンソールが、唯一、当時使用されていたものだそうです。
とっても大切にお手入れされてきたことが伺えます。
デザインも、とても上品ですね



塔屋の1階、当時は待合、応接室として使われていたそうです。



現在、邸内の家具は、アンティーク家具を仕入れて、設置されています。
この洋館が建てられたのが、1913年(T2)、
その時代に合わせて、建物の洋式と、大きなズレが出ないように
1890~1910年頃に作られた家具が選ばれています。



照明器具も、戦争中、金属等供出で、無くなってしまったので、
1992年(H2)に修復整備工事が始められた時に、
同時代の照明器具を参考に制作されたものだそうです。

このメダリオンには、バラのレリーフが使われています。
英・チューダー王家の紋章であるバラを、
ジョサイア・コンドルはとても愛していたそうです。 



客間のマントルピース。
ミントンブルーのタイルが、とっても綺麗~
旧岩崎邸でも、ミントンのタイルが使われているので、
きっと、このタイルもミントンのような気がします~



窓辺のティーテーブルセットもアンティーク
こういうコーナー、欲しい~

食堂です。



食堂からは、バルコニーにも出られます。



壁紙も修復後のものだと思いますが、
ジョサイア・コンドルの愛したバラのモチーフのものです。
バラの花びらのような照明は、こちらも旧岩崎邸で見たような・・・



階段の中ほどには、ちょっとレトロな雰囲気のガラスがはめられています。
戦争中、この建物も空爆を受けたそうなので、
もしかしたら、この場所には美しいステンドグラスが
はめられていたのかもしれません。



こちらは、塔屋の2階から上への螺旋階段です。
(塔屋は上がれませんでした。)



こちらは2階にある、女中部屋。
電気が。。。!



女中部屋に展示されていた、トランク。



こちらは居間。和の押入れが見事に溶け込んでいます。
タンスなどを襖で隠してしまうのは、ヴォーリズもよくやっています。
やっぱり、美的収納は欧米のほうがセンスがいいのかも~

サンルームに面していて気持ちよさそうな書斎です。



窓ガラスのお掃除、大変そうですが、憧れます~

 

 

 

 

 

 

 

 


三重桑名 六華苑(旧諸戸清六邸) vol.1

2012年08月23日 | ★ヴォーリズ&その他近代美建築(西日本)

 

 

 

三重に行きたかった目的は、六華苑~ 
今回も、とっても画像が多いです~
vol.1~しばらく続きます



遠いかな、と思っていましたが、高速も全然混んでいなかったので、
車に乗っていたのは、2時間半もなかったでしょうか。
関西では、道路の渋滞にはまったことがありません
どこに行くにもスムースに行けるので、お出かけもしやすく
あまり疲れなくてすむので、楽しいです♪



チケット売り場、入り口になっている長屋門をくぐって歩いていくと、
見えてきました~

本当に美しい佇まいの洋館、旧諸戸清六邸
実際に目にすることが出来て感激



当時から、この壁色だったかは分かりませんが、
暑い夏にもぴったりでしょう~



設計者は、イギリス人建築士、ジョサイア・コンドル
私の好きな洋館を建てた、日本人建築家は、ほとんどがコンドルの弟子で、
コンドルに学んでいます。



ジョサイア・コンドルは、
1877年(M10)、西洋化、近代化を掲げる明治政府に招聘されて
25歳で来日しました。
その後、日本人女性と結婚し、1920年67歳で亡くなるまで、
日本に美しい洋館建築を手掛け続けました。
「日本近代建築の父」と称されています。



代表的な建築には、今は見ることの出来ない「鹿鳴館」(1940取壊し)、
御茶ノ水のニコライ堂、2009年復元された三菱1号館
旧古河庭園、三井家綱町別邸、島津忠重邸、岩崎彌之助邸、
そして、湯島の旧岩崎久彌邸(旧岩崎邸庭園)などです



1890年まで、明治政府の官職で建築を手掛けたあとは、
三菱の顧問となって、また明治時代の財閥、政府高官の邸宅を手掛けました。
ジョサイア・コンドルの建築作品の多くが、関東地方に残されている中で、
この旧諸戸清六邸のみが、唯一、地方で見られるジョサイア・コンドル建築なのです



ジョサイア・コンドルにこの洋館を依頼した諸戸清六は
当時23歳という若さでした。
そんな若さでなぜ、ジョサイア・コンドルに頼めたのか・・・



その父、初代清六は、事業を拡大、成功、日本一の地主とまでなった人物で、
私財を投げうって、地元桑名の街の上水道を整え、
一般市民のためにも貢献したそうです。
三菱の創始者岩崎家とも交友があり、2代目清六は、その紹介があって、
この洋館建築が実現したそうです。



ジョサイア・コンドルの代表的な弟子には、
東京駅、日銀、大阪中央公会堂、奈良ホテル浜寺公園駅を手掛けた辰野金吾、
迎賓館赤坂離宮(赤坂璃宮家具展示会)、
奈良国博京都国博を手掛けた片山東熊、
明治生命館(1)(2)の顧問を務めた曾禰達蔵、
法務省、神戸地方裁判所の河合浩蔵、
神奈川県立歴史博物館の妻木頼黄がいます。
どの建築も、私が大好きなものばかり

 

旧岩崎久彌邸に比べると、少し小ぶりでシンプルに見えますが、
やはり、ジョサイアコンドルの建築は、優雅さや華があります



ジョサイア・コンドルは、ロンドン生まれのイギリス人です。
ロンドンで建築を学び王立建築協会主催のコンペで入賞したそうです。



今は、日本庭園が広がっていますが、
建築当時、敷地の一部には、洋式庭園も造られたそうです。
コンドルは、イギリス王朝の象徴であるバラをとても愛していたそうで、
中央に噴水、周囲をバラで囲った円形花壇を設計したそうです。



塔屋は、最初は3階建てでしたが、
清六氏が、近くを流れる揖斐川を眺めたいと希望したので4階建てとなりました。



さて、ようやく、入り口へ・・・つづく。

 

 

 

 

 

 

 


お菓子の里丹波ミオール館(旧四本萬ニ邸・旧神戸垂水警察署)vol.1

2012年07月23日 | ★ヴォーリズ&その他近代美建築(西日本)

 

 

 

お蕎麦ランチを頂いた後は、いつものように洋館見学♪
「お菓子の里丹波」へ・・・

もう随分前から、「お菓子の里丹波」の存在は知っていました。
洋風の建物があることも。
でも、「お菓子の里・・・」という名前で、
てっきり、メルヘンチックな、なんちゃって洋館の
観光客向け施設だと、思い込んでいました 

「お菓子の里丹波」という、大型観光バスが何台も止まっている、
観光客用お土産売り場の横の道を進んでいくと、
落ち着いた風格のある洋館が見えてきます。

1917年(T6)に、川崎造船の大株主である、
四本萬二郎氏が、神戸垂水に建てた迎賓館です。

当時の価格で40万円、現在では数億円と言われています。
戦前まで、社交場として、毎週土曜日に舞踏会が開かれていたそうです。

戦後は、垂水の警察署として使われ、
異人館警察とも呼ばれていたそうです。

警察署時代に、内装は替えられたようですが、
千鳥屋が買取、お菓子の里に移築した際に、
当時の様子になるべく近い状態に復元されたようです。

以前出かけた、舞子ホテルや田尻歴史館と同じ、
ドイツ・ユーゲントシュティル様式です。

内部は、千鳥屋の洋菓子部門ミオールのティールームになっています。
建物内部の見学だけでもどうぞ~と
メイド服の店員さんが気さくに声を掛けてくれます。

玄関扉からとっても素敵

世界から集められた、アンティークカップのギャラリーが
併設されています♪
写真も自由に撮らせて頂けます。

画像が多いので、次回に続きます

 

 

 

 

 

 


田尻歴史館(旧谷口房蔵邸)

2012年06月28日 | ★ヴォーリズ&その他近代美建築(西日本)

 

 

 

 

UPが、とても遅いですが、先々週末は関空の先にある、
田尻歴史館へ出かけました。

歴史館と名付けられていますが、
旧谷口房蔵邸、1922年 (T11)に建てられた洋館、
和館が建てられています。

大阪は繊維の街として有名ですが、
谷口房蔵氏は、この田尻町で生まれ、
「綿の国で生まれた、綿の王」と称された人物です。



もともとは、谷口氏が経営する紡績工場があった場所で、
来訪者を出迎えるための迎賓館として建てられました。



和風な門構えの向こうに、瀟洒な洋館が見えます。
ドイツのユーゲントシュティル系スタイルとされています。
英訳すると、ヤングスタイルとなるそうなんですが・・・?

谷口房蔵氏は、15歳の頃から苦労を重ねていますが、
故郷である、この田尻町を紡績業で豊かにするために
綿を仕入れるための港、輸送するための鉄道の導入、
そして教育のために尽力したそうです。

綿を仕入れるために作られた港は、
今、漁港になっていて、朝市などで新鮮な魚が買えるようになっています。



また、以前訪問して、素晴らしい建築と感じた
大阪・綿業会館の設立にも、谷口氏が尽力しています。

お庭から見ると、一層素敵です。

次回は素敵な内部のご紹介です。

 

 

 

 

 

 

 


尼信記念館

2012年06月25日 | ★ヴォーリズ&その他近代美建築(西日本)

 

 

 

 

今朝は、夫が始発で東京出張へ出かけたので、
私も一緒に4時過ぎに起きました。
夫が出かけたあと、ここ数カ月考えていた
寝室の押入れの整理を開始♪
早起きすると、本当に時間がいっぱい!

押入れの下段のモノをすべて出して、チェックして、
整理して、収納して・・・午前中で、ぐったりしましたが、
収納ケースの位置や、モノの配置を替えたりして、
少し、処分するものも出たので、
すっきり、自己満足して爽やか気分になりました!

断捨離や整理収納のお仕事をされている方のブログも好きで、
良く読んでいます。
プロの方のように、短期間ですっきりとは出来ませんが、
時間はかかっても、自分で頭を使って
整理収納していくのも楽しいです

ただ最近は、ポイと捨てればいいモノではなく、
処分方法を悩んでしまうモノを、処分したくなるので、
ちょっと考えてしまいます。。。


 

 

さて、先週末は、お隣の尼崎へ♪

尼崎は大阪と西宮の間なのですが、
案外出かけたことがありませんでした。
建築関係のブロガーさんの所で、
尼崎に、赤レンガ建築があることを知りました。

尼崎信用金庫の旧本社の建物です。 

1920年(T10)に創業した尼崎信用金庫の本店建築です。

前身の信用組合が、明治時代に建築した建物の、
当時の赤レンガをそのまま使用して、
1972年(S47)に復元しています。



内部は公開されていません。



この記念館のすぐ後ろに、尼信会館が建てられています。
そちらは自由に入館できました。



尼信会館は、尼崎の郷土の歴史館としての展示や、
地域の工芸作家の発表の場として使われています。



興味深かったのは、「コインミュージアム」です。
世界各国、170ヵ国から厳選された、
4500枚の金貨、2500枚の銀貨が展示されています。
アジア圏では、干支のコインが多く、
うさぎのモチーフのコインが、とても素敵でした
また、ハプスブルク家のコイン、マリアテレジアの肖像のコインなど、
見応えがあり、世界の地域色などが小さなコインから感じられて楽しめました。



尼崎には、この尼信記念館を始め、計3棟の赤レンガ建築が残されています。
すべて、近辺に集中しているので、一応見に行ってみたのですが、
雨が激しくなってきたので、撮影は、またの機会にします。

 

 

 

 

 

 

 

 


*:..。☆長楽館*:..。☆

2012年06月21日 | ★ヴォーリズ&その他近代美建築(西日本)

 

 

 

 

セミナーのあとは、また長楽館の見学をしました
何回撮っていても、毎回どこをFPにすれば良いか悩みます・・・

また、洋館の多くは、照明が白熱電球色と自然光のミックスなので、
色の調整が、とても難しいです。

今回は、なるべく撮るたびに、照明モードを替えてみたのですが、
どうでしょうか・・・
美しい洋館を、少しでも美しく撮りたいというのが、
私のカメラテーマです

長楽館と言えば、それぞれのお部屋のモールディング装飾が、
一番印象的ですが、
これは、今のように、石膏などで型取りをしたものを
貼り付けたものではありません。

左官屋と呼ばれる、漆喰の職人が、
すべて、手作業で、コテを使って西洋風の装飾を造りあげたのです。
想像がつかないほどの作業です。

明治時代から大正、昭和初期に建てられた、
美しい洋館の、モールディング装飾は、左官屋さんがいなければ
出来なかったものなのです。
特に長楽館は、超一級の技術と、美的センスのある
左官屋さんの傑作です

また、館内でたくさん見られる、美しいステンドグラス
明治期~の洋館建築に必ず用いられているステンドグラスですが、
日本のステンドグラスの草分けの1人、
宇野澤辰雄氏が制作したものです。
良きライバル、小川三知(オガワサンチ)と並んで、
この時期の洋館建築のステンドグラスを多く手がけています。

宇野澤辰雄氏の作品は、国会議事堂、横浜開港記念館、箱根富士屋ホテル、
万平ホテル、中之島図書館、舞子ホテルなどでも見られます。

 

長楽館でのティーセミナーの記事は、
「サロンレッスン」のカテゴリーでUPしています。

 

 

 


北野 ヴォーリズ建築

2012年06月08日 | ★ヴォーリズ&その他近代美建築(西日本)

 

 

 

今日は、朝から自分にどっと疲れてしまいました
先日コーヒーメーカーが使えなくなったので、
気に入ったものを買い替えるまで、
お湯を沸かして手注しドリップでコーヒーを淹れています。

今朝は、なかなかお湯が沸かないなぁ・・・と待っていたのですが
あまりに遅いので、確かめてみたら、
IHのモードが、湯沸かしではなくて、炊飯モードに。。。
はぁあ~~お湯が沸かないはずです。。。 

 

 

さて、仏蘭西館から、ランチのお店に行く途中の異人館。
以前は、ベージュ系の外観で、控えめな色合いでしたが、
今は、かなり目立つ可愛らしい外観になっています。

1930年(S6)に、
NY、ナショナルシティ銀行の神戸支店社宅として建てられました。
ヴォーリズの作品です

数年前まで、日比谷花壇の所有で、
時によっては、中にも入って見学出来たようなのですが、
現在は、不明です。




外観の色合いは、ヴォーリズらしさとは少し違うようになっていますが、
窓などの装飾は、可愛らしさが感じられます。



現在の所有者の、大切に保存していこうという思いが
感じられる、可愛らしさです

 

 

 

 

 


神戸 仏蘭西館(洋館長屋)

2012年06月06日 | ★ヴォーリズ&その他近代美建築(西日本)

  

 

 

先日、友人とランチをした時に、
北野の異人館、仏蘭西館で待ち合わせをしました。


元は、外人向けのアパートだったそうで、
外観は、シンプルですが、室内は、フランスの美術品、家具で
ゴージャスに設えてあります。

家具は、ロココやルイ16世スタイルも多く、
照明やガラス作品はアールヌーヴォーの
ガレ、ドーム兄弟の作品が無造作に飾られ、
絵画は、シャガールや、藤田嗣治のものなど、
またルイヴィトンの創業当時のバッグなどもあり、
見どころがいっぱいでした


 



こちらは、陶器で出来ているストーブです。可愛い


            



とても可愛らしいデスクと、ティファニーのランプ。



プリンセスルームですね




仏蘭西館と対になっている、洋館長屋の「ベンの家」。



窓周りが、とても素敵です。
室内は、動物の剥製が多いということで・・・
寄りませんでした

 

 

 

 

 

 

 


滋賀 住友活機園

2012年06月04日 | ★ヴォーリズ&その他近代美建築(西日本)

 

 

 

滋賀・石山の、「住友活機園」を見学してきました。
年に1度だけの特別公開の為、事前申し込みをして、
抽選で見学することが出来ます。

5倍ほどの倍率だったそうですが、運良く当選出来ました。

名前からも分かるように、
日本の4大財閥の1つ、大阪を本拠地としている、
住友家に関係があります。

以前見た、住友家の子息の豪邸の、門番の家が、
とても好みだったので、
この「住友活機園」の建築もとても興味がありました。


住友財閥は、世界最大の財閥、ロスチャイルド家よりも
歴史が古いそうです。


住友の名前は、将軍家足利家に仕えていた室町時代から
歴史に登場するようですが、 
一説によると、桓武平氏に起源があるとも言われているそうです。

徳川家にも仕え、武家社会で、ある程度の地位に付くのですが、
武士を辞め、京都の洛中で「富士屋」という本と薬の店、
そして「泉屋」という銅商を営みました。
この銅商が、住友財閥のもとになっています。 


 

JR石山駅から歩いていくと、小高い場所に見えてきます。 

この「住友活機園」と呼ばれている建築は、
住友家のご当主が建てたものではありません。

住友家は、当主が権限を持つのではなく、
「君臨すれども統治せず」という、住友家の家祖による家訓があり、
特に明治時代以降、住友家以外の出身の番頭によって、
さまざまな業務が行われていました。

その2代目、名番頭、高潔な実業家と名高い、
伊庭貞剛氏が引退する時に建てた建築です。

この伊庭貞剛氏は、明治時代に、
現在の住友グループの基幹産業、銅、金属、軽金属、電工、
また住友林業、住友銀行になる各社を設立した人物です。 



門にたどり着くまでも、長く・・・



玄関が見えるまでは、さらに、池などを見ながら、
くねくねと坂を上がり・・・ 

和風の玄関が見えてきました。
「住友活機園」は、この時代の特徴でもある、
和館と洋館が一体となった建物で、
当時の姿を完全に伝えている稀有なものとして、
重文指定されています。 

もともとは、一万坪~の土地があったものの、
新幹線の開通の為、その土地の一部をJRに売却し、
現在は二千坪ほどになっています。

この庭園のすぐ脇を、新幹線が走っているのです。
見学中も、何度も爆風や揺れを感じました。
いくら売却されたとは言え、こんな貴重な文化遺産の真横に
新幹線を通す、JRという企業の不粋さを感じました。

この「住友活機園」を建てた、伊庭貞剛氏は、
「事業の進歩発達に最も害をするものは、・・・・
 老人の跋扈(ばっこ)である。」という信念で、
わずか4年で、この大番頭の地位を退き引退しています。
(どこかの政治家や、どこかの電力会社幹部に聞いてほしい言葉です



1904年(M37)に伊庭氏が引退する際に建てられました。
設計は、野口孫市氏です。

洋館の壁は、木材によるウロコ張り。
長い間、柿渋などできちんと防腐処理されてきたため、
このように当時の状態が残されています。

伊庭氏が、とにかく清楚な建物を、と希望したため、
全体的に、装飾は多くありません。  



木材のウロコ張りや、ベランダの卍型の柵や、
それを支える雲型が、どことなく和風な雰囲気も醸し出していて、
隣の和館と一体感を感じさせます。 



屋根は瓦ぶきで、避雷針の間にある、
なにかくり抜きされているものがありますが、
このくり抜きが、ハート型になっています 



外観は撮影OKでしたが、
内部は室内から庭園の方への撮影のみOK、
と言うことでした。



「住友活機園」の見どころは、木材
説明を聞くまでは、さっぱり知りませんでしたが、
日本の銘木の宝庫なのだそうです。
↑と↓の画像の木材部分は、へぇぇ~!な木材が使われているんです~



伊庭氏は、誰もが見て、お金を掛けている、大変な財力を持っている
ということを見せつける建物ではなく、
本当の教養、知識、を持つ人だけが、
素晴らしい木材を使っている、と分かれば良い、という考えだったそうです。 

一見して、お金を掛けました、と分かることをするのは成金のすること、
品性の無いこと、と言う考えだったそうです。


↓の部屋の縁側の廊下の天井の木材は、
樹齢3000年の古代屋久杉を使っています
説明を聞くまで、私は、
ずいぶん古いから、シミや変な汚れが出てきているのね~
と、思っていました。 
(恥ずかしい・・・)

また和館には、黒御影のマントルピースが設置されていて、
それが、また素晴らしい~
黒御影の塊を職人さんが、ハンドメイドで作り上げているんです。
当時は石を削る機械はありませんので。
また伊庭氏のアイディアで、とて可愛らしい細工がされていました。

そのマントルピースも、普段はふすまで隠しているのです。
その煙突がこちら↓です。 



縁側にある、こういう靴脱ぎの階段ありますよね。



当時、ですが、上のタイプ、何個も石を集めて固めたタイプは
とても珍しく高級品だったそうです。

↓の一枚岩のタイプの方が、珍重品だと思っていたのですが、
こちらは、流通品だったそうです。 



お庭を撮るように、窓周りを写してみました。
窓ガラスの嵌め込み方が、それぞれの部屋で違っています 



こちらの建物は、装飾は少ないのですが、
ものすごく贅沢な、本物の贅沢は、こういうものだ、
ということを実感した建物でした。

見学は、住友関係の方の、
分かりやすい説明を聞きながらでしたので、
とっても勉強になりました。

 

設計者の野口孫市氏は、高校卒業後、住友家から奨学金を貸与されて、
現在の東京大学や大学院で建築や耐震を研究しました。

その後、淀屋橋にある住友銀行本店(現三井住友銀行大阪本店)
建築研究の為に、ロンドンで建築を勉強し、帰国。
その後、本店社屋の建築の為に住友臨時建築部が発足、
野口孫市が技師長となりました。 

 

野口孫市氏は、住友家お抱えの建築家となり、
住友家15代当主が寄付をして建てた、
大阪中之島府立図書館の設計も行っています。 

「住友活機園」を見学して、
伊庭貞剛氏に興味が出て、住友財閥の歴史も
少し調べてみました。

100年を超える、住友の場合は400年~ですが、
やはり長く続いている企業は違うのだな~と思いました。 

 

 

 

 

 

 

 

 


福井・旧森田銀行本店

2012年05月09日 | ★ヴォーリズ&その他近代美建築(西日本)

 

 

みくに龍翔館を探している時に、通り掛かった、旧森田銀行本店。

 



1920年(T9)に建てられました。
北前船で財を成した豪商、森田三郎衛門が、
廻船業の衰退を察知して、森田銀行を創業して建てました。 



ヨーロッパの古典主義様式的な外観は、実は赤レンガではなく、
タイルが貼られています。 



森田銀行の看板は、大理石が使われています。 

窓格子やヒサシは、アルミ鋳物で復元されています。
お隣の富山県、アルミ産業が多いからでしょうか。 

内部は、日本人の職人さん、大工さんの技術の高さに
感激してしまうほど。 



設計は、山田七五郎氏、大工の棟梁は地元福井の四折豊氏。
設計者は、横浜の開港記念会館や、長崎の県庁も
設計しています。 

このカウンターに載せられているエンタシスの円柱、
一見、大理石を加工しているように見えますが、
実は、マーブル加工した漆喰によるものなんです。 



ヨーロッパの建築に多く見られる、石膏のモールディング。
明治、大正時代の洋風建築に、取り入れられていますが、
これは、日本人、左官職人がコテで作り上げたものなのです。 



この天井装飾も、漆喰です。
型で作ったものを貼りつけるのではなく、
左官職人が、漆喰をこねて、作り上げています。
気が遠くなりそうな作業です。 



ドアにはめ込まれているガラス、
今では作ることが出来ないそうです。
細かな凹凸があって、ユラユラとした、
優しい雰囲気を醸し出すガラスです。 



1階の元重役室。和のテイストです。 



中は、とてもクラッシック♪ 



象眼の施されたカーテンボックス、
刺繍やフリンジの施されたバランス・・・ 

引き戸式の棚の内張りの布、当時のモノだそうです。
把手は、七宝焼きです 

 



和風な引き戸の上には、こんなガーランドが・・・手が込んでいますね
さりげなく、漆喰で、エッグ(&ダーツ)ノットも。 

 

階段の装飾も、部分的にスズランをモチーフにしたものが。 

2階の会議室は、床も家具もすべて当時のものが残されています。
銀行ということで、あまり優美な装飾ではありませんが、
腰板にも象嵌が施されていたり、
バランスにも、大きなフリンジが付いていて 、本当に素敵



こういう空間でお仕事していたら、人間味のある、
いいお仕事できそうですね~ 



この時代の古い建築、もちろん洋風だけでなく、和の建築もそうですが、
コンピューターなどで、設計したのではなく、
人間が定規などを使って線を引き、人間の目で見て確認しながら
作っていくので、どうしても、歪みが生じるのだそうです。
もちろん、目で見える何センチも傾いたりするズレではありませんが。

人間の体は、天然で、左右にズレがあります。
なので、この時代の建物の、微妙な歪みが、
逆に人間に安心感、を感じさせ、リラックス出来る、
と、聞いたことがあります。
音楽でも、以前、モーツァルトの音楽には、
揺らぎの旋律が組み込まれているので、癒されると言われていましたよね。

こういう近代建築に入るたびに、そんなことを感じます。
コンピューターで設計したような、直線だらけ、歪みの無い、空間は
知らないうちに、疲れてしまうのかな・・・って。 




この近くには、こんな存在感のある和建築もありました。
窓ガラスの嵌め込み方など、なかなか凝っています♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


福井・みくに龍翔館

2012年05月08日 | ★ヴォーリズ&その他近代美建築(西日本)

 

 

 

昨日は、部屋の中の小家具の配置替えをしました♪
前の晩から、無性に替えたくなって
コンソールと、ジェシカの小型のチェストの
位置を替えただけなのですが、
小さな部屋では、模様替え感がばっちりです

インテリアのモノも、欲しいな~加えたいな~と
思うものはあるのですが、
今は、モノが増えることの方がストレスに感じるので、
妄想のみ楽しんでいます 

 

 

 

永平寺から、東尋坊へ向かう途中、
九頭竜川を渡る手前、目の前の少し向こう側の丘の上に、
バーン、と見えた建物。 

その町の中央、町や海を見守るような位置に建てられていて、
なんだろう~と急きょ、そちらへ寄り道♪

みくに龍翔館という、地域の産業、歴史の展示館でした。

この三国という地域は、日本海に面して、古代より栄え、
また北前船の寄港地として、全国の産物が集まり、賑わっていたそうです。

最も栄えていたのは、幕末から明治初期で、
この建物は、1879年(M12)にオランダ人エッセルがデザインした、
木造5階建て、八角形の、龍翔小学校の建物を復元したものです。 

エッセル氏は、もともと九頭竜川の河川改修の指導に来ていたそうですが、
町民に頼まれて小学校をデザインしたそうです。
開国して間もない日本の、北陸で、
こんなデザインの小学校が建てられるなんて、なんだか驚きです。

老朽化のため、大正時代に取り壊されたそうですが、
1981年(S56)に、博物館として
復元され、開館しました。 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 


京都 七条通り 近代建築

2012年04月26日 | ★ヴォーリズ&その他近代美建築(西日本)

 

 

 

京都駅から歩いて行ける七条通りは、
日本的な老舗の店舗のほかに、近代建築もいくつか見掛けます。 

 

こちらは、富士ラビット、ウサギに関する会社ではありませんが。。。



1925年(T14)に建てられた、旧自動車販売会社、日光社の建物。 



なか卯、という牛丼屋さんが入っていますが、
看板も、ビルの雰囲気を壊さない配慮がされています。 

 

元自動車販売会社のビルと言うことで、
ステンドグラスもタイヤや車の絵柄が使われていて、お洒落です♪

 


旧鴻池銀行七条支店(現七条倶楽部/フレンチレストラン)。

 

 

 

 

 

 

そしてもう1つ、煙草王として莫大な財力を持ち、
あの長楽館を建てた、村井吉兵衛の興した、旧村井銀行七条支店の建物。

 

 

七条通りは、祇園、四条と違って、
休日でも、観光客で混み合うこともなく、のんびりしています。
お茶をしたくて、七条まで出て、この旧村井銀行を使ったカフェで
休憩しました

内部は、補強材が入っていたり、仕切りを建てて、
京都のお土産コーナーを設置しているので、
あまり、旧銀行時代の雰囲気は楽しめませんが、
休日の京都で人疲れしてしまった時には良いかもしれません

 

 


 

 

 

 


有隣館

2012年04月26日 | ★ヴォーリズ&その他近代美建築(西日本)

 

 

 

平安神宮を出て疏水沿いに右に行くと
こんな中華風な建物が目に入ってきます。 



あまり、中国風には興味がなかったのですが、
実は、この建物、同じく平安神宮のそばに建つ京都府立図書館の
設計者と同じ、関西建築の父と言われる、武田五一の設計です。 



滋賀・五個荘出身の近江商人、藤井善助がコレクションした
中国美術品が所蔵されています。
1926年(T15)に開館。 

藤井善助は、上海で学び、その後、犬養毅の勧めで、
中国美術を集め出したそうです。 



中国では、文化大革命で仏像や美術品が大量に破壊されたそうで、
ここには、中国に残っていない、貴重な美術品もあるそうです。 

 

特に屋根に載っている、朱色の八角堂は、
なんと、北京、紫禁城が一部解体された時に、
移築されたものなのだそうです。 
平安神宮の鳥居が塗り直しされる時に、同じ時期に朱色に塗り直しをするそうです。

この敷地内には、フランス人が設計したとされる洋館も建っているのですが、
開館日ではなかったので、見ることが出来ませんでした。
洋館の内装は、アールヌーボーで、とても美しいそうです。 

東山三条の白川沿いの桜もとても綺麗でした 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


京都・伏見 松本酒造

2012年04月06日 | ★ヴォーリズ&その他近代美建築(西日本)

 

 

伏見の新高瀬川沿いに、こんな風景が見えます。 

1791年(江戸・寛政3)創業の松本酒造です。

1922年(T11)に現在地に移転。 



日本的な蔵と赤レンガの煙突と倉庫の組み合わせが素敵です。
ちょうど鮮やかに菜の花が咲いていました。  

この菜の花畑は、松本酒造が管理されているそうです。 

この場所で、「必殺仕事人」のロケも行われたそうです。 

 

 

 

 

 

 

 


モリタ製作所 (旧京都電燈伏見発電所)

2012年04月06日 | ★ヴォーリズ&その他近代美建築(西日本)

 

 

散策している時に見かけました。 



こちらの赤レンガ建築は、モリタ製作所伏見工場です。
もともとは、京都の発電所の施設だったものです。 



明治時代の灯りは、ようやくガス灯や電気の灯りが見られ始めたくらいで、
その電気も、まだまだ琵琶湖疏水を利用した水力発電だったそうです。 
今も蹴上に、同じく赤レンガの施設が残されています。

その後、火力発電に移行しました。 



その火力発電を担ったのが、京都電燈株式会社だったそうです。
1888年(M21)、あの楽々荘を建てた、田中源太郎が初代社長でした。 



この建物は、1902年(M35)に建てられましたが、
設計者は不明です。 



モリタ製作所は、1916年創業の歯科用工作機械等の製造を行っている企業で
1943年(S18)にこの建物を購入して製造所として使用しているそうです。