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昭JIJI(アキラジジ)の島旅賛歌*参加

日本全国に有人島が434島ほどある。全島制覇すべく島旅を継続中。

黒潮真っただ中に浮かぶ孤島 日本一小さな村 青ヶ島へ 9回目/19回目

2007-04-12 04:26:36 | 11伊豆・東京都・伊豆諸島
「池之沢」と呼ばれる外輪山の内部からの景色は360度山に囲まれ、中央にも山があるという不思議なものになっています。内輪山に入ると杉木立が真っ直ぐに育っていました。これは、外輪山が屏風のように聳え立っているため、台風の時もそれほど風は強くないとのことでした。


(池之沢地区)


(外輪山)

村営のキャンプ場を通り、池之沢噴気孔群に着きました。池之沢噴気孔群は、一年を通じて地熱蒸気があちこちから吹き上げているエリアで、「ひんぎゃ」と言われています。


(池之沢噴気孔群)

近くに地熱釜があり、昼食がそれで作られていました。


(地熱釜)

タマゴ、ジャガイモ、サツマイモ、ウインナー、魚等が蒸されていました。


(ゆで卵)

その横にあるふれあいサウナの休憩室で昼食をいただきました。ふれあいサウナは、池之沢噴気孔群の直ぐ近くにある地熱を利用したサウナ施設です。内輪山散策後にサウナに入りましたが、天井から熱い水滴が落下してきて、また、床が熱くて、あまり長く入っていられませんでした。


(ふれあいサウナ)


(温泉湯船)
(写真撮影:2007.2)

黒潮真っただ中に浮かぶ孤島 日本一小さな村 青ヶ島へ 8回目/19回目

2007-04-11 04:47:51 | 11伊豆・東京都・伊豆諸島
街の中に戻って、村役場に出掛けました。今日は、土曜日でお休みでした。


(村役場)

また、周りには、色々な公共施設が並んでいました。


(おじゃれセンター)


(集会室、図書館、武道館)

近くの施設で、青ヶ島のPRビデオを見て、昼食を食べるために、内輪山にあるふれあいサウナへ向かいました。途中に島で唯一つのお寺さん清受寺(せいじゅじ)がありました。この寺は、八丈島の大賀郷にある宗福寺の末寺で、お坊さんは居られないとのこと。ここで集落は終わりとなりました。


(清受寺)

平成流し坂トンネルに入り、いよいよ内輪山へ向かいます。トンネルを出ると目の前に内輪山(丸山)が見えてきました。


(平成流し坂トンネル)


(内輪山(丸山))
(写真撮影:2007.2)

黒潮真っただ中に浮かぶ孤島 日本一小さな村 青ヶ島へ 7回目/19回目

2007-04-10 04:18:40 | 11伊豆・東京都・伊豆諸島
車で坂を下っていく途中に「佐々木次郎太夫の墓」がありました。この人は、天明の大噴火で生き残った島民300人が八丈島へ避難した後、人々を纏め上げ、50年後に島を復興させ、旧島民の帰島に力を注いだ人で、青ヶ島のモーゼと呼ばれ今日も讃えられています。


(佐々木次郎太夫の墓)

その前には、「佐々木卯之助之墓」もありました。この人は、青ヶ島流刑になりました。それは、江戸時代で、飢饉に苦しむ農民の申し出で、管理を任されていた射撃場を幕府の許可を得ずに耕作させてしまったからで、島で子をもうけ、赦免後も島で暮らしました。


(佐々木卯之助之墓)

次に、西側へ出掛けましたが、郵便局を通過し、民宿のアジサイ荘、菊池商店を過ぎるとその先に民家はありませんでした。また、崖崩れで道路が通行止めとなっていたので、引き返しました。


(郵便局)


(民宿のアジサイ荘)

今度は、北端へ向かいました。建設会社の建物が見えてきて、その先のグリーンセンター(生ごみ焼却設備)を通過すると笹が生い茂った平らな耕地に出てきました。ここが北端で、ここに第2のヘリポートを建設する予定になっているとのことでした。


(グリーンセンター)


(ジョウマン)
(写真撮影:2007.2)

黒潮真っただ中に浮かぶ孤島 日本一小さな村 青ヶ島へ 6回目/19回目

2007-04-09 06:00:42 | 11伊豆・東京都・伊豆諸島
その先からは車が入れず、歩きとなりました。坂道を登り、尾山展望公園に着きましたが、標高400mに位置する眺望豊かな展望台で、そこからの眺めは島全体が見渡され、絶景でした。北側の眼下には今通過してきた景色が見え、青空に心地よい風が吹き、最高でした。


(坂道を登り尾山展望公園へ)


(尾山展望公園からの展望)


(尾山展望公園)

西側には、東台所(とうだいしょ)神社があり、そちらへ行った人も居られましたが、私は、景色に見とれ、ビデオ撮影をしていたので、行きませんでした。
東台所神社は、七大夫名主の倅という浅之助が11人を殺傷して神子(みこ)の浦に入水、のちに祟神(たたりがみ)となったと伝えられています。


(東台所神社)

南側には、活発な火山活動によって外輪山のカルデラの中に、新たにできたプリンのような形の内輪山(丸山)が見えました。ふたつの火山口が見事に同心円を描いたこの二重式小型火山は、世界的にも珍しい存在だといわれています。私は青ヶ島一 押しポイントだと思いました。


(内輪山(丸山))


(池之沢噴気孔群(ひんぎゃ))
(写真撮影:2007.2)

黒潮真っただ中に浮かぶ孤島 日本一小さな村 青ヶ島へ 5回目/19回目

2007-04-08 04:18:48 | 11伊豆・東京都・伊豆諸島
青ヶ島は、世帯数113戸、人口は、男117人、女75人(2007.1.1現在)
いよいよ街中に入って行きました。ヘリポートの入口も左右が墓でした。
まず、教職員住宅が見えてきました。やはりこの島も急な坂が多い島でした。


(教職員住宅)

次に、東京電力の火力発電所が見えました。しかし、設備だけが東京電力で、運転は、村がやっているようでした。


(東京電力の火力発電所)

案内人の方が経営されている食料品のお店やガソリンスタンドの前を通り、


(案内人が経営されている店)

時々テレビにも出られる島唄の名人がやっている民宿やよい荘と牛舎を通過すると小中学校に近づき、島で唯一つの信号機が見えてきました。いつも青とのことでしたので、降りて手押しで赤にしてみました。


(手押しで赤にしてみました)

小中学校は、立派な建物で、小学生が22名、中学生が5名とのことでした。


(小中学校)

小中学校のグランドを見ながら登っていくと左側に健康福祉センターが見えてきた。3階建てで、1階が診療所、2階が老人健康福祉センター、3階が保育所になっていました。


(健康福祉センター)

更に、登っていくと村営住宅、還住像が見られました。還住像は天明の大噴火で荒廃した島を半世紀の年月をかけ復興させ、還住を果たした先人たちの偉業を伝えるために作られた像である。


(村営住宅)


(還住像)

更に、登っていくと向沢取水場に出てきました。これは、昭和54年に完成したとのこと。それまでは各家で飲み水を確保していたようであります。現在の貯水量は100%とのこと。


(向沢取水場)
(写真撮影:2007.2)

黒潮真っただ中に浮かぶ孤島 日本一小さな村 青ヶ島へ 4回目/19回目

2007-04-07 04:30:13 | 11伊豆・東京都・伊豆諸島
地元の方の案内で、島内散策を開始しました。その日は、島としては珍しいほど風が静かでした。


(島内案内人)

まず、ヘリコプターが降り立ったヘリポートに戻ってきました。そこでは、小さい子供を4人もつれた家族がいました。珍しいなあと思いましたが、どうも違っていたようで、近所の子供をつれてきていたようでした。


(ヘリポート)

そこで周りの説明を受けました。北側に金毘羅神社が見えました。ここは、青ヶ島復興に尽力した佐々木次郎太夫が守護神として祀られているとのこと。そこから少し右側を見ると大海原が見えてきました。本来ならばその海上に八丈島が見えるとのことでしたが、残念ながら今日は見えませんでした。


(金毘羅神社)


(こちらの方向に八丈島が見えるはず。見えず残念)

南側を向くと低い山が連なっていました。その一番右端が青ヶ島最標高地点・標高423メートルの大凸部(おおとんぶ)公園でした。その下に、NTTの無人局舎が、その左に東台所神社、これから行く尾山展望公園が眺められました。


(大凸部公園)


(NTTの無人局舎)


(尾山展望公園)

その左の開けたところに向沢取水場があり、その上に携帯電話の中継塔が立っていました。


(向沢取水場)

青ヶ島は集落が島の北側に集中(南側は火口があり、人は殆ど住んでいないらしい)していることもあり、主要な建物はかたまって建てられているようでした。その中で一際大きい建物が、小中学校でした。


(小中学校)
(写真撮影:2007.2)

黒潮真っただ中に浮かぶ孤島 日本一小さな村 青ヶ島へ 3回目/19回目

2007-04-06 04:30:27 | 11伊豆・東京都・伊豆諸島
青ヶ島は、東京の南300kmの八丈島からさらに南67km、黒潮本流にあらがうように位置しています。天明5年(1785)の大噴火で、住民334人のうち202人が八丈島へ逃れ、天保5年(1834)にようやく島へ戻ったという歴史があります。


(青ヶ島全景 出典:青ヶ島村役場掲示写真から)

滑走路には既にヘリコプターが待機していました。9人乗りということでかなり小さいヘリコプターで、ツアー全員で満席でした。ヘリコプターの中はとても狭く、乗り込んですぐ、パイロットが離陸準備を開始し、簡単な点検を済ませ、いよいよフライトです。関係者が手を振っているのが、窓から見えました。ヘリコプターは文字通り”ふわっ”と浮かび、八丈島は見る見る小さくなっていきました。

ヘリコプターは予想以上のスピードで飛びます。具体的には時速200キロ。67km離れた青ヶ島までたった20分くらいでした。見えてきた青ヶ島の周囲はやはり息を飲む程の断崖絶壁で、無事着陸するとヘリポートには多くの出迎えと見送の人々がいました。


(ヘリコプター機内)


(断崖絶壁の青ヶ島)


(着陸したヘリコプター)

殆どの島では警察官が立ち会っています。青ヶ島でも例外ではありませんでした。


(警察官の立会い)

帰りのヘリコプターに搭乗するお客さんが待っていました。そのお客さんが搭乗し、ヘリコプターは離陸していきました。明日飛んでくることを信じて。この間わずか5分くらい。プロペラの音と風で周囲の草がたなびきました。


(帰りの乗客が搭乗)


(離陸したヘリコプター)

まず、宿からの迎えの車に乗り込んで、荷物を宿へ持って行きました。


(宿泊した「ビジネス宿」中里)
(写真撮影:2007.2)

黒潮真っただ中に浮かぶ孤島 日本一小さな村 青ヶ島へ 2回目/19回目

2007-04-05 04:53:20 | 11伊豆・東京都・伊豆諸島
今回は、伊豆諸島の一番南にある青ヶ島へ出かけました。今月も先月と同じ添乗員さんで、参加者も久しぶりの方々が居られました。7:40発の全日空機で八丈島へ向かいました。


(羽田空港)


(ANA 7:40発)

御蔵島の上空を通過すると着陸態勢になり、八丈島空港に到着しました。


(御蔵島の元根島)


(八丈島空港)

青ヶ島へは昨年御蔵島へ行った時に乗った会社のヘリコプターで、搭乗手続きを取りました。相変わらず、手荷物の重量測定と体重を聞かれました。


(ヘリコプター搭乗手続きへ)

少し時間があったので、空港を出ると八丈富士がよく見えた。明日、登れればいいのになあと思いました。


(八丈富士)

ヘリコプターも飛行機のように手荷物検査を受けました。


(手荷物検査)


(搭乗したヘリコプター)
(写真撮影:2007.2)

黒潮真っただ中に浮かぶ孤島 日本一小さな村 青ヶ島へ 1回目/19回目

2007-04-04 04:28:05 | 11伊豆・東京都・伊豆諸島
今日から、東京都の青ヶ島への紀行文を投稿します。

青ヶ島は、東京の南300kmの八丈島からさらに南67km、黒潮本流にあらがうように位置する。おおむね水滴形の島で、二重式カルデラ火山の8合目から上が海上に屹立する形であることは、定期船「還住丸」から現在唯一の接岸港・三宝港に海上から接近すれば一目瞭然。天明5年(1785)の大噴火で、住民334人のうち202人が八丈島へ逃れ、天保5年(1834)にようやく島へ戻ったという歴史がある。八丈島からのヘリ・コミューターの就航によって人の動きが急速に速まり、「民俗の宝庫」の島はいま、黒毛和牛、焼酎「青酎」、パッションフルーツの島に変貌しつつある。

出典:(財)日本離島センター発行の「日本の島ガイド SHIMADAS シマダス」から