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昭JIJI(アキラジジ)の島旅賛歌*参加

日本全国に有人島が434島ほどある。全島制覇すべく島旅を継続中。

世界屈指の透明度を誇る海に感動! 慶良間(ケラマ)諸島5島めぐり サンゴ礁の島々探検+1 49回目

2008-12-28 04:30:00 | 79沖縄本島・沖縄県・慶良間諸島
屋嘉比島の更なる沖合いには、4日目に出かける渡名喜島が見えました。


(渡名喜島)

久場島の向こうに夕日が沈もうとしていました。


(久場島)

久場島はクバ(枇榔)の原生林に覆われていることからこの名が付いたようです。戦前には銅山が開かれていて、1,000人前後の人が住んでいたとのことでした。


(久場島)

サンセットクルージングを続けました。しかし、残念ながら水平線に雲があり、沈むところは見られませんでした。


(夕日、雲で見られず)

座間味島へ帰ることになり、屋嘉比島に近づきました。この島も銅鉱石の採掘が行われていて、人口が2,000人以上を数えたことがあったようです。また、亜熱帯植物の宝庫として知られているようです。


(屋嘉比島)

伊釈加釈島を見ながら、座間味島へ向かいました。


(伊釈加釈島)

暗くなってきて、嘉比島の灯台に明かりが灯っていました。白砂の砂丘が見られました。明日、行くかもしれない島です。


(嘉比島)

二日目の夕食には沖縄料理が出てきました。


(二日目の夕食)
(写真撮影:2008.10)

世界屈指の透明度を誇る海に感動! 慶良間(ケラマ)諸島5島めぐり サンゴ礁の島々探検+1 48回目

2008-12-27 04:30:00 | 79沖縄本島・沖縄県・慶良間諸島
正門をくぐり、校舎に入ると壁には色々な魚の絵が描かれていました。


(魚の壁画)

校庭に出ると校舎と渡ってきた外地橋が見えました。


(校舎)


(グランドと外地橋)

蛭子丸組合顕彰碑が建立されていました。座間味村は1885年(明治18年)に沖縄県で最初に鰹節製造を開始した村であり、慶留間島には1967年まで蛭子丸組合があり非常に賑った。他の島々にも鰹節製造組合はあったが組合跡地に顕彰碑が建立されているのはこの場所だけです。


(蛭子丸組合顕彰碑)

その後、慶留間港を出て、阿嘉島港へクルージングしました。


(阿嘉島港へのクルージング)

阿嘉島港で車を置きに来た案内人を乗せて、また、クルージングへ向かいました。


(クルージングへ)

サクバルの奇岩を見ながら、サンセットクルージングへ向かいました。


(サクバルの奇岩)

屋嘉比(やがび)島が沖合いに見えてきました。


屋嘉比島
(写真撮影:2008.10)

世界屈指の透明度を誇る海に感動! 慶良間(ケラマ)諸島5島めぐり サンゴ礁の島々探検+1 47回目

2008-12-26 04:30:00 | 79沖縄本島・沖縄県・慶良間諸島
人が減っているようで、あちらこちらに廃墟となっていました。




(あちらこちらに廃墟)

慶留間小中学校へ出てきました。


(慶留間小中学校)

今日は、運動会が行われたとのことで、打ち上げ会が行われていました。


(運動会の打ち上げ会)

村長も参加されていて、ご挨拶しました。島のことについて色々なお話がありました。


(村長)

その後、校長先生にお断りし、学校を外から見せてもらいました。




(慶留間小中学校の校舎)
(写真撮影:2008.10)

世界屈指の透明度を誇る海に感動! 慶良間(ケラマ)諸島5島めぐり サンゴ礁の島々探検+1 46回目

2008-12-25 04:30:00 | 79沖縄本島・沖縄県・慶良間諸島
福木の実もなっていました。


(福木の実)

廃墟となった家の庭に珍しくリュウキュウコクタン+ガジュマルが絡み合った木がありました。


(リュウキュウコクタン+ガジュマルが絡み合った木)

また、グァバも生っていて、皆さん食べていましたが、少し硬かったようです。




(グァバ)

島バナナもたくさん生っていましたが、まだ少し青かったです。




(島バナナ)

家の庭の片隅には祠が祀ってありました。


(庭の片隅には祠)
(写真撮影:2008.10)

世界屈指の透明度を誇る海に感動! 慶良間(ケラマ)諸島5島めぐり サンゴ礁の島々探検+1 45回目

2008-12-24 04:30:00 | 79沖縄本島・沖縄県・慶良間諸島
珊瑚で作られた立派な石垣が続いていました。


(珊瑚で作られた立派な石垣)

まだ、各所に戦争当時の弾丸の跡が残っていました。




(弾丸の跡)

沖縄の伝統的な家々も見られました。








(沖縄の伝統的な家)
(写真撮影:2008.10)

世界屈指の透明度を誇る海に感動! 慶良間(ケラマ)諸島5島めぐり サンゴ礁の島々探検+1 44回目

2008-12-23 04:30:00 | 79沖縄本島・沖縄県・慶良間諸島
豚小屋を兼ねたトイレ「フール」です。豚のえさになったようです。






(豚小屋を兼ねたトイレ「フール」)

台所(トゥングワ)も広かったです。


(台所(トゥングワ))

屋根瓦も伝統的な赤瓦の葺き方で葺かれているとの説明がありました。




(伝統的な赤瓦)

慶留間島の島内散策を続けました。


(島内散策)
(写真撮影:2008.10)

世界屈指の透明度を誇る海に感動! 慶良間(ケラマ)諸島5島めぐり サンゴ礁の島々探検+1 43回目

2008-12-22 04:30:00 | 79沖縄本島・沖縄県・慶良間諸島
三番座です。




(三番座)

三番裏座です。


(三番裏座)

井戸がありました。




(井戸)

色々なツボが置かれていました。


(色々なツボ)

船なども置かれていました。


(置かれてある船)
(写真撮影:2008.10)

世界屈指の透明度を誇る海に感動! 慶良間(ケラマ)諸島5島めぐり サンゴ礁の島々探検+1 42回目

2008-12-21 04:30:00 | 79沖縄本島・沖縄県・慶良間諸島
高良家の内部からの全貌です。




(高良家の全貌)

一番座(玄関)です。






(一番座(玄関))

二番座(仏間)です。




(二番座(仏間))
(写真撮影:2008.10)

世界屈指の透明度を誇る海に感動! 慶良間(ケラマ)諸島5島めぐり サンゴ礁の島々探検+1 41回目

2008-12-20 04:30:00 | 79沖縄本島・沖縄県・慶良間諸島
伊江村民収容地跡記念碑がありましたが、これは、座間味村慶留間島の集落に建立された記念碑です。1945年4月15日に伊江島に上陸、21日に占領し、住民を捕虜とした米軍は、同年5月、戦闘終了地域だった座間味村と渡嘉敷村に、伊江島住民を移送しました。その跡地記念として建てられたものです。




(伊江村民収容地跡記念碑)

その近くには、共同の井戸がありました。


(共同の井戸)

その後、高良家へ行きました。ここは、特殊な積み方の石垣に囲まれた敷地の中に、琉球王朝末期ごろに建てられた赤瓦の民家で、慶留間島を含む慶良間諸島は、近世において中国と那覇との間を行き来する進貢船の重要な中継地で、周囲には暗礁・岩礁が多いため、それらの船には航路に詳しい船乗りが多く雇われたようです。この家を建てたのもその進貢船の船頭を務めていた人で、門から見ると、正面には魔除けや目隠しのための「ヒンプン」という石垣のついたてがあり、また、裏手には豚小屋を兼ねたトイレ「フール」がありました。国指定の重要文化財になっているようです。一つひとつを見て歩きましたので、説明します。


(高良家の間取りと説明)


(高良家の外観)

門からヒンプンまでは、きれいに掃かれていて、人が来たかどうかが分かるようになっていました。


(きれいに掃かれた入り口)

高良家のヒンプンです。


(ヒンプン)
(写真撮影:2008.10)

世界屈指の透明度を誇る海に感動! 慶良間(ケラマ)諸島5島めぐり サンゴ礁の島々探検+1 40回目

2008-12-19 04:49:07 | 79沖縄本島・沖縄県・慶良間諸島
ムカラク島です。


(右中ほど:ムカラク島)

ムカラク島の沖にトム・モーヤ礁がありました。この付近の海底には不思議な構造物が複数見つかっています。まず、目を引くのは高さ3メートルほどの巨石を中心にほかの石が描いている「センターサークル」。そして環状列石であるストーンサークル、ほこら、グスクと、人工的な構造物が密集しているため、海外の研究者の注目も集めています。しかし、潮の流れが早く変化も激しいため、タイミングが合わない限り潜るのが難しいポイントのようです。


(トム・モーヤ礁)

その後、慶留間島へ戻り、クバ山へ行きました。




(クバ山)

そこには、クバ傘を作るクバが密集していました。


(クバ)

月桃の実もなっていました。


(月桃の実)

ケラマジカ生息地の記念碑も建てられていました。


(ケラマジカ生息地の記念碑)
(写真撮影:2008.10)