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昭JIJI(アキラジジ)の島旅賛歌*参加

日本全国に有人島が434島ほどある。全島制覇すべく島旅を継続中。

しまなみ海道・笠岡塩飽諸島 瀬戸内海12島めぐり3日間 31回目

2012-10-03 04:30:00 | 39瀬戸内海・愛媛県・上島諸島
岩城郷土館の見額が終わり、集合時間まで、少し島内散策に出かけました。


(島内散策に)

新しく建てられた家がありましたが、建て方は、従来方式の家でした。お店のようで、文房具屋さんでした。


(文房具屋)

少し古びた公民館がありました。「西部公民館」と書かれていました。弟のお嫁さんの実家の住所は、西部だったと思います。この辺だったのでしょうか。


(少し古びた公民館)

その横に「寶蔵寺」と書かれた石柱があり、階段がありました。


(「寶蔵寺」と書かれた石柱)

寶蔵寺の本堂です。


(寶蔵寺の本堂)

寶蔵寺の本堂内です。


(寶蔵寺の本堂内)
(写真撮影:2012.06)

しまなみ海道・笠岡塩飽諸島 瀬戸内海12島めぐり3日間 30回目

2012-10-02 04:30:00 | 39瀬戸内海・愛媛県・上島諸島
館内に入ると大きな仏壇が置かれていました。伝統を感じますね。


(仏壇)

駕籠がありました。当主が乗ったのでしょうか、それとも参勤交代の藩主が乗ったのでしょうか。


(駕籠)

床の間には、掛け軸が掛けられていました。本物でしょうか。


(掛け軸)

屏風なども立てかけられていました。


(屏風)

レトロな電灯の笠もありました。これは、近年のものですね。


(レトロな電灯の笠)

案内板にも「同家には、歌人若山牧水や吉井勇が訪れるなど文学面でも著名であると」書かれていたしたが、庭には、彼らの歌が刻まれた石碑がありました。


(歌が刻まれた石碑)
(写真撮影:2012.06)

しまなみ海道・笠岡塩飽諸島 瀬戸内海12島めぐり3日間 29回目

2012-10-01 04:30:00 | 39瀬戸内海・愛媛県・上島諸島
細い道を歩いて行くと門構えがある立派な建物がありました。旧家なのでしょうね。


(門構えがある立派な建物)

板張りの2階建ての家もありました。


(板張りの2階建ての家)

朽ちかけた家もありました。住まなくなると家は、朽ちますね。


(朽ちかけた家)

その先には、鉄筋コンクリートの建物があり、その前に白壁、板塀の大きな建物がありました。


(白壁、板塀の大きな建物)

岩城郷土館(旧島本陣三浦邸)です。島の豪商三浦家の屋敷で、江戸時代には松山藩主の参勤交代の本陣が置かれていました。改修後、郷土館として、一般に公開されています。


(岩城郷土館)

もう少し詳細に書かれた立看板がありました。


(案内立看板)
(写真撮影:2012.06)

しまなみ海道・笠岡塩飽諸島 瀬戸内海12島めぐり3日間 28回目

2012-09-30 04:30:00 | 39瀬戸内海・愛媛県・上島諸島
島内散策へ向かいました。ここで、岩城島の概要を書いておきます。岩城島(いわぎしま)は、瀬戸内海のほぼ中央、広島県生口島の南に位置する。島内からは縄文土器が出土、妙見山などには巨石信仰の跡を残している。古くは藻塩を焼く製塩の姿が歌に詠まれ、歌枕の島として都びとに名を知られた。平安末期からは石清水八幡領、室町時代には水軍の本拠地として名をなし、近世には松山藩主の参勤交代の島本陣が設けられ海上交通の要衝として繁栄してきた。中央にそびえる積善山には3,000本のサクラが植えられ、展望台からは大自然のパノラマが楽しめる。美しい自然と恵まれた景観を生かし、"豊かな自然と豊かな村民生活(人)が調和したまちづくり"に取り組んでいる。また、太陽と潮風に育まれた島の特産品(レモンほか)を宅配する「青いレモンの島友の会」制度で、島をPRしている。


(島内散策へ)

大きな案内板がありましたが、時間的なこともあり、港周辺のみの散策になりました。


(大きな案内板)

港の前には、大きな建物がありました。右は、船の待合所で、左は、スーパーのようです。


(港の前には、大きな建物が)

プラスティック箱が積まれていました。しかし、中身はありませんでしたが、名産のレモンでも入れるのでしょうか。この島は、弟のお嫁さんの出身地です。時間があれば、お邪魔したいのですが、そうもいきませんね。


(プラスティック箱)

3階建てのビルがありました。2階は、商工会が入っているようで、下は、消防団の車庫になっていました。


(2階は、商工会)


(消防団の車庫)
(写真撮影:2012.06)

しまなみ海道・笠岡塩飽諸島 瀬戸内海12島めぐり3日間 27回目

2012-09-29 04:30:00 | 39瀬戸内海・愛媛県・上島諸島
大きな船首部分だけが、フロートに乗せられていました。係留されているのでしょうか、これからどこかの造船所に運ぶのでしょうか。


(大きな船首部分だけが)

昨日、チャーター船で渡島した赤穂根島が右手に見えてきました。そろそろ岩城島です。


(赤穂根島)

岩城島です。以前、登ったことがある積善山が見えます。ただし、車でですが。ということは、「上った」ではなく、「上った」ですね。


(積善山)

大きなホテルの建物が見えました。後で調べると「ホテル三洋倶楽部・菰隠」のようですね。


(大きなホテル)

港に入り、桟橋に近づきました。


(桟橋)

早速、岩城島へ上陸しました。


(岩城島へ上陸)
(写真撮影:2012.06)

しまなみ海道・笠岡塩飽諸島 瀬戸内海12島めぐり3日間 26回目

2012-09-28 04:30:00 | 39瀬戸内海・愛媛県・上島諸島
前方に、伯方・大島大橋が見えてきました。少し走っているルートが分かるようになってきました。


(伯方・大島大橋)

伯方島を左に見ての航行です。


(伯方島)

大三島大橋の下を通過しました。


(大三島大橋)

狭い海峡にかけられていますね。


(大三島大橋)

チャーター船でしょうか、定期船でしょうか、すれ違っていきました。


(チャーター船?、定期船?)

今度は、多々良大橋が見えてきました。一路、岩城島へ向かっています。


(多々良大橋)
(写真撮影:2012.06)

しまなみ海道・笠岡塩飽諸島 瀬戸内海12島めぐり3日間 9回目

2012-09-11 04:30:00 | 39瀬戸内海・愛媛県・上島諸島
赤穂根島と津波島の間は、狭いですが、分かれていました。


(狭いですが、海峡が)

その海峡を抜けると佐島と豊島が見えました。この島々へは、以前、渡島したことがあります。


(佐島と豊島)

津波島へ着きました。ここで、津波島の概要を書きます。

津波島は、岩城島の南約1.8km、燧灘にある南北に細長い島。面積0.45km2・標高88m。北には赤穂根島、西には伯方島がある。昭和初期までは4世帯が生活していた。周辺は鯛の一本釣り漁場で、津波漁港も整備されている。また岩城島の住民が果樹栽培などの季節耕作を営んでいる。昭和61年から国土庁のコミュニティーアイランド推進事業により、多目的広場・テニスコート・キャンプ場・レストハウス・遊歩道・給水施設などの整備が進められた。特に夏の観光シーズンにはキャンプや海水浴客などで賑わう。島内には公衆電話も置かれている。


(津波島到着)

概要にも書かれていたように、キャンプ場も見えました。


(キャンプ場)

短いですが、突堤がありました。親子が釣りをしていました。話しかけると「船で来て、これから迎えに船が来る」とのことでした。


(短い突堤)

バケツの中を見るといくつか魚が釣られていました。しかし、その時に、考えられないことが起こりました。それは、子どもが親に「餌を付けて」と言いました。また、もう一人の子供も「釣れた魚を外して」とも言いました。餌や魚に触れられないのです。どうなっているのでしょうか。


(いくつかの釣られた魚)
(写真撮影:2012.06)

しまなみ海道・笠岡塩飽諸島 瀬戸内海12島めぐり3日間 8回目

2012-09-10 04:30:00 | 39瀬戸内海・愛媛県・上島諸島
赤穂根島に近づきました。


(赤穂根島)

ここで赤穂根島の概要を記載します。
赤穂根島は、岩城島の南約0.3km、燧灘にある無人島。瀬戸内海の無人島の中では最大規模を誇る。面積2.09km2・標高159m。南には津波島、東には佐島がある。近代に入ってから無人島化したといわれている。かつて地元では「むかいじ」と呼んでいた。急峻な丘陵性の島で、島内に標高が100mを越えるピークが3つある。岩城島の住民が稲作と果樹栽培を営んでおり、岩城港~竹の浦間を出耕作用の船が不定期運航している。平成15年度から県畜産試験場が耕作放棄地の荒廃防止対策として和牛を放牧する実証実験を実施している。なお、平成13年9月から住民登録人口2人を数えている。
ここは、無人島と書かれていますが、最後の行にもあるように2人が住み始めたということで、有人島になりました。そこで、今回、渡島を計画したのです。
上陸すると小さな砂浜がありました。


(小さな砂浜)

防波堤に沿って歩き始めると2台の車がありました。当然、ナンバーは、付いていません。ここにあるということは、島外に行かれているのでしょうか。そういえば、岸壁にも船はなかったです。


(2台の車が)

少し道路沿いに島の中に入って行きましたが、民家らしきものは見つかりません。田んぼや畑を耕作しているようにも思えませんでした。違うところで住まわれているのでしょうか。


(耕作しているようではない田んぼ)

迎えてくれたのは、田んぼに立っている杭にとまったカラスだけでした。


(杭にとまったカラス)

奥に行っても何もないようなので、早々に切り上げました。次は、津波島へ向かいました。この島は、「つばじま」といいます。赤穂根島とつながっているような感じですね。


(津波島へ)
(写真撮影:2012.06)

しまなみ海道・笠岡塩飽諸島 瀬戸内海12島めぐり3日間 7回目

2012-09-09 04:30:00 | 39瀬戸内海・愛媛県・上島諸島
乗船するとすぐにチャーター船は出発しました。これからいくつかの島を巡ります。


(チャーター船は出発)

因島は、造船の町ですね。たくさんの造船所の設備や建造中の船が見られました。


(造船所の設備)


(建造中の船)

進んでいくと大きな橋の下をくぐりました。生名橋です。昨年の初めに完成した橋です。以前、来た時には、工事中でした。


(生名橋)

その下を通過して、進んでいくと前方に島が見えてきました。これから行く赤穂根島です。以前は、無人島扱いでしたが、最近、2名の方が住まわれているとのことで、有人島になりました。


(赤穂根島)

右前方には、岩城島が見えます。以前、来た時には、車で、山の頂上まで行ったことがあります。さんらの名所とのことでしたが、行ったときは新緑でした。弟のお嫁さんの実家があります。


(岩城島)
(写真撮影:2012.06)

しまなみ海道の島々へ 38回目

2009-10-16 04:30:00 | 39瀬戸内海・愛媛県・上島諸島
岩城漁港の辺りに来ましたが、この島の住民はこの辺りに集まっているようで、家がたくさん出てきました。この間を走っていくと割と大きなスーパーがありました。


(岩城漁港辺りの街並み)


(割と大きなスーパー)

小学校の横を通過して、その先で道が分かれていて、そのまま島を一周するか考えましたが、少し時間もあり、アイランダーの時にも3000本の桜があり、展望台から360度の展望ができると聞いていた「積善山」へ向かうことにしました。


(小学校)


(積善山へ)

しかし、細い道が延々と続きました。桜見物の時には、車だと混んでどのようにして上るのか心配になりました。本当に上ってきて良かったと思いました。少し霞んでいましたが、360度の展望を楽しめました。


(生口大橋)


(赤穂根島と岩城島の集落)


(弓削島)


(生口島)
(写真撮影:2009.06)