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昭JIJI(アキラジジ)の島旅賛歌*参加

日本全国に有人島が434島ほどある。全島制覇すべく島旅を継続中。

しまなみ海道の島々へ 37回目

2009-10-15 04:30:00 | 39瀬戸内海・愛媛県・上島諸島
今度は、生口島の洲江港から岩城島の小漕港へフェリーで渡りました。ここもほとんど待ち時間なしで渡れました。


(洲江港)


(小漕港)

島内散策を開始すると直ぐに生名島から見えた造船所の横を通りました。


(岩城島の造船所)

この島も右まわれで島内散策をしました。


(島内散策)

直ぐに長江港へ到着しました。この港は、因島の土生港との間の定期船が発着しています。


(長江港)

少し丘の方に学校のような建物が見えましたが、どういう建物かは不明です。


(学校のような建物)

造船所が見えてきました。


(造船所)
(写真撮影:2009.06)

しまなみ海道の島々へ 36回目

2009-10-14 04:30:00 | 39瀬戸内海・愛媛県・上島諸島
佐島簡易郵便局へ戻ってくると営業していました。早速、皆さんは色々と手続きをしていました。


(佐島簡易郵便局)

その周りを見渡していると立派な民家がありました。


(立派な民家)

弓削大橋を渡り、弓削島へ戻り、上弓削港へ向かい、フェリーで因島へ戻りました。


(弓削大橋)


(見える島は生名島)


(上弓削港)

家老渡港から生口島へ向かいましたが、ナビに郵便局のマークが見えました。少し、道路から入ったところでしたが、道路に止めて、郵便局へ向かいました。因島三庄郵便局でした。


(因島三庄郵便局)

生口橋を渡り、生口島へ行きました。


(生口橋)
(写真撮影:2009.06)

しまなみ海道の島々へ 35回目

2009-10-13 04:30:00 | 39瀬戸内海・愛媛県・上島諸島
西方寺の門には、石の阿吽象が建っており、迫力がありました。




(石の阿吽象)

境内は、きれいに箒の目が付いていて、大変きれいでした。また、本堂も立派なものでした。


(きれいな境内)


(本堂)

島内散策を続けました。佐島八幡神社、合同庁舎、学校を通過して、佐島簡易郵便局の方へ戻ってきました。


(佐島八幡神社)


(合同庁舎)


(学校)
(写真撮影:2009.06)

しまなみ海道の島々へ 34回目

2009-10-12 04:30:00 | 39瀬戸内海・愛媛県・上島諸島
島の裏側を走りましたが、特に、見るものはありませんでした。昨日行った豊島が見えてきました。


(豊島)

「上島架橋の早期実現」とかかれたスローガンが書かれた町役場を通過して、佐島へ出向きました。上島架橋とは、2004年、合併して上島町が誕生をしたのを機に、弓削島、佐島、生名島、岩城島の四島を橋で結ぶ構想で、既に弓削島⇔佐島は1996年に完成しており、現在佐島⇔生名島を結ぶ『生名橋』が工事中でした。弓削大橋が見えてきました。


(町役場)


(弓削大橋)

弓削大橋を渡り、佐島へ渡りました。すぐに佐島簡易郵便局がありましたが、時間前で開いていませんでした。


(弓削大橋)


(佐島簡易郵便局)

本浦の集落の入り口にお寺がありました。西方寺です。弓削島の自性寺の末寺だということです。


(西方寺)
(写真撮影:2009.06)

しまなみ海道の島々へ 33回目

2009-10-11 04:30:00 | 39瀬戸内海・愛媛県・上島諸島
この島も右回りで、島内散策をすることにしました。


(島内散策)

鳥居が見えてきましたが、近くに駐車場が見当たらなかったので、少し神社に沿って進みました。石柱が見えてきて、駐車場があったので、車を降りました。


(石柱)

そこは高浜八幡神社でした。




(高浜八幡神社)

立派な神殿がありました。本殿の中には、同じ姓の提灯が並んでいました。この地の名士なのでしょうか。


(立派な神殿)


(本殿の中)


(同じ姓の提灯)
(写真撮影:2009.06)

しまなみ海道の島々へ 32回目

2009-10-10 04:30:00 | 39瀬戸内海・愛媛県・上島諸島
朝、生名島へ上陸した立石港へ戻ってきて、因島へフェリーで向かいました。ほとんど待ち時間もなく、スムーズに戻ることができました。


(立石港)


(因島の長崎港)

今度は、弓削島へ渡るべく、もう1つの港である家老渡港へと向かいましたが、通勤時間に掛かり、狭い道での車でのすれ違いは大変でした。


(家老渡港)

ここでもほとんど待ち時間がなく、フェリーに乗り継げて、弓削島の上弓削港へ向かいました。家老渡港は漁船も係留されていましたが、小さい港でした。


(フェリー船上)


(家老渡港)


(フェリー操船場)

そんなに時間も掛からない内に上弓削港に着きました。


(上弓削港)
(写真撮影:2009.06)

しまなみ海道の島々へ 31回目

2009-10-09 04:30:00 | 39瀬戸内海・愛媛県・上島諸島
いきなスポレク公園が見えてきました。スポーツ合宿村を指向した総合設備のようです。


(いきなスポレク公園)

白い砂浜が見えてきました。何かと思いましたが、色々な設備もあり、考えていると「クルマエビ養殖場」の看板が見えました。そういえば、天草を旅行した時にも同じ風景を見たことを思い出しました。


(クルマエビ養殖場)

岩城島の造船所などが見えてきましたが、直ぐに生名島を一周してしまい、因島が見えてきました。これからまだまだ島々に行くので、これで散策を打ち切って、因島へ戻ることにしました。


(岩城島の造船所)


(因島の土生港)

港に戻ると案内板がありました。上陸した時に見ておくべきだったと思いました。


(生名島案内板)

島のスローガンが書かれた大きな看板もありました。


(島のスローガン)
(写真撮影:2009.06)

しまなみ海道の島々へ 30回目

2009-10-08 04:30:00 | 39瀬戸内海・愛媛県・上島諸島
いつものように郵便局が見えてきましたので、停まりました。生名郵便局です。


(生名郵便局)

生名港へ向かい進みましたが、行き先板に「横浜」と書かれていまし。よく見ると「Yokobama」と書かれていました。読み方には色々とあるのですね。


(行き先板に「横浜」)

生名港が見えてきました。ここからも定期船が就航しているようです。


(生名港)

佐島との架橋工事が見えてきました。生名橋として、平成22年に完成予定とのことです。生名島(愛媛県)と生口島(広島県)が橋で結ばれるとしまなみ海道にも直結され、大変便利になると思いますが、県が違うので、実現はどうでしょうか。


(佐島との架橋工事)

島を半周すると赤穂根島や後で行く予定の岩城島が見えてきました。


(赤穂根島)


(岩城島)
(写真撮影:2009.06)

しまなみ海道の島々へ 29回目

2009-10-07 04:30:00 | 39瀬戸内海・愛媛県・上島諸島
3日目に入りました。今日は、車での移動になります。因島の長崎桟橋に着くと直ぐにフェリーに乗り、10分ほどで、生名島の立石港へ着きました。


(生名島の立石港)

ここから右回りで島を一周することになりました。最初に、昨日は、魚島への定期船から眺めた因島の造船所が見えてきました。


(因島の造船所)

海側を見ながらのドライブが続きました。


(海側を見ながらのドライブ)

直ぐに、生名中学校が見えてきました。校庭には、記念碑があり、校歌が刻まれていました。昨年、建てられたようで、新しくきれいなものでした。


(生名中学校)


(校歌が刻まれた記念碑)

その近くに小さな祠がありました。特に、寺名が書かれていませんでしたのだ、魚島のような島四国八十八箇所ではないようでした。


(小さな祠)
(写真撮影:2009.06)

しまなみ海道の島々へ 28回目

2009-10-06 04:30:00 | 39瀬戸内海・愛媛県・上島諸島
魚島へ戻り、あの大きな建物である「開発センター」を見に行きました。その中には、エレベータが設置されていました。6階までの案内図がありました。4階に郷土資料室と図書館があると書かれていましたので、そこに行くことにしました。館内は、スリッパを履くようになっていました。


(6階までの案内図)


(エレベータ)

しかし、4階に行きましたが、ここも閉まっていました。案内図をよく見ると総務部へ申し出るように書かれていました。時間がないので、そのまま下ってきました。漁師さんが集まって、ビールを飲んでいましたので、色々と話を聞きました。また、酒屋を教えてもらい、買って来て一緒に飲みました。


(酒屋)

港には、先ほど高井神島へ送ってもらったところの漁船が係留されていました。


(係留されているチャーター船所有の漁船)

魚島を出港すると高井神島、弓削島を経由して、因島の土生港に戻りました。この定期船は、豊島には寄りませんでした。


(さようなら魚島)

土生港では、旅館の夕食をキャンセルして、近くの居酒屋で楽しく飲みました。今日は、車でないので、朝からよく飲みました。明日は、橋を渡ったり、フェリーに乗ったりでの車での移動となります。




(居酒屋での夕食)
(写真撮影:2009.06)