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昭JIJI(アキラジジ)の島旅賛歌*参加

日本全国に有人島が434島ほどある。全島制覇すべく島旅を継続中。

宮崎県リベンジの2島と福岡県の未渡島の2島へ 27回目

2014-10-27 04:30:00 | 61九州北部・福岡県・筑前諸島
民宿の看板が掲げられていますが、やっているのでしょうか、もっと奥にあるのでしょうか。後で調べると奥にあったようです。


(民宿の看板)

その建物に島内案内板が掲げられていました。


(島内案内板)

姫島救難所と書かれていました。


(姫島救難所)

その横に鳥居だけがありました。島では「鳥居様」と言われているようです。扁額には、「姫嶋神社」となっていました。


(「鳥居様」)

その横が、今日、宿泊する民宿「吉田屋」がありました。


(民宿「吉田屋」)

夕食には、地産池消の食材が出てきました。ユックリと飲みました。


(地産池消の夕食)
(写真撮影:2014.03)

宮崎県リベンジの2島と福岡県の未渡島の2島へ 26回目

2014-10-26 04:30:00 | 61九州北部・福岡県・筑前諸島
作業小屋がたくさん並んでいました。以前、テレビの「鶴瓶の家族に乾杯」で見た記憶がありました。


(作業小屋がたくさん)

定期船は、桟橋に着き、下船しました。


(姫島へ上陸)

「花いっぱい 引津 姫島」と書かれていました。


(案内板「花いっぱい 引津 姫島」)

定期船から見た作業小屋の前を通って、民宿に向かいました。


(作業小屋の前を)

大きな建物がありました。漁協の建物のようですね。


(漁協の建物)

子供たちが集まっていて、にぎやかでした。そこには、島で唯一の店、シーガルショップがありました。


(島で唯一の店、シーガルショップ)
(写真撮影:2014.03)

宮崎県リベンジの2島と福岡県の未渡島の2島へ 25回目

2014-10-25 04:30:00 | 61九州北部・福岡県・筑前諸島
早速、定期船に乗りました。


(定期船に)

定期船は、姫島へ向かって、出港していきました。


(姫島へ)

港の出口に、生簀がありました。どんな魚が入っているのでしょうか。


(生簀)

港の防波堤を過ぎると定期船は、加速していきます。


(定期船は加速)

前方に、姫島が見えてきました。


(姫島)

姫島漁港に入りました。防波堤に、色々な絵が描かれていました。


(防波堤に、色々な絵が)
(写真撮影:2014.03)

宮崎県リベンジの2島と福岡県の未渡島の2島へ 24回目

2014-10-24 04:30:00 | 61九州北部・福岡県・筑前諸島
花掛神社を出ると赤い鳥居が見えました。


(赤い鳥居)

恵比須神社と書かれていました。


(恵比須神社)

恵比須神社の前に建物があり、岐志湊区公民館と書かれていました。


(岐志湊区公民館)

湊へ戻る途中にお店がありました。理容店と書かれていましたが、いつも見られる看板が見えませんね。


(理容店)

定期船が着いていました。


(定期船)

行き先は、姫島←→岐志と書かれていました。


(行き先)
(写真撮影:2014.03)

宮崎県リベンジの2島と福岡県の未渡島の2島へ 23回目

2014-10-23 04:30:00 | 61九州北部・福岡県・筑前諸島
「花掛神社」と書かれた扁額がありました。


(花掛神社)

いつものように拝殿内部をのぞいてみました。


(拝殿内部)

境内社がいくつかありました。桜も満開ですね。


(境内社)

道祖神社です。


(道祖神社)

拝殿にくっついたオープンなところがありました。


(拝殿にくっついたオープンなところ)

お供えでしょうか、色々なものが置かれていました。


(色々なものが)
(写真撮影:2014.03)

宮崎県リベンジの2島と福岡県の未渡島の2島へ 22回目

2014-10-22 04:30:00 | 61九州北部・福岡県・筑前諸島
定期船の出港まで少し時間があったので、周りを散策しました。白いダイコンの花と黄色の菜の花が咲いていました。


(白いダイコンの花と黄色の菜の花)

鳥居がありましたが、神社としては、少し変わっていると思いました。扁額には、「綿積大神、八大龍王神」と書かれていました。


(鳥居)

数段階段を降りるとこのような祠と石柱がありました。周りは、ブロック塀で囲まれていました。


(このような祠と石柱)

その横の公園、岡崎公園と書かれていましたが、桜が満開でした。


(桜が満開)

散策を続けるとご自宅の入り口に鳥居がありました。入っていっていいのか、不安になりました。たまたまその近くに人がおられたので、聞きました。これが参道になっているとのことで、入っていきました。


(ご自宅の入り口に鳥居)

入っていくと大きな道路があり、その先に鳥居と石柱がありました。


(鳥居と石柱)
(写真撮影:2014.03)

宮崎県リベンジの2島と福岡県の未渡島の2島へ 21回目

2014-10-21 04:30:00 | 61九州北部・福岡県・筑前諸島
福岡空港について、レンタカー会社と連絡して、車を借りました。当初、マーチを予約していましたが、先客が延長されたとのことで、Noteになり申し訳ありませんと言われました。しかし、私が普段乗っている車がNoteなので細々とした車の説明を聞かなくて済み、助かりました。


(福岡空港)

早速、姫島へ向かう港、岐志港へ向かいました。福岡空港の周りは、菜の花が満開に咲いていました。


(菜の花が満開)

岐志港の定期船の待合所に着きました。


(定期船の待合所)

これから向かう姫島との航路が書かれた案内板がありました。


(航路が書かれた案内板)

外に出て、風景を眺めました。夕日はまだ高かったですが、曇り空に薄ぼんやりと見えました。


(薄ぼんやりとした夕日)

港には、漁船がたくさん係留されていました。


(漁船が)
(写真撮影:2014.03)

宮崎県リベンジの2島と福岡県の未渡島の2島へ 20回目

2014-10-20 04:30:00 | 61九州北部・福岡県・筑前諸島
搭乗途中に焼酎の展示がありました。買って帰りたかったですね。


(焼酎の展示)

珍しく飛行機まで歩いての搭乗でした。


(歩いての搭乗)

搭乗すると左右2列の飛行機でした。


(左右2列の飛行機)

機種名は、DHC8-Q400となっていました。


機種名は、DHC8-Q400)
(
飛行機は、九州の陸の中を飛んでいきました。


(九州の陸の中を)

福岡空港に着きました。


(福岡空港)
(写真撮影:2014.03)

壱岐にこんな場所があったのか…… 壱岐の魅力を再発見!7島めぐり3日間 66回目

2011-05-20 04:30:00 | 61九州北部・福岡県・筑前諸島
松林越しに下馬ケ浜海水浴場を眺め、島内の周遊を続けました。


(松林越しに下馬ケ浜海水浴場)

旅館が見えてきました。ここに以前、宿泊したことを思い出しました。夕食の時に、誰かが夕日がきれいと叫んだので、全員、食事をしないで、外へ出て日が沈むまで、眺めていたことを思い出しました。本当にきれいな夕日でした。


(以前、宿泊した旅館)


(きれいな夕日)

その後は、波、風が荒くなり、雨も降ってきたので、志賀海神社には寄らず、そのまま福岡空港へ向かい、食事にゆっくりと時間をかけ、帰ってきました。


波風が荒く
(波、雨が荒く)




(福岡空港)
(写真撮影:2011.02)

今回の島旅は、地元の人のつながりで、予定以上の島々を回ったり、天候の予想もしてもらい、行程変更をしたりして、目的を達成できた島旅でした。本当に地元の人に感謝したいです。ありがとうございました。

さて、明日からは、4月に出かけた広島県の東にある島々、仙酔島、走島、田島・横島、百島の報告を投稿します。お楽しみに。

壱岐にこんな場所があったのか…… 壱岐の魅力を再発見!7島めぐり3日間 65回目

2011-05-19 04:30:00 | 61九州北部・福岡県・筑前諸島
金印公園に着きました。ここは、弥生時代に後漢の光武帝が奴国の王に贈ったという「漢委奴国王」の金印が江戸時代に発見された場所です。金印が飾られていますが、実物を市博物館で見たことがありますが、非常に小さなもので、びっくりしたことを覚えています。




(金印公園)

目の前に能古島が見えます。


(目の前に能古島が)

その先の蒙古塚(蒙古軍供養塔)へ向かいました。ここは、文永の役で攻めて来た蒙古軍の船が座礁し際に、兵士百余名が捕虜となり、処刑され、その兵士達の供養のために建てられたのが蒙古塚のようです。しかし、以前、来た時と少し感じが違っていました。後で知ったのですが、平成17年の福岡西方沖地震のため、倒壊し、再興されたとのことでした。


(新しい蒙古軍供養塔)


(古い蒙古軍供養塔の一部)


(蒙古塚)
(写真撮影:2011.02)