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昭JIJI(アキラジジ)の島旅賛歌*参加

日本全国に有人島が434島ほどある。全島制覇すべく島旅を継続中。

いってみんとわからんけん! 忽那(くつな)諸島 渡り歩き4日間 28回目

2010-05-17 04:30:00 | 43瀬戸内海・愛媛県・忽那諸島
桑名神社を後にして、タクシーが来るまで、周りを見ているとキウイフルーツや宮内イヨカンがたくさんなっていました。


(キウイフルーツ)


(宮内イヨカン)

島内散策を続けて、懐古館へ向かいました。


(島内散策)


(懐古館)

懐古館は、中島の西岸、浄土真宗正賢寺境内にあり、宇和間地区から移されてきた古い民家、土蔵、木造平屋建ての収蔵庫からなり、明治時代のものを中心とした、農具、漁具、生活物資、日用品など3000点余りが展示されています。






(懐古館)
(写真撮影:2005.9)

いってみんとわからんけん! 忽那(くつな)諸島 渡り歩き4日間 27回目

2010-05-16 04:30:00 | 43瀬戸内海・愛媛県・忽那諸島
愛媛県初のエンジン船の絵馬や大きな帆船の絵馬などが所狭しと飾られていました。往時の地域の繁栄ぶりがしのばれました。


(愛媛県初のエンジン船の絵馬)





(大きな帆船の絵馬)

外回りの案内がありました。柱の下に細工がされていて、理由の説明を聞きましたが、忘れました。


(柱の下に細工)

奥殿も色々な細工が施されて、立派なものでした。






(桑名神社奥殿)
(写真撮影:2005.9)

いってみんとわからんけん! 忽那(くつな)諸島 渡り歩き4日間 26回目

2010-05-15 04:30:00 | 43瀬戸内海・愛媛県・忽那諸島
途中の学校では、ここでも運動会が行われていました。天気も良く、運動会日和でした。


(運動会をしている学校)

この周辺の島の拠点となってい島なので、大きな病院もありました。


(中央病院)

中島の見所と言えば西暦804年に建立された桑名神社は外せません。栗井地区にある桑名神社には江戸時代を中心とした見事な船の絵馬が飾られていました。海運で栄えた地区の証でもあります。


(桑名神社)

タクシーを降りて、階段を上って行き、本殿につきましたが、そんな立派なたくさんの絵馬が奉納されているようには見えませんでした。


(桑名神社)

しかし、案内人は、鍵を開けて、社殿での内部へ入れてくれました。天井を見上げると本当にたくさんな絵馬が飾られていました。






(たくさんな絵馬)
(写真撮影:2005.9)

いってみんとわからんけん! 忽那(くつな)諸島 渡り歩き4日間 25回目

2010-05-14 04:30:00 | 43瀬戸内海・愛媛県・忽那諸島
チャーター船に乗り、次は、一番大きな島である中島へ向かいました。途中、瓢箪のような形の島が見えましたが、名前はわかりませんでした。


(チャーター船で)


(瓢箪のような形の島)

中島が見えてきました。神ノ浦漁港から上陸しました。


(中島)


(神ノ浦漁港)


(神ノ浦漁港へ上陸)

早速、待っていたタクシーで島内散策に向かいました。やはりミカンの島ということで、あちらこちらでミカンが植えられていました。


(島内散策)


(ミカン畑)
(写真撮影:2005.9)

いってみんとわからんけん! 忽那(くつな)諸島 渡り歩き4日間 24回目

2010-05-13 04:30:00 | 43瀬戸内海・愛媛県・忽那諸島
その先に、石の鳥居がありました。「宇佐八幡神社」と書かれた額が掲げられていました。急な階段でしたが、食後の運動ということで、一気に駆け上がりました。


(宇佐八幡神社)


(急な階段)

小さな社殿がありました。のぞくと大きな絵馬がたくさん飾られていました。この神社は、嘉保元年(1094年)創祀といわれていて、応神天皇など3神をまつっているといわれているようです。


(小さな社殿)


(大きな絵馬がたくさん)

海岸線へ戻ってくるとたくさんのバタバタといわれている荷車が置かれていました。


(並んでいるバタバタ)

更に、歩いていると大きな家がたくさん見ることができました。以前は、何で繁栄していたのでしょうか。


(大きな家)

路地の奥では、何かをする人がいました。涼しいでしょうね。


(路地の奥で)
(写真撮影:2005.9)

いってみんとわからんけん! 忽那(くつな)諸島 渡り歩き4日間 23回目

2010-05-12 04:30:00 | 43瀬戸内海・愛媛県・忽那諸島
昼食後、島内を散策することにし、昼食場所を後にしました。この島も路地がありました。また、立派な屋敷も見られましたが、この家には何人の方が住んでいるのでしょうか。


(路地)


(立派な屋敷)

しかし、「悪質な訪問販売お断り」と書かれた札が貼られていましたが、このような島にもこのような札が必要なのでしょうか。


(「悪質な訪問販売お断り」と書かれた札)

若者が単車ですっ飛んで行きました。まだ、若者はいるようです。


(若者が単車ですっ飛んで)

歩いていると診療所がありました。ここには、週2回、お医者さんが巡回しているようでした。


(診療所)

その先には、簡易郵便局がありましたが、祭日でお休みでした。


(写真撮影:2005.9)

いってみんとわからんけん! 忽那(くつな)諸島 渡り歩き4日間 22回目

2010-05-11 04:30:00 | 43瀬戸内海・愛媛県・忽那諸島
二神島の港へ着き、早速、上陸しました。


(二神島の港)


(二神島へ上陸)

昼食の時間ということで、食事場所に向かいました。昼食には、名物の「鯛ぞうめん」が出ました。鯛をほぐして食べていると仲間から「「鯛の鯛」を知っているかと言いました。私は、知っていましたが、早速、他の仲間が解剖を始めました。なかなか出てきませんでした。最後にやっと出てきました。面白い形をした骨でした。運動会参加後の昼食ということで、皆さん、全部たいらげました。


(昼食場所へ)


(二日目の昼食)


(名物の「鯛ぞうめん」)


(「鯛の鯛」)
(写真撮影:2005.9)

いってみんとわからんけん! 忽那(くつな)諸島 渡り歩き4日間 21回目

2010-05-10 04:30:00 | 43瀬戸内海・愛媛県・忽那諸島
元怒和漁港を出発して、次の島である二神島へ向かいました。


(元怒和漁港)


(二神島へ)

途中、無人島である由利島が見えました。


(由利島)

島旅仲間がチャーター船に積まれていた釣竿を見つけて、釣りをしたいと言ったところ、船長は、時間もあり、OKとなり、のんびりと釣糸を垂れていました。しかし、何も釣れませんでした。


(のんびりと釣りを)

途中の岩礁では、釣りをしている人もいて、何かを釣り上げていました。何が釣れたのでしょうか。


(何が釣れたのでしょうか)

二神島が見えてきました。


(二神島)
(写真撮影:2005.9)

いってみんとわからんけん! 忽那(くつな)諸島 渡り歩き4日間 20回目

2010-05-09 04:30:00 | 43瀬戸内海・愛媛県・忽那諸島
港へ戻って来ました。案内板を見て、行ったところを確認しました。まだ、時間があるので、港の周辺を散策することにしました。


(案内板)

道路側の家が壊されたことにより、奥にある大きな立派な家を見ることができました。


(大きな立派な家)

単車が路地の奥へはいって行きました。その路地を散策することにしました。


(単車が路地に)

角にたばこ屋の看板があり、奥を見ると店があるようでしたので、奥に向かいました。そこには用品店があり、お客さんが買い物に来ていました。


(角にたばこ屋の看板)


(用品店)

また、ここは、道路にもなっていて、自転車なども通過していきました。


(道路)

港の前には、真黒な板塀の倉庫のようなものがありました。何を貯蔵しているのでしょうか。


(真黒な板塀の倉庫)
(写真撮影:2005.9)

いってみんとわからんけん! 忽那(くつな)諸島 渡り歩き4日間 19回目

2010-05-08 04:30:00 | 43瀬戸内海・愛媛県・忽那諸島
上怒和トンネルをくぐるとミカン畑が広がってきました。島は全体的に山がちで斜面ではレモンやミカン等の柑橘類の栽培が行われているようです。


(上怒和トンネル)


(ミカン畑)

白い鳥居が見えてきました。下に轍が残っています。すると車はそのまま鳥居を潜って入って行きました。


(白い鳥居)

さらに奥へ進むと小さい社殿がありました。


(小さい社殿)

中をのぞくと神輿が置かれていました。ここは、怒和島の神々の纏めをしているようです。

(置かれてある神輿)

周りを見てみるとミカン畑がたくさんあり、伊予疳の青いのがたくさん生っていました。

(青い伊予疳)
(写真撮影:2005.9)