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昭JIJI(アキラジジ)の島旅賛歌*参加

日本全国に有人島が434島ほどある。全島制覇すべく島旅を継続中。

加藤庸二氏の「島あるきの学校2006」 長崎・池島「石炭の歴史紀行」4日間 41回目

2008-03-27 04:16:30 | 65九州西部・長崎県
その後、バスに乗り、池島へ渡るために、神浦港へ行きました。港からは池島から戻って、長崎の方へ行く時に渡る赤い橋が見えました。


(神浦港と赤い橋)

乗船券売り場で待機していましたが、少し時間があるので、隣の鮮魚センターへ出向きました。


(池島への乗船券売り場)

そこには、アラカブが泳いでいました。


(アカカブ)

池島へのキップをもらって、フェリーに乗船しました。


(池島へのキップ)


(フェリーに乗船)

早速、船内を散策しました。




(船内散策)
(写真撮影:2006.06)

加藤庸二氏の「島あるきの学校2006」 長崎・池島「石炭の歴史紀行」4日間 40回目

2008-03-26 05:39:10 | 65九州西部・長崎県
松島神社の階段を登り、社殿に向いました。


(松島神社への階段)


(松島神社社殿)

ここは、桜が名所のようです。また、10月にはおくんちも行われるとのこと。その時には賑やかなようです。

上から町が一望できました。


(松島神社からの眺望)

ターミナルに戻ってきたら、丁度、フェリーが着きました。


(松島港ターミナル)

調べると吉原港へ戻るより楽なので、急遽、このフェリーに乗ることにしました。


(松島港からのフェリー)


(松島港を出港)

瀬戸港へ戻ってきました。


(瀬戸港)
(写真撮影:2006.06)

加藤庸二氏の「島あるきの学校2006」 長崎・池島「石炭の歴史紀行」4日間 39回目

2008-03-25 04:55:12 | 65九州西部・長崎県
やっと民家が見えてきましたが、立派な家が朽ちていたり、新築の家もありました。




(朽ちた家や新築の家も見られた)

相変わらずの郵便局探しをしている人もいました。


(松島郵便局)

しばらく歩くと松島港へ到着しました。


(松島港)

港の中にラクダ島があり、自然風化で出来たラクダの形をした島です。


(ラクダ島)

島内を少し散策するために歩き始めました。松島神社が見えてきました。


(松島港近辺を散策)


(松島神社)
(写真撮影:2006.06)

加藤庸二氏の「島あるきの学校2006」 長崎・池島「石炭の歴史紀行」4日間 38回目

2008-03-24 04:17:45 | 65九州西部・長崎県
世界で唯一、離島に建設された100万kw石炭専焼火力発電所で、海外炭を主原料とする発電所として日本一の松島火力発電所が見えてきました。


(松島火力発電所)

吉原港へ到着し、上陸しました。


(吉原港へ到着)


(松島へ上陸)

待合所でパンフレットなどを集めて、島内散策へ向いました。


(待合所)


(松島島内散策開始)

色々な色のアジサイが咲いていました。






(色とりどりのアジサイが咲いていた)
(写真撮影:2006.06)

加藤庸二氏の「島あるきの学校2006」 長崎・池島「石炭の歴史紀行」4日間 37回目

2008-03-23 05:01:27 | 65九州西部・長崎県
宿の方に見送られて、昨日の道路を戻りました。今日のバスは運転手だけでした。


(宿の方のお見送り)

松島へ渡るために瀬戸港へ戻ってきました。




(乗船券発売所)

ここからフェリーで松島へ向いました。






(フェリーで松島へ)

松島に火力発電所があるために島との間に高圧鉄塔が設置されているのは珍しかったです。


(島との間にある高圧鉄塔)
(写真撮影:2006.06)

加藤庸二氏の「島あるきの学校2006」 長崎・池島「石炭の歴史紀行」4日間 36回目

2008-03-22 04:49:01 | 65九州西部・長崎県
相変わらず郵便局探しをする人がいました。しかし、朝食前でまだ開いていませんでした。


(崎戸本郷簡易郵便局)

少し行くと乙姫神社なるものが出てきました。


(乙姫神社)

岩にしめ縄が巻かれていて、「カッパの由来」が書かれた立て札がありました。


(しめ縄が巻かれた岩)


(カッパの由来の立て札)

公民館や消防団の格納庫などもありました。


(公民館)


(消防団の格納庫)


(半鐘)
(写真撮影:2006.06)

加藤庸二氏の「島あるきの学校2006」 長崎・池島「石炭の歴史紀行」4日間 35回目

2008-03-21 05:03:33 | 65九州西部・長崎県
朝食前を利用して島内を散策しまた。






(朝食前に島内散策)

山には風力発電機が見えました。


(風力発電機)

島の先端から見える芋島は、昔、漁師が石炭を発見した島のようですが、現在は、近くがアラカブのポイントになっているようです。


(芋島)

昔は、ここも捕鯨の基地として栄えたようで、路地を歩いていると立派な家々が残っていました。




(昔の面影が残る家々)
(写真撮影:2006.06)

加藤庸二氏の「島あるきの学校2006」 長崎・池島「石炭の歴史紀行」4日間 34回目

2008-03-20 05:23:33 | 65九州西部・長崎県
北緯33度線展望台近くにあるラジュウム温泉「御床狸の湯」の前には可愛い狸の置物がたくさん置かれていました。


(可愛い狸の置物)

今夜の宿、民宿椿の宿に着きました。部屋に入り、テレビを見ていると「高島のトマトまつり」がニュースで放映されていました。時間があって、参加していたら、インタビューされていたかもしれませんでした。


(民宿椿の宿)





(「高島トマトまつり」のテレビのニュース)

この宿は、色々な骨董品が所狭しと飾られていました。また、五右衛門風呂もありました。試しに入って見ました。夕食も器に凝っていて、品数もたくさん出てきました。


(二日目の夕食)
(写真撮影:2006.06)

加藤庸二氏の「島あるきの学校2006」 長崎・池島「石炭の歴史紀行」4日間 33回目

2008-03-19 04:31:58 | 65九州西部・長崎県
歴史民俗資料館前からの景色も良く、彫刻や記念碑が置かれていました。


(左:御床島)


(「活力」という家族像)




(井上光晴文学碑)

歴史民俗資料館でも説明が書かれていた北緯33度線展望台へ行きました。


(崎戸町位置図)

北緯33度線展望台は崎戸島の最西端にある展望台で、水平線には五島列島や平戸諸島が見え、ここで見る夕日は絶景とのことです。






(北緯33度線展望台)


(五島列島)
(写真撮影:2006.06)

加藤庸二氏の「島あるきの学校2006」 長崎・池島「石炭の歴史紀行」4日間 32回目

2008-03-18 04:53:48 | 65九州西部・長崎県
また、明治に入ると炭鉱が開かれ最盛期には25,000人もの人口があった炭鉱の町でもありました。








(歴史民俗資料館)

島には廃墟になったかつての炭鉱アパートなどがまだ多く残っています。まだかつての賑わいの声が聞こえてきそうなほどです。


(炭鉱入口)


(炭鉱作業場)


(独身寮跡)
(写真撮影:2006.06)