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昭JIJI(アキラジジ)の島旅賛歌*参加

日本全国に有人島が434島ほどある。全島制覇すべく島旅を継続中。

これで佐賀県の離島を制覇! 玄界灘に浮かぶ8つの島々へ 31回目

2009-07-18 04:30:00 | 62九州北部・佐賀県・玄海諸島
その先の海上にはこれから行く加唐島が見えました。


(加唐島)

そのまま海岸線沿いを歩いていきましたが、周りには何もなくなっていきました。鯨の見張り小屋はそんなに遠くない感じがしていましたので、戻ることにしました。すると上に登って行く道が見つかりました。そこには、小川島研修センターと書かれた建物がありました。企業が持っている研修センターのようです。1年間にどれくらい使っているのでしょうか。人の気配が全然しませんでした。


(小川島研修センター)

少し登ったところにあった畑の周りに「ウニの殻」が散乱していました。ここでもウニが獲れるのですね。しかし、この殻は何に使うのでしょうか。


(ウニの殻)

更に登っていくと大きな山桜が咲いていました。その木の下に祠が祀られていました。




(大きな山桜と祠)

その坂を登り切った島で一番高い所に目的の鯨の見張り小屋がありました。




(鯨の見張り小屋)
(2009.03写真撮影)

これで佐賀県の離島を制覇! 玄界灘に浮かぶ8つの島々へ 30回目

2009-07-17 04:30:00 | 62九州北部・佐賀県・玄海諸島
翌朝、朝食前に残りのところを見物することにしました。宿の横には、大きな仏さんが建っていました。


(大きな仏さん)

漁港のところには、定期船の待合所がありました。昨日は、港に着くなり、宿の人に案内されて行ってしまいましたので、気が付きませでした。


(定期船の待合所)

こちらの漁港は閑散としていました。


(小川島漁港)

その岸壁にイカ釣りに使うのだと思われる機械が置かれていました。


(イカ釣り漁具)

その横に黒い幕が覆われた養殖場がありましたが、のぞいてみると何もありませんでした。何を養殖するところなのでしょう。


(何かの養殖場)

そのまま海岸線を歩いていきました。海上に小島女瀬が見えてきました。ここには、鳥居がありました。その上にトンビと思われる鳥がとまっていました。




(小島女瀬)
(2009.03写真撮影)

これで佐賀県の離島を制覇! 玄界灘に浮かぶ8つの島々へ 29回目

2009-07-16 04:30:00 | 62九州北部・佐賀県・玄海諸島
今夜の夕食は、新鮮な魚介類がたくさん出てきました。食べ切れませんでした。また、ここらはイカが有名で、透き通ったイカが出てきました。ゲソを塩焼きにしてもらいました。皆、大変美味しく焼酎も大いにはかどりました。














(新鮮な魚介類の一日目の夕食)
(2009.03写真撮影)

これで佐賀県の離島を制覇! 玄界灘に浮かぶ8つの島々へ 28回目

2009-07-15 04:30:00 | 62九州北部・佐賀県・玄海諸島
何が祀られているか分からないお堂へ戻ってきました。よく見るとその周りには、たくさんの石仏、お地蔵さんがありました。




(たくさんの石仏、お地蔵さん)

また、白い桃の花が咲いていました。すごくきれいでした。


(白い桃の花)

漁港の方に戻ってくると庭にあるお釜で何か茹でていました。お邪魔して、聞いたところ、茎ワカメを湯がいているとのことでした。しばらく作業を見させてもらいました。手際よくやられていました。慣れたものでした。湯がくとすぐに緑色になりました。少し味見をさせてもらいました。美味しかったです。






(茎ワカメ)

そろそろ夕日も傾いてきましたので、鯨の見張り小屋へは明朝行くことにして、宿に戻ることにしました。


(夕日が傾く)
(2009.03写真撮影)

これで佐賀県の離島を制覇! 玄界灘に浮かぶ8つの島々へ 27回目

2009-07-14 04:30:00 | 62九州北部・佐賀県・玄海諸島
月吉稲荷大明神の横に大きな岩の祠がありました。中には、何を祀っているのでしょうか。よく分かりませんでした。


(大きな岩の祠)

その先への道がありましたので、辿って行きました。すると反対側の海が見えるところへ出てきました。


(その先への道)


(反対側の海)

そこには、不動明王やお地蔵さんが祀られていました。


(不動明王)


(お地蔵さん)

その先の方には、岩礁が見え、九州本土も見られました。


(岩礁と九州本土)
(2009.03写真撮影)

これで佐賀県の離島を制覇! 玄界灘に浮かぶ8つの島々へ 26回目

2009-07-13 04:30:00 | 62九州北部・佐賀県・玄海諸島
お堂に近づきました。中をのぞくと色々なものがお供えされていました。




(お堂)

そのお堂の裏にも石仏がありました。何を祀っているのでしょうか。




(石仏)

また、その上には、赤い鳥居が見えました。上ってみると月吉稲荷大明神と額に書かれたお稲荷様でした。そのご神体は、岩でした。このように祀られるお稲荷様もあるのですね。








(月吉稲荷大明神)
(2009.03写真撮影)

これで佐賀県の離島を制覇! 玄界灘に浮かぶ8つの島々へ 25回目

2009-07-12 04:30:00 | 62九州北部・佐賀県・玄海諸島
道なりに、中腹のお堂を目掛けて上って行きました。途中から町を一望することができました。


(町を一望)

その近くに観音堂がありました。その中には、石造観音坐像がありました。その台座には、大村藩の鯨組主初代深澤儀太夫(勝清)の戒名が書かれています。そのため、「像の建立とともに当時の捕鯨に深澤組の関与を裏付けるものと思われます。」と看板に書かれていました。立派な観音坐像でした。




(石造観音坐像)

観音堂の入り口近くには、鯨鯢供養塔がありました。これは、鯨の供養塔で高さ0.7メートル、舟型光背を持つ石造地蔵尊で、佐賀県重要形民俗文化財に指定されているとのことでした。




(鯨鯢供養塔)

観音堂前の4つの墓碑は、石造観音像の台座と同じ戒名があり、深澤家関係者の墓と考えられているようです。地元小川島では、鯨の墓との伝承もあります。


(深澤家関係者の墓)

また、その周りにはたくさんのお地蔵さんが祀られていました。




(たくさんのお地蔵さん)
(2009.03写真撮影)

これで佐賀県の離島を制覇! 玄界灘に浮かぶ8つの島々へ 24回目

2009-07-11 04:30:00 | 62九州北部・佐賀県・玄海諸島
夕食までにまだ時間がありましたので、宿に荷物を置いて、早速、島内散策へ出かけました。


(小川島漁港)

漁港の近くに駐在所がありましたが、「ただいま巡回中」という看板が掲げられていましたが、カーテンも閉められており、駐在されていないようでした。


駐在所)

少し歩いたところに小川島の田島神社がありました。拝殿前の鳥居は、「壱岐の土肥組が小川島で操業しており、土肥組の大納屋からの奉納」と思われると書かれていました。






(田島神社)

その横に愛宕神社がありました。


(愛宕神社)

中腹にお堂のようなものが見えました。宿からも見えたのですが、聞いてもよく分かりませんでした。


(お堂)
(2009.03写真撮影)

これで佐賀県の離島を制覇! 玄界灘に浮かぶ8つの島々へ 23回目

2009-07-10 04:30:00 | 62九州北部・佐賀県・玄海諸島
時間になり、定期船に乗り込み、小川島へ向かいました。


(小川島への定期船)


(呼子港を後にして)

しばらく行くと呼子大橋が見えてきました。今度は、船からの風景です。


(船上からの呼子大橋)

小川島が見えてきました。平らな島です。


(小川島)

小川島漁港に到着し、小川島へ渡島しました。




(小川島へ渡島)

宿泊する宿は、港の近くにありました。宿の人が迎えに来てくれていました。宿はお城のような感じですね。


(2009.03写真撮影)

これで佐賀県の離島を制覇! 玄界灘に浮かぶ8つの島々へ 22回目

2009-07-09 04:30:00 | 62九州北部・佐賀県・玄海諸島
バスで呼子大橋を渡り、呼子港へ向かいました。そこから今夜の宿泊場所がある小川島へ向かいます。


(呼子大橋)


(バスで呼子港へ移動)

呼子港に着きましたら、朝市通りと書かれたアーケードがありました。船の出発まで少し時間がありましたので、朝市通りを散策してみましたが、閑散としていて、何も売っていませんでした。


(呼子港)






(朝市通り)
(2009.03写真撮影)